フツーに生きてるGAYの日常

やわらかくありたいなぁ。

2017-07
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akaboshiコラム040●言い出しにくい子どもたちのために



 大人ってのは自分にとって居心地のいい環境を選べるけれども、子どもってのは選べないんですよね。大人の庇護の下にあるうちは。

 そんな当たり前のことを改めて認識したのは、先日まで出かけていた旅行で姉の家族が「子育て」をしている様子を見たからです。

 ごく当たり前のように、男の子は「男の子」として、女の子は「女の子」として扱われている光景がありました。そして、自分がまさか、あそこまでそのことを「気持ち悪く感じる」とは思わなかったです・・・。子育ての場って、本当にものすごく強固に「男」か「女」に区分けされる世界なんですね。

 こんなに敏感に感じてしまったのはたぶん、僕がこの数年、「そういう場」を避けて近寄らないように生活してきたからなのだと思います。家や仕事場、友人たちと過ごす場では、自分が「男なんだ」と強烈に意識することは、ほとんど無いに等しいからです。

 同性のパートナーと過ごす時間というのは、対「女性」と過ごす場ではないために、自分が「男性」だという意識を、ほとんど持たなくて済みます。たぶんこれが異性同士で付き合っているヘテロカップルだとしたら、互いに自分のことを「男性」「女性」と意識しながら過ごすことになるのでしょう。つまり同性同士というのは、そういうものから解放される組み合わせであるということを発見しました。

 また、仕事場でも自分が「男性」であることを、ほとんど意識しないで済む役割の場で働いています。そしてセクマイの友人たちと過ごす場では、僕は「男だけで集まる空間」がどうも好きではないので、トランスやレズビアンなどが多く集う「男の少ない場」を選んでいます。では、その場では「男性」であることを意識するのかというと、あまり意識していません。なぜなら恋愛対象として見られることが、ほぼ無い場だからです。

 そういう意味で、今の自分の選んでいる生活圏がいかに「男性性という鎧」を着なくて済む環境なのかを再発見する旅でもありました。そしてその選択ができているのは、僕が「大人」だからなのだと思います。経済的に親の庇護から解放されて自由になっているからなのです。しかし子どもにはその自由はありません。

 「男」だの「女」だのを意識せざるを得ない環境を、素直に受け入れられる子どもにとっては、大人たちが性によって極端に接し方を変えている環境でも、特に問題なく過ごせることでしょう。でも・・・どうしても僕は、その環境を受け入れられない子どもや、適応できない子どもが少なからず確実に一定数いるということに、意識が向かってしまうのです。

 そして、その子どもたちは往々にして、そのことを大人や周囲の友人、先生に言い出しにくくて独りで抱え込んでしまいがちなのを知っています。だから息苦しくなってしまったのです。姉の子育て現場を見ているだけなのに。

 この種類の想像力や感性を持ってしまった自分はもう、持たなかった自分には戻れません。だったら・・・自分には何が出来るのだろう。「言い出しにくい子どもたち」のために。FC2 同性愛 Blog Ranking



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 旅行から戻りました。

 自分がゲイだと気付いて以来、意識的にも無意識的にも避けていた「家族と過ごす時間」を、最近ちょっとずつ取り戻してみていますが・・・やっぱり疲れることは事実です。今のところ母だけに「ゲイだよ」と伝えてあり、父や姉、弟に伝えるかどうかは様子を見ているところなのですが、「探り」をかけている段階なので神経が疲れるんです。でもそういうことばかりを考え続けていたわけでは決して無く、基本的には楽しく過ごすことが出来ました。

 これまで僕が家族を避けてきた一番大きな原因。それは「30歳を過ぎたのに結婚をしないこと」に対する家族や周囲の視線に、自分が感じる「後ろめたさ」です。



 30歳を過ぎると家族と話す内容は、やれ誰かの子どもだの孫だの・・・ということになるわけでして。その時に自分が感じてしまう疎外感だとか、自分の生き方を否定されているかのように胸が締め付けられる感覚だとかは、出来れば感じたくないわけですね。

 最もリラックスしたい家族との時間が、最も「自分を痛めつける時間」になる。それって恐怖に近い感情だったりします。だからと言って、それらを跳ね除けるために「僕はゲイだから結婚はしないからっ!」と一気に言ってしまうようなことは、僕には出来ません。とても暴力的なコミュニケーションではないかと思うからです。

 でも今回の旅では、母のおかげでだいぶ楽になっていることを感じました。父に、「あの子は結婚するつもりはないらしいよ」と伝えてくれていたのです。2日間一緒に居て、父親から「いつもの質問」が繰り出されることはありませんでした。

 それだけで、どれだけリラックスして過ごせたか。そして、たとえそういうことを話さなかったとしても、親子での話題というものは他にいくらでもあるんだということを発見できたりもしました。



 最近、自分の腹が据わって来ているのを感じます。これは僕の人生なのですから。自分が納得ずくで選びとった環境で、「穏やかになれる時間」を確実に持てている日常がある。だから他人からどう思われようが、それこそ「どうでもいい」んですね。

 だって、もし、家族の中に「わかってもらえない」人がいたとしても、そのことによって僕の生き方が変わることは無いわけですから。僕は誰かの評価のために生きているわけではなく、自立しているのだと思えたのです。

 姉は嫁ぎ先で生き生きと、2児の母として逞しくなっていました。旦那側の家族とも仲良く上手くやっているようでした。幼い頃からの都会暮らしを捨て、子連れの再婚でしかも慣れない田舎暮らしが耐えられるのか?。そんな家族の心配を余所に、姉はしっかりとその土地に根を生やし、自然体で人生を楽しんでいました。

