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フツーに生きてるGAYの日常

やわらかくありたいなぁ。

2018-09
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たかがテレビ035●曖昧さにも目を向けよう~ドラマ「私が私であるために」を見て

 演技も曖昧な方がおもしろい。

 10/10(火)22:00~日本テレビDRAMA COMPLEXで放送された「私が私であるために」を見ました。新聞発表の副題がすさまじかったことはいつもの恒例として笑えるとしても・・・

 な~んか、後半がグダグダなドラマでしたね~(笑)。役者たちが激情をほとばしらせて感情過多な演技をしはじめると、途端に芝居じみてしまって冷めちゃいました(笑)。前半、せっかく繊細で丁寧な演技で魅せていたのに・・・なんなんだあの家族の泣き叫び場面はっ!(怒)。展開が強引すぎますよね。もっと日常感覚を丁寧に積み重ねて描く方が、よっぽどドラマティックではないかと思うのですけど。ドラマの描くドラマティックって、本当はちっともドラマなんかじゃない。些細な細部にこそ、本当のドラマはあるのだから。

・・・と、愚痴は最初に零しておいて(笑)。でも、主演の相沢咲姫楽(さきら)さんと、歌手・中村中(あたる)さんの演技は、役者っぽくない生々しさがあって見ていてすごく惹き込まれました。中盤から登場した雛形あき子さんとか中村俊介さんなどの「中堅プロ役者」たちが「型にハマったスタイル演技」をし始めたせいでドラマの緊張感が一気に停滞。不安定で曖昧だけど瑞々しい新人の演技の方が、ずっとリアリティーがあって胸に迫ってきますね。もちろん、当事者が自分に関わる問題を演じているということも大きいのでしょうが、それ以上に「新人」の瑞々しさの輝きが際立っていたドラマではないかと感じました。

 内容としては、想像していた通りの展開で特に言うことなし(←まとめ過ぎ。笑)。ただ、一番気になるのが「しあわせ」とか「本当の私」という言葉の連呼。おいおい。人って、そんなにアイデンティティーをはっきりさせないと安心出来ない生き物なのでしょうか。そんな風に自分を固定させようとするから、苦しいんじゃないかと思うのですが。

「しあわせ」なんていう答えはどこにもない。
「アイデンティティー」なんて固定しなくていい。むしろ揺れ動き続けるのが「成長」であり、
揺れ動き続けるのが「生きる」ということ。
いいじゃないですか、曖昧なままで揺れていたって。変化を楽しみましょうよ。

  「性はグラデーション」なんだってばっ!

 このドラマを見ていてやっぱり気になったのは、いわゆる「性同一性障害(GID)」の人たちが、結局は「性別二元論」の価値体系の中に当てはめて理解されているということ。ドラマでも描かれていましたが、彼ら/彼女らが「障害」と認定されるには、いわゆる「男」「女」になりたいということを証明するために「男性性」「女性性」を過剰に希求してしまいがちな制度となっているのです。

 すなわち「障害」と認定されるくらいに明確な意志を持っている人たちは制度上救済されますが、それほど「はっきりとはしたくないけど違和を抱えている」という、曖昧な人たちは救済されにくい。相変わらず差別・偏見に苦しめられ続けてしまうのです。

 「女になりたいのっ!」と明確な意志を持っているドラマの主人公を横目で見ながら僕は、今年の5月23日に行われたICUでの尾辻かな子さんの講演会「虹色の社会を目指して」で知った、「性的マイノリティーの基礎知識」を思い出していました。

 以下に紹介する指標は、LGBTのことを説明するのみならず、自分のことを「正常な男」「正常な女」と認識している、いわゆる「ノンケ」の人たちにも当てはまる、性に関する基本的な指標です。僕は、ものっすご~く納得できる指標だと感じ、目から鱗が落ちました(笑)。


性の3指標 (注:僕なりの理解です。)

