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2023-05
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グレッグ・アラキ「ミステリアス・スキン」●MOVIEレビュー

ゲイ・ムービーにおける「ザ・アメリカ映画」。

美貌を生かし男にカラダを売ることを繰り返してきたニール。
8歳の頃からトラウマに触れると鼻血が出て倒れ、その原因を探ろうとするブライアン。
性格的にも対照的な2人の青年が主人公。
別々に描かれていたそれぞれの生き方が、徐々に接近して交錯する。この二人は少年の頃、同じ野球チームに所属していた。その時にコーチから性的な悪戯をされていたという共通の過去を持っていたのだ。

憑かれたように身体を売りまくる青年。

二―ルはエネルギーを持て余している美少年であり、公園やバーで男を誘惑しては身体を売る。
「この町のほぼすべての男とヤッた」という彼のやりたい放題の日常描写が、この映画の一つの見所。
めくるめくように次から次へと、さまざまな「売り」の現場が描かれる。
普段はノンケぶっていても、夜は男を求める人は何処にでもいる。特に田舎町で身体を売る若い男はモテモテなのだ。
しかし・・・あまりにもヤリすぎ(笑)。野球場でアナウンスのバイトをしながら合間に机の下から男に舐めさせていたりと、所かまわずいつでも何処でもヤッている。しかしそれが喜びなのかといったらそういう風情も無く、無感動にクールにヤリ続ける。そして、ヤレばヤルほど募る苛立ち。空虚感。

都会で直面するゲイの暗部。残酷な現実。

そんな日常も、田舎町では牧歌的な光景で済まされていたのだが・・・・家を出てNYに行ってからは怖い思いをする。
さびれたバーでいつもの如くカウンターで色目を送り、初老の男性の誘惑に成功。ホテルの部屋で男性の身体を見てびっくり。エイズ発症者だったのだ。
怖気づくニールに男性は懇願する。「いちばん安全なセックスだ。お願いだ、背中をさすってくれ。」
斑点だらけの背中をさすってあげる二―ル。恍惚の表情を見せて喜ぶ男性。
二―ルははじめて、「もうやめよう」と決意する。
そしてまっとうな仕事に就きはじめるものの・・・ある時ふと魔が刺して、車の男を誘惑し家に乗せられて行く。しかしその男は行き過ぎた性的志向を持っていた。家に着くやいなや強引にレイプを強要し、ニールが拒否すると殴る蹴るの暴力をはじめ、血を流すニールに興奮しバスタブで強姦する。
この世に夢のような話などない。行き過ぎた放埓の結果は、破滅をもたらしてしまう。いまやゲイにとって多大なる影響を持つようになったグレッグ・アラキ監督は、こうした現実を意識的に映画として発信しているのだろう。
その描写は生々しく、そして厳しい。この映画のいちばんのハイライトだ。

ラストの表現がもったいない。

二―ルの破滅的な生き方と、ブライアンの自分探しが共通の記憶に辿りつくのがラストへの展開。
コーチに弄ばれた部屋で記憶が蘇る二人。そこで映画はカタルシスを迎えてしまう。
序盤から中盤までは、まるで推理小説のような謎解きの展開や、二―ルのエロ場面で楽しめるのだが、ラストで「拡散」してしまう。それが、映画としてとてももったいない。

謎が解かれるのはいいのだが、その後の展開への布石があまりないまま、アメリカ映画のラストにありがちな「ハッピーエンドを漂わせる」表現と、センチメンタルな音楽と共にエンドロールへ持って行ってしまう。僕にとっては興ざめ。だから心にあまり残らない。
「感動の押し付け」を感じさせるような表現。・・・僕はそういうものに抵抗感を覚える。

ラストの味付けがアメリカ映画的なのが、どうも・・・。

見ている最中は、確かにハラハラドキドキさせられる。その力量は素晴らしい。
でも観終わったら急速に記憶から遠のいてしまう。なぜならラストで「スッキリ」してしまうからだ。「スッキリ」と解放されてしまったら、人はそれ以上を求めない。謎が残されないからそれ以上考えなくなってしまう。

この映画は、ハッピーエンドというわけではないのだが、なぜかハリウッドの大作ヒット映画の典型である終わり方と同じような感覚。うまく言葉で言い表せないのがもどかしいのだが・・・僕が嫌悪感を覚えるような終わり方。なぜか、スーッと解消してしまったのだ。映画の数々の場面がすべて。アメリカで映画を流通させるには、そのパターンにはまらないと難しいのか?・・・どうも釈然としない。

「娯楽」と「芸術」の境目は、そこにある。
現にこの映画を見てから一週間。
正直、あまり思い出すことは無かった。

「Mysterious Skin
ミステリアス・スキン」
監督: グレッグ・アラキ
Dir: Gregg Araki
2004 / USA
35mm / 99min


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コメント

この記事へのコメント

こうゆう映画があるのですね
ゲイをテーマにした映画というと「ブエノスアイレス」がすぐに浮かびます
最近、「情熱の嵐」というゲイをテーマにした中国映画を見ました
中国ではやはり、上映禁止らしいですが
この「情熱の嵐」もラストがイマイチでした
ラストって本当に大事ですよね。映画のすべてが決まってしまうほど、といっても過言ではないくらい

自分は何気にハッピーエンドが好きなんです!
あぁ助かって良かった~とか、幸せになれて良かったね♪とか・・
自分の将来を夢見て・・なんのこっちゃorz
この映画借りて観てみたい!と思いました。
なんか描写を妄想中です(笑)
急に質問ですみませんakaboshi07さんはゲイムービーを借りる時、
店員とのやり取りに抵抗を感じませんか?
自分は意識しすぎているのか、借りる時すごく抵抗を感じてしまうんです・・
ゲイムービー観たくても借りれない事が多々ある・・

初めまして、先日はコメントとTB有難うございました。
私と視点が違うので、とても楽しく拝見させていただきました。
私はラストが凄く印象に残っていて、この先どうするのかな?このふたりは… なんて思ったりしました。
結局トラウマを抱えたまま、傷は深まる一方って感じがして☆
アラキ監督の作品は凄くセンチメンタルな気持ちを表現しているシーンとか好きです♪

●tonochanさん。
「情熱の嵐」って、タイトルからして凄そう・・・
必ず見ようと思います(笑)。
監督の作家性って、始まり方とラストにかなり色濃く集約されますよね。
そこでどう、投げかけて終わるのか。
せっかく観客の心に堆積したものを
わざわざラストで拡散させるような表現方法は非常にもったいないと思います。
ところが「大作映画」や「ヒット映画」ほどそういう傾向が強いのが悲しい。
「映画は夢である」と割り切って、ストレス解消で見る人が多いのでしょうか・・・。
作り手である監督が本当にそうしたくて拡散させて終わらせるのならいいのですが、
商業上の理由からプロデューサーや興行会社の圧力で
改変されているのだとしたら悲しいことです。
実際、そういったケースは多々あるらしく
周防正行監督が「 『Shall we ダンス?』アメリカを行く 」 という本で
面白おかしく書いていて笑えます。
覚めた後、ただ忘れてしまうだけの夢ではなく、
いつまでも心に残る種類の夢を僕は映画に求めます。
ハリウッドのシステマチックに「システム化された」機構から生み出される
「商品」には興味がありません。

●pinkaponさん。
そうか、ラストで安心できるからそういった手法が好まれるんですね。
なるほど・・・(笑)。
この映画、エロ描写に関してはかなり凄いですので、その点ではオススメです(笑)。
その代わり、中盤でかなり、どん底に叩き落されますけど(笑)。
僕も、ゲイムービーをレンタルする時にはやっぱり、ちょっと恥ずかしい。
何本か借りるうちの一本にして、間に挟んでレジに持っていったり・・・
女の子の店員さんに持っていくのを避けてしまったり・・・(笑)
でも、日によって違いますね。
かなり強気な日には、堂々と何本も借りたことがありました。
本人が堂々としてれば、べつに店員さんも気にしないし。
そういうところで、ゲイってつい自意識過剰になりがちなんだよね~(笑)
←自分に対する戒めです。