 その「力みのない姿」を実際に見て感じたことが、僕の今後の人生に、大きな指針と安心感を与えてくれるような気がしました。FC2 同性愛 Blog Ranking



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 このひとつ前の記事に書いた内容と同じことをほぼそのまま、夕食を食べた後に母と二人きりになった時に喋ってしまいました(笑)。

 そしたら母に言われました。「じゃあお前も、私に傷つけられてた?」と。

 その時に、ふと気付きました。僕は・・・母からはあまり傷付けられていなかったのではないかと。だから、自分がゲイであると気付いてからも、根本の部分では疎外感を感じずに済んでいたのではないかと。

 うちの母は若い頃、つまり僕が幼い頃に共働きをしながら「0歳児保育」の実現を、行政に対して働き掛けて実現させた人でした。だから僕は、その町の「0歳児保育第一号」として0歳の時から保育に出され、モデルケースのように扱われました。(もちろん自分の記憶にはほとんど残っていませんがね。) しかも他の園児たちが15時で帰るところを僕だけは、母が仕事を終えて迎えに来る18時頃まで保育園に残り、保育士さんたちが反省会をやっている場で一人で遊んでいたりしたのです。母が保育園に掛け合って、実現させていたことでした。

 つまり母は「女性も男性と対等に働ける環境を築く」ために、つまり自分のような共働き家庭の母親の待遇改善のために奮闘していました。その根底には、「男性と女性が性別によって待遇差を設けられるのはおかしい」という思想があったわけです。

 一方、父親は母よりも8歳年上であり、バリバリの戦中派。「男尊女卑」的な価値観を色濃く内面に抱えている世代です。子どもを叱るときにもよく「男なのに泣くな!」だの「女の癖に生意気な!」と、口癖のように発言する人でした。

 しかしそこで母はすかさず「なんてこというの!男でも泣いていいじゃない」とか「女が生意気で何が悪いの!」と、反発するタイプの人でした。父と母がそうやって言い合っている姿を見ていると、子ども心に考えますよね。「父と母、どちらの言っていることに共感できるのか」を。 僕は圧倒的に、母の言っていることの方が正しく思えたし格好いいと思えた。それは姉も同じだったようで、姉と僕は精神的には「母の持っている思想・信条」に共感しながら育ちました。

 それから30年以上の月日が経った今でも、父と母は同じように「男女観」についての言い争いをしています。よくよく考えると、そこまで思想が擦れ違っている二人がよくもまあ、夫婦で居続けられたなぁと思うのですが・・・この二人の場合は「思想」よりも、もっと深い部分で繋がりあっているのでしょう。表面上は言い争ってはいるものの、実はとても楽しそうなのです。人と人との結ばれ合いというのは、理論や理屈では語りきれない面白さがあるなぁと、両親を見ていて感じます。

 母が植え付けてくれた「男・女のフィルターで人を選別して見ない」という価値観は、今の僕の選んでいる活動に多大なる影響を与えていることを感じます。そして、自分がゲイだと気付いた時にも「ゲイ=女らしく見られる可能性」に対しては、なんとも思わずに済みました。 そのことに関しては今更ながら、ものすごく感謝しています。

 「男」「女」という性別二元論に関しては、父という「反面教師」と母という「リスペクト教師」を僕は持っているわけで、両者が揃っているからこそ学ばせてもらっていることの多さに気付かされた、家族旅行のひとときでした。FC2 同性愛 Blog Ranking



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 福島県に来ています。というのは姉の嫁ぎ先がここだからなのですが。

 今年の1月に姉が子どもを産みまして、生後50日を祝うために親戚らが集められるというので、親から誘われて出てみることにしました。

 姉が福島に嫁いでからは、なかなか会う機会がなかったということもあり、「久しぶりに会う機会になるからいいか」と軽い気持ちで出席を決めたのですが…。行く前日になって親から「出産祝を包んでね」と電話で言われ、正直、かなり驚きました。東京から福島に行くだけでもかなりの出費なのに、それに加えて「出産祝」を包め?しかも数万円も?

 ものすごく「納得できない」思いが湧きました。つまり僕は自分がゲイだと気づいて以降は、こういった昔ながらの親戚同士の互助会システムのようなものに自分が組み込まれることなんて、まったく想像したことがなかったからです。こういうのって要は「持ちつ持たれつ」で成り立っているわけでしょ?しかし、自分がこのシステムに組み込まれた場合には、払う一方になる可能性が非常に高いわけです。これって、すごく不公平だなぁと。

 家族のうち母親だけには自分がゲイであることを伝えているので、この気持ちを正直に伝えてみました。そしたら「あなたは家族を捨ててるからよ」と嫌味も言われたのですが、「こっちにしてみたら、こういうことがある度に疎外感を味合わされるんだから、自分を我慢してまでそんなところに居たくはないでしょう。だから僕のような人たちの中には、家族と疎遠になって都会に住んでる人が多いんだよね。わかる?」と言い返してしまいました。

 そのまま言葉を交わし合ううちに母親が「そっか。そういえばそうだよね。わかった。じゃあ、お祝い金は家族からの一括という形で包むことにするね」と、折衷案を編み出してくれたので、多額の出費は免れることになりました。

 そして今日。

 両親とともに姉が住む雪深い福島県に来ています。子どもの「生誕50日を祝う会」とは、この会津の土地では常識的に行われているものらしく、タクシーの運転手の話によると、特に「男子の初孫」が誕生した場合には必ず行うものなのだそうです。

 姉は再婚であり、前の旦那との娘が居るのですが嫁ぎ先にしてみたら、今回生まれた子どもは「めでたい(正式な)男子の初孫」となるわけで、先方の「家」としては行うのが当たり前の行事ではあるわけですね。