①身体的な性=sex
女←←←←→→→→男

★きっちりとわかれるものではない。
・・・半陰陽(インターセックス)の人など。生まれた時には性別がはっきりしない人たちがいるのだが、医者が独断で「男」「女」にしてしまうことが問題視されている。

②性自認(心の性、自分の思う性別)=gender identity
女←←←←→→→→男

★きっちりとわかれるものではない。
・・・トランスジェンダーとは、身体的な性と心の性の食い違いが大きい人たちのことを言う。

③性的指向(誰を好きになるか)=sexual orientation
女←←←←→→→→男

★きっちりと固定しているものではない。
・・・同性愛者とは、身体的な性と性的指向が同じ性に向かう人のことを言う。
・・・トランスジェンダーでも心の性と性的指向が同じ性に向かう場合は、同性愛者と言う。
・・・性的指向が男女両方に向く人のことを、バイセクシャルと言う。


■ちなみに僕の場合は・・・(10段階で)
①身体的な性→男10(たぶん)
②性自認→男7、女3くらい。
③性的指向→男8、女2くらい・・・かな?
・・・②と③が一致しているから同性愛者。
要するに、今のところゲイ。

■このドラマの主人公を予想で当てはめると・・・
①身体的な性→男10 (たぶん)
②性自認→女10(性転換したがるほど強固)
③性的指向→男10(おそらく)
・・・①と②が食い違っているからトランスジェンダー。そして②と③が食い違っているから異性愛者。

 ドラマを見る限り主人公は割とはっきり矢印の先が固定されていそうな人であり、世の中の「性別二元論(性は男と女にはっきりと別れる)」に当てはめて理解を得やすいことがわかります。

 だから最近、このタイプの「性転換を希望する性同一性障害者」はドラマでもよく描かれますし、人々の反響も得やすいのです。しかも日本では決まって若くて可愛くてスレンダーなヒロインが起用されています。そして「性別二元論の『女』に当てはまりたがっているのだから救済してあげよう」という発想で法整備も進みやすいのです。要するにそのことによって「男」「女」という区分けの正常さが補強されるわけだから。

 しかし実際には、3指標のうちの1つ~3つが、はっきりと「男」「女」に固定されない曖昧な場所にある人たちもたくさんいるのです。トランスジェンダーでも身体までは変えたくなかったり、自分が男であることにも女であることにも違和感を覚える人はたくさんいます。

 世間の既成概念からするとそうした人々の抱える葛藤は、「曖昧」であるがために理解されにくいのが現状です。だから、そうした人たちの存在がまだ全然可視化されていません。

 僕らLGBTの多くは、そうした「曖昧」な領域に属しています。そして、これはLGBTだけの問題ではないように思われます。実際には多くの人たちが、本来「曖昧である部分」を抱えているはずなのに、強引に世の中の仕組みに自分を合わせることで、やり過ごしているのが実際のところではないかと思うからです。

 こうした側面にこそ、これからはもっと着目するべきではないでしょうか。お涙頂戴GIDドラマもいいけれど、もっと曖昧で複雑な領域にも果敢に踏み込んだ、次の段階へと深化したLGBTドラマが、もっと生み出されるべきだと思います。FC2 同性愛Blog Ranking


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ICU講演会の全文が公開されています。
CGSオンライン「尾辻かな子さん講演:「『虹色』の社会をめざして」全文公開!」

「私が私であるために」出演の中村中さんについて連載中です。
中村中の歌世界
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コメント

この記事へのコメント

はじめまして

こんばんわ。本日のドラマを見て、中村中さんを検索していてここのホームページにたどり着きました。

私は曖昧な感じで20数年生きてきましたがいまだに自分の性やら恋愛嗜好やらについて模索中で。
自分はこうなんだ!!ってカテゴリーされないでいるのって不安になります。
男と女。二つに一つに分かれなければ変に思われてしまう圧力で、無理やりどちらかの
性を演じている人もきっと多いのだろうなと思いますね。
学生時代は中性的な態度を取っていても平気でしたが社会に出るとなかなか難しいです。

