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フツーに生きてるGAYの日常

やわらかくありたいなぁ。

2019-06
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ゲイを表象する仕草から見えるもの。

5/27に書いた「おネエ言葉は使わない(使えない)。」に関連して・・・。

世の中には、言葉には出さずにそのものを表現する仕草というものがある。指で頬に傷を示す線を引いて「やくざ」を表象したりするアレだ。それをストレートに言うと、万が一「それに当てはまる人」がいたときにヤバいことになるという、一種の自己保身のために使われる。あるいは、からかいの感情を込めながら「ネタ」として。
ゲイもよく、同じように表象される。右手を左頬にあてて「オカマです」というシナを作りながら表現する仕草で。
こういう仕草を何の罪の意識もなくやってしまう人の気持ちは、とてもよくわかる。僕だって高校時代大学時代のように、自分のことを受け入れられない頃には当然のようにそういう仕草を周りと一緒にしていたし、一緒に笑い飛ばしていた。自分で自覚していないものだから、本当になんの罪の意識もなく。
でも、今の僕は違う。
その仕草が日常で、僕の目の前で行われると、ムカつきはしないけれど、ドキッとする。そして、その仕草をした人のことを、こういう風に分析する。
「この人は、ゲイの友だちがいない人なんだ。」
「この人は、ゲイというものについて深く考えたことのない人なんだ。」
「この人は、僕がゲイだということを、まったく気付いていないんだ。」
・・・もし僕の事を「ゲイなのかも」と少しでも感じたことのある鋭い人なら、僕の目の前でそうした仕草はしない。

この仕草を日常で見かけることは、僕にとってはそうした判断が出来るという意味で、貴重なものともなっている。その仕草をしたからといって、僕の態度が変わることはない。
その人に対する自分の中での評価も、なにも変わらない。
ただとりあえず一時的に安心してしまうだけなのだ。悲しいことに。

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あなたは、いったい、だれですか。

santanicoさんの記事で、性同一性障害の人のことが書かれていた。santanicoさんはその人と一緒にいると、わけもなくこう問いかけたくなるという。

「あなたは、いったい、だれですか。」

・・・僕は、性的多数派の人が意識せずに使うこうした言説について、つい過剰に反応してしまう。
それはきっと、自分が性的マイノリティーであるというひがみ根性とコンプレックスから来るものなのだろう。どうかお許し願いたい。
(★もし文章の読解に誤解があったら・・・santanicoさんごめんなさい。あなたが編集者だということもあり、こうした議論(?)に慣れているであろうことを前提に、あえて書かせていただきます。批判しているわけではまったくありません。僕のBlogの開設主旨に関係のある大切なことだと思い、もっとお話をしたくてTBさせていただきました。)

一つ思ったのが、僕だったらこういう質問は、しないだろうということ。それは性同一性障害の人、性的マイノリティー、性的多数派の誰に対してもしない。
(もちろんsantanicoさんも、彼女に対して質問はしていない。)

「あなたは、いったい、だれですか。」

santanicoさんの書き方だと、この答えとして期待しているのは「男です。」あるいは「女です。」ということなのだろうか。(僕にはそう感じられた。)
・・・そのどちらにも違和感をおぼえる人間は、どう答えればいいのだろう。
もし僕がそのように答える必要のある質問をされたら、心に嘘をつきながら、わだかまったままで作り笑いをしながら「男です。」と答えるだろうけど。
僕は、精神的な性別は、たった2つの区分けでカテゴリー分けできるほど単純ではないことを、日常で実感しながら生きている。しかしこのことは、なにも性的マイノリティーに限って言える事ではない。普段接している周りの多くの人たち・・・性的多数派の人たちを見ていても、当てはめて言えることだと思う。

一人の人が男性的な瞬間もあれば女性的な瞬間もある。
それでいいじゃないか。
単純な区分けに区切ろうとしなくても、いいじゃないか。

このことは性別に限った話ではない。人格(キャラクター)だって人はコロコロと器用に使い分けて生きている。接する相手によって、まったく違うキャラクターになることを、人は意識せずに自然と行っているものだ。
母であり、妻であり、女であり、娘であり・・・。上司であり、部下であり、同僚であり、父であり、男であり、息子であり・・・。一人の人間の中にはたくさんのキャラクターが共存している。そこにはっきりとした区分けはない。なぜなら人間は、相手との関係性の中で生きているものだから。接する相手によってキャラクターは変わるのだ。だから「自分」という確固たるものなど、本当はないはずなのだ。

よく「自分さがし」という言葉を使う人がいるが、そんなもの一人でモンモンと探したっていつまでも見つからない。自分を探すくらいだったら他者とどんどん接すればいい。他者と接しているその時の自分が、「その時にしかいない自分」なのだから。そしてそれは移ろい行くものであり、つかみ所のないものだ。

「あなたは、いったい、だれですか。」の質問に対して、とりあえず名づけられた個人名では答えることが出来るだろう。しかし、それ以外の属性で「○○です。」と、なんのためらいもなく答える人のことを、僕は信用しない。
それは、答えられなくてもいいこと。答えられないのが当然の質問なのだ。

人間は単純なカテゴリーに区分けできるほど単純ではない。
なのに無理にそこに当てはまろうとするから、苦しいんだ。
そして・・・当てはめようとさせるから、苦しめるんだ。

(santanicoさんは・・・質問しなくて良かったんだと思います。あなたが書いた文章は、性的マイノリティーと性的多数派の「わかりたいけどわかりあえない」微妙な心情を上手く衝いていると思いましたよ。・・・僕には、まじめには答えられずにおちゃらけてしまう彼女の心が、痛いほどよくわかります。そして、そんな彼女との距離感にとまどった、あなたの気持ちもわかります。)

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母親と久しぶりに喋る・・・姉が再婚していた■フツーに日記0614■

今日、書いておきたいことがあったので書いておく。
昼頃、母親から電話があり、ものすごく久しぶりに喋った。離れて暮らしているので連絡をとり合うこともあまりなく、僕の方がちょっと敬遠気味だったので疎遠になっていたのだが。
足の手術をするので入院が決まったという。60歳になる前にしておかないと、骨の回復力が弱くなるらしい。久々にいろいろと近況を語り合う中でびっくりしたのが・・・姉が再婚していた。
僕とは2つ違いの姉なのだが、子どもが出来た途端、前の夫とは別れた。姉の方が振ったのだ。実はその頃から付き合っていた人がいたのだが・・・その人とついに籍を入れたのだ。
父と母はやっぱり反対しているけれど、押し切ったらしい。

姉もなかなかやるもんだ。

この姉とは小さい頃からまるで一心同体のようにして育った。僕はいつも姉の後ろにくっついてばかりいた。幼い頃の写真を見ると、大体姉の後ろで僕はコソコソしている(笑)。おかげで喋り方から仕草から性格から、かなり姉とそっくりになってしまった。たまに会うと、まるで自分を見ているような気がして照れくさくなるくらい。どちらかというと姉は男っぽくサバサバしているので、二人とも「中性的」である。そんな姉が大好きだ。
最近、僕のほうから家族とは疎遠になっている。会うと「結婚適齢期」なのでいろいろ言われてしまうのがウザったいのだ。でも、やっぱり心の奥底では家族の事が大好きだし、もうこの先そんなに機会はないだろうから、たくさん会いたい。
今回の母親の入院を機会に、久しぶりに実家に帰ってみようと思った。何かが変わるのかもしれない。何も変わらないのかもしれない。でも・・・そろそろ自分の気持ちに素直になってみようと、今日は思った。明日はどうだかわからないけど。

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ゲイとしての日常は演劇である・・・(笑&泣)

高校時代の苦い経験について書いている中で、前回ハッとするコメントがあった。momo-inositaさんが書いていたこの言葉。
「akaboshiさんの高校時代って、毎日が、演劇ですね。」
・・・かなりドキッとしたと同時に笑いました。図星。当たってます。ただしシナリオはなかったけど(笑)。
かなりスリリングな即興劇を毎日演じているような感覚でした。だから(というわけでもないのかもしれないが)僕は大学に入ると演劇に目覚め、かなり熱中するようになるのです。そしてそこではさらに、自分のセクシャリティーを自覚する大きな出来事が・・・。つながっていたんですね~おそろしい(笑)。
でも考えてみるとゲイとしての(というよりそれを隠しての)日常って、演劇みたいなもん(笑)。僕の実感では、自分のセクシャリティーを自覚してからというものは、いつの間にか演じることが「無意識」の状態で出来る位にハイレベルな(←・・・?)演技を繰り広げている毎日といっても過言ではない気がする(そんなハイレベルにはなりたくないけど。)
でも、程度の差こそあれ、人は環境や対人関係によっていくつものキャラクターを演じ分けているものだから、演じているのはゲイに限った話ではないけれどもね。その「演じている」という感覚を自分が鋭く意識してしまう・・・というのはゲイの特質かも。

鋭いお言葉、ありがとうございました。今度、大学時代の役者経験についても書かせていただきます。アレは辛かったというより・・・嬉しかったことだけど(笑)。
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男だったら誰でもいいわけじゃないっ!

 周囲にカミングアウトしているゲイがいない人生をすごして来た人が・・・「ゲイ」というとまず一番勘違いしやすいのがここのところ。
「男がすきなんだぁ。ふ~ん・・・。」のウラにある好奇の感情・・・これに僕は傷つきます。

 この際だから声を大にして言いたい。
 僕にだって好きなタイプもいれば嫌いなタイプもいるっ!。男なら誰でもいいわけじゃないっ!だから・・・ゲイを好奇の目で見るなぁっ!(←あ・・・口調が荒くてスミマセン・・・笑)

 前回も書いたので繰り返しになりますが・・・ゲイというとまずいちばん目に付きやすいのがテレビのタレント。
 テレビに出ているゲイの芸人は、「笑いをとるために」おネエのキャラを誇張して演じているのだ。なぜなら芸能界におけるゲイのキャラの需要は、今のところそういう面しかないからだ(タレントというのはそういうものだ)。そしてそのイメージが勝手に増幅して、世間に大きな誤解を撒き散らしているのである。
 もし社会的にはフツーに「男」として生きているゲイが堂々と「私はゲイです」と公表しても、面白味がないのだろう。たとえ芸能人の誰かがそうしたとしても「スキャンダル」として面白おかしく取り上げられるのがオチ。誰もそんなリスクを背負ってまでカミングアウトしたくないだろうし、する必要もない。だから一向に間違ったイメージは改善されない。
・・・困った悪循環である。

 好奇のまなざし

 僕には一人だけ、僕のことをゲイだと打ち明けている女友達がいる。その子に打ち明けたときも、最初は傷ついた。なんでも話せる間柄だし、彼女の恋愛相談なども受ける間柄で精神的な家族のように思っていたので、ある時どうしても言いたくなって、勢いにまかせて言ってしまったのだ。

 その当日は「なんとなくそうじゃないかと思ってたヨ」とフツーに彼女は受け止めてくれたのでホッとした。しかしあとでわかったことなのだが・・・
 そのことをどうやら面白おかしく彼女の親友に話してしまったらしい。その親友と会ったとき、明らかに「好奇のまなざし」で僕を見ていた。そしてそれをほのめかす発言もした。本人にはその気はないのだろうが、受け取る僕にとってはものすごく傷つく発言だった。(書きたくもないです。)

 僕はその場は平静を装い聞き流したが、正直ものすごくムカついた。

 後日、彼女にその気持ちは伝えた。
 「親しい友達だからこそ話したのに、大して親しくもない人に話すとは何事だっ!」と。
 悪気はなかったと謝ってはくれたが、この時の経験から、僕はカミングアウトには慎重であるべきだと思うようになった。

 ゲイが誰かにカミングアウトすることが、どれだけ本人にとって勇気のいることなのか。こればかりは、ゲイとして生きてみないとわからない。
 生きていると、日常のちょっとしたことで「あっ自分は違う」と感じることに出会う。心では感じつつも、周囲にそう感じさせないように演じている感覚が、常につきまとう。チクチクと針で心臓を突付かれ続けている感じ。