 そう考えるとちょっと複雑な気持ちもあるわけですが、そういった「ほろ苦い気持ち」を両親と分かち合いながら、この会に出てみるというのも微力ながら親孝行になるのかなぁと思いながら会場である温泉宿に着き、親戚たちと挨拶をし、15人程度で食事をし、生後50日目の「男児」の成長ぶりを囃し立てながら、午後のひとときを過ごしました。そして、幼い子どもたちに対して大人たちが無意識のうちに投げかけている言葉が、いちいち気になって仕方がありませんでした。

 この数年。

 自分が「ゲイ」なのだと気づいてそれを受け入れ、現在は男性のパートナーと同居したり、レズビアンやトランスの友達がたくさん居る中で都会暮らしをしている僕からしてみると…。たとえ「男の身体」で生まれたからといって、その子がこのまま(いわゆる)「ストレートな男」として育つという保証はないことを、数多くの実例を見て知っているわけです。今は「男の子」として振舞っているとしても、自意識が生まれ、第二次性徴を経るころに性別違和を感じるかもしれないし、同性を好きになるかもしれない。それは現時点では、誰にもわからないわけです。

 しかし、大人たちはそのことに全く無頓着で、やれ「眼光が鋭くて男らしくて凛々しい」だの、「足をよく動かして活発で、やっぱり男の子は元気なのがいい」だのと、なんの疑いもなく子どもを「男」として扱っています。

 また、姉がこの家に「連れてきた子」である娘は小学1年生になっており、常に走り回っているなど元気な盛り。お爺ちゃんやお婆ちゃん、親戚たちに囲まれて有頂天になり、宴会場のステージを一人占めにして歌を歌ったり、友達のモノマネを披露するなどの「オン・ステージ」を開催しています。

 この日はスカートを履いてきていたということもあり、たとえば「でんぐり返し」をしてスカートがまくれた場合などには「こらっ!女の子なんだからそんな格好しちゃだめっ!」とか「女の子なのに活発ねぇ」という言葉が投げかけられているのです。更に、うちの父親などは「そのうち好きな男の子が出来ればおとなしくなりますよ。」と、わかったようなことを言っていたりするのです。

 …そんなことは誰にも保障できないはず。

 この子も将来、性別違和を感じるかもしれない。あるいは女性を好きになるかもしれない。誰にもわからないのです。

 そんな思いが常に胸に去来してしまい、僕は自分の中に芽吹く「もやもやした思い」を罪悪感と共に押し隠し、表向きは「和やかにその場を過ごしている自分」を演じていることに、ものすごく疲れてしまいました。

 あまり関係が深くもない人たちに対して、いちいち場を白けさせながら口に出して一人で説明するなんてのは大変なこと。だからと言って、言わなきゃ言わないでこうした思いは、ただただ自分の中に鬱積していくばかりなのです。

 セクマイ当事者の多くが家族と疎遠になり、都会に出て暮らしている確率が非常に高い原因の一端を、こうしてまざまざと体験したのでした。

 そしてなによりも恐ろしいと思うのは、大人たちの誰ひとりとして、この子たちの未来にとって自分の行為や言葉が「刃」になり、子どもたちの内面に「毒」となって蓄積されるのかもしれないことを、考えてもいないだろうということ。

 今回、もっとも強く感じたのはそのことでした。FC2 同性愛 Blog Ranking



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akaboshiコラム036●責任者2名と同志と点火



 先日、遠方から上京してきていたmamuさんという友人の希望で、悠君が個展をやっている二子玉川の「ラサ」に昼頃から出かけた。「ラサ」に行くのは僕にとって2度目。

 平日昼間にも関わらず時間を合わせて一緒に過ごしてくれた悠君ありがとう。そしてなぜか(?笑)悠君に呼ばれて来たらしい「ヒゲとホルン」な某氏も訪れ、なんの罪も穢れもない温かな光に溢れる穏やかなはずの店内で、罪と穢れを隠しきれないディープトークを繰り広げてしまった。(←原因はほぼ僕にあるのだが。爆)。

 悠君と「ヒゲとホルン」氏といえば、2006年までは純真無垢だったはずのこの僕を、いわば「セクマイコミュニティ活動界隈」にオルグしてしまった責任者(爆)。こうしてたまに彼らと会うと、大事なものを思い出したり本音も遠慮なく零せてしまう。僕にとっては本当に本当に大事な存在なんだと今日、改めて感じたのだった。

 そんなディープトークに遠方から来た友人は引くどころか積極的に関与し、「ラサ」を出た後も友人とは2人で飛行機までの時間を品川で食事しながら語り続け、映像絡みの話にしても他の分野の話にしても、打てば何倍もの深さを伴って響いて返ってくるという、生きた会話の妙を思う存分味わった。

 感性が似ているというか、他者との接し方とか行動原理が似ているというか。僕が曖昧模糊に零した言葉を、見事なまでに詩的な表現として昇華して返してくる友人の鋭い感性には、本当に恐れ入った。

 わかり合えない人というのは居るものだ。島が違う。国が違う。文化が違う。伝えても言葉が違って伝わらないかのように、種類の違う人間というものは居るものだ。

 逆に、少し時間を共有しただけでも打ち解け、まるで長い年月を共に生きて来たかのように「種類が似ている」と感じられる人というのも居るもので。この友人は、そんな存在なんだと気が付いた。会話しながら「同志」という2文字が浮かんで来て嬉しかった。

