フツーに生きてるGAYの日常

やわらかくありたいなぁ。

2017-11
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「冗談で聞いたのにぃ~!」

 年の瀬になると忘年会シーズンということで僕の会社でも例に漏れなくありました。しかし僕は残念ながら、飲み会帰りに「風俗」に誘われるという「ノンケ男子っぽい経験」をしたことがありません。

 先日の就活フェアでの「就活を終えた学生さんの自己防衛策」はある意味当たっているようで、女性の比率が高い会社だからか、そういう空気が薄い会社なんです。僕の場合、誘われたら誘われたで面白そうだからワクワクしながらついて行って「自分がどこまでノンケらしく振舞えるのか」という演技力を試してみようかとも思っているのですが、なかなかそういうチャンスは訪れません。でも、もし毎回誘われて接待しなきゃなんないような状況が続いたりしたら、きっと逃げ出したくなるだろうなぁ。お店の子を「可愛い」と言ったり、デレデレしなきゃなんないんでしょ。辛そう・・・。

 さて、うちの会社の忘年会は、お上品なお店でお上品に執り行われたので、いつも仲良く過ごさしてもらっている女性社員の傍で、僕もお上品に過ごしました。実はこの人、会社の中で僕が「ゲイであること」を唯一知っている人なんです。半年前位に書いたこちらこちらの詩は、実は彼女にカミングアウトした時のことを書いたものだったんです(今読むと、かなりこっぱすかしいですが。笑)。

 先日の結婚パーティーでの女性たちと同じく、彼女へのカミングアウトも自然な成り行きで「言ってしまえた」ことでした。彼女とは感性が合うし共通の話題もあるので普段から仲がいいんですけど、男女が仲良く親しげに会話していると周囲は、すぐに「付き合っている」という目で見るらしいんですね。

 ある日、裏で「そういう噂」が面白おかしく語られていることを知った彼女が「もう少し警戒してください」と遠回しに僕に言ってきたのですが、そう言われても何を警戒すべきなのか僕にはピンと来ませんでした。
「二人が付き合ってると思われてるみたい」
 彼女が言ったこの言葉にも、
「二人ってどの二人?」と返してしまったほどですから(爆)。
「私たちですよっ!」
 業を煮やして彼女がそう言った瞬間、僕は・・・爆笑していました(爆)。だってそんなことまったくもって僕にとっては寝耳に水。微塵たりとも想像した事がないし、まずもってあり得ない。
「うわっ、なにその噂、あり得ねぇ~っ!」
 僕はそう言ってかなり長い間、腹を抱えて笑い続けていました。それを見た彼女がどう思うのかもわからずに。

 その日はそこで話が終わったのですが、どうやら僕のこの態度は少なからず彼女を傷つけていたようで。そりゃそうですよね。僕の態度は、彼女が僕から「女(異性)」としてまったく意識されていなかったということを意味するわけで。つまり僕が「ノンケ」だと思われている以上、女の子にそういう態度をとる事は失礼にあたるらしいんです。

 次に会社で二人きりになる機会があった時、いきなり彼女が言ってきました。
「もしかして、ゲイなんですか?」
 ・・・スゴイっすよね単刀直入。でも僕はこの時、即答していたんです。「そうだよ」と。

 彼女は一瞬凍り付いていましたが、しばらく経ってから笑い出しました。
「えぇ~っ!、本当にそうなんですかぁ~?冗談で聞いたのにぃ~!」
「ホントだよ。いつか言おうと思ってたし、もし聞かれたら嘘を付かずに言おうと思ってたところだから丁度良かった。ありがとね~聞いてくれて」
「・・・そうなんだぁ~(笑)」
 かなり長い間、二人で笑い呆けてしまいました。

 この瞬間から僕と彼女が、それまで以上に仲良くなったことは言うまでもありません。いろいろLGBTに関する基礎知識も話しましたが、彼女は興味を持って聞いてくれました。

 そして僕はその日から、「あの二人は付き合っているに違いない」と相変わらず裏でコソコソ噂をする輩を逆に面白がるために、時には「カップルであるかのような親密さ」を演出したり、時には「喧嘩している風」を装ったりして周囲を翻弄したくてたまらないのですが、彼女は基本的にそういうのを嫌がっているので乗ってきてくれません(爆)。

 「付き合ってると思われるのって、仕事の場ではマイナスになる」
 彼女としてはそう思っているらしいので「そうではない」という逆の噂を懸命に流し、今ではだいぶ浸透している様子。だんだんそういう目で見られなくなりつつあるのが僕としてはちょっと残念(←ってオイっ!笑)

 それでも違う部署の人にまでは彼女の「噂モミ消し作戦」は浸透していなかったらしく、忘年会の席で、ある女性から「二人はいつも、いい雰囲気ねぇ・・・」と言われた時、一瞬凍っている彼女の表情を久々に見ました(笑)。

