フツーに生きてるGAYの日常

やわらかくありたいなぁ。

2017-10
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カミングアウトへの道002●「人」として

 前回の記事で「うわ~、緊張するんですけど・・・」とか書いていたのですが、すみませんっ!。実は当日の僕、ま~ったく緊張しませんでした(爆)。

 こういうのはきっと、「何を話そうか」とか「どんな自分を見せようか」とか考えるから緊張するんであって、普段通りの自分でいればいいのかな、とある意味では開き直ってみたんです。だから朝からなるべく「講義で語っている自分の光景」を想像しないようにと、いつも通りの感覚を保つことに専念してみました(←それって裏を返せば考えていると言うことでもあるんですが、笑)。

 集合地である金沢八景駅には早めに着いたので、周囲の景色を撮影したりなんかしちゃってましたし(笑)。時間が迫ってまずは、かじよしみさんに「どうもぉ~」と御挨拶。そして初対面であるレズビアンの「ユリさん」とも合流します。目がパッチリとして可愛らしい学生さんであるユリさんは、なかなかしっかりしてそうなキャラクターです。彼女も僕と同じく「はじめてのスピーカー体験」なのですが、これまた同じように話す内容を何も決めずに来たとのこと(笑)「おっ、もしかしたら波長が合うかも」と、ちょっと嬉しくなりながら関東学院大学に着くことができました。

 キャンパスに着いてからはまず「講師控え室」で、かじさんが用意してくださったサンドイッチを食べながら軽く打ち合わせ。なんと面白いことに、その時点では講師であるかじさんが一番緊張していました(笑)。しかも、かじさんは毎週講義をやっているにも関わらず、毎回緊張しているとのこと。「必ずしも関心のある人ばかりではない学生さんの前で話すのは、緊張するものですよ。」と言っていましたが、なるほど~。学生さんというのは単位を取るために授業に出ていたりもするものですから、確かにそういう面はあるのかもしれません。

 時間が迫るにつれて、あまり緊張するタイプでは無さそうなユリさんが「緊張してきたかも~」と言い出しました(笑)。「まず最初に、何を話すべきですかね。」と彼女が言うので、「やっぱり最初は初恋の話じゃないですかねぇ。」とか話しながらも、かじさんとユリさんの緊張が高まりつつある気配を感じます。それならば僕はなお一層リラックスしなくちゃと、意識的に「ダラダラしたテンション」を心がけながら昼休みの終わった教室に向かいました。

 冬休み明け第一日目だからか、時間になってもなかなか学生が揃いません。待ちながら更に緊張が増した様子のユリさんが「やっぱり話す内容考えなくちゃ」とメモに書き出したりしています。やばっ、このままでは緊張感が伝染するかも・・・と思った矢先、かじさんが講義を始めてくださいました。そして僕らは前列の椅子を後ろ向きにし、学生さんたちに向き合った形で「フリートーク」を始めました。

 本当は一人30分ずつで「ライフヒストリー」を語る予定だったのですが、事前の打ち合わせで「対話形式」に変えることにしました。その方が硬くならずに済みそうだし、言葉に詰まったら互いに助け合えるだろうから。それに、僕とユリさんは初対面なわけですから互いのことを全然知りません。つまり、お互いに質問し合うことが出来るのです。

 この作戦は一応、成功だったようです。あまり話が途切れることなく二人で次々と、様々な話を展開することが出来たように思います。思いつくままに無計画で行き当たりばったりな僕のトークは時に暴走しがちであり、放っておくと「とんでもない方向に」脱線してしまいそうになるのですが(笑)、そういう時はユリさんが上手に軌道修正してくれました。だから僕としても安心して暴走することが出来たというわけで、ユリさんの冷静さと沈着さには、本当に何度も助けられました(笑)。

 そんなトークを聞いている学生さんたちの反応はと言えば、う~ん・・・。基本的にリアクションが薄いので、どう言葉を投げかけていいのか掴みにくいんですよね。僕も学生時代には彼らのような感じだったと思うので人のことは言えませんが、全体的に「覇気」がないんです。僕は前回の記事で「どんな視線を浴びることになるのか楽しみ」と書いたのですが、いざ実際に学生さんたちと対面してみても、見られているんだけど彼らの「視線」を浴びているような気持ちにはならないんです。つまり「能動的なエネルギー」を彼らから感じないんです。それはいったい何故なのか。

 「これまでに同性愛者に会ったことのある方はいらっしゃいますか?」と、尾辻かな子さんがいつも講演会でしている質問をしてみても、彼らは「シーン」としていて無反応。「本当に、一度もありませんか?」と再び強く聞いてみたら、微かにうなずく人たちが数名(笑)。つまり今回の講義の学生さんたちは、「今までまったく同性愛者を見たことが無い人たち」ばかりだったようなのです。(あくまでも自己申告ですが。)

 僕は今までICUでの講演会とか早稲田大学の講演会で尾辻さんが同じ質問をした時に、驚く位たくさんの手が上がる光景しか見たことがありませんでした。そういう場というのは「関心がある人たち」が集まるわけだから、ある意味当たり前のことなんですけど、「誰も手をあげない光景」というのを今回はじめて見た僕としては、やはりショックでもありました。そして、どうして彼らから「能動的なエネルギー」を感じないのか、その理由がわかったような気がしました。彼らの日常ではきっと、僕らのような同性愛者の存在というのはまだ「他人事」だからなのではないでしょうか。

 これぞまさしく「可視化が進んでいない日本社会」の実態でもあり問題点でもあります。本当は日常で毎日必ずと言っていいほど、ありとあらゆる場所ですれ違い、顔を合わせているはずの同性愛者の存在に彼らは全く気付いてもいない。同じ授業を受けている仲間たちの中にもきっといて、ただ「言えない」だけなのかもしれないことに気付いていない。どこか遠いところで無関係に生きている人達なんだという感覚を持っている。

 こうした現実は僕としても、普段の日常生活で嫌というほど思い知っているつもりではありましたが、「ゲイとして顔を出している状態で」ダイレクトに直面させられると、やはり正直、脱力感のようなものを抑えることは出来ませんでした。

 僕は彼らと同じ感覚で、つまり普段通りの感覚でこの場にいるつもりなのに、彼らは僕を「ゲイという異質なもの」として、「どうしていいんだかわからない」といった感じで眺めている・・・そんな感じでしょうか。でもね。僕も大学生の頃はそういう感じだったし、同性愛者に「すれ違ったことがない」と自分でも思っていましたし、20代の後半に自分で自分を受け入れるまでは今の彼らと同じような感覚でしたし、今でも実生活の多くの場面では基本的にクローゼットなんですけどね。

 僕は緊張していなかったため、余計にそういうものを冷静に感じていました。もし一人でライフヒストリーを喋っている時に、この感覚を感じていたとしたならば気持ちに引っ張られて焦っていたかもしれません(笑)。でも、隣でユリさんが全く動じずに、明るく朗らかなテンションを保ってしっかりと語っていたので、僕としてもリラックスして喋り続けることが出来ました。途中で、かじさんも加わって3人でフリートーク状態になったり、いつの間にか学生さんそっちのけで話が盛り上がったりもしましたし(笑)。

 でも、それで良かったのかなとも思います。まずは「見てもらう」こと、一緒の空間に存在しているんだと「感じてもらう」こと。そこから始まるんだと思うんです。僕としても、これから自分がカミングアウトを進めて行く上で「楽観的になりすぎてもいけないんだな」と気を引き締める機会にもなりましたし、同性愛者に接したことがなかった頃の、かつての自分のような顔をしている学生さんたちの表情から、多くのものを学んだように思います。

 なんにせよ、この日講義を受けた彼らにとって「生涯ではじめて見たゲイ」は僕ということになったのです。だからといって、そのことに僕は責任を感じません。僕は「ゲイの代表者」だとは思っていないし、世間と同じように色んな人がいてそれぞれに違った価値観を持って暮らしている多種多様なゲイの「一人」に過ぎませんから。だから後半の質疑応答で「ゲイの代表者として語る」ことを期待された質問をされたりしても、僕の本音では「それに答えることは出来ない」と感じました。そして「あくまでも僕の場合は・・・」と付け加えてから答えるようにしました。

 ユリさんとしても、何度も強調して語っていたのは「レズビアンは皆さんの周りにたくさんいて、同じように日常を過ごしているということをわかってほしい」ということでした。