 そんな同志に促され、僕は本気で今の真実を刻印するべく賭けてみたい。決意で自らを律するべく、帰り際にビックカメラで1.5テラバイトの外付HDを購入した。1万2000円でこの大容量。誰もが高画質な映像をたやすく手中に収めたり、自作映像を作りまくれるこの時代。魂から血を流し、清濁併せ呑んだ「生きた映像」をこそ、僕は量産するべきなのではないのか?そう自分に問いかけ、ボッと音を立てて点火する「何か」を感じた。



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akaboshiコラム035●2つの東京レズビアン&ゲイパレード映像が語るもの



 1995年と2006年の東京レズビアン&ゲイパレードを、それぞれ描いたドキュメンタリー映画を連連影展@パフスペースで観た。まず2006年の作品は富岡千尋監督の『TLGP that matter』。続いて1995年の作品は、なるさ監督『影のない1時間』。

 両映像の間には11年という時の隔たりがあるのだが、時代の変化が如実に感じ取れて面白かった。1995年の映像では、パレードを行進している人たちの中に、やたらとサングラスをかけている人たちが多かった。顔がわからない程度にまで厚塗りの化粧や仮装・扮装をしている人たちの比率も高く、それが結果的には「派手」な雰囲気を演出してもいるのだが、「仮装すれば顔を隠して歩けるから」という気持ちで、それをやっていた人たちも多かったんだろうなぁと感じられた。

 それに対して2006年の映像では、大多数の人たちが普段着で顔もそのままであり、メイクをしている人たちはドラァグ・クイーンなどにほぼ限られ、隊列を歩くことにあまりストレスも感じずに、むしろリラックスして楽しんでいる人たちの多さが目に付いた。つまり11年という歳月の経過によって、パレードというアピール活動の中にも「日常感覚」が沁み込んで行っているのだ。

 参加者たちの醸し出す雰囲気として「ハレ(非日常)」の要素が強く感じられた1995年のパレードと、より「ケ(日常)」の姿が連想しやすくなっていた2006年のパレード。続けて観てみることにより、こんなにも鮮烈にその違いが浮かび上がるとは・・・。これは喜ぶべきことなのだと思う。それだけ、パレードを歩くという表現行為への「敷居が下がった」ということを示しているのだろうから。

 ちなみに僕は、2006年のパレードは沿道から見ている側だった。この時が、初めて見たパレードだった。「もし誰か知り合いが渋谷や原宿に居て目撃されたらどうしよう」と、ビクビクした気持ちを抱えながらの「見学」だった。そしてカルチャーショックを受けた。やはり自分の目で実際に見てみると、想像を絶する位のインパクトがあって衝撃を受けたのだ。



 つまり僕は、2006年以前のコミュニティ活動を知らない。先行世代が「決死の覚悟」で切り拓いて行った時代の空気というものを知らない。そのことには、ちょっとだけ嫉妬心のようなものも抱いたりするけれど、むしろ、あまりリキまずに楽しみながら、のんびりとした気持ちで「セクマイであること」とか「その視点から見えてくるもの」を考えられるようになった現代という時代の恩恵は、たっぷり受けないとな、と思った。それこそが、先行世代の望んでいた「未来」だったはずなのだから。

 上映後、皆で感想を語り合った後、レズビアン・ミュージシャンのCHUさんがギターで、1995年の映像の中で、パレードを歩き終えた宮下公園での集会で、かつて本人が実際に歌っていた歌を歌ってくれた。「カミングアウトしよう♪」というメッセージをシンプルに伝える歌だったのだが、当時の空気感をそのまま伝えてくれるような迫力があり、理屈を超えたところで胸に迫ってくるものがあった。この歌を当時聴いていた春日亮二さんは、その後ゲイの音楽イベントを主催することになったという。「あの時の歌がきっかけなんですよ」と、数年後にCHUさんに言って来てくれたそうだ。そのことを嬉しそうに語りながら、「やっていればきっと、知らないところで誰かが影響を受けていてくれて、なにかが続いていくもんだと思いますよ」と語っていたのが印象的だった。

 「バトン」というのは、確実にあるんだと思う。そして、それを受けた側が自ら考えて切り拓いて行くべき「現代ならではの走り方」というのもあるんだと思う。

 すごくテンションが高くて尖っていて、だからこそどこか無理もしていて傷つけあったりもして、その中で必死に切り拓いていた世代の人たちのエネルギー。パレードを記録した映画に『影のない1時間』というタイトルを付けた裏にある、「影」と感じられた当時の日常感覚。

 当時に比べて現代のセクシュアル・マイノリティにとっての社会の肌感覚はきっと、「光と影」が対義語としてあるのではなく、複雑に溶け合って感じられる時代になっているんだと思う。より、複雑性が増しているのだ。良きにつけ、悪しきにつけ。

 そのことを明確に感じられたということが、最大の収穫だった。FC2 同性愛 Blog Ranking

akaboshiコラム034●悦び

 年始にイベント&ブログに映像を出した後、本当はまだ出していない映像もあるのだけれど、ブログを基本的には放ったらかし、むしょうにものすご~く映画を観まくりたい衝動に駆られ、「今はそういう時期なんだろう」と開き直り、衝動に従う日々を過ごした。

 大島渚「愛と希望の街」「太陽の墓場」「日本の夜と霧」「天草四朗時貞」「小さな冒険旅行」「ユンボギの日記」「白昼の通り魔」「日本春歌考」「絞死刑」「悦楽」「新宿泥棒日記」「帰ってきたヨッパライ」「少年」「東京戦争戦後秘話」「戦場のメリークリスマス」「御法度」。ロードショー物では「アバター」「今度は愛妻家」「キャピタリズム」「かいじゅうたちのいるところ」。写真美術館に「木村伊兵衛とアンリ・カルティエ・ブレッソン」を観に行ったりもした。