ご無沙汰してます、akaoshiさん。お元気ですか?
ここもの凄く「中村中ワールド」ですね。素晴らしい。TBさせていただきますね。
私は「汚れた下着」がデビューシングルと知っていながらも中々聞けずにいた彼女の曲。
そしたらカミングアウトされて最近色んな意味で賑やかになり「僕らの音楽」で彼女が安藤優子さんと対談したいと思った理由を知りたくて「僕らの音楽」を見ました。
最初から彼女の歌声にやられっぱなしでした。
それから彼女の虜です。akaboshiさん程徹底的ではないかもしれませんが。
そして昨日のドラマ見ました。途中までは良かったですよね?
↑の記事を読んで途中からパッとしない理由がわかりました。ありがとうございます。
でも中村中ちゃんのファンである以上この特集楽しみにしてますからね。
ここに来る楽しみがまたひと増えました。ではまた。じゅぼんでした。

はじめまして「中村中」から検索でたどりつきました。
性はグラデーションの言葉になんかすごくひきつけられました。
決めなきゃいけないようなあせりの中にいて。
よかったらリンクさせてください。

グラデーションだっつーの!

 お元気ですか?
 中村中のことを、俺もやっとこさ書いたのですが、そこで触れた――かねてよりの持論が、akaboshiさんのところにも書いてある! 面白いなあ♪
 全く同感です。
 社会一般では、性同一性障害と同性愛は違うとばかり強調されます。そりゃ違うのはもちろん違いますが、一本に連なるグラデーションのどこかに存在しているだけのことだという点では、実は、ストレート――異性愛者だって、同じだと思うのですよ。
 TBしちゃいました。
 長文ですが、読んでみて下さい。

グラデーションって楽しいですね!

私もこの指標、以前にどこかのブログで見つけて、やってみたことがあります。これ、いいですよね。
私の場合は
①女10
②女5男5
③男8女2
だと思います。
②:自分の性をあまり意識しないで生活しているし、性を意識するイメージがよく分からないです。意識するなら、「人間」とか「私」という感覚です。
③:男10かと思いきや、苦手な男も多いです。例えば、ハリウッド映画の英雄みたいなの見ると鳥肌が立つほど苦手です。つまり、「俺に任せろ!」みたいな感じ。一家の主みたいな雰囲気を醸し出している男性も苦手です。いわゆる「男らしい」男性というのでしょうか。
それから、いわゆる「女性らしい」女性をみると、「何か違うんだよねー」と感じます。

尾辻さんは素敵だなあと思います。これは尊敬の感覚というのともまた違って、一目ぼれ的な感覚です。写真を見た感じだけで判断してますが・・。かっこいいですね。
だから、8:2です。

自分としては②に少し感動してます(笑)。こういうのめずらしいのかな。どうなんでしょうか。こういうのって、「ノンケ」っていうのでいいんでしょうか?教えてください。

「病気」と「女の子に産んであげればよかった」の連呼は勘弁してくれ~と思いました。

「女優」として仕事をしたというのが一番の収穫かしら?少なくともドラマ観て「男性」とは思わないだろうし。
「女になりたい」って言ってたから「女優」と書いたけど、akaboshiさんの言うように役割や既成概念に押し込めないで欲しいっていうのが性同一性障害の方の気持ちに近いのかも。
いずれにせよ確実に実在しますってことを主張出来ただけでも良かったんだと思います。

手術して戸籍変えれば解決ってことじゃないし、生き方の模索であって覚悟して自分と付き合う(どーしても重苦しくなるなぁ)しかないんだろうけど、自分であることを恥じたり諦めたりしないで貰いたいと切に願います。

養老孟司氏も「まともばか」で男か女か分からないものが自然にできてしまうといってます。

●ユウさん。

はじめまして。
「カテゴリーされないでいる」のって、たしかに不安でもありますよね。
でも考えようによっては、いくらでも変化して行ける身軽さがあるということでもあり
むしろ、そういう状態の方が人間としての自然なあり方なのではないかと思います。

「男と女」以外にも、なんでもそうだと思いますが二項対立的にしか物事を捉えられないのって
単純だし貧しいですよね、発想が。世の中ってもっと複雑で面白いものだと思う。
学生時代だけではなく「社会」のあり方も、もっと豊かであってほしいと思う。

●じゅぼんさん。

元気ですよ~。じゅぼんさんも中村中さんにハマりましたか、やっぱり(笑)。
「僕らの音楽」での歌唱は本当にすごくよかったですよね。
僕も、あの番組を見た事が彼女のファンになる決定打になりました。
TBありがとうございます。これからもよろしくです。

●Ryou♂さん。

はじめまして。リンクはどうぞ遠慮なさらずに(笑)。
性のことは無理に決めるのではなく、相手との出会いや自分の経験によって
移り変わってもいいと思うんです。そういう人、いっぱい知ってます。
僕の場合は「好きになった人」が基準で、自分が変わったりしてます。

●円山てのる さん。

うん。
みんなこのグラデーションの中の、どこか曖昧な部分にいるという意味では同じ。
差はない。
ノンケだとか「LGBT」だとか、実は大して差はないのかもしれない。
だけど社会的な圧力が、矢印の先端で固定しなければならないというプレッシャーを
与えてくるから不自由になる。
人はそんなに単純なものじゃないのに。

そう、グラデーションなわけで

それ、単純なのにわかってない。
だからイマイチなドラマしか出来ないんでしょう。
(見てないくせにあれこれ言うのもどうよ?って感じですが)
ちなみに、わたしの場合身体的な性以外は自分でもよくわからなくなります。
性自認に関しては、自分でも正体つかめないぐらい意味不明だし。
性指向も、男10のようで、でもセクシーできれいな女好きだからなあ~。
「女なんか見たくもない」っていうゲイからすると、十分女好きって言われそうで。

●lastchristmasさん。

グラデーション、たま~にやってみると移り変わってたりしそうで面白いですよね。

「ノンケ」っていうのは、「同性愛の「気(ケ)」配がなさそう(ノン)」ということですから、
lastchristmas さんは③で「女2」と書いてるので、完全なる「ノンケ」ではなさそう(爆)。
・・・というより、本当に完全なる「ノンケ」なんているのかどうか、怪しいものだと思ってますが
あえて「性別二元論を疑わずに信じきっている人たち」のことを言い表すために
僕は使ってます。
だからlastchristmasさんは、そういう意味でも「ノンケ」ではないと思います。

②は、中村中さんも同じようなことを言ってますよ。
「男という自覚はなく、女という実感もない」って。
自分のことを率直に見つめてみると、そういう人って結構多いのかもしれないですね。

●Kazuccineさん。

僕も工藤静香好きをここまで公言してるほどだから、
「これはなんなんだろう」と、自分でもたまに思います(笑)。
きれいな男性よりは、きれいな女性により強く魅かれますしね。
(性的にではなく、人間的な興味として)。
しかし、自分が女性になりたいわけではない。
女性の格好をしたいわけでもない。・・・あ~複雑っ!

僕も見ました!

僕もドラマ見ましたよ!
僕も見ながら、ところどころakoboshiさんの言われるように展開が強引っていうか、極端っていうかそんな部分を感じて、「そんなことなかろう」と声に出したりしてました(笑)。まぁ、雛形あき子さんが出てきた時点で、これは何か不吉なことが起こるんだろうなって予想で来ちゃいましたけどね。

本当、人のセクシュアルティって多様で、考えすぎると訳が分からなくなってしまいそうになりますよね。そんな多様性をおおらかに受け入れてくれる社会って、いろんな人にとっても生きやすい社会だと思うんですけどね。日本でも元禄時代あたりって、多様な性が認められてたようですもんね。男色や衆道が文化のひとつだった時代...

そうそう都城の条例からは「性的指向」は落とされたけど、市のHPにはまだ「性的少数者についての基礎知識」は削られずに残ってるみたいです。
http://www.city.miyakonojo.miyazaki.jp/shisei/zinken/danjokyoudosankaku/kisotisiki.jsp

それにしても、旧条例では「性別または性的指向にかかわらずすべての人」ていう文言で、セクシュアリティの多様性を表していたのに残念です...

>女←←←←→→→→男
この表現自体が「性別二元論的」という論もあるそうです。あとは色のグラデーションを使ってその両端に男女を置くとか。このほうが分かりやすいから使われているのが現状でしょうか。
が。
私にも↑のような表現やそれ以外の表現が問題なのか、どこがどう問題なのか、どういう形が最良なのか、よくわかりません。
ジェンダー論とかセクシュアリティ論、セクシュアルマイノリティの本でいろいろと書かれていて、それはそれで面白いのですが、いかんせん議論が実社会に下りてこないというか、反映されないのが残念です。「フツーの人」の大部分があまり知識を持っていないのが原因なのでしょうか。
大学のジェンダー論とかセクシズムとかフェミの講義って、結構人気あるんだけどなあ。

●hatapyさん。

「考えるぎるとわけがわかならなくなる」のが、本来の世の中のありようなんだと思いますよ。
それを管理・統制しようとするから「単純」に「わかりやすく」するようになり、
その行き着く先が「二元論」。
単純なところに落ち着いて安住するのって「楽」なんだよね。考えなくてよくなるから。

●かがみさん。

そうですね。もっと忠実に表そうとすると、さらに複雑な図表になるんでしょうし、
そもそも図表にして示すことが困難なくらい、多様なものなんだと思いますよ。
人の数だけセクシュアリティーはある。
中村中さんが「nonsexual」という言葉で言いたいのは、そういうことだと思う。
今まで「学問」とか「政治的論議」の中だけでしか語られてこなかった、こうした話題が
彼女の出現によって「大衆文化(歌謡ポップス)」の世界でも語られるようになってきた。
これってすごい。

はじめまして

はじめましてです。いまさらですが僕もドラマを見ました。そしてこの興味深いブログを見つけて、遅ればせながらコメントさせてもらいました。

僕も全体的な「昼ドラ」っぽい雰囲気(雛形あき子が際立たせた)に苦笑しながらも、それなりに心を動かされ、家族のこととか色々と考えさせられました。GLBTとかに興味がない人がどういう印象を持ったのかは謎(興味が無い人があれを全部見たのかも謎ですが)、少なくとも僕にとってはネットで調べてみたり、こうして新たなブログに辿り着く契機になってくれました。

「曖昧」「グラデーション」という言葉から、僕は村上春樹の「海辺のカフカ」に登場する大島さんという人を思い出しました。

良かったら僕のブログからもリンクさせてください。いろいろと興味の幅が合いそうなので、また寄らせて頂きます。いきなりの長文で失礼しました。

●ゲイ男さん。

はじめまして。リンクは御自由にどうぞ~。
それにしても興味の幅、本当に似ていますね~驚きました(笑)。
今後ともよろしくお願いします。

あのドラマが「入り口」になって、さらに深く人と出会ったり、興味とか関心を継続する人が
出てくるのだとしたら、すごく意味のあったことですね。
中村中さんというシンガーが世に羽ばたく大きなきっかけとしても
大切な役割を果たしたドラマだと思います。
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【ゲイ想】 セクシュアリティーのグラデーション

 ほうぼうで、中村中(なかむら・あたる)が話題になっている。 彼女は、歌謡界では珍しく、性同一性障害であることを隠していない。 ヒット曲――「友達の詩」、彼女が15歳のときに書いた詩歌であるその曲を聴けば、だれでも彼女の心のうちを捉えることができる筈だ。 

ドラマ「私が私であるために」

Amazonから中村中さんのCDを紹介されました。「セクシュアルマイノリティ」という本を買った人にオススメしてるらしいんだけど、なんでこのCDを?って思って調べたら性同一性障害をテーマにしたドラマがあって、それに出演するGID当事者の歌手が中村中さんでし

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