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フツーに生きてるGAYの日常

やわらかくありたいなぁ。

2019-04
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どーにもならないGAYのユーウツ

昨日と今日、ひさしぶりに両親に会った。
一年半ぶりである。
母親が足の手術で入院し病室でしばらく身動きができないために、身のまわりの世話をする必要があったためだ。

僕は両親になにかと心配をかけ続けているという自覚がある。
いわゆる「年頃」なのに「結婚」の気配を両親に届けることができない。会うと必ずそういう話題が出るし、そのたびに作り笑いをしてごまかしている。
最近は会うのも億劫で何かと理由を付けては遠ざけてきた。


しかし、今回は母親が「SOS」とメールに打ってきた。あの計算高いエゴイストの母親だから
「こうすれば帰ってくるだろう」とたくらんでいるのは見え見えなのだが、たまには元気で生きている顔を見せなくては親不孝だと思い、会いにいくことにした。

久々に会った母親は相変わらず気が強く、病室内ですでに「仕切り屋」と化していた。
6人部屋でいちばん後輩のはずなのに、身動きができるようになった隣のベッドの婦人にテキパキと指示を出して手伝わせている。
「あんた、そんだけ強いんだったら手伝いなんていらないじゃん」
と内心思いながらも、強烈な生命力に満ち満ちたエネルギーを発する母親というものに触れる懐かしさを感じる。

そういえば一緒に住んでいた頃は、このエネルギーをかなり暑苦しく感じ、早く逃れたくて仕方がなかったことを思い出す。
人に対して過干渉。自分のペースに他人を巻き込むけれど、決してわがままではない。一見魅力的で人あたりはいいのだが、その根底には強烈なまでの「エゴ」が潜み、時折ふと牙をむく。そんな母親。

あぁ・・・紛れもなく僕はこの人の息子。
「なんでもすぐに直言してしまう」ところや「図々しさ」など・・・現在の僕の性格のいくつかは
この人から受け継いだものだろう。

かつて実家で両親と住んでいるとき、僕はおとなしく引っ込み思案な性格だった。
しかし一人暮らしを始めて自由になり解き放たれてからは、皮肉なことにどんどん両親に似てきていることに気付く。

今の僕は、あの頃の僕ではない。
かなり強くなってしまった。

強気で人に接することができる。
嫌なことは嫌だと言わずにはいられない。
負けん気が強く、自分の思いを伝えるためには衝突も厭わない。
・・・かなりの変わりようである(笑)。

両親に久々に会うということはある意味、自分と会うことでもあるみたいだ。
明らかに僕は、この人たちが作り出した家庭独自の「文化」の中で育ったのだから。

幼い頃の僕は、「両親に誉められること」がすべてだった。
素直で純粋な子どもだった頃は、それでうまく行った。
しかし段々そこには当てはまらない自分の特異な性質にも気づき始める。ある時からは「両親に期待される子ども像」を演じることができなくなったのだ。

僕の「セクシャリティー」などは、その最たるものだろう。男の子らしいものにあまり興味を示さず、男の子らしくないからと両親が禁止するようなものにばかり強烈に興味を持つようになる。両親としては、彼らの良識や価値観からはみ出すことは受け入れられないから更に禁止する。すると僕はもっと強烈に、歪んだ形で禁止されたものを求めるようになる・・・その悪循環。

「お前は欠陥だ。」

ある時、父親にそう言われた。
そうまで言わしめるほど僕が理解できなかったのだろう。
言いたくなる気持ちもわからなくはない。
しかしこの言葉は一生、僕の心に響き続けるだろう。
今でも思い出さない日はない。

母親の病室を見舞ったあと、父親が留守番している実家に帰って泊まった。
ひさしぶりに自分がかつて育った町の駅を降りて驚いた。
20年近く暮らしたはずなのに、自分がかつてそこにいたという実感が湧かない。
「本当に僕はこの町で育ったのだろうか。」
正直そう思った。懐かしいともなんとも思わない。
よくありがちな郊外の町の無機質な日常の光景。冷めた感覚でそう思うだけだった。

今の僕には、どんなに人がいっぱいいようが、どんなに建物がひしめき合っていようが
東京にいることがいちばん落ち着く。いつの間にかそうなってしまった。

ひさしぶりに会う父親は、妙にテンションが高かった。以前は全くしなかった料理なんぞもするようになっていて、母親の不在をなんとか自力でしのいでいることをうかがわせた。
「・・・こんな人だったっけ。」
またしても、他人事のようにそう思った。

