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フツーに生きてるGAYの日常

やわらかくありたいなぁ。

2018-10
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PARCO劇場「トーチソングトリロジー」●PLAYレビュー観劇直後・興奮篇



 本当に名作だった。
 両目から涙がこぼれてきているのに、かまわず流し続けながら見続けた。

 僕にとっては始めての観劇だったPARCO劇場での「トーチソングトリロジー」。演劇を見ながら泣いたのは本当に久しぶりのこと。ここ数年忘れかけていた感覚を思い出させてくれた名舞台だった。

 客席を埋めていたのは95%位が女性たち。母親のような年齢の彼女たちが「ゲイ当事者」の赤裸々な日常を描いた演劇を観ている。そのこと自体がとても不思議な光景だったし、同時に嬉しい光景でもあった。

 「ゲイ」は同性を好きになった自分に気づいた時に、「ゲイ」であることでの人生を組み立てなおす。僕はまだ、その過渡期にある。自分へのカミングアウトはなんとか出来たし大好きなパートナーとも出会うことが出来た。しかし僕を生み育ててくれた両親に対して、本当の自分として対峙することは出来ていない。年齢は30代に突入し、そのことが日々、重たくのしかかり始めている。やらなければならない宿題を抱えたまま放置し続けているかのような感覚。焦燥感もつきまとっている。

 この演劇を見ながら、改めてそんな自分の現状に気付かされた。なぜなら主人公が、カミングアウトを受け入れない母親と対峙し、互いの心情を吐露しあう場面に最も強く感情移入して観ていたからだ。「ゲイ」である自分を、自分が誇りに思っていればわかってくれるかもしれない。しかし、親には親の価値観もあり、夢もあり、期待もある。積み上げてきた人生によって形作られてきた思いがある。そこに僕が「ゲイ」であるということは、まったくの想定外の事態に違いない。動揺するに決まっている。ショックを受けるに決まっている。そのとき、僕は何が出来るのだろう。

 舞台の上では、母親と「戦う」かのように喧嘩し、母親も負けじと息子に自分の考えをぶつけ、「何ラウンド」もの口論を重ねながら次第に邂逅し合う姿が繰り広げられていた。僕は「見たくないもの」を観ているかのような気持ちになり目を背けたくなった。でも、思い直して喰らい付くように見つめた。ゲイの息子役である篠井英介さんと、母親役である木内みどりさんの演技を、とにかく逃げずに見つめ続けた。そしたら泣いていた。そこには真剣な魂のぶつかり合いがあったから。役の人生と、それを演じる役者さんの積み重ねてきた人生とがシンクロして醸し出される、本物の魂の交歓があったから。

 途中休憩を2度も挟み、3時間も上演され続けた長い舞台だったけど、まったく気持ちが弛緩することなく観続けることが出来た。本当によく練られた台詞だし、趣向を凝らした演出と真摯な演技が緊張感を持続させてくれた。「自分の切実な問題」として僕の心に直接突き刺さってくる、本当に強烈な観劇体験だった。

 僕はかつて演劇に熱中していた。しかしその頃は自分のことから逃げていた。当時、たくさんの名舞台に触れて感動した記憶はあるけれど、ここまで自分に突き刺さってくる舞台を観たことは、果たしてあっただろうか。

 今の僕は、逃げるどころか過剰なくらいに自分を見つめようと思っている。何かを取り戻そうとしているのか、それとも何かを新たに得たいのか。その意味はわからない。でも自然と、こういう振る舞いを僕の奥深くにある「何か」が導き行動に移させている。今はそれに素直に従いたい。

 意味なんてわからなくていい。結果や解釈は後から付いてくる。とにかく僕は自分の内から聴こえる声に忠実に、残りの人生を生きて行きたい。

 舞台の上で悪戦苦闘しながら、泣いたり笑ったり、くっついたり離れたりしている登場人物たちの人生模様を見ていたら、そう思った。FC2 同性愛Blog Ranking



パルコ劇場「新」スタンダードシリーズ
「トーチソングトリロジー」
2006/11/20(月)~12/7(木)
作 ハーヴェイ・ファイアステイン
上演台本・演出 鈴木勝秀
出演 篠井英介 橋本さとし 長谷川博己 奥貫薫 黒田勇樹 木内みどり エミ・エレオノーラ(VOCAL&PIANO)
全国巡演
12月9日(土)-10日(日)梅田芸術劇場シアター・ドラマシティ
12月12日(火)広島アステールプラザ大ホール
12月14日(木)愛知厚生年金会館
12月21日(木)仙台市民会館・大ホール
映画「トーチソング・トリロジー」
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コメント

この記事へのコメント

私は来週の水曜日に見ますけれど、これを読んでますます楽しみになりました。

>意味なんてわからなくていい。結果や解釈は後から付いてくる。とにかく僕は自分の内から聴こえる声に忠実に、残りの人生を生きて行きたい。

なるほど、本当だと思います。自分に嘘は付けないし、自分をだます事は出来ないし、自分にとって意味のある生き方って、とにかくやりたいように生きるしか無いと思う。
物も、地位も名誉も、その強さには負けるのだから。





●seaさん。

良質な舞台って、人の人生を「俯瞰した場所から」見ることが出来るので
自分のことを立ち止まって考える時間を与えてくれます。

20代の頃は「立ち止まらずに、がむしゃらに生きて行きたい」とか思っていたし、
そういうメッセージに惹かれていたりもしたのですが
最近は「立ち止まらなくっちゃ息切れして続かなくなるだろっ!」とか
「立ち止まらなくっちゃ方向を間違ってることにも気が付かないだろっ!」とか
思うことも多くなりました。
・・・30代ならではの感覚ですね(笑)。

40代、50代になったら、またその年代特有の感じ方があるのだろうし楽しみです。

溢れる愛

アーノルドが深い愛を持っていて、とても愛される人間なので、魅力的でした。
篠井英介氏の確かな演技は、見ていて安定感のある物でした。<やられた>と言う思いと声のきれいさが真摯な生き方をする、新鮮なアーノルドを作っていました。(アーノルド贔屓なので)
人を愛するって、性を超えていると思うので、人間として尊敬できるかどうかが鍵だと思うんです。
そう思うと、アーノルドとエドの関係も最後には、精神的な結びつきが一番大切だったと思います。
それが出会いから5年経って、わかったような気がします。

人間対人間のおかしさや、ばかばかしさは、成長の一つの変化形のように思えた舞台です。
映画では観客に伝わらない感動を、直に伝えてくれるのが舞台だと思います。
自分の感覚がさ冴えて来る様な楽しさでした。



●seaさん。

seaさんは前回の上演もご覧になっているわけですから、また違った感じ方が出来たでしょうね。
最後に、まるで「腐れ縁」のようだったアーノルドとエドの関係に「未来」を感じさせられるのが
この作品の大好きなところでした。
あぁ・・・思い出しただけでジワーっとこみ上げてくるものがあります(笑)。
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