●no_jszyさん。
ラストに関しては色々と意見が分かれるだろうと思います。
僕は・・・なんで印象に残らなかったんだろう・・・
音楽とか、その時の映し方とかが「甘ったるい」と感じてしまったせいかもしれません。
でもこの映画、中盤までは厳しいくらいに絶望のどん底へ叩き落すような
悲惨な場面が出てきたりするから、
ラストくらいは、「救い」のようなものを描きたかったのかもしれませんね。
それを「センチメンタル」だと捉えて拒否する人と・・・
だからこそ希望を与えられたりあたたかい気持ちになる人と・・・
評価が真っ二つに分かれそうですね、この映画。
監督も承知のうえで、こうした表現を選択しているとは思いますが。
訪問ありがとうございました。今後もよろしくお願いします。

 初めまして、今日は。 渦と申します。 この映画の検索をしていたら、このブログに辿り着きました。 ここのレヴューが一番丁寧です。 何故検索したかというと、先日この本の原作を注文したからです。 映画化されていて、今年の映画祭で上映されていたなんて知りませんでした...(開催時期が変わってから行けなくなってしまって。 今年は当たり年ですね。 ジョン・グレイソンの新作観たかった) しかも監督はグレッグ・アラキ! 音楽はロビン・ガスリーにハロルド・バッド! 観たい! どこか配給してくれないかな、でも以前は殆ど配給されてたのに“Nowhere”以降無いからな... と思いつつ読んでゆくと、何かいつもと違うような... 以前の作風だと、突然ブツリと終了し後は観客の感性に委ねる、といった感じだったので。 原作がそうなのでしょうか。 ヒアリングが駄目なので未だヴィデオを取り寄せずに配給を待つ間、原作を読んでみたいと思います。 

(続きです)
 ところで、このブログ素敵ですね。 個人さんのブログはひとりよがりになりがちで苦手なものが多いのですが。 akaboshiさんの感性及びその表現力と方向性がしっかりしていて、それと多分に波長を感じ取った為、仕事中にも関らず読みふけってしまいました。 (恋の記録も...すみません。 ひとのセックスを覗いてる様な感じがして、少し気が咎めたのですが。 でも読んだ(笑) それにしても素敵な彼さんですね。 ブログ読んであんなにどきどきしたのは初めてでした) これからも宜しくお願い致します。
 
 あと、“ハードコア・デイズ”と“シュガー”の情報有難うございました! それについてのコメントは後日寄せたいと思います。 何だか取り留めの無いコメントですみませんでした。

●渦さん。はじめまして。
この映画のラストシーンについては、賛否両論あるみたいですね。
僕は、物語の筋としての終わり方には疑問を持たなかったのですが
音楽・ビジュアル等の「映像としての表現」において
嫌悪感に近いものを持ってしまったのです。
「アメリカ映画的」な楽天性というか、明るさというか・・・。
その言葉自体乱暴なものなので、あまり使いたくはないのですが
「アメリカ的」な賑々しく派手派手しい感じが、どうも苦手なんです、僕。感覚として。
でもまた見返してみると、印象が変わる可能性もあるとは思っていますが・・・。

misterious skin

akaboshiさん初めまして。
私はオーストラリアのブリズベンに住む主婦です。
このmisterious skinと言う映画をDVDで借り、見終わって、日本ではどのような評判か知りたくて、
検索エンジンからこちらのブログを見つけ、書かせていただいています。

グレッグ・アラキ監督の作品はミニシアター系ながら
こちらやイギリスなどでも注目されていますが、この映画は
今までの監督の作品とはひと味違って確かに賛否両論ですね。

宇宙人に誘拐されたなど超現実的な記憶の持ち主は
幼少時に虐待された可能性が高いという調査結果がある程
子供に対する性的虐待が残念ながら身近な欧米社会ですから、
自分の子供の頃の被害経験と映画を重ねて合わせて鑑賞した人も多いようで
辛くて途中で見るのやめた、このような映画を見るのには勇気がいる、
などの感想がありました。

