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フツーに生きてるGAYの日常

やわらかくありたいなぁ。

2019-11
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ジョシュア・マーストン「そして、ひと粒のひかり」●MOVIEレビュー

 麻薬を運ぶ。自分の身体を入れ物にして。

 大きなブドウのような粒にして飲み込み、胃の中に何十個も貯めて飛行機に乗り、アメリカに持ち込んで大金を得る。17歳のコロンビアの女の子が何となく手を出してしまった「大金を得る方法」。日常から非日常への魅惑に誘われるまま、いつのまにか様々なトラブルに巻き込まれながら逞しく乗り越えて行く若い彼女の心情に、ずっと寄り添い続ける物語。

 か細くて、折れそうな体型のモデルのように美しい女の子が、麻薬を何十個も必死に飲み込む姿が壮絶かつドラマティック。彼女が逃げ出したかったコロンビアの田舎町での浮かない日常。大金を得ればすべてが変わる。自由が手に出来る。

 そんなに「アメリカ」はまぶしいのか。

 コロンビアでは、彼女のような商売に手を出す人のことを「ミュール(麻薬の運び屋)」と呼ぶそうだ。近年、社会問題化しているらしい。それにしたって、こんなにも日常の中に犯罪組織からの誘惑が忍び寄り「一般化」しているのだろうか。そして、そんなにまでして「自由の国」アメリカに憧れてしまうものなのだろうか。

 ミュールは、かなりリスクの高い仕事だ。失敗すると胃の中で粒が破裂し、命を落とす危険がある。彼女たちは必死で身を挺して大金を得ようとする。まるで宝くじで一攫千金を狙うかのように。その背後には、不条理に貧しい生活環境と、必要以上に理想化されたアメリカ的ライフスタイルの誘惑があるようだ。

 自分の国の文化に誇りが持てず、一見きらびやかで豊かに見える「アメリカ」というイメージに囚われてしまうことこそ実は不条理。なんで我々はこんな風になってしまったのか。世界中どこも同じじゃないか。

 その環境にはその環境なりの「幸せ」があって「不幸」もある。「アメリカ」とは所詮、経済至上主義が作り出す幻想に過ぎず、実体などない。そもそも「幸せ」には実体などないのだ。

 そのことに気付いた時、絶望するのか希望を持つのか。なにを自分の「幸せ」だと思うのか。
 犯罪に手を染めながら結果的に彼女は「旅」をしたのだった。そのことを否定も肯定もせずに、見つめる。一人の女の子のオリジナルな人生の軌跡として。FC2 同性愛Blog Ranking


「そして、ひと粒のひかり」
(MARIA FULL OF GRACE)
2004年 アメリカ=コロンビア
監督:ジョシュア・マーストン
出演:カタリーナ・サンディノ・モレノ 、イェニー・パオラ・ベガ 、
ギリエド・ロペス 、ホン・アレックス・トロ 、パトリシア・ラエ

「そして、ひと粒のひかり」DVD

ジュシュア・マーストン著「そして、ひと粒のひかり」
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コメント

この記事へのコメント

はじめまして。ブロークバック・マウンテンに惹かれて来た秋です。
アメリカの自由は幻想だと思いますが、コロンビアの貧しさがこんな商売を成り立たせているような・・。南米の富の格差は凄いと聞きますし、女の子は綺麗に生まれてモデルになるのが手っ取り早いお金の稼ぎ方だとか?母親が娘をモデルにする為のお金の掛け方がはんぱじゃないようなTVを見ました。(家の収入に比較してです。)とても空しく悲しかった。真面目に勉強して働いても報われないと言う事でしょうか。最近の南米は景気が良いようですが、普通の人には関係ないのですかね。
アフリカのエイズ孤児への差別とか、チェルノブイリで英雄視されて次々死んでいく兵士達とか、考えさせられる事は多いです。

●秋さん。

はじめまして。
そんなんですよね。
コロンビアの生活環境がそうさせるみたいです。
でも「貧しい」と自分たちのことを感じてしまう理由の一つとして
「もっとお金持ちで自由に暮らせる国がある、それはアメリカだ」と
思わされてしまう幻想があるんじゃないかな、と。
かつて、戦後の日本がそうだったように。

そして、国をあげて「国家改造」をして、結果的に
世界中どこへ行っても同じような生活スタイルで暮らす
同じような人たちばかりになってしまったとしたら
・・・つまんね~(笑)。
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