フツーに生きてるGAYの日常

やわらかくありたいなぁ。

2017-10
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イ・ジュンイク「王の男」●MOVIEレビュー① 底なしの孤独地獄

 王になることを運命付けられて生まれた者は不幸である。王になる「しか」生きる道が無いのだから。

 周りの人間は打算と政治的思惑を胸に、王という権力に寄生する。心にもない褒め言葉や虚飾に満ちた笑顔で崇め奉る。「嘘」に塗り固められた表面的な人間関係の中で生きること。それが王として生きるものに宿命付けられてしまう不幸な「日常」の正体なのだ。

 芸人になることしか道がなかった者は、幸か?不幸か?

 あちらの土地からこちらの土地へと渡り歩き、客や興行主に「求められる芸」を見せながら生計を立てる。客のニーズに合わなければ、すぐにでも食いっぱぐれる危険といつも隣り合わせ。「綱渡り」の曲芸師のように、自分のバランス感覚のみが命をつなげる生命線。しかし身軽である。自由である。自分の気持ちに正直であり続けることが出来る。

 まったく正反対の境遇を生きる「王」と「芸人」が、出会ってしまった所から、この物語の本題は始まる。目と目が合った瞬間。王は「芸人の男」の虜になった。

 人が人に惹かれる感情=愛に「理由」などは無い。そもそも理由がある愛なんて「愛」ではないだろう。気になって放っておけなくなって傍にいたくなる。いつも一緒にいたいと切実に願うようになる。それが「愛した者」の感じる初期衝動。ましてや王様だもの。望むものは何でも手に入れ、好き放題に振る舞ってきた王様だもの。いつものように簡単に手に入れられると思ったことだろう、「愛する者」の全存在を。

 王に「愛された者」は戸惑った。裸の心を見せられ戸惑った。そして、いつもそうしているように、とりあえず「求められる姿」を見せることで、王の冷え切った魂を暖めようとした。なぜなら彼は根っからの「芸人」だったから。自分を愛する者に対しては「芸」で応える。それこそが彼が長年身につけてきた、芸人としての保身術だった。

 王は、ますます「芸人の男」に魅了された。男の「芸」だけではなく「全存在」に魅了された。人を疑うことを知らない純朴な生き様と、何よりその人間的な輝きに魅了された。しかし王は、やがて知ることになる。自分にも「手に入れられないもの」があることを。

 「権力」は、人の心を本当の意味では惹き付けない。

 「愛する者」を囲い込むために「権力」を行使するしかなかった王は不幸である。王は裸になることが出来ない。「自分であること」が出来ない。常に王でなければならないのだ。
 この映画では、そんな不幸な一人の王の、底なしの孤独地獄の有様が、おそろしいほどリアルに描き出されている。FC2 同性愛Blog Ranking
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