フツーに生きてるGAYの日常

やわらかくありたいなぁ。

2017-09
« 123456789101112131415161718192021222324252627282930 »

スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

異形の幻視力~小山田二郎展(東京ステーションギャラリー)

まっすぐすぎるくらい、まっすぐな人

東京駅周辺に貼られていた美術展のポスター。その異様なグロテスクさに魅かれて入ってみた。東京ステーションギャラリーは東京駅の丸の内側。あの赤レンガ造りのレトロな雰囲気を上手く生かした洒落た空間だった。ゴツゴツとしたレンガの地肌がむき出しにされている壁には、この人の、それこそむき出しの絵はとてもよく似合っていた。

小山田二郎さん。
この人は経歴が面白い。大正生まれで、父親の反対を押し切り苦学しながら絵を書き続けるものの、せっかく書きためた絵はすべて戦争で焼失してしまう。そして31歳の時に終戦を迎える。
31歳といえば今の僕。その時の彼の気持ちを思うと胸が痛む。大切な、それこそ身を削って描いたであろう、みずみずしい20代の時の作品がすべて失われてしまったのだ。なんということだろう。
しかも彼は戦時中は絵を描くのをやめていた。周囲の多くの画家が戦争画に手を染める流れに乗りたくなかったからだ。虎視眈々と戦争が終わるのを待っていたに違いない。それだけになおさら、過去の蓄積を奪われた31歳の喪失感は、計り知れないものだっただろう。
戦後、そうした戦争体験から蓄積された内面の毒や膿みを、彼は見事に作品として結晶化させる。そして画家としての地位を築き上げるわけだが・・・57歳の時に妻子を捨てて突然失踪する。そして死ぬまでの20年間はまったく社会の表舞台に姿を現さず、知り合いのギャラリーに作品のみを送り続けた。

なんていうか・・・自分に嘘がつけなかった人なんだと思う。そういうのをわがままと評価する人もいるのだろうが、こうした性格の彼だからこそ描けたであろう作品を実際に目の当たりにしてみると、そんな常識的な道徳観なんてどうでもよく思えてくる。長所は短所。短所は長所なのだ。少なくともこうした作品を描きつづけたということは、彼は人生から逃げなかったということ。自分の性格的な弱さが巻き起こしてしまうことを実は真摯に受けとめ、表現し続けたのだ。
失踪中の絵には、逃避する人物像が頻繁に描かれる。まるで絵の中で贖罪しているかのようだ。そんなところが人間っぽくていい。そして死ぬまで描くことをやめなかったという事実が、生涯、画家としての自分と向き合い続けたことを証明している。

生涯を賭けて、自画像を描き続けた人

彼は生まれつき顔に赤アザがあったという。先天性ウェーバー氏病というらしいのだが。つまり彼は・・・ストレートに言ってしまえばグロテスクな顔をしていたのだ。
だからという風に短絡的に結びつけるのもなんなのだが、それでも「やっぱりな・・・」と思える位、彼の残した絵はすべてグロテスク。「さわやか」「すがすがしい」という言葉からはいちばん遠いところにあるようなものばかり。
しかし、その絵をしばらく見ていると「醜い」と感じた第一印象はどんどん変化してくる。そして、細部の微妙な色使いや、引っかき傷のような荒々しい線の動きに、いつの間にか心を奪われはじめる。
特に彼が30~40代の頃に描いたという、小さいサイズの水彩画が僕には強烈に迫ってきた。
ちっとも可愛くはない「子ども」という絵。ちっとも美しくはない「花園」という絵。だいたいの絵が、タイトルが表象する一般的なイメージを覆す醜さを持つのだが、その暗さの中に目を凝らすと、なんだか痛い。例えると、長いトンネルのずっと先の方に小さく見えてくる出口の光を見つけたときに感じるまぶしさ。そのまぶしさが目にもたらす痛み・・・。痛いけれど、その痛さは実は快感でもある。痛さを感じるというのは生きているという証拠。彼の絵は、麻薬のように病み付きになりそうな中毒性を帯びている。
・・・これは、ヤバい画家と出逢ってしまった。正直そう思った。

自画像は他画像

こんなグロテスクなものを表現し続けなければいられなかった彼の生涯。いわば自画像を描き続けた生涯だったと言えるだろう。しかし、その自画像は自画像にとどまらず、恐ろしいことに世界というものを表象してしまえる普遍性を持ってしまった。
彼の内面に鬱積された様々な毒は、まぎれもなくあの時代の日本社会とも密接に関係していたのだと僕は思う。「野火」という絵は有名な戦争記をモデルに書いたのではと感じられたし、「老人像」という絵からは虚飾を身にまとわりつけて老醜をさらしている人間の姿を感じた。
彼の絵には、実はしっかりと社会に棹さす強烈な風刺も込められているのだ。

そして、失踪後の大型の油絵では・・・カラフルなのだがグロテスクな糸のようなものがまとわりついて、息苦しそうにしている人や鳥がたくさん描かれている。
・・・まるで、自信過剰になって欲望を剥き出しにし、身の程を知らずにエスカレートし、結局ハジけてしまった「金の亡者ども」の慢心の行く末を暗示しているかのようだ。
彼は幻を見ていたのではなく、鋭敏なリアリストだったのかもしれない。

彼の絵を見て痛いのは、見る者の心の内にも棲む慢心や毒を射抜かれ、見透かされてえぐられるからなのかもしれない。
いわば、彼の絵は水俣湾のヘドロなのである。
現代に生きる誰の心にも、知らず知らず鬱積しているであろう、心の中のヘドロの姿なのである。


●「異形の幻視力~小山田二郎展」5/28~7/3東京ステーションギャラリー

●6日後、再び見に行ったときの感想はこちら↓
「ふたたび小山田二郎展へ・・・完全に虜と化す」 (7月2日付「アートを語ってみる」)

文京アートのホームページに、小山田二郎情報があります。

●奥さんの小山田チカエさんへのインタビュー記事を見つけました。
本を散歩する雑誌スムース内「sumus special 「小山田チカエさんに聞く」

FC2 同性愛Blog Ranking
スポンサーサイト

コメント

この記事へのコメント

あ、これ3日までなんですね。明日半休なので見てきます。
こちら見なかったら忘れて見逃すところでした。

こんにちは。
先週、行って来ました。美しかった。
不思議な時間と空間でしたね。

これだけ言語化出来る能力があってうらやましい限りです・・
ライフログ、一見混沌としているようで繋がってますよね。
その繋がりどころ、視点に惹かれます。

>akaboshi様
当方ブログへのTBとコメント、ありがとうございます。
こちらからもTB飛びますので、よろしくです。
「展覧会というのは絵を見に行くのと同時に、 生き方を見に行くもの」
このコメント共感します。
逆に生き方が見えない展覧会は、死体の陳列に過ぎないのかもしれません(それもそれで好きな方もいらっしゃるのでしょうが、、)。
個展はその作家のソロコンサート、複数作家の企画展はキュレーターのDJという感じでわたしは楽しんでみたりします。

ハジメマシテ!トラバありがとうございます。
さっそく読ませていただきましたが、とても力が入った記事ですね!
見に行った日のことをまざまざと思い出させてもらいました^^

はじめまして
コメントとTBありがとうございました。
私は未消化の部分があって、こういう絵をどういう風に表現したら
いいのか分からなかったので、自分の言葉で書かれているこちら
の文章がうらやましい...(^^)
奥さんのインタビューは、哀しいけれど、おかしいですね。
akaboshi07 さんは『長所は短所。短所は長所』と書かれていま
すが、そうした一見正反対のものが、やじろべえのようにバランス
とりながら、私らは生きているのだろうなぁ...と、ふと考えました。

こんにちは。夏バテしているうちに大学次代の話が始まってしまったようで、今、読んでました。まだ核心部分に入ってなくてホッ。リアルタイムで読みたいですから。さて、この小山田二郎さん、初めて知りました。土曜日にお見合い相手を誘って行ってみようかな。

コメントありがとうございます。
●santanicoさん。
お知らせできたのならよかったです(笑)。これを逃しちゃもったいない。
もし行かれましたら感想をぜひぜひ。
●noboruさん。
ブログの方にも書かせていただきましたが、今後ともよろしくお願いします。
尖った内容が面白いです。
●じゃみ(ぃ)さん。
おっしゃるとおり、ライフログは一見バラバラかもしれませんが
自分の中ではつながっています。
どれも、ものすごく影響を受けたものばかりです。

●いずみさん。
せっかく行ったのにハズレだった時は、本当にがっかりしますよね。
熱意が感じられない展覧会は、たしかに死体の陳列のようです。
さすがマルチ朗読詩人っ!。
展覧会もある意味、ライブやコンサートのように、
いいものだったら興奮できたり、ワクワクできますからね。
●benimashikoさん。
はじめまして。
僕は展覧会って、自分のペースで動けるから好きです。
映画や演劇のように、観客が「受動」の姿勢で時間を拘束されるよりも
展覧会では自分で時間を作って行けますよね。
●lysanderさん。
はじめまして。
奥さんのインタビュー、飄々とした人格を感じさせられて面白いですよね。
二人が出会ったエピソードが、まったくの偶然の積み重ねだったことが面白い。
奥さんは彼の作品に引き寄せられて、本当にハマってしまったんですね。
ほぼパトロン状態で彼を支援して・・・。
だけど失踪しちゃう小山田二郎、さすがです(笑)。

●umepochiさん。
お見合い相手と小山田二郎展っ!
す、すばらしい・・・というか、チャレンジャー(笑)。
彼は引いてしまうのか、乗ってくるのか・・・。
乗ってきたらスゴイですね~、そういう所を観察するには絶好の機会っ!(笑)。
あ~、結果がわくわく・・・。

グロテスク、といってもそれだけではないからプロだな、と思います。
思いのたけをぶつけても、自然と見る側の調和が図られる点が巨匠の域。これだけの人たちが彼の絵に惹かれ残るのはやはり、少なからずとも同じ気持ちが心の中にあるからなんでしょうね。
生き方が展示されるのが本物だというコメント、
私にも戒めになる言葉ですよ。
(ところで、辺見庸読まれるんですね。「もの食う人々」は読まれましたか?)

拙頁へお越し下さり、トラバも有難う御座いました。
コチラからも張らせて頂きました。
宜しくお願い致します。
やはり生き様でせうね。
これは、どんな表現者に於いても、生き様そのものから吐き出されたものが形となって私たちの前に現れる。
生きて行く中で、欲望や妬み、喪失感にさい悩まされることは誰しもあることでせうが、それをここまで強烈に淡々と吐き出せてしまったのは、何か宿命のやふなものだったのかもしれませんねい、、
akaboshi07さんの他の綴りもちょいとハマりますね。
また時々お邪魔させて下さひ。

なんどもお立寄りくださり、ありがとうございますm(__)m
ワタシからもトラバ返しさせて頂いたのですが、反映されてないですね。。(?.?)
そうそう、昨日、こちらで紹介されていた小山田チカエさんのインタビュー記事、読んできました!
失踪、ちゅうか、若い恋人のもとに逐電、ってことやったんですね。。
ついでに州之内さんの記事も読めたし、良かったです♪
トラバしてくださって、ほんとにありがとうございます^^

●sichihukuさん。
小山田二郎さんって、自分に閉じこもって描いているのかと思いきや
全然違うんだと思いました。
実は非常に繊細に計算して構築するタイプ。
なおかつ描いている最中の発見も取り入れて進化してゆく・・・
その良さがいちばんよく出ているのは初期の水彩画でした。
油彩画の大作は、たしかに大作なんだけど、
構築する部分ばかりが目に付いて落ち着いてしまっていて、
僕はあまりドキドキ出来なかったです。
その人の性質に合ったものってありますよね。
辺見庸さん、一時期ハマってだいたい読みました。
行動力があって、斜に構えている所があって、
言いたいことをちゃんと言っているので注目している人です。
ただ、あまりにも悲観的すぎると感じることもありますが、
それだけ世の中のことを真剣に考えているからなんだと思います。

●墨娯@ろゆふ さん。
ご訪問ありがとうございます。
そうですね、作品に生き様が定着されてました。
そのためにはきっと、自分の中の毒を自覚的に吐き出して
作品として結晶させる勇気と度胸と計算が必要なんでしょうね。
小山田さんはその辺、ちゃんと心得ていた人だと思いました。
ろゆふさんのBlogを見て、書道というものも自由で可能性のたくさんある
表現なんだと思いました。
今後も見させていただきますので、よろしくお願いします。

●benimashikoさん、ご訪問ありがとうございます。
しかし、なぜ「失踪」までして奥さんの元から逃れたかったのでしょうかね。
失踪後の20年間、二人がどういう状態でいたのか・・・
想像すると、とても気になるところです。
作品を発表はしていたわけですから居所は判明してたわけですし・・・
謎です(笑)。
TB、よければもう一度challengeを。

こんばんは。とっても遅くなりましたが
こちらからもTBさせて頂きました。
akaboshi07さんのレビュー、とても素敵ですね。
またお邪魔します。

こんにちは!TBありがとうございました!
akaboshi07さんのblogってセンスがよくって本当にキレイですねー♪
ビックリしました。
それにとっても知的。刺激を感じます。
また訪問させていただきますね。
とりあえずお礼まで!

●ナッキさん、ありがとうございます。
動物の写真が可愛らしいBlogですね。また遊びに来てください。
僕、小山田二郎展、本当にもう一度行くつもりです(笑)。
●preludeさん、ありがとうございます。
小山田二郎のド迫力にやられた者同士(笑)、
今後もよろしくお願いします、

はじめまして。遅くなりましたが言葉足らずの拙のブログにトラックバック及びコメントをして頂きありがとうございます。
小山田二郎の作品は本当に強烈でした。その後いくつかの展覧会を観に行ったのですが、これほど心に残るものはなかったです。
それにしても、ここまで言葉に出来るakaboshi07さんがうらやましいです。

●展覧会、よく行かれるんですね。
けっこう当たり外れがあるから、「外れだな」と思ったときは
「どうして自分はこの人の絵に惹かれないのか」を考え始めると
楽しめたりします(笑)。
ちょっとひねくれた楽しみ方ではありますが。

今度はちゃんと反映されてるみたいですね^^
こちらからもリンクリストに追加させていただきました!
どうぞ宜しくお願いいたします。
また覗きにきます(^^)/

●TB成功おめでとうございます~。
僕もちょくちょく覗かせてもらいたいのでリンクさせてもらいま~す。
小山田二郎展、実はまた見に行ってしまいました。
中毒になりつつあります・・・。

こんにちは。
TBありがとうございます。
また行こう!と思っていながら
結局二回目は行けずに展覧会終了してしまいました。
それでも、小山田さんの強烈なインパクトは
未だ心のなかに残っています。
ちょっとざらざらした感覚と共に。
また機会があったら是非観たい画家さんです。

●Takさん訪問ありがとうございます。
また展覧会、開いてほしいですよね。
その前に地方に巡回するみたいですが・・・行ってしまいそうな勢いです(笑)。

違う美術館で観るとまた違った感じ方受けるので
ついつい・・・
あ~自分も行ってしまいそうな勢いです。。。

●Takさん。
次は9月に高崎であるみたいですね。
高崎ってそんなに遠くはないので・・・たぶん僕は行きます(笑)。
コメントを投稿する
管理者にだけ表示を許可する

トラックバック

この記事のトラックバックURL

⇒ http://akaboshi07.blog44.fc2.com/tb.php/53-a3a1a3f9

この記事へのトラックバック

マイ・ウェイ

小山田二郎。先週の火曜日。メチャ暑い夏至。久しぶりに「PEACE」を吸ったな。チャラスを吸う時にはいつもこいつだった。むかし、あるところにTo think,I killed a cat鳥女異形幻視廃墟失踪惹かれる廃墟に突っ立っている鳥女がこっちを見てやがった。俺を見てやがる、な

小山田二郎展

カンバスの前で感情を打ちのめされ、言葉を失い、その場で放浪したいのなら、見に行ったほうが良い。...

小山田二郎展

かねてより楽しみにして居りました『小山田二郎展』。日曜日に参ズ。 抽象とシュルレアリスムの二つの芸術思潮の影響を受けた前衛的な群小美術グループの中で育ったと云う、小山田二郎氏。攻撃的、自虐的な造形感覚と表現力で戦後間もない時期の画壇を担う。1971年に失踪。.

次のお見合いデート

異形の幻視力~小山田二郎展(東京ステーションギャラリー)のTB今度の土曜日、このエキシビジョンにお見合い相手を誘ってみようと、ふと思い立っただけなんですが、Oさんの家から会場が遠いからどうしよう?などいろいろ迷って、やっぱ誘ってみることにしました。akaboshiさ

小山田二郎展

「小山田二郎展」を見ようと、東京ステーションギャラリーに行ってきました。あたしここの建物ボロくて大好きです。間取りは四角いけど。お恥ずかしいことに無知なもので小山田二郎という人を知りませんでした。ただ新聞に展示会の記事が載ってて、そこに出ていた絵がすて...

美術館巡り5(小山田二郎展)

東京美術館巡りの記録も今日が最後です。東京は美術館も展覧会も日本一多いところで、いつ行ってもいい展覧会がどこかで開催されていて、関東に住む人はしょっちゅういい展覧会が見れていいなあ、と思うこともあるけど、京都は京都で便利なところで、関東でや...

小山田二郎展

異形の幻視力小山田二郎展 会場:東京ステーションギャラリー 会期:2005年5月...

小山田二郎展

東京ステーションギャラリーで開催中の「異形の幻視力 小山田二郎展」に行って来ました。いつも冷静かつ的確な感想をお書きになっていらっしゃる「芸術散歩」のとらさんが、拙掲示板に書いて下さったコメントです。「アンソール・ボッシュ・ミロを足して3で割り、それにルド

HOME |

無料ホームページ ブログ(blog)

FC2Ad

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。