以前、父と僕とは犬猿の仲だった。

会話をするといつの間にか父の説教がはじまり、理不尽に言い負かされるばかりだった。
論理の矛盾を衝いて普通に話そうとしても、暴力的に遮断されて父親の勝利が証明されるだけ。理不尽を相手にしていても疲れるだけだから、しまいにはほとんど口もきかなくなった。
今思えば、そうした父親との確執が、「この家から出て行こう」と僕を奮い立たせた原動力だった。

ところが今、目の前にいる父親はまるで感じが違っている。
信じられないことに普通に会話が成り立つのだ。

長期間会わなかったおかげで、お互いがどう接しあっていたのかを忘れてしまったのかもしれない。いつの間にか僕は会社の上司とでも喋るときのような穏やかな口調で、淡々と父親と会話することができた。
不思議だったが、ちょっと嬉しかった。
もしかしたら父親としては、精いっぱい頑張っていたのかもしれないが・・・。

月日というものは、人と人との関係性をも変化させる。
今回の再会は、そんな期待を僕に抱かせてくれるものでもあった。
いつか、本当の僕をさらけ出して、本当にリラックスした状態で両親と会話できる時がひょっとしたらあるのかもしれない。それはわからない。
「カミングアウトは必要ない」と宣言している自分が、ただ強がっているだけのようにも思える。両親を目の当たりにすると、そう思ってしまう。

結局、今回もつい「期待される息子」を演じてしまった。
そうなることが嫌だから会いたくなかったのだが。

姉も弟も結婚を経験している。次は当然・・・ということになる。両親としては孫の顔が見たいということになる。ちょっとした会話の節々でそうした圧力を感じる。(僕の思い込みもあるのかもしれないが・・・)。

いっそのこと「僕が孫を連れてくることなんてあり得ないから」と言ってしまえれば楽になるのだが、いきなり言ってショックを与えるのも自分勝手というものだ。
しかし、そうした思いを抱えたまま、正月やお盆に「シアワセな家族」を演じに帰省するのは苦痛だ。自分がすり減ってしまう。
本性を隠したまま家族といることは、やっぱり苦痛なのだ。
家族であるのに、「触れてはならないこと」をお互いに抱えつつ、隠していると・・・表面上だけ取り繕った「似非家族」に思えてしまう。今回、ひさしぶりに会ってみてやっぱりそう感じたのだ。

今は、ただただ「疲れた。」その一言に尽きる。
家族と会うのがユーウツな状態と、いつまで付き合って行けばいいのだろうか。
なにが変われば、ここから解放されるのだろうか・・・。


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コメント

この記事へのコメント

私の母は12年前に肺がんで
父は昨年鬱病が元の自殺でそれぞれ他界しました。
両親二人とも
いずれは一人息子の私が結婚をし
孫を連れて帰ってくれるだろうと楽しみにしていました。
私は彼らにカムアウトすることなどとてもできませんでした。
余計に苦しめるだけだと思ったからです。
でもその選択が正しかったかどうかはわかりません。
おそらく一生わからないと思います。
父の自殺にしても
直接的な原因は私にはないかもしれないけれど
数ある要因の一つには私のことがあるような気がしてなりません。
そんな気持ちをずっと抱いたまま私は生きていかねばなりません。

多かれ少なかれ、ゲイの人々は皆悩みを抱えているわけで。僕は、苦悩のない人生は生きるに値しないと開き直っています。
親に告げるかどうかは、それぞれの家庭で状況が異なると思います。がんを宣告されて強く生きられる人と、そうでない人がいるように、子供にカミングアウトされて、受け止められる親とそうでない親がいるはずです。また、それを自分の責任だと感じてしまう親もいるでしょう。解は一つではないと思います。
僕は親に限らず、カミングアウトするだけがゲイにおける解のような一部の人々の主張は、あまりに思想の自由からかけ離れたものであり、絶対的な価値を押し付ける風があり、強い違和感を感じます。
セクシャリティーの苦悩とどうやって折り合いをつけていくのか、30代くらいまでの肉体的にも精神的にもかけがえのないエネルギーをどのように燃焼させるのかについても、いろいろな方法があって良いと思うのです。仕事に打ち込みそれを通じて社会と向かい合うのもありでしょうし、ゲイ・リブ活動に打ち込む人もありでしょう。自分として正しいと思う道をとればよいだけの話です。ただ、エネルギーは燃焼させないといけないというのは真理のように思われます。

時が熟す、ということもあるかもしれません。解り合える時、許し合える時というものが、不意に訪れるのかもしれないし、来ないかもしれない。変化の時は、無理に作らなくても、ある日突然にやってくるかもしれない。
時が熟すことを祈ってます。

