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2024-05
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キム・キョンムク「顔のないものたち」●MOVIEレビュー①


 おそるべき鋭利なナイフを持ち、隠すことなく堂々と表現者として駆使しているゲイの映像作家が韓国にいる。知性にあふれ、度胸もあり、ゲイである自分を開示することに躊躇せず、傷つくことを厭わない。世間の様々な既成概念に対して「映像」という道具で挑戦状を叩きつけ、観る者を揺さぶり翻弄し挑発している本物の芸術家。

 『韓国インディペンデント映画2006』で上映された「顔のないものたち」の監督キム・キョンムクは、20代前半の無鉄砲さとそれを統制する知性を併せ持った・・・つまり若さと老成を併せ持った稀有な人物だ。これから彼は何に反旗を翻し何に挑戦し続けるのだろう。彼のような「鬼っ子」がいる韓国のゲイ・シーンは真の意味で幸運だ。

<注:このレビューの中には、性に関する直截な描写があります。>

 カラダの関係。心の在り処。

 「顔のないものたち」は、3つのパートに別れている。そのどれもが衝撃的かつ挑発的な内容なのだが、一つ目のパートは撮影方法も挑発的。「ワンカット撮影」なのだ。しかもカメラを部屋の片隅に固定し、まったく動かすことなく廻し続けてカットも区切らない。まるで監視カメラで「隠し撮り」した映像を覗き見しているかのような感覚に、観客を陥らせる撮影方法。

 ありふれたホテルの一室に、小太り気味の中年男性がやってくる。煙草をくゆらし、何かを待っている様子。やがてその部屋に制服を着た若い男が入ってくる。二人は旧知の仲であるらしく親しげに会話を交わす。やがて若い男が中年男の背後から抱きつき、二人はこれから「そういう行為」をする関係なのだということがわかる。

 肉体の接近から衝動的に始まるソファの上での性戯。しかし潔癖な中年男は若い男にシャワーを浴びさせる。その間、これから行う行為を思い浮かべてベッドの上で一人、自らをもてあそぶ中年男。

 シャワーが済んだ若い男は少し落ち着きたい。いろんな話をしてから、やることをやりたい。しかし中年男のボルテージは既に高まり抑えきれずに爆発する。嫌がる若い男を無理やり愛撫し、行為へといざなう。若い男は拒否しながらも従うしかない。意志とは関係なく肉体を刺激されれば、あっという間に興奮の渦中に誘われる。

 いよいよという時。いきなり黒いマスクを取り出して被る中年男。
「なにそれ、おかしいよ。」と突っ込む若い男。
「いいだろ、レイプしてるみたいで。」
 顔を隠して行う「犯罪性」を演出し、自分の性的幻想を一方的に追求して興奮しようとする中年男。ただ従いながら全身を捧げ、好きなように弄ばれるしかない若い男。意志は肉体に従属する。でも、あながち嫌というわけでもなさそうだ。強引に奪われながらも若者の肉体は悦んでいる。そして精神も悦びの渦中にあるようだ。すべての意識は行為に集中され、2人で奏でる協奏曲は激しく昇り詰めて行く。ベッドを飛び出し様々な体位で、興奮の絶頂を迎える。

 中年男は果てた。終息に向かう彼の興奮。しかし若い男は欲求不満。「自分も入れたい」と要求するのだが、「だめだ。受けは嫌いだって言っただろ」と中年男に拒絶される。むくれてしまう若い男。なだめようとして、中年男は甘い言葉を安っぽくささやく。

「君のこと全て好きだよ。」
「・・・どうでもいいってことか。」
 若い男がつぶやく。
 彼はなかなかクールに、自己と他者の心理を分析できる人物のようだ。

 「今後も会いたい」と言いながら中年男は服を着始め、行為の代償である金銭を支払う。そう、これは売春の光景だったのだ。中年男には家庭があり、中学生の息子がいるらしい。つまり若い男とほぼ同年代の息子がいるのだ。

 そのことに若い男が意地悪く突っかかる。
「息子さんもゲイかもね。性的嗜好は遺伝するらしいから。」
「ばか言うな。うちの息子は普通だ。」
「普通って何?。じゃあ僕は普通じゃないの?。」
「・・・。」
「奥さんもレズビアンかもよ。」
「何を言う。妻がどれだけ私のことを愛してくれているか・・・。」
むなしくなるだけの若い男。

 やがて制服を着せられ、「制服姿がとってもセクシーだよ。」と抱きつかれて甘い言葉をかけられても、若い男の空しさは修復することはない。中年男はここでも一方的に束の間の逢引を終了させ、「父親」「夫」「サラリーマン」である日常に帰って行く。

 一人、部屋に残された若い男はベッドにうつぶせになり、死んだように凝固する。そんな彼の姿まですべて、残酷なまでに冷徹にカメラは撮影し続けているものだから、観客もただ、映画館の暗闇から凝視し続けているしかない。

 どの瞬間が真実なのか/嘘なのか。
 どの言葉が真実なのか/嘘なのか。
 どの行動が真実なのか/嘘なのか。
 どの快楽が真実なのか/嘘なのか。

 ノーカット映像から零れ落ちる様々な「隙間」から真実と嘘は混ざり合い、混淆し続けながら解釈不可能な時間として提示され続ける。それにしても、なんて豊かな感覚刺激なんだろう。

