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2019-11
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川本三郎「アカデミー賞~オスカーをめぐるエピソード~」●BOOKレビュー① 欠席ばかりのキャサリン・ヘップバーン

  「ハリウッド映画」というだけで食わず嫌いしがちな僕は、アカデミー賞にもまったく興味を持たずに、偏った知識のままで映画ファンを続けてきました。
 しかし今年は「ブロークバック・マウンテン」のおかげで、生まれてはじめて興味を持つことになりました。知ってみると、なかなか面白いものですね。

 特に僕はこの本を読んだことで余計に興味を持ちました。川本三郎さんという名文家の気取りのない文章で、アカデミー賞創設当時の歴史や、華やかで大規模になった授賞式での様々なエピソードを、わくわくしながら一気に読むことが出来ます。

●川本三郎著「アカデミー賞~オスカーをめぐるエピソード~」(中央公論新社)

 アカデミー賞とどう付き合うのか。
 その態度からは俳優や監督たちの人生哲学を知ることが出来ます。授賞式で失敗して人間的な醜さを露呈してしまう人もいれば、名スピーチで一気に株を上げる人もいるようです。
 これから数回に渡り、僕が特に面白いと思った話をいくつか紹介しようと思います。

 「欠席ばかりのキャサリン・ヘプバーン」

 大女優キャサリン・ヘプバーンは、驚くべきことに12回もアカデミー賞にノミネートされています。そしてさらに驚くべきことには、彼女はそのうちの1回たりとも、授賞式に出席していないというのです。 

 その理由はただ「大勢の人間の集まるところに行くのは嫌いだから」。
 アカデミーが彼女を何度ノミネートしても授賞式には欠席してしまう。そのうちキャサリン・ヘプバーンの「欠席」は彼女のトレードマークになってしまった。(P32より)

 ちなみに「12回のノミネート」はすべての俳優の中で最多記録。その作品を列挙してみると・・・

1933年度「勝利の朝」(ローウェル・シャーマン)→主演女優賞を受賞
1935年度「乙女よ嘆くな」(ジョージ・スティーヴンス監督)
1940年度「フィラデルフィア物語」(ジョージ・キューカー監督)
1942年度「女性No.1」(ジョージ・スティーヴンス監督)
1951年度「アフリカの女王」(ジョン・ヒューストン監督)
1955年度「旅情」(デビッド・リーン監督)
1956年度「雨を降らす男」(ジョセフ・アンソニー監督)
1959年度「去年の夏突然に」(ジョセフ・L・マンキーウィッツ監督)
1962年度「夜への長い旅路」(シドニー・ルメット監督)
1967年度「招かれざる客」(スタンリー・クレイマー監督)→主演女優賞を受賞
1968年度「冬のライオン」(アンソニー・ハーヴェイ監督)→主演女優賞を受賞
1981年度「黄昏」(マーク・ライデル監督)→主演女優賞を受賞

 ひえ~。
 最初の主演女優賞受賞作「勝利の朝」の時、彼女はデビュー3作目で24歳。
 そして「招かれざる客」以後の受賞はすべて60歳を過ぎてからだそうですから、これを快挙と言わずしてなにを快挙と呼ぶべきか。しかも主演女優賞を合計4回も獲得してるし。(なんなんだ、この人は・・・)。
 普通、授賞式に出席しないような人は最初からノミネートすらしなくなってしまいそうなものですが、彼女はノミネートされ続けた。それほど演技が人々から愛され、高く評価され続けたということなのでしょう。・・・本物の大女優だ~。

 その彼女がただ一度だけ授賞式に出席したことがあるそうです。1973年度のこと。
 しかもそれは自分のノミネートの時ではなく、長年の友人であるプロデューサーのローレンス・ワインガーデン氏が「アーヴィング・タールバーグ賞」を受賞した時の「プレゼンター」役を引き受けての出席だそうです。

 この賞は、映画界に長年功績を残した人に贈られるものであり、ワインガーデン氏は、彼女が1949年に「アダム氏とマダム」(ジョージ・キューカー監督)に出演した時のプロデューサー。この映画は、彼女にとって最愛のパートナーであるスペンサー・トレイシーとの共演作であり、よほど愛着があったのでしょうか。スペンサーへの愛情もあって、プレゼンターを引き受けたみたいです。

 はじめて授賞式に姿を見せたケイトに会場を埋めつくしたスターたちは総立ちのