フツーに生きてるGAYの日常

やわらかくありたいなぁ。

2017-04
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理念と現実

 谷合規子著『性同一性障害―3.11を超えて』を、第二部の「性同一性障害をとりまく状況」まで含め読了。

 僕は(いわゆる)「LGBT」という括り方での運動から入り、数年前までは「性同一性障害」に関して人伝てに聞かされる風聞に影響され、自分の目と耳と心で考えるということを怠ってたと思う。

 僕にとっては「性同一性障害」に関して考えることは、なんだかんだ言っても厳然として存在するジェンダー規範を直視することに繋がる。幼い頃から殆どの人が「男らしく」あるいは「女らしく」という規範を、まずは親や養育者から受けて育たざるを得ない現実そのもののことを考えることに繋がる。

 「そういう世の中を変えていきたい」「少しでも規範から自由でありたい」と希求する方向性を支持してるけど、そう思うということは裏を返せば「現実はそうではない」という事。その現実により痛めつけられ追いやられ、声が出せないまま疲弊させられる「今、現に生きている人たち」が居るという事。

 「理念や理想を掲げ実現を目指す運動」は、現に現実社会のあり様によって痛めつけられている人に対して、時に「その現実に負けるな」と、まるで「活動家であれ」とでも言いたげに煽り立てていると感じさせる側面があり、その問題点に最近気付き始めた。救済のはずが目の前の弱者を痛めつけている。

 もっと「現実によって痛めつけられている人が、現実の中でどう折り合いを付けながら、その人独自の人生を、少しでも痛みを緩和しながら送ることができるか」を考える方向性での運動が評価されてもいいと思うし、運動や活動の多様性を、もっと互いに評価し合えたらいいのに、と思うことが最近多い。

 人は結局は「自分が体感できるもの」からしか社会を眼差す視点を獲得できない。だから「誰にとっても普遍的な正しさ」なんて、そもそも存在しない。しかしどうも「それが存在している」と勘違いして物事を語りがちな人が多いし、油断すると自分もその悪癖に流される。そのことをこそ警戒したい。

 人の数だけある「正しさ」がぶつかり合うことで生じる「矛盾」。それを調整し合うことでしか自己と他者は共存できないし、マジョリティとマイノリティは共存できない。傾向として、マジョリティは「正しさ」をマイノリティに押し付けがち。だからこそ調整のための仕組み作りと検証が不断に必要となる。

 マイノリティも、マジョリティの「正しさ」を一概に否定するだけでは共存なんてできない。調整のために何が必要なのか考えなければならない。それを発明できるのは、マイノリティだからこそ繊細に向き合わされてきた「矛盾」から逃げず、向き合い、真摯に見つめる態度からなのだろう。自戒を込めて。

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