私は原作を読んでいませんので、どこまで忠実に映画に反映されているのか
わかりませんが、私はアラキ監督の得意な映像の美しさや音楽の選択などが
とても良かったと思いましたし、心や身体の痛みを見る側に
容赦なく伝える手法もすばらしかったと感じています。

akaboshiさんが納得できないとされていました物語の最後の部分も、
過去が明らかになったにせよ過去に起こったことは変えられない、
わかったところで心の傷は癒えないが、結局のところ
前を向いて生きていくしかない、というような"アメリカ的楽天さ"が
この暗く重いテーマを扱った映画としては必要だったのではないかと、私は捉えました。

ですから、勘ぐり過ぎかもしれませんが、ソファに座る2人を上から映した
映画の最後のシーンの独白は、子供の頃に性的虐待を受けた被害者向けに
向けられたメッセージのような感じがしました。

ですから、akaboshiさんが感じられたように、映画としては蛇足的な
というか、邪道な変な終わり方になっているのかもしれませんね。

お邪魔しました。

●coquilleさん。

僕がこの映画のラストで感じた「アメリカ映画的」な感覚を
うまく言い表してくださって、助かりました。
それまでの場面がとても切実に現実を突き付けてきた分、
ラストの終わらせ方が、楽天的に「浮いて」感じられたのかもしれません。
ああいう終わらせ方には節度が必要だと思うのですが、
この映画の場合、どうもその「さじ加減」が上手く行かなかったのではないかと思います。
もっと「観客にボールを投げて、あとは考えさせる」ような終わらせ方もできたはず。
だから、惜しいと思ったように記憶しています。
感想を書いてくださり、どうもありがとうございました。

この映画、あのラストさえ違った表現になっていれば僕は大好きなんですけどね。

はじめまして、こんばんは。
ブロークバックでTB頂いたのですが、自分の記事では感想文以下なので、コメントするのが恥ずかしく、お礼も申し上げられず失礼致しました。
アラキ監督の作品は見たいのですが、過激な性描写がきになってしまい、いままで見た事が無かったのですが、この映画は女の子と付き合っている、男の子の友達から、露骨なシーンは無いとの事で思い切って観てみました。
確かに、最後の頃までは夢中で見てしまったんですけれど、
最後が…もう少し後味悪く終わっても良いと思いました。

●souffleさん。

そうなんですよね。途中までは本当にグイグイ引き込まれるし、
映画の中の現実描写に引き込まれて行くのですが
ラストで「あれっ?・・・うわ~、この体質苦手~」っと、引いてしまったんです。
僕だけではなかったようで(笑)。

「後味悪く終わっても良い」ことを望むなんて、ちょっと意地悪な観客なのかもしれませんが(笑)。

初めまして。大変遅まきながらのコメント失礼します。
ミステリアス・スキンのレビューを探していてこちらにたどり着きました。私も映画をみて、そのあと原作を読みました。
レビューの方、とても丁寧な描写で、映画を再体験するかのように楽しく拝読しました。
そしてラストのシーンについてですが、私は全く違う印象を持っていて、あそこが一番心に突き刺さる、痛い、辛いという気がしたので、ある意味これだけ印象が別れるのは不思議です。逆に言えば、多様な読みを許す、それがこの映画の魅力なのかなと思いました。
見方が分かれてしまった理由は、私がこの映画をゲイムービーとしてというより(もちろんその要素は大ですが)、「汚れた子供時代」「奪われた記憶」の物語として見たからだと思います。
私にとって、最後のシーンは明るいというより、どちらかというと辛く後味の悪いものでした。外の世界でクリスマスを楽しむ子供達の声(彼らは普通の子供達です)と、うずくまる二人(=普通の子供時代を過ごさなかった元子ども達)が非常に対照的に描かれてように感じたからです。同時に、事実を知って、突然それまで理解していたのと違う世界に放り出されたんだな、これから、幼少期の重い記憶と向き合っていかなければならないんだな…とも思いました。一般に、それはすごく困難な作業で、専門家の助けが必要になることもあるくらい辛いものだと聞きます。例えば、大人になってからも何度も脅迫的にその記憶が蘇ってきて私生活を混乱させたり、強い抑鬱をもたらしたりする。なのにあの二人は、お互いしかなくて、多分それぞれ、一人で記憶の重みと立ち向かわなければならないのかもしれない…。そう思ったのです。
だけどこちらの記事を読み、むしろハッピーエンドであるのならその方がいいかもしれないとも思いました。
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