 僕はこういうとき、衝動に忠実に従うことにしている。そのような衝動が強く湧く気持ちというものは、もう二度と訪れるものではないだろうと思うから。そして、強い欲求に従った行動というものは必ず、長期的に見て自分の人生において「ターニングポイント」になっていると思うから。

 「これからやるぞ」という態勢に入る直前、吸収欲が異常に強くなる時がある。それが直接的に何か役に立つのかどうかは不明ではあるが、自分が本気でなんらかの「準備」に入ろうとしていることは確かだ。

 大島渚も木村伊兵衛も人間というものを原初的で無垢な眼差しで見つめ、露わにすることに悦びを見出し、圧倒的に魅力的だった。他の作家との決定的な違いは、そこにある。つまり、彼らが追い求めたものは自身の「喜び」ではなく、他者と裸で付き合うことによって得られる人間としての「悦び」だったのだ。FC2 同性愛 Blog Ranking

akaboshiコラム033●揺さぶられ、掻き回されること、楽しむこと。

 パフスペースで9日(土)~11日(月)まで開催した一連のイベントが終了しました。僕は主催者なのでず~っと会場に張り付いていたのですが、映画にしてもトークイベントにしても毎回、ぜんぜん違う温度の「場」が生まれ、それぞれに凄く刺激的でした。

 トークのゲストとして来場してくださった綾さんとは、10日(日)の午前中に東京駅で待ち合わせたのですが、白のロングコートに黄色のストッキングという、一段と明るく爽やかな格好で現れ、髪型もオシャレでメイクも決まっていて、ホントに輝いて見えましたよ。パフナイトの開始までは少し時間があったので早稲田大学の大隈講堂前などを散歩したりして、これまで関西でしか会ったことのなかった綾さんと「こうして東京の街を一緒に歩いている」という事実に、実感が湧くような湧かないような、ふわふわした感じでした。

 12時~パフナイトスタッフでサイゼリアに集まり事前の顔合わせを行ったのですが、まめたに対して綾さんが開口一番「綺麗・・・」と言ったのが面白かったので、思わず爆笑してしまいました。(まめたゴメン!)。YouTubeでの、ちょっと「活動家付いてるイメージ」と実物とのギャップがあったようですよ(笑)。

 14時~始まったトークでは、MtFレズビアンの綾さんと、FtMバイセクシャルのSIGERU君、FtMヘテロセクシャルのまめた、ゲイの自分という風に、いろ~んなバリエーションが入り組んで繰り広げられ、前半は混乱しないように丁寧にわかりやすく語れているかどうかに集中して進行しました。

 しかし!。やはりトランスジェンダーとしての経験や記憶を共有している3人と、シスジェンダーである僕との間には明確な「線」があることが後半になって浮き彫りになりました。途中から、3人が「そうそう、そうだよね~」「わかる~」と言っていることに、付いていけなくなってしまったのです。

 これは僕だけでは無かったようで、客席を見渡してみたらトランスと見受けられる人たちは「うん、うん」と頷いているのですが、そうではないと見受けられる人は口を半開きにして「ポカーン」としていたのです。「あ、これに付いていけないのは自分だけではないんだな」という安心感を得るとともに、自分がこれまでいかに、トランスの人たちが「自らの本音や身体感覚を語っている現場」に居合わせたことがなかったのかに気が付きました。

 いやぁ~。自分の脳みその処理能力を超え、フリーズ寸前だったという感じです。10代や20代の頃って、こういうカルチャーショックのような感覚ってしょっちゅう味わっていたように思うのですが、最近はめっきり減っていました。だから嬉しかったです。

 トーク終了後、パフ★シネマの上映時間が迫っているのにも関わらずお客さんと綾さんらとの会話が熱く続いているのが素敵な光景でした。そして映画を観たあと綾さんは、パフナイトに来たお客さんやSIGERU君らと新宿二丁目に繰り出して楽しく語らったとのことです。(そしてそのお客さんらは翌日のRonとakaboshiの直撃トークにも来て下さったのです。それが本当に嬉しかったです。)

 二丁目で飲んだ綾さんにはそのまま東高円寺に来ていただき、高円寺NOHOHONを宿泊のために使わせてもらい、一緒に泊まりました。共同オーナーの水月モニカさんも一緒に泊まってくださり、深夜にも関わらず2時間近く語り続けたりしました。遅い時間だったにも関わらずお付き合いいただいたモニカさんには本当に感謝です。

 翌日の朝もモスバーガーで朝食を食べながらモニカさんと3人で更に1時間半語り続け、お世話になったモニカさんとお別れした後は高円寺までの道を散策。しかしここで残念なことが。駅前で通りすがりの男性が、後ろから「おいっ!おまえは男か!?」と恫喝してきたのです。離れたところから言われたので身体的な危害を加えられたわけではありませんが、あの言葉の暴力は、はっきり言ってすごく理不尽です。綾さんは「気にしてないよ」と言ってましたが、もし一人で歩いている時だったら恐怖を感じたのではないかと思い、僕はすごく腹立たしかったです。ああいう目に会うから、街を歩けないわけじゃないですか。本当に悔しい。

 再びパフスペースに着いてRonさんと対面し、「直撃トーク」のスタート。Ronさんは綾さんのブログを読んだり映像を見返して予習してきたとのことで、「質問したいことがたくさんあるの~」と言っていたので次から次へと聴き続けてくれて、僕としてはかなり「楽」でした(爆)。

 Ronさんと綾さんはちゃんと喋るのが初めてということもあり、その新鮮な感じをトークでも出して欲しかったので打ち合わせは全くせず、事前の接触時間もなるべく少なくして迎えた本番だったのですが、綾さんがこの数年で輝くに至るまでの人生が、どんなシビアなものだったのかが如実に浮かび上がりました。そして、「世の中の何が、綾さんを苦しめた最も大きな元凶なのか」が明確に見えてくる内容になりました。