 悪いことをしているわけじゃないのに、もしバレたらきっと、それまでの人間関係は変化する。

・・・あぁ、なんかヤだなあ。ここまで書いてきてちょっと自分がイヤになった(笑)。僕って、まだこういうことを書いて「わかってくれ」と訴えたくなるほど、自分のことをちゃんと受け止めきれていないんだなぁ。

 ま、これが正直な今の状態。こんなことを悶々と考えながら日々過ごしています。はっきり言って幼なすぎ(笑)。

 僕は、まだこのレベルにいる、未熟なゲイです。将来、こんなことを書いたことを笑える日が来ることを願って、現状を素直に記しておきました。

・・・お粗末さまでした(笑)。

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性教育・・・された記憶がない。03

「タブーになるほどのことなのに、
どうしてあんなに気持ちがよいことなのですかねぇ。
ある種哲学的、宗教的問いなのかもしれませんよ 」
前回書いたことに対して、grooveさんがコメントを寄せてくれた。

そうなのだ。
気持ちがいいことなのだ。

気持ちがいい
→ずっとそれをしていたい
→社会生活に支障をきたす
→「悪」のレッテルを貼り規制する(隠す)

・・・こういう仕組みで「性」はタブーになっているのだろう。
そして、まだ物事の判断がつかない子どものうちからそんなものを知らせたら、それこそ子どもは動物のようにSEXしまくるようになるから判断がつく年齢になるまで隠しておこうというのが、世の「大人」たちのなかで「一般常識」とされていることなのだろう。

だったらいつ「判断がつく年齢」になったと判断するのか。
法律で「16才」だの「18才」だの決め付けることに意味はあるのか?

隠されれば隠されるほど、それを知りたくなり求めてしまうのも人間の性(さが)。
特に子どもであるほど「世の中」というものに新鮮な感性で接しているから、大人が隠しているものに対しても敏感だ。
「ねえねえ、SEXってな~に?」
「どうして僕は生まれたの?」と無邪気に子どもが質問してくるうちは、まだいい。
「コウノトリが運んでくるのヨ」とか、「それは大人になってからね」とか言ってごまかしておけばいいのだから。
しかし子どもはいつまでも子どもではない。やがては無邪気にそういう言葉を発せなくなり、「自我」が芽生えた自分の子どもに対して逃げずに真正面から向き合っている大人がどれほどいるだろうか。
「世間がタブー視しているから」というのを理由に逃げてはいないだろうか。そして、そういうものに興味が芽生え、より深く知ろうとする子どもの好奇心を「タブー=悪」という表面的な理解で一方的に規制してはいないか。

性がどうしてタブーなのか、よく考えて欲しい。
「卑しいこと」だからではない。「恥ずかしいこと」だからでもない。
「気持ちいいこと」だからこそ、性はタブーなのだ。
「気持ちいいこと」の結果、すべての人は生まれてきているのだ。

「大人」の理不尽に子どもは傷つく。
「大人」の無能を子どもは見破る。

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性教育・・・された記憶がない。02

どうして「性」には「悪いこと」という印象がつきまとうのだろう。
前回の文章に関するコメントをもらってからも、なんだかこのことを考え続けたくなった。
人はこの世に生まれてきた以上、必ず「男」か「女」かの「性」を持っている。精神的な面は別にして、肉体的には。
僕の場合は思春期の成長過程で自分が他の人と違うんだと自覚してからは、自分がそのどちらにも属さないような不安に駆られたことがあった。男としてアソコは人並みに成長しているのに、どうも「男」が「女」に感じるという感覚がわからない。男友達とHな話をしてみても、どうも嘘っぽい(だって嘘だもん・・・笑)。だから余計に、両親や友達と性について話すことを避けがちだったのかもしれないなぁ。だって、性の話に踏み込むと自分でも深く考えたくないことに触れることになるわけだし。傷つきたくなくて逃げてたのかも。
今日わかってしまったこと。「性」を悪いこととしてタブー視する人たちと同じような精神構造を、僕も持って成長してきたのだということ。・・・人のせいにするのはやめましょうってことですね。(自爆っ!!)。
・・・とりとめもなくなりそうだけど、しばらくはこのことについて、思いついたことを書いてみようと思う。ある程度吐き出してしまった後に、なにかが見えてくるのかもしれない。