 僕としては・・・思う奴には思わしとけっ!という感じなんですが。仕事場ってやっぱりルーティン・ワークだから、そういう「艶っぽい」話題には皆さん、食いつきがいいらしいんです。おいおい。いつか僕が「大ドンデン返し」をした時には、いったいどんな話題が花咲く事になるやら。楽しみでもあり不安でもある今日この頃です。FC2 同性愛Blog Ranking
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コメント

この記事へのコメント

男社会の「接待」

こんにちは。

ノンケの男は、そういうところで接待される、という男社会。
働く女性は、どういう接待を受けるんでしょうね。

そもそも、そういう風俗が存在するということ。

その、異常さを、もっと鋭く批判してほしかったところですが、
拒否を前提にしているとはいえ、
「わくわくしながら」というakaboshiさんの感性は、ちょっと意外でした。

男の既得権に安住したまま、性的嗜好の快楽における範囲でゲイという
マイノリティの権利を主張するのは、なんだか胡散臭いと常々思っているのです。

もちろん、akaboshiさんの主張全体をみれば、そういうことではないと
思いますが、性風俗における女性の抑圧と搾取は、ヘテロな文化の根本的な
問題につながっているわけだしね。




●junさん。

風俗が存在することについて、僕は「異常なこと」だとは思っていません。
「文化」だと思っています。

それに、同性愛は「性的嗜好(=趣味)」ではなく「性的指向」です。
だから人権問題なのです。
異性愛者として生きることが「生きやすい」世の中で、わざわざ
「生きにくい同性愛者である」ことを選択する人が、これだけたくさんいるでしょうか。

「同性愛者である」ということは、多くの者にとって自分の意志で選んでいることではないのです。
そこの「最も大事な部分」を誤解されているようでしたら、今日から改めてください。

同性愛が人権問題であることは、異論はありません。


ただ、あなたがいう「文化」というものが、
どれだけ女性の人権を傷つけ続けているのかに
ついては、透明なものだ、「自然」なものだと素通りするのは、
まったく認識不足だと思わざるを得ません。

芸術と称されるものから低俗なポルノグラフィ、
グラビアやテレビ番組やCM、あらゆる日常の場面で
性的な表象として女性が
消費されていることについては、「文化」なのだという認識なら、
それこそ、改めてください。

上のコメントの認識にはちょっと残念でした。
あなたの人権意識が、同性愛にだけ焦点化されている危惧を感じます。



「異性愛が生きやすい」と思うのも、男が性的に圧倒的に
女性を蹂躙する立場からでています。

その想像力の欠如は、暴力的ですらありますよ。

●junさん。

●女性の性的な搾取、性差別が「人権問題」であり、
歴史的にも様々な蹂躙が行われてきたという認識は僕も持っています。
僕はそのことを『「透明なものだ、「自然」なものだと素通りする』つもりなど全くありませんし、
そのようなことを一言も書いた覚えはありません。
「男根主義」に対して違和を感じる点で、女性とゲイは「同志」だと思っています。

●僕が上記のコメントで使った「風俗」(←この場合の「性風俗」)という言葉には
男性の客向けに女性が従事している「性風俗産業」だけではなく、
女性の客向けに男性が従事している「性風俗産業」についても含まれています。

また、ゲイの客向けにゲイが従事している「性風俗産業」や
ゲイではない客向けにゲイが従事している「性風俗産業」など、
他のバリエーションすべてを含んだ形で使っています。
従って、男女差別的な意味合いを込めているわけではありませんから
先走って「女性差別だ」と捉えないでください。

●僕が「風俗」を「文化」だと言いたい理由は、次のような観点からです。
性的欲望とは、人間が生きる上での根源的な「欲求」であり、
「その人がその人であるため」の大事な要素です。
それを「快楽である」として異常視し、隠そうとする発想を、僕は疑っています。

エロスやポルノグラフィーを「低俗である」と断じ、
恥ずかしいことだとして日常空間から覆い隠そうとしてしまう心理と、
同性愛者を異常視してしまう心理は、共通の問題を孕んでいると思います。

「食事をするため」のビジネスは「公のもの」として成り立っている。
「睡眠をするため」の住環境に関するビジネスも然り。
ではなぜ、同じ「三大欲求の一つ」とされる「性的欲望」に関する産業が
ビジネスとして成り立っていることを「異常視」してしまうのか。

「欲望」は快楽ではありません。人間が生きるために持っている「本能」です。

●また、近代以降の「異性愛」が自明とされる社会においては、
ノンケ男性(=女性と結婚し家庭を築き、会社人間として働くタイプ)が圧倒的に優位で
生きやすい構造になっているという認識も、僕は持っています。

だからこそ、そこから外れてしまう「同性愛者という生き方」を、なぜわざわざ選ぶ人たちが
いつの世にも一定数いたのか。現在でもいるのか。
そこを本当にわかっていて
「同性愛者の問題は人権問題だ」という認識を持っていらっしゃるのだとしたら
以下のようなコメントを書かれるようなことは、ないのではないですか?

「男の既得権に安住したまま、性的嗜好の快楽における範囲でゲイという
マイノリティの権利を主張するのは、なんだか胡散臭いと常々思っている」

おじゃまします

はじめまして。
ブログ、いつも楽しく読ませていただいてます。

おふたりの議論については、私もよく考えている問題で、
とても興味深いので、少しコメントさせてください。

akabhoshiさんの、「欲望は人間が生きるための根源的欲求である」
という前提には賛成ですが、現在の社会や文化のなかで、
その欲望なり、本能だとされるものを生物学的生存の根拠にするのは、
あまりにも短絡的かな、とも思います。

つまり、睡眠欲・食欲と性欲のビジネス化を同次元で必然とすることです。

私たちが自分では選べないと思っている生理的感覚や志向ほど、実は、
社会的規範やイデオロギーを正当化するために、周到に執拗に
刷り込まれてきたものであると認識するなら、
異性愛社会で、同性愛を志向することを「異常」だとすることを
注意深く峻別し、問題視することと同様に、
性欲をビジネスにしていく過程で行われているあらゆる場面での
問題についても、考えなければならないことは多いのだと思います。

「生物学的本能」とされる学問的言説を、異性愛に都合よく
フレームアップして利用することに対して批判することに異議はないと思いますが、
そうであるなら、異性愛社会が当然のように女性を性的に消費する「文化」に
対しても、それを所与の前提とするような意識には、違和感を覚えています。

junさんの「男の既得権に安住したまま、性的嗜好の快楽における範囲でゲイという
マイノリティの権利を主張するのは、なんだか胡散臭いと常々思っている」
という言葉は、やはり少し乱暴な(シツレイ)気もしますが、
女性の立場からは、正直、この言葉に共感できてしまう場面も
少なからずあるように思います。

このへんは、akaboshiさんともjunさんとも違う視点かもしれませんが、
ジェンダーやセクシュアリティをめぐるマイノリティ問題は錯綜していて複雑ですね。
Akaboshiさんとは比較にならないくらい、とてもゆるく雑感を綴ったページですが、
『裏返された表 表返された裏』http://diary.jp.aol.com/8hvrtbu3d/
をしています。Junさん、よかったら来てください。笑

長くなってシツレイしました。ではでは。

●junさん、sumisoさん。

僕は「男の身体」を持っていますし、社会の中では「男」として扱われて生きてきましたから
「女」として扱われている人たちが日々感じる「抑圧されていると感じる思い」を
十全にわかることは難しいようで、
よく「あ、気付けていなかったんだなぁ」と反省することも多いです。

ですから、この「冗談で聞いたのにぃ~!」 の記事の冒頭部分で書いた風俗に関する記述も、
時間が経って最近読み返してみたら「ちょっと無邪気すぎたかな」とか
「女性がこれを読んだら反感持つかもな」とも、思いました。
きっと、その無邪気さがjunさんの怒りを招いてしまったのではないかと思います。
そのことは、大変失礼しました。
そして、指摘していただき、ありがとうございました。

話は変わりまして。
僕は子どもの頃から父親が家の中で
「男である特権を利用し、理不尽で強圧的な振る舞い」をする姿を見て育ちましたし、
それに不満を感じながらも、なんとか我慢して皆にバランスよく気を使っている
母の姿を格好いいと思いながら育ちました。
だから、「男っ!」っていうことに酔いしれているかのようなキャラクターの人って
すっごく馬鹿に思えるし、生理的に受け付けないんですね。
その理不尽さとか醜さを、嫌というほど見せられて育ちましたから(笑)。

外で発散出来ない分、家庭の中で暴力性を発揮するタイプの
「気の弱い父親」ってたくさんいるだろうし
それを「嫌だなぁ、ああはなりたくないなぁ」と思いながら育つ僕のような息子って、
けっこうたくさんいると思います。だから
たまに「男だからこう思っているに違いない」と女性から警戒心を持って接してこられると
一抹の寂しさを感じたりします。

セックスワークにもいろいろありますし、売買春自体に対する意見も多様ですが、売買春に対して無条件に拒否感・不快感をもつ方もいらっしゃいますし、かつて私もその一人でした。今はどうなのかと言うと「よくわからない」(そんなんばっかだな;;)。
ところで、akaboshiさんの使われたような文脈での「無邪気」という言葉が、私には「無自覚」と同義に思えます。
なんだか↑のような議論につっこみを大量に入れたい気がするのですが、いかんせん集中力が続きません……
とりあえず皆さん「しこう」に当てる字が違いますね。私は「指向」と一発で漢字変換されます。
顔を洗って出直してこようと思います(--)//

●かがみさん。

きっと、セックスワークに従事している友人が周囲にいるか、いないかによっても
随分と印象や意見も違うのではないですかね。
「よく知らないこと」については、やはり警戒心を持ったり先入観を持ってしまうものですから。
ディテールを詳しく知ってみると、それほど特殊なことでも奇異なことでもなかったりすることが
まま、あるものです。

おっしゃるとおり「無邪気」でいられるのは、「無自覚」で「無知」だからなんでしょうね
・・・反省します。
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