 案の定、ここでも僕は、かなり混乱を来たしたりしたわけですが・・・。綾さんが「ふと」語った言葉の中に、印象的なフレーズがたくさん出てきました。そして、その言葉の背景には・・・僕の貧困な想像力では到底図り知れない孤独な時間の堆積があったのだろうと、底知れぬ深さを感じました。脳の処理能力を越えて混乱気味な僕に対し、前日に引き続いて客席にいらしてくださっていたMtF当事者の方がフォロー的に説明してくださったりして、助けていただいたりもしました。

 トーク終了後、パフ★シネマの上映があるのですぐに綾さんとはお別れになったわけですが、まだまだまだまだ。面と向き合っていろいろ喋ってみたいと思い続けています。この2日でこんなに喋り続けていたにも関わらず。それだけ、綾さんというのは「深み」を身に帯びている人なんです。

 パフ★シネマのアンコール上映は、運営しながら上映も観ることができたわけですが、そのことによって大きな発見がありました。

 「当事者監督」と「非当事者的視座から制作した監督」の作品との間にある明確な違いが浮かび上がり、すごく大事な「批判的な視野」を一つ、身につけることが出来たのです。

 自分は今後、「当事者」である視点を活用したり突き放したりしながら作品を作り続けようと思っています。その際に最も大切なのは、その時々の「自らの立脚点」がどこにあり、映し出している人や対象との「距離」がどれくらいなのかを常に意識し、更にその「距離」が変化して行く様子を明確に作品に刻み込むことなのだと気付きました。それが実現できている作品の面白さが、圧倒的に傑出していたからです。

 お客さんの反応や感想を間近で感じたり、上映後にそのまま語り合いが始まり、かなり辛辣な批判も含めた感想が、同席していた監督に投げかけられたりと、すごく有意義な場に立ち会うことも出来ました。

 いかに「批判者」を得ることが出来るか。そして、そこから自ら学びとって行ける自分で居られるのかどうかが、人が成長して行く上で最も大切なことだと思います。表現者に限らず、活動家に関しても政治家に関しても、ありとあらゆる分野で「成長」して行こうと思う人全てに、普遍的に、言えることだと思います。

 パフスペースを3日間借りて、初めてやってみたこの試み。自分の内面が様々に揺さぶられ、掻き回され、そのことを楽しめたことが最高に幸せでした。そして、ブログやネット上だけの繋がりだったところから、リアルな場での対面に繋がった人や、パフスペースを初めて訪れたという方もたくさん居て、アンケートや話しかけてくださったことでそのことを知り、きっかけづくりになったのだとわかった時にも喜びを感じました。

 最後のプログラムに来ていただいた皆さんが自主的に片づけを手伝ってくださり助けられたことも、本当に嬉しかったです。掃除機をかけながらふと、3年前の自分はここに「お客さん」として来る立場だったのに、今は何をやってるんだろう、これは自分なのだろうかという不思議な思いが湧きあがったりもしたのですが。「自分って何?」という解釈はきっと、後から付いてくるものなんだろうと思います。

 「今」を、その時々の自分に忠実に生き、瞬間を積み上げること。人生ってそうやって作られていくものなんだろうと思います。最近の綾さんの輝きや、語りながら自らを再解釈し直している姿から学んだことはそれでした。FC2 同性愛 Blog Ranking

akaboshiコラム032●イトー・ターリ、橋口亮輔、リム・デズリ・・・3者の背中を鏡にして

  11月7日(日)はリム・デズリ監督の最新作『HOME』と、早稲田GLOWの自主制作映画の上映会があり、両会場で映画を観つつ、上映後に会場を出る人たちにパフ★シネマのチラシ配りをしました。

 リム・デズリ監督の『HOME』は、マレーシア国内でのビルマ難民問題を告発する内容なのですが、決して攻撃性を帯びずにむしろ静かな語り口。成熟した丁寧な映像表現で現実の不条理を描き出した深みのある作品でした。

 単なるメッセージを伝えるだけの社会派プロパガンダ映画に陥らず、映像ならではの表現とは何かを監督が模索しながら撮っていた様子が伝わってきました。この「こだわり」が有るのと無いのとでは「深み」が全然違ってきます。デズリ監督、さすがだなぁと思いました。

 トークの様子は、僕の方からお願いして撮影させてもらい、YouTubeに挙げさせてもらうことになりました。デズリさんからは「パフ★シネマの上映とは関係のないテーマだよ」と言われたのですが、僕としては「だからこそ」僕のブログで紹介させてもらいたいと思うんです。

 かつて「レズビアンであること」に執拗にこだわって映画を創っていた人が、今では更に深く、自己の出自にも関わる「移民問題」に積極的に取り組んでいる。その背中から学ぶべきことって、たくさんあるような気がするんです。

 そういえばゲイである橋口亮輔監督も、最新作『ぐるりのこと。』では、これまで執拗にこだわってきた「ゲイであること」から自由になったところで更に、映画による人間描写や社会を批判的に捉え返す視点の鋭さを深化させました。

 パフォーマンス・アーティストのイトー・ターリさんも、かつて作品の中でカミングアウトをして以来、10年近く「レズビアンであること」にこだわって来たのですが、現在では自由になり、従軍慰安婦問題や沖縄の米軍基地周辺での女性に対する性暴力の問題などの、社会性を帯びた具体的なテーマを取り込んだ作品創りに、積極的に取り組んでいます。