家族ってそういう愛情故の苦悩をひっくるめた、どろどろして生温かい有機体なんだなと、思いますよ。akaboshiさんの抱える憂鬱も苦痛も、ご両親を思いやる気持ちから出てますもんね。それでも付き合って行くしかない。けっして「似非家族」なんかじゃない。

親を見る目は幼少時、青年時、と少しずつ変わります。
10年後にはあるいはすっかり変わっているかもしれません。それが成長だと思います。

おもしろいお母さんですね、病室でしきるなんてやり手ですよ!!強くて羨ましいです。私も名古屋から2年半ぶりに帰った時は、懐かしいと言うより、アレ?こんな街だったか?と思った。きっと振り返る事なく新しい事や、仕事に慣れよーとそれしか考えられなかったんだろーなぁと思った記憶あります。今じゃー名古屋弁出ないし、広島弁バンバンだから。
カミングアウトは、必要なんでしょうか?私は、すごく大事な事、大切な事言っていません。親に。小さい頃からそーで、いつも大騒ぎになります。
そんな事にならないよーに、いい間を狙って下さい。

●変態さん。
「一人息子」という状況独特のプレッシャーもあったことでしょう。
お父さんのことは、本当にショックだったことと思います。
なんと言っていいか言葉が見つかりませんけど・・・
両親との関係に頭を悩ませているのは僕だけではない、と感じることで
また自分が変わって行けるような気がします。
書いてくださり、ありがとうございました。

●RYUくん。
「苦悩のない人生は生きるに値しない。」
すごく強い言葉ですね。
ありがとう。
僕は・・・今回の帰省でまた親との関係を新たに探れたので、
これからは拒否するのではなく、僕があえて接近してみるのも手かもしれないと
思うようになりました。(今日の時点では。)
実は、最近思い出したことなんですが
連載している「大学時代、ゲイを演じることになり・・・」の演劇の本番を
両親ともに見に来ているのです。
他にも、僕が「女」の役をやっている姿も、父親は目撃しています(笑)。
過去に、チラッとですが、
僕にある発言を「うながそうとしている」態度を感じたことも無きにしもあらずなのです。
(確信できていないところが辛いところですが。)
上記の文章を書きながら思ったのですが、僕はやっぱり本心では
「いつか知ってもらってわかってもらいたい」という欲求が強いみたいです。
そう思ってなければナーバスにはならないはずですから。
焦らずに様子を伺いながら、自分の心と向き合って行こうと思います。

●umepochiskyさん。
ある日突然、なにかの拍子でポロッと言えてしまうのかもしれませんね。
「許しあえる時」に関しては、
だいぶ以前よりは、僕にしても父にしても「雪解け」のような気配を
今回の再会で感じることが出来ました。
実は今年は、また家族で再会する機会が何回かあるので
ちゃんと逃げずに顔を出し、もう少し雪解けを探ろうと思います。
ここの場で報告して分析することもできるので、
なんだかすごく心強いです(笑)。

●nicoさん。
僕は、自分が愛情を持っている対象に対して・・・
特に家族に対しては、ひねくれた表現しかできないみたいですね(笑)。
nicoさんに言われて改めて昨日書いた文章を読み返してみたら、
そう思いました。自己発見です(笑)。
素直に・・・ならなきゃですね。

●のびぃ太さん。
成長。
そうか、こういうことを成長っていうんですね。
自分でも気付かないうちに進行しているものなのかもしれない。
だったら、これからどう変化して行くかも予測がつかない。
「今」という時点から将来を悲観したってしょうがない。
・・・そう思うと、なんだかとても楽になりました。
ありがとうございます。

●桃さん。
ウチの母親、かなり強烈です。
周りを自分のぺースに巻き込むことにかけては天才です。
そんな母も、父の「天然理不尽」にはかないません。
・・・このコンビ、衝突してばかりなので客観的に観察する分にはかなり笑えます。
なるほど、故郷の町をなつかしいとも思わないのは
振り返ろうとしなかったし、考えようともしなかったせいだと僕も思います。
僕はかつて、精神的に過去を切り捨てようと決意したことがあるからです。
もう、そういう肩肘張った状態は終わりにして、
もっとおだやかになるべき時が来ているのかもしれません。
・・・あまりトゲトゲとしないように(笑)成長できたらいいなぁと思います。