 結局は、それに尽きるんだと思います。変わった存在ではないんだよ。同じように生きてるんだよ。そう感じてもらいたいから僕らは「当事者であるということを公表した状態で」顔を出し、いつもと同じような感覚で喋っている。そういうことだけでもいいんじゃないのかな、と講義を終わってみた今となっては思います。

 最後に発言してくれた学生さんが、いいことを言ってくれました。
 「お二人の話を聞いて思ったのは、どうして『男』とか『女』ということにこだわってしまうのかな、ということ。たとえば、はじめて誰かを好きになったときにも、相手を『男』とか『女』とか意識するのではなく『人』として感じることが出来れば、苦しまなくてもいいのではないかな、と思いました」

 僕は「おっしゃるとおりです」と彼に返しました。

 気付いてみれば最初はなんとなく硬かった学生さんたちの表情が、ちょっとだけ和らいでいるようにも感じられましたが、内心はどうだったんでしょうね(笑)。

 彼らは今後きっと何処かで近い将来、僕とユリさん以外の同性愛者と出会い、友達になったりすることもあるでしょう。あるいは自分が同性を好きになる人もいるのかもしれません。その時に感じる「心のハードル」が、少しでも下がっていればいいなぁと思います。

 こうした機会を与えてくださった、カミングアウトコンサルタントのかじよしみさん。そして初対面なのに一緒に楽しんでくれたユリさん、本当にありがとうございました。FC2 同性愛Blog Ranking
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コメント

この記事へのコメント

おつかれさま

アカボシさん、おつかれさま。
肝心の聴衆は拍子抜けなくらい、無反応だったのですね。
金沢八景駅から教室への道とか、共演者のゆりさんの雰囲気とか
周辺部分がやけに明るく輝いて見えるこの文章がおかしいです。
短編小説かTVドキュメンタリーにでもなりそう。
現実とは大体こんな意外さの連続かも知れません。
日常の地味な行動が大事ということなんでしょうか。

本当にお疲れ様でした、学生さんと同じように私もゲイの世界に目覚めるまでは
日常的に暮らしておられる方々の中にゲイ、レスビアン、同姓愛者なんか気にも
かけて無かったです。所が色々な所で出会い色々な話をして行くうちに膨大な数
の人が日常誰にもきずかれず(当事者は隠している)に生活しているのですよね
ところがパートナーとトラブルに成った時には相談相手がいないんです、公の場では
悩み事は相談出来ないですよね本当つらい時ありますよね、でも皆さん頑張って生きてます、同性愛本当に良かったと感じてます一緒にいて同姓だから隠さず何でも話せる事
楽しい事は沢山有りますね、普通の方も多分可能性を持っている方もおられはずです
自分を隠さず平然と公の場へ胸をはって出られる日を期待しています。

akaboshiさん!講演会御苦労様でした、   若い学生さんの反応(テンション?)の低さってのは、最近若い方を前に話しをされた方は皆さん同じような感想をもたれていますね!、会社でも、若い社員の覇気の無さは時々話題になります。初体験!akaboshiさんには少しもの足りなかったのでしょうか?  でも、きっと!これをスタ-トに良い方向に進まれるのではないかと期待しています。「焦らず!されど、したたかに」ネ!

●Biancaさん。

僕、とくに「期待」も「緊張」もしないように授業に向かったので、
拍子抜けしたという感覚は、あまりありませんでした。
むしろ「反応の薄さ」を発見できて嬉しかったという感じでしょうか。

●yosiさん。

そうですよね。
僕もLGBT当事者達に出会えば出会うほど
「こんなに日常にありふれた存在だったんだぁ」と、そのことがまず衝撃的でしたもん。
「ちっとも『変わった人たち』なんかじゃないじゃん」って(笑)。

そこんところのギャップを埋めて行くには、ほんと、ちょっとずつでいいから
周囲の信頼できる人に「僕、実はゲイなんですよ」って言いながら
自分をどんどん楽にして行ってあげようというのが、
僕の今年の大きな目標です。