 「自分」の枠から解放されて、視点が「社会」の方にも広がっている。この3者に共通して言えることだなぁと思いました。

 だからといって現在のこの3者が「セクマイであること」を完全に捨てきったかというと、そんな単純なことではないと思います。

 「セクマイであること」とはつまり、社会通念で「当たり前」とされていることから離れられる(あるいは離れてしまう)ということです。つまり、いろんなことを分析し直す癖が付くんですね。これって表現者にはすごく大事なこと。

 「セクマイであること」を、視点を深化させるための養分に変え、なおかつこれまで「捕らわれていたもの」から離れることが出来た人たちの軽やかな姿勢や、その「背中」を見つめることで、いろんなことを感じます。

 今の僕にとって、3者の「現在」は「現在」ではないけれど。10年選手でやっていたとしたら、そういう時が来るのかもしれない。いや、僕にはいつまでも来ないのかもしれない。それは歩んでみなければわからないけれど。今の僕は確実に、まずはきっちりと「セクマイであること」に向き合った形で、いろんなことを表現したり、人と出会って考えて行きたいと思っている。そのことは確認できるんです。

 今の自分とは違う、この3者の「背中」を見ることで、己の姿も相対的に浮かび上がるんですね。「ロールモデル」っていうのはきっと、安易に「お手本」なんかにするべきものではなく、今の己を浮かび上がらせるための「鏡」にするべきものではないでしょうか。

 そういう意味でこの3者は、僕にとっての「ロールモデル」です。FC2 同性愛 Blog Ranking

akaboshiコラム031●関係の作り方/アライ・アイデンティティの複雑な受容と反発

 17日に続き、18日(日)も昼からクィア学会に出かけました。昼休み的な時間を活用して開催された『クィア学会 研究倫理ガイドライン検討ワークショップ』では、研究の取材者と、取材を受ける側との「関係の作り方」が議題になっていました。

 セクマイ当事者を取材する際には、自らの「心の傷」に触れるデリケートな問題を語る場合が多いため、様々なトラブルが発生しやすいということ。

 このワークショップを主催した学会の有志の方々としては、対策として「ガイドライン」のようなものがあると、トラブルを未然に防ぐ可能性が増えるのではないかと問題提起したかったようですが、今回はパネリストが多く、それぞれが自らの経験談と問題意識をそれぞれに提出する段階にとどまっていたような気がします。この議論は今後も場を設けて継続的に行われるとのことなので、まだ「提起」が行われたという段階なのだと感じました。

 ただ、その後の質疑応答では真っ先に伏見憲明さんが発言。学会の資料として配られたプログラムにおける記載について、問題提起(というか抗議)をしていました。

 この日の13:20から開催される分科会で、ひびのまことさんが行うことになっている発表『「マジョリティ-としての責任をとる」とはどういうことか』の説明文において、伏見さんの個人名が挙げられており、(たぶん)伏見さんとしてはそこに書かれている内容が「個人攻撃」だと受け取ったのだと思います。

 「これは学会が正式に出している資料であって、それにこのような記述が行われ、権威が与えられているということ」への抗議と、「名指しされている本人であるにも関わらず、今日の今日までその事実を知らなかったということ」について、学会の見解を質していました。

 当該個所の記述は確かに、クィア学会が事前にWeb上に公開したPDFファイルには含まれておらず、唯一、ひびのまことさんのブログに、ひびのさんの独断で公開されていたPDFファイルでは、見ることが出来るようになっていました。つまり、公式的にはクィア学会会員以外には、事前に知り得ることが出来なかったのです。

 学会が事前にこの情報を出さなかった理由としては、「学会の会員と、そうでない人の間に、この程度の情報開示の差を設けることは、必要なのではないか」という判断がなされていたようです。(学会の会員には、会費を払わなければなれませんから、ある程度の特権を設けようという意図なのでしょう。)

 そのことについての是非などは、僕は学会の会員ではないので組織のあり方などには通じていないために何の意見もありませんが、ひびのさんがブログに独断で開示していた情報を見たことによって今回の学会への強い関心が喚起され、「観に行ってみよう」と思ったことは確か。

 それは、ひびのさんの発表の説明文だけではなく、他の発表についても、詳細な情報を得た方が、より強く興味を持ち、遠方だけれども足を運んでみようという動機につながったという意味で、広報の効果は「情報を詳細に出す」方が、高まったのではないかと感じました。

 また、ひびのさんがこの説明文を提出したことによって、学会の内部でも議論が起こったことがあったらしいのですが、最終的には「掲載」という結論がでたとのことです。先行言説に対して批判的な立場をとる発表というのは、当然あって然るべきという判断がなされたらしいです。

 今回の伏見さんの抗議は、今後伏見さんがクィア学会の会員になることで「内部での議論」が喚起されるようです。この日は、次の発表の時間が迫ったために中途半端なところで議論が打ち切られたことが残念でした。質疑応答の最後に、当のひびのまことさんが挙手をしていたのですが時間切れで「直接的な議論」が起こらなかったのです。それが残念でした。

 その後の分科会で、僕はひびのさんの発表もある部屋を選択したわけですが、北里大の若き研究者・宮崎理さんや、かながわレインボーセンターSHIPのボランティア厚美哲也さんの発表。そして、今年の「アイダホ名古屋」の様子を映像で取材した張小青さんの「映像による発表」それぞれ、自分の問題意識と重なる部分が見つかり、有意義でした。

 特に「アイダホ名古屋」の映像は、今回の名古屋で積極的に呼びかけられて集結したという「アライさん」の様子を映し込むことが企図された映像であり、昨年の秋からテキトーな感じで使われるようになった「アライさん」という言葉が、名古屋の活動の現場ではこんな風に「アツい感じで」受容されており、「アライ・アイデンティティ」という新カテゴリーがもたらしている影響が、撮影者の意図を超えて深く記録されている映像にもなっていて、とても面白かったです。

