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フツーに生きてるGAYの日常

やわらかくありたいなぁ。

2024-03
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LGBT可視化に向けて016●STN学習会③ 見ない振りして受け入れない国は、ちっともフツーの国じゃない。

 「ホモフォビア」さえ知名度途上段階だけれども。

 前回の記事を書きながら思ったのですが、日本では「ホモフォビアによるいじめ」を語る以前に「ホモフォビア」という言葉自体が一般にはまったく浸透していませんから、まずはそこから始めなければならないという大きな違いがあるのですね。なにせ当事者である僕ですら、今年の5月に「Act Against Homophobia」の運動を尾辻さんたちが行ったことで、「僕が歪んで育った原因は、ホモフォビアって言うのか~」と認識するようになったほどですから(笑)。
「Act Against Homophobia」ブログ

 さらにそれ以前のことを言ってしまえば我々が「見える存在になる」ことすら、まだまだまだまだ途上段階。この記事のコメントにストレートのAnoukさんが書いてくれたように、触れると面倒そうなものに対しては『見ない振りして受け入れない』お国柄ですからね、日本って。そのことに気付いている者たちだけでも、そんな幼稚な段階からはさっさと卒業したいです。何に関しても。

 それを考えると、「いじめ」と「ホモフォビアによるいじめ」との違いについて真面目に討論され、対処法を教師たちが考え始めているイギリスが雲の上の存在にすら思えます(笑)。

 でも、いじめ問題こそ『見ない振り』をする精神性の是非』が問われるものでもあるわけで、ホモフォビアの問題もいずれ日本において、見過ごしているわけにはいかなくなる時が来るのではないかと思います。そのためにもまずは「見える存在になる」ことが、次の段階として必要なんでしょうね。

 では、今回はSTN学習会で配られた「ホモフォビアによるいじめに対する学校での取り組み」についての報告書から、僕の意識にひっかかった語句を抽出して紹介します。(報告書の作成は、細見由紀子さんです。)

ストーンウォール代表Ben Summarskillのスピーチ

「20年前はホモフォビアが問題化されていなかったが、LGBTの存在が見えるものとなってきている今日でも、ホモフォビアによるいじめはなくなるどころか状況は悪くなってきている。」

●いじめ全般とホモフォビアによるいじめの違い
両親からのサポートを非常に得にくい。
→カミングアウトしたことで家庭で拒絶され、多くのLGBTの若者がホームレスになっているというのが現実。
「見かけ」に基づいたいじめなので、実際にゲイ、レズビアンでなくても、そのように「思われる」だけでいじめの標的になる。
→ジェンダーのステレオタイプにあてはまらない振る舞いをする青少年が、ゲイ、レズビアンだとされいじめられることが多い。

国会議員Shahid Malikのスピーチ

「人々は常に偏見、差別を「当たり前」のこととしようとするが、差別を受ける側、目撃する側も見て見ぬふりをすることでこれを助長している。」

会議に参加した教師Olga Matthewsの発言

「人種差別的発言は、はっきりと認められないものとされるのと異なり、ホモフォビアによるいじめや悪口は「取るにたらないこと」とされ、また、いじめにあっている生徒をサポートするどころか、教師の偏見がさらにその生徒を追い込むことになるケースが多いと報告されている。」

ロンドン市長Ken Livingstonの発言内容

●ホモフォビアによる暴力、いじめは人種差別、女性差別、障害者差別と同じように、いかなる理由があっても認められるべきではなく、ロンドン市として学校内外でのホモフォビアと断固として戦ってゆく強い決意。

●人種差別がまだまだ黙認されていた30年前と今の状況の違いに触れ、セクシュアリティによる差別は未だ問題として認識されていないが、人種差別に対するキャンペーンと同じように、これからさまざまなセクターでそれぞれに対する批判の声をあげることで、状況は変えてゆける、変わるはずだとのポジティブなメッセージを伝えた。
(・・ロンドン市長は、公約としてロンドンの学校でのホモフォビアによるいじめに取り組むと名言しているそうです。)

ワークショップで発言された現場教師の声

「何かあった時には、ホモフォビアはよくないという「理論」を説くより、人に対するリスペクトという観点から指導して行くべきだと思う。」(中学校教員)

「同僚のスタッフの何人かは、ホモフォビアの問題、セクシュアリティのことについて聞かれたらどうしよう、何かあったらどう対応したらいいんだろうとびくびくしている。というのも、彼ら自身、自分たちがそういうことに対しての答えを持ちえていないからだ。」(中学校教員)

「学校でのホモフォビアの問題について考え始めたのは新しいことで、どう対処していいのかということについては正直まだまだ自分たちも分かっていないんだ。だから、教師も自信をなくしてしまう。どうしていいのかわからない、というのは今までに問題とされなかったことだからだ。実際はみんな適切な対処法とはどんなことかということについてのアドバイスを求めている。」(小学校教員)

 勉強会、これからも出るぞ~。

 このように現場での生々しい思いが語られ、具体的な改善方法が建設的に論議される場があるってすごいことですよね。こういう国が実際にあるんだということを知るだけでも、「あ、出来ないことではないんだな~。日本でもいつか出来るはずだ。」という感覚を持つことが出来ました。

 長い目で見ればきっと、それだけでもすごく大きなこと。資料をもらうだけでも刺激されますし、こうした情報を得ようと真面目に取り組んでいる仲間がたくさんいる光景を目の当たりにするだけでも、とても刺激になりました。今後もこういう機会があったら、積極的に出てみようと思います~。

 次回は尾辻かな子さんの海外視察報告をご紹介。FC2 同性愛Blog Ranking
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コメント

この記事へのコメント

レポどうもありがとう!日本でどうなってるのかはっきりとは知らなかったのでとっても興味深かったです。関西の男子校の高校教師でゲイの方やまた関西のレズビアンの高校教師の方の本、大学教授などなどそれぞれの本は結構チェックしてるんですがやっぱり団体で意見をいいながらやっていく、というの、大事ですよね。私もこういう会にこっちで参加したりしますがクイアの方たちの間での意見の違いがまとまるのはいつも大変だと思います。生徒や他の教員などからセクシュアリティーのことを聞かれたときにどうするか、っていうので他の教員がやっていて私もとっているやりかたというのがありまして。それはまず”こういうこと(プライベートなこと)はお互いをもっと知って徐々に話していきたいな”とか、”お互いをもっと知ってから話して行きましょう”ということ。お互い人間関係、信頼関係を持てる可能性を考えてもちろん話もいい時期になったら話す、みたいな感じですね。一人私にカミングアウトのような遠回しのことを言ってくれた女の生徒には”いつ自分でわかったの?”ともうクイアだ、という前提で聞かれてしまい(苦笑)そのまま話しちゃいましたが。お互い弱みを握った、という感じかな(笑)これからも参加したらぜひレポをお願いします!私もかけることを書いて行きたいです。

リブ釜ですねw

このごろずいぶんな変わりようにびっくり。
このごろじゃすっかりリブ釜ですねw
これからどんどん吸収して、今度は自分の活動もしてみてくださいね。

思うんだけど

このブログ、書籍化して全国の学校の図書館に配るべきですね。笑
いや、本当にそう思うんですよ。
いじめに関しては、本当に見ないふりしていると大変なことになる。
火事はぼやのうちに見つけてきちんと対処しないと大火事になるのと同じで。

しかし、この問題について考えれば考えるほど、現場の教師の器量っていうのが
必要とされるなあって思うんですよ。
当事者である自分でさえ、一体どこまでできるのかすごく不安で自信がない。
まず何か動き出さないといけないでしょ。その動き始めるまでがすごく大変ですよね。

ホモフォビアの本当の意味を

はじめまして。
いつも楽しく拝読してます。といっても、まだ全部読み切れていないんですけど;