 ちなみに、彼ら二人の「演技」を収録するためにキム・キョンムク監督は2週間かけて、綿密なリハーサルを行ったそうだ。プロの役者ではない素人の彼らを使い、30分以上のノーカット場面を完璧な演出で実現してしまう力量は、只者ではない。

 次回はいよいよ2番目のパートについて。
・・・これがまた、さらにエキサイティングかつ、ショッキングなのだ。彼の映画について一気に語れてしまうほどの精神的体力を、僕は持ち合わせていない。

注:文中に「性的嗜好」という言葉が出てきますが、映画の字幕で使われていた表記をそのまま使用しました。セクシュアリティーのことを語る時に使用される正しい表記は「性的指向」です。FC2 同性愛Blog Ranking


「顔のないものたち」
(FACELESS THINGS)
2005/video/65min
監督・製作・脚本・編集・録音
:キム・キョンモク
(KIM Kyong-Mook)
音楽:イ・ミンヒ
出演:キム・ジンフ キム・ジョンチョル
配給:キム・キョンムク

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コメント

この記事へのコメント

普通ってどういう事?

男は「息子は普通だ!」と言い、若い男は「普通って何?じぁあ、僕は普通じゃないの?」と言っていたと思います。普通というその言葉に若い男は抵抗していたと思います。
この話は、(どこまでかは不明ですが)あるホテルの、盗難防止のカメラに映し出されていたと、書かれていました。要するに、よくある、ごく普通の出来事なのでしょう。
中年男は、単なる性欲で若い男を求めているだけなのに、恋心を抱いている若い男は、ひたすら哀れでした。お金が介在するセックスには、未来が無いので、私は若い男が最後には、窓から飛び降りるんじゃないかな?と思い見ていましたが、話はそんなに簡単では無かったです。現実として、愛の無いセックスの代償は、苦しさだけなのだと最後の表情が語っていますが、若い男は、得た物はお金だけで、失った物は、それよりも遥かに大切なプライドなのだと気付きながらも、これからも、男娼はやめられないのだろうと思います。
中年男は顔を隠し、正しく<顔のないもの>と成り、若い男も愛を望みながらも愛される事のない<顔のないもの>として存在していると言う現実を、監督は、<見つめる>事で、映画にしているのではないでしょうか?




●seaさん。

●台詞の記述に関するご指摘、ありがとうございます~。
たぶんseaさんが記憶なさった翻訳字幕の方が正しいと思うので、
該当箇所を修正させていただきました。

●「監視カメラ」の件ですが・・・
映画のラスト近くで「一つ目のパートは監視カメラの映像です」というテロップが出たので
僕も「えっ!あれは実写だったの・・・?」と一瞬思わされたのですが・・・
パンフレットには次のように記されています。

「最初のパートはフィクションで、中年男性がモーテルの部屋で若い男娼に会って
サドマゾ的なセックスを行うという内容である。
(編集をしないという方針と役者たちがプロではないという事情のため、
キム監督は撮影前に2週間のリハーサルを行ったという)。」

つまり「フィクション」として脚本通りに演じさせているにも関わらず、
「あれは監視カメラの撮った映像だ」という嘘を挑発のように映画の最期に出して
観客の意識を混乱させるところが、キム監督が「鬼っ子」たる由縁なんですよね。

●この映画は「愛」という概念そのものにも疑問符を突きつけ、
観客の固定した既成概念を挑発し、刺激しているように僕には思えました。
「愛」があるような、ないような・・・。見えるような、見えないような・・・。
感じるような、感じられないような・・・。
瞬間、瞬間によって刻々とそういうものが微妙に移り変わったり激しく反転したり・・・。
まさしく「実写映像」が捉えてしまうような、現実世界の「つかみ所のなさ」を描き出せている。
しかし、それはすべて監督の脚本どおりであり、
リハーサルを綿密に重ねた上での「演技」であるという怖ろしさ・・・。
こんな「フィクション」を撮影できてしまう力量は、本当にタダ者ではないです。

何となくですが・・・

妙に生々しいリアリティがありますね・・・。
デジャブっていうか・・・。

残念!

akaboshiさん、sea1900さんの感想&対話を読むにつけ、この作品が観れなかったことがかえすがえすも残念です。

↑  lunatiqueさん

ポツドールも、霞んでしまう面白さです。
サスペンスやパニック映画の様でもあって、心理劇でもあり、もしも、lunatiqueさんが、ご覧に成っていたら、どんなレヴューを書かれたかと思いますと、非常に残念です。(と、しつこくダメ押ししてしまいました)

●この映画は・・・

なかなか上映される機会がなさそうだし、
劇場で一般公開するには様々な制約がありそうですが
ぜひぜひ多くの人の目に触れるべき作品だと思います。
今回の「韓国インディペンデント映画2006」は、全体的に観客が非常に少なくて
本当にもったいないと思った。すごい作品が多かったのに。
・・・日本の映画人は、いったいなにをしてるんだぁ~っ!(笑)。
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