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性教育・・・された記憶がない。

細木数子が数日前、TVで性教育について語っていたらしい。(見なかったので詳しいことはわからないが・・・)
本当はちゃんと語り合わなくちゃならないことなのにこの国の国民性とも関連するのだろうけど、割とタブー視されている事柄だと思う。自分の記憶を辿ってみても、性教育・・・された記憶がないことに気がついた。(記憶に残ってないだけなのかもしれないけど。)
誰もが経験する必須事項なのにタブーなのっておかしいなぁ。「本当はあるのにオモテ向きはないこと」にされているのって、GAYの存在と同じだなぁ・・・って、ちょっと被害妄想かな(笑)。僕の場合、両親はかなり真面目な性格だったから性のことは話してくれなかったし、僕も内気な性格だったから聞けなかった。友だちとも開けっぴろげに話せなかったから、どうやって知識を得たかというと、親には内緒で買っていたアイドル系雑誌や少年漫画誌のエロ投稿コーナーから(笑)。そうすると、妄想ばかりが広がるからかなり屈折するよ~。
こういうことって、ちょっと勇気を出して語り合っちゃえばなんでもないことなのに、タブー視するから余計な妄想を抱くんだよね、人って。
大人だったら人生の先輩として、ちょっと勇気を出して子どもに世の中の仕組みぐらいは説明して欲しいな。悪いことじゃないんだから。それがなきゃ生物は存在しないわけだから。

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男が好きなんだと気付いたのは中学生時代

ありがちな話かもしれないけど、僕の場合は中学生の時に初恋をした。しかも、同じ放送委員会をやっている一年後輩の男の子にだった。半ズボンからスラっとした長い足が伸びていて、格好よかった。普段の活動では先輩面していた僕だけど、たまに「下校時刻の放送」を終えて二人で帰れるときがあり、嬉しかった。
或る日、その子が風邪をひいて休んだ。僕は心配でたまらなくなり、家まで見舞いに行こうと思った。でも・・・勇気がなくて家には入れず、心配していることを綴った手紙をポストに入れるのが精一杯だった。結局告白めいたことはせずに、卒業した。

当時はそのことを「恋」だとは意識していなかったのだろうが、今となって振り返ると、僕の初恋はアレだったんだなあ・・・。

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ゲイが男を好きになる気持ち

基本的には、「女性が男性を好きになる気持ち」と変わらないんじゃないかと思います。僕の場合、女性の気持ちを歌った歌に心情を重ねられますし・・・要するに世の中で「男」として生きている人の「男」の部分に魅かれるわけですから。
ただし相手が異性ではなく同性なので、ぶっちゃけてしまえばカラダの仕組みは熟知しているわけですね(笑)。男の性の仕組みについては、生まれたときから自分のカラダで体験しているわけですから知ってます。そこら辺はかなり、違ってくるとは思いますが。
男は、カラダの仕組みからして「己が求める瞬間」に向けてはなりふり構わず突進しがち。SEX以外の思考回路にも、カラダの仕組みはかなり影響しています。その点で女性は現実志向の方が多いように思われますが。こればかりは、女のカラダを経験していないのでわかりません。親切な女性の方、このあたりの考えを聞かせてくださいっ!

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Yシャツの色気

会社に勤めているとYシャツ姿の人と接する。
自分は私服通勤なので、背広を着て働く人のことが時にうらやましくもなる。男がカチッとフォーマルにキメている格好よさは、なんともいえない色気があるからだ。髪型もビシッと決まっているとなおさら。



軍隊は、まずは仕事着(軍服)を格好よくするところから
憧れを抱かせて志願者を募るという・・・。
そういえば堅くて真面目な仕事ほど、制服は格好いい。
サラリーマンの格好よさにも、魅惑性があるなぁ。

ただし、人によりけりだけど(笑)。

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