「日本ではホモフォビアという言葉が浸透途上」というのは本当ですけど、
逆に、例えば特にネット上では、「よく分からないがうさん臭いカタカナ言葉」として濫用されている気もします。
僕がショックを受けたのは、『ブロークバックマウンテン』が上映された頃、「ホモフォビア」が相当クローズアップされたにも関わらず、「まあアメリカのホモフォビアってヒドい~イニスかわいそ~(でも萌える~)」と交わされて、自分自身の、自分の社会の問題だと感じている人が少なそうだった時です。
今は、ホモフォビアという言葉を持ち出すと、反発・冷笑してくる人すらいる。
例えば、差別というのは重い言葉なのに、それを出すと「むっ」とされてもう対話の可能性がなくなってしまう。それに似た扱いを受けるのではないか、という危惧も感じます。
その本来の意味の、「同性愛に対して攻撃や迫害を加えたがる、その非合理的な心理って、おかしくないの?病気みたいなものじゃない?何故なの?」という素朴な問いが見過ごされて、「権利を求めるマイノリティがヒステリックに振りかざす看板」的な扱いを受けるとしたら、哀しいです。
「ヘテロが同性愛を受けつけないのは当然、でも、なぜ必要以上に攻撃したり貶めたりするの?」
「同性愛者について言うその言葉、家族や友人に言える?」
「あなたは本当に『同性愛はキモい』とか、生身の人間に対して言うような残酷な人なの?」
「『同性愛者なら平気』と同性愛者を襲う高校生を恐ろしいとは思わないの?中国人(何国人でも可)の高校生が『日本人なら平気』と重傷を負うほど殴ったら?」
そういう問いをしたいし、受け止めてもらいたいし、答えて欲しい、と思います。
そのためには、どうすればいいんでしょうね・・・

絶対にakaboshiさんは、書かないでいられないって思ってましたよ♪
だってakaboshiさんの日々の学びは私たちの学び。アップしてトピックスを
与えてくれて私たちも同じように立ち止まって考えられる。まさにそれが、ご自身
が始められた可視化のための立派なアクションだと思います。ジャーナリストと
しての。ポリティックな動きも大切、感性に訴える動きも同じように大切ですから。
この問題のほかにも『見ないふりして受け入れない』ということを、知らず自分でも
やっていないか顧みることも必要ですね…。

●flowfreeさん。

教師の方の本、けっこう出ているんですね。ぜひ読んでみます。
やっぱり、学校に一人でも「オープン」にしている先生がいると
周囲の様子も違ってくるんでしょうね。
当事者ではない人たちも、具体的に想像力が持てますし。

生徒から相談されても、まずは面倒くさがらずに、
未知のことだからこそ興味を持って知ろうとする位の好奇心とか
生徒への人間的な興味を教師が持っているのかどうかが問われて来るんだと思います。
それが本当の意味での「教師の基本」ですよね。

●玉野真路さん。

「リブ釜」という言葉があるんですね~(笑)。

やはり実際に頑張っている人の姿を目の当たりにすると、
それまでの自分がいかに頭の中だけで他人のことを規定してしまっていたのかに
気が付きました。それって、自分がされたら一番いやなことであり
「ゲイ」としても、そのことに苦しんでいるわけだから身に染みてわかっているつもりだったのに・・・。

ただ、玉野さんも指摘してくださったように僕は「興味がある」からこそ
活動をしている人たちへの反発心も持っていたんだと思います。でも素直になれなかった。
「きらいきらいは好きのうち」って言いますし(笑)
・・・これってホモフォビアと同じ精神構造なんですよね。

自分でもそのことに薄々気が付いていたので「なんとかしなくては」と思っていたところに
尾辻さんたちが「Act Against Homophobia」を企画してくれたので行ってみて
案の定、衝撃を受け(笑)、パレードも見に行ってみてやっぱり衝撃を受け、
今では完全に、それまで自分の目を曇らせてしまっていた「余計なフィルター」を
取っ払えたように思います。これから必要なのは勇気でしょうね。

玉野さんもこの勉強会にいらしてたんですね。
次のこうした機会にはぜひ、お話できたら嬉しいです。

●Kazuccineさん。

いじめって「傍観者」が作り出しているようなものですからね。
動き出すのってパワーがいるようだけど、ひょんなことがきっかけで動きはじめてみたら案外
「あ、動けちゃった」って感じるものなのかもしれませんね。

●りょうたさん。

はじめまして。

「そのためには、どうすれば・・・。」

その思いをここに書いたことがまず小さな第一歩なのではないでしょうか。うん。
このブログはLGBT以外の人もけっこう見てくださっているので僕もそのつもりで書いていますし、
興味を持って知ろうとしてくださる人もたくさんいることを、ここを書きながら知りました。
だから、当事者が「おっかなびっくり」になり過ぎているのではないかと
かつての自分を反省しながら、思ったりもしますよ。