 子供は親の「所有物」ではないんすよね~。
 まして、子供の人格は親のものでもない。
 血縁的あるいは戸籍上、非常に近い関係にあるけど、ひとりの人間としては別個の存在。でも、親は「親だから」といって子供に対して過干渉になる傾向がありますよね・・・。もちろん「家族」であるがゆえに特別な感情や権利や義務を意識せざるをえないのは事実なのですが、「家族」のあいだでも、対等な「個人」としてむきあえる関係性が必要かもねえ。

お父さんとの関係が復活してるようにも伺えました。
私は父が大嫌いです。今でもですね。
以前の嫌いな理由は「(大人に)成長した子供を受け入れられない父」に対して嫌悪感を抱いてました。自分が家の中で1番でそれ以外の人が褒められると不機嫌になる。
今の嫌いな理由は「母に苦労をかけている父」だからです。
以前嫌いな時点で気づけばよかったのかもしれませんが、父ふは重度のうつ病なのです。そして何回も自殺未遂を起こしてたとカミングアウトされて…。母は絶対に怒れない父の相手で精神的バランスを崩したまに「感情失禁状態」に陥ります。でも父の前では何気ない以前と変わらない私を演じなければ彼の精神的バランスが崩れるので帰省の度、電話で話す度に「父をいたわる優しい娘」を演じてます。これは一生でしょうね。
だからそれがイイとも思いませんが、↑の話を読んでると少しずつ本音で向き合える環境が出来てくるような気がします。
何かとりとめない話ですみません。
親の嫌な部分ばかり似ていると日々実感します。嫌になる程(笑)

● huimuseumさん。
対等な関係になれるのが理想ですけど、なかなか難しいんですよね・・・。
やっぱり自分の子どもは「自分たちが育て上げた」という気持ちがあるから
突き放して考えられないみたいです。
「お前が失敗すると私が失敗しているような気持ちになる」と、以前
母親からいわれたことがあります。

●jyubonさん。
そうですね、僕の父との関係は、だいぶこれから変化しそうな予感がします。
jyubonさんの所も、なかなか一筋縄では行かないようですね。
みんな誰しも、ある程度は「家族を演じる」感覚って多かれ少なかれあるみたいですね。
家族ほど「演じなくてもよい」リラックスした関係でいたいと願うのは
間違いなんでしょうか?
そう願うから、そうではない状態に対して腹が立っちゃうんでしょうか。
ありのままを受け入れるだなんて、仏様じゃないから難しい・・・よね。
ああ、家族って難しいシステム(笑)。

父のことは好きだし感謝しているけれど…
私も強烈な事言われます。同居してるから四六時中。
頭に血が上らないと意見できないなんて私以上にガキだな、と思うんですよね。
興奮した父がいう事は8割差っぴいて受け止めようとしてる、親思いの娘…。
感情的になる人って、親しく心許している関係ほどこういう事言いませんか?仕方ないか…。
ゲイである事を隠していた部分でもakaboshi07さんはつらいですね。
強い物言いは逆に心は弱い人の表れ。反面教師。akaboshi07さんもだからこんな素敵なブログ作れる人物になったんですね、きっと。
受け入れるっていうより「諦める」って言ったほうがいい。言われるこっちは冷静でいなきゃなならない。 鍛えられてます。
家族もリラックスできないけど、家族に「味方」がいてくれるだけで大分ちがいます。
もしゲイだって事をご両親が知って激怒しても、それを真に受けず、
少し時間を空けてからの反応を見るべきだなぁ、きっと…。
ありのままを家族に受け入れて欲しいのはとても自然ですよ。
複雑なのもあたりまえですけどね。親も大変だけど、子も苦労してる。

●sichihukuさん。
感情的になる人って、それを受け止めてくれる人が廻りにいるからこそ
そういう風に振る舞っていられるんですよね。
僕も父親がそういうタイプだったので、父と母の関係を見ていてもそう思います。
人は、親しいからこそ相手に腹を見せ合えるものだけど、
その分ダイレクトに傷付け合うことにもなってしまうから気をつけなくちゃと思います。
あと、もし両親に僕がゲイだということを告げても、怒ることはないと思います。
ショックを受けるだろうし、それを受け止められるかどうか、
測りかねるから告げていないだけです。
もし向こうから聞いてきたら、言うことは出来るかもしれません。
今度「孫の顔がみたいわ~」とか言われたら・・・
時と場合にもよりますが、冗談めかして言ってしまえるかもしれません。
でもそれは、単に自分が「楽になりたいから」言いたいだけなのかもしれなくて。
この問題は、考えているだけでは解決しないのかもしれないですね。
成り行きにまかせよう・・・という位、もう少し楽に捉えてみようと
今は思っています。
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