●涼(りょう)さん。

「テンションが低い」とか「覇気がない」っていうのは
僕が学生だった10年前にも既に言われていましたから、僕は人のこと言えないんです(笑)。
あの当時、教授が僕らにそういう発言を挑発的に言ってきたりもしてましたが
「くっそ~!」と内心では思いながらも、
なかなか「癖付いてしまった過ごし方」からは抜け出せなかった
自分の「苦い思い」を思い出しました。

おとなしく見える人ほど、
実は内面で「自分とのおしゃべり」を活発にしている場合もありますから
外見とか、表に現れている態度とかで、人のことを判断してはいけないんですけどね。
だからきっと、この日講義を受けた学生さんでこの記事を読み、
「くっそ~!」って思ってる人、いると思いますよ。

羨ましいですね・・・akaboshiさんのお話を”生”で聴けるなんて!!笑

大学生の皆様はきっと漠然としていてあまり理解をしめさなかったのでしょうね。
バッサリ言ってしまえば、彼らはLGBTに興味がないってことなんですよね・・・。
けど、LGBTの望む世界へ導くにはきっと彼らの暖かいまなざしも必要になってきます。その時にどのようにして「ありのままのLGBT像」を彼らの脳内に焼きこむかが大事になってくるのではないでしょうか。

今のステップなら、僕的には彼らに理解を示してもらうよりも、まず僕らはこの世に存在しているのだということだけ知って欲しいです。
乱筆失礼いたしました。

●鳩くん。

鳩君ひさしぶり!。
バッサリ言ってくれてるけれど、「興味がない」わけではなさそうでしたよ。
4月から授業で「性の健康学」を学んできている人たちなわけだし。
ただ、当事者をはじめて目の当たりにして、「どういう表情をしていいのかわからない」から
とりあえず無表情だったという感じ。
だから、彼らの内面の本当のところは正直、わからないです。

私も学生の立場で似たような講義(セクシュアリティ系、ゲストスピーカー有り)を
受けたことが何度かありますが、
反応が薄いのは必ずしも興味が薄いからではないんです。

学校の雰囲気にもよりますが、学校で(公の場で)目立ってはいけないという意識が
染み付いてしまって反応を返せないんです。
質問はとても勇気のいることだし挙手すらできればしたくない。
万が一話しかけられると困るから、
講師とも目が合わないように微妙にずれた視線を送る。

と、まあなんとも失礼な態度ですが、
今の学生の大半は条件反射的にこんな受け方をしてしまうのではないかと思います。
私語のおしゃべりならいくらでもするんですけどね...

でも全員とは言わないまでも、akaboshiさんたちの言葉は
ちゃんと届いていると思います。
うちの学校の場合も、講義後に友人と個人的に感想を話し合うと
非セクマイさんからも「良かった」という意見がたくさんあったりしますから。

なんだか自分の受講態度を振り返っていたたまれず
学生擁護(?)に走ってしまいました。すいません。

お疲れさま!なんかとっても良い経験になったようだし楽しまれた?ようですね。私がやったのは留学している日本人相手に来てくれ、っていうので白人が主のところに一人日本人だったからやっぱりジロジロみられるだろうなあ、って思ったしできれば日本人ってバレたくないなあ、とかも思ってしまって。だけど結構真面目に受け取ろう、としている今時のニイちゃんとかいて意外に良かったです。まあ”日本にホモの人はいないのでびっくりしました~!”なんて言ってるおネエちゃんもいましたけどね。やっぱり良い経験でした。

●ヒギリさん。

僕は学生時代に、こうした「セクマイ」系(←笑)の授業は受けたことがありませんが
講義を受ける際に身に付いてしまう、学生に独特の「おとなしくなってしまう」心情って
わかります。そして、それを指摘されればされるほど、逆に萎縮してしまう気持ちも(笑)。
だから彼らもきっと、心の中ではたくさんの「おしゃべり」をしていたんだろうと思います。

●flowfreeさん。

楽しかったですし、いまや「懐かしき青春の一ページ」と言った感じの思い出です(爆)。
海外の方々との接触となると、LGBTであるということの他に「国籍」だとか「人種」としての
差別や偏見ともぶつかるようですから、さらに複雑な思いを経験されるのでしょうね。
「日本にホモの人はいないのでびっくりした~」って思ってる、あなたにびっくりした~!って
言い返したくなりますね(笑)。
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