僕はまだ家族や周囲の人たちに完全にカミングアウトしたわけではありませんが、
大丈夫そうな信頼のおける友人や仲間には、話し始めています。
そうすることで一番大きな変化は「自分が楽になる」ということだと思ったし
「あ、意外に平気なんだな、重く捉えていたのは自分だったんだな」という風にも
感じられるようになりました。

ただ、いくら信頼できる人だといっても相手にとっては「はじめての経験」であり、
カミングアウト後の会話でも、すごく無邪気にホモフォビア的な発言をされたりもしますよ。
でもそのたびに「あ、今の言い方だとちょっと傷つくかもしんな~い」って説明すると
「あ、そうか。ゴメン」と言ってくれる。

その繰り返しを地道にして行って、身近な人たちの中から理解者を作っていくことが
いちばん確実な方法なのかもな、と最近思ってます。

●Anoukさん。

ありがとうございます。
僕もここを書きながら立ち止まって考えているようなので、
書くことが自分を進ませることに密接に繋がっているようです。
だから・・・忙しくて書けない時には自分の中の「ゲイ性」もストップしてしまうみたいで(笑)。
戻ってみて思いました。あぁ、やっぱりこれが自分の核なんだなぁと。
ちっとも苦にならないんですよ、考えたり書いたりしていても。

紹介してくださった報告書を書いた本人です。
今回、ブログでこのような形で紹介していただきとてもうれしかったです。
みなさんのコメントもとても興味深く読ませていただきました。

会議に参加して一番思ったのは、ホモフォビア、セクシュアルマイノリティに対する差別は人権侵害なんだ、ということ。そして、人権侵害は国として、行政として正してゆくことが国の義務であり、教育者にとっても義務であるということ。本当の意味で「すべての青少年に教育の機会を保障する」ためには、ホモフォビアの問題は避けて通れない問題だとつくづく思いました。そして、少数者の人権が守られる社会を作るには、教育の場を変えてゆくことからはじまるのではないでしょうか。

日本の状況を私なりにイギリスの人に紹介すると、よく、「イギリスも昔はそうだった。同性愛はタブーだったし、1967年まで犯罪だった。ここ10年でもものすごく変わった。日本も絶対変わるよ。地道にみんなが声をあげてゆけば変わらないほうが無理だ。」といったようなことを言われます。アクティビストの話を聞いていても、それこそ「魔法の杖」はなくて、地道にいろいろな場でそれぞれ「おかしい」ことを「おかしい」、「大事なこと」と「大事」と言い続けてきたんだなあと思わされることがしばしばありました。もちろんみんな今でも言い続けてますが。

私も個人の人間関係の間では「断罪」ではなく「対話」からこそ理解のプロセスがはじまると思います。いろいろな場で、自分のセクシュアリティ、カムアウトにかかわらず、まずセクシュアルマイノリティがいるものとして話をすること、それだけでも違ってくると思います。小さな第一歩こそ、実はもっともパワフルなのかもしれないなとも思います。

これからもこのブログのいろいろなエントリーを楽しみにしています。今後ともどうぞよろしく。

●Yukikoさん。

はじめまして。書き込んでくださって本当にありがとうございます。
事後報告となってしまい恐縮ですが、引用させていただきました。ありがとうございました。
ここに紹介した量の何倍もの量の翻訳をなさるのは大変だったと思います。
でも、読んでいてすごく貴重な内容だと思ったし、とても「力」を与えられましたよ。
これからも、いいものはどんどん広めて行けるよう、僕もその一助になれたら嬉しいです。
日本のLGBTの現状はまず、「知識を得る」ことが大事な段階にありますからね。

おっしゃるとおりホモフォビアは「人権侵害」なんですよね。
そのことを当事者も含めて自覚するべきだし、もっと強くアピールする必要性を感じます。
そして、アピールする方法も出来るだけ「上手に」「対話という方法で」進めるべきだし
人間的な地道な交流が、ゆっくりと浸透したらいつか「沸点」が訪れて
ワーッと情勢が変わることもあり得ると思うんです。
それを信じて、僕もこれから行動を起こそうと思っています。
これからも、よろしくお願いします。
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