 「異性愛者です」と名乗る立場でセクマイの活動の現場に関わってくる人って、昔から当たり前のように少なからず居たわけですが。「アライ」という新たな言葉が生まれることによって、「それに自分がハマるのか?ハマらないのか?」という新たな命題が生まれているみたいなんですよね。躊躇してる感じの人も居れば、すんなりハマってる人も居る。葛藤が起きている人も居れば、起きていない人も居るんです。

 それはインタビューに応じる人々の「言葉」にではなく、むしろ「表情」だとか「映り方」に如実に表れていた。そういう意味で、これは映像でないと拾うことの出来ない「微妙で繊細な部分」なんですよね。そこの部分を多様に読み取ることが出来たので、成功しているドキュメンタリー映像ではないかと思いました。

 編集の全体的な構造としては「真っ正直」な感じのゲイリブ・プロパガンダ路線ではあるのですが、一つ一つの場面が、その「真っ直ぐさ」を裏切って微妙な感情を映し出している。そんな風に僕には「読み取れた」わけですね。おそらく、制作者の当初の撮影目的からは逸脱しているのではないかと思いますが、そういうところにこそ真の「映像の魅力」ってあるんじゃないかと思うんです。

 それにしても、「アイデンティティ用語」って、生まれるとこんな風に、新たな葛藤だとか思考回路を生み出して、受容されたり反発されたりして行くものなんですねぇ・・・。その過程がピュアに瑞々しく記録されている、稀有な映像だったような気がします。あ~面白かった。FC2 同性愛 Blog Ranking

akaboshiコラム030●対立軸で物事を捉えないということ

 10月17日(土)に津田塾大学で開催された「クィア学会第2回大会」に行ってきました。

 『映像を読む:見えること、見えないこと』というタイトルで行われたシンポジウムでは、パネリスト3名のうち、僕にとっては斉藤綾子さんの話が最も印象的でした。映像を「読む」ということの概念が、自分の中で刷新された気がします。

斉藤綾子『映画と身体/性(日本映画史叢書 6)』

 やはりこういう場でも語られているのは、旧来のアクティビズム的な「単線的」で「目的達成至上主義的」なモノの味方から、いかに自由になるかということではないかと感じました。(僕の今の問題意識がそこにあるから、そういう風に思ったんでしょうけどもね。)

 たとえば、「可視化」と「不可視化」は、どちらも対立する絶対的な概念などでは決して無く、あくまでも相対的なものであるということ。そして、視点を変えてみれば「可視」と「不可視」は同時性のあるものだったりもするという指摘がありました。

 そして、従来の概念では、「隠されたものを、いかに明らかにするのか」が、映像を読み解く際(リーディング)の方法と考えられていたのですが、実はそんな単純なものではないはずだということが、わかりやすく伝わってくる講演でした。

 物事を「読む」ために。

 あるいは、「世界」を解釈するために。

 二律背反的な「矛盾」そのものを、どう面白がって発見できるのか。複雑で重層的なものなんだと受け止めて行けるのか。そのアンテナの鋭さとか、精神面・思考面での「筋肉」の柔軟性が、問われてくるのだと思います。

 「○○ VS ●●」という風に、単純な対立軸で物事を捉えていないかどうか。総点検する必要があるのかもしれないです。物事は単純化して考えた方が、ある意味では「楽」だったりするわけですが、楽して得られる「答え」なら、もうとっくの昔に出てるはずでしょ。

 あ~。いろいろと整理できたぁ~。

 質疑応答の際に、斉藤さんは映画『セルロイド・クローゼット』をどう評価しているのかを聞いてみました。そしたら、『ベン・ハー』のエピソードを紹介している部分が最も面白かったとのこと。主人公の男と男の濃密な関係が暗示されている映画なのですが、監督は、片方の役者には決して「そのこと」を伝えずに撮影したというエピソード。 たしかに演出論として、とても面白い事例ですよね。

 その後、もう一度発言できたので、「僕としては『セルロイド・クローゼット』は、どうも旧来の活動的な『カミングアウト!』色(隠されていたものを暴きだそうという方向での強い意志)を感じて辟易とするのですが・・・。もし今後、日本映画で日本版の『セルロイド・クローゼット』を作る場合には、もっと重層的で複雑な『読み』を意図しながら、作られるのかもしれないですね」と問いかけてみました。

 すると斉藤さんは、日本では例えば木下恵介監督がゲイ的感性を強く持っていたことなど、表立っては語られていなくても身内や仲間には周知の事実だったという例などがあり、そういうことが曖昧に受け止められていること。また、具体的な作品では内田吐夢監督の『警察官』にて、映像から明らかに、男性同士の(セクシュアルな意味も含めて)複雑で重層的な関係性が読み取れたりすることなどを教えてくださいました。

 そして、今後もし日本版『セルロイド・クローゼット』が作られるとしたら、『現前しているイメージの中から、どう重層的に読み取って行けるのか』がポイントになってくるだろうとも、語ってくださいました。

石井郁子著『異才の人 木下恵介―弱い男たちの美しさを中心に』

 僕は以前より、『日本版セルロイド・クローゼット』みたいなものを、いつか創りたいと思っているのですが、「もし日本で作るとしても、ゲイリブ的な方向性での単純なプロパガンダ映画にはしたくない。そんなもん、作る前から完成形が見えてんじゃんつまらない。」と思い、どうアプローチしようかと掴みあぐねていたんです。(笑)、その違和感に言葉を与えられ、大いなる示唆をもらったシンポジウムでした。FC2 同性愛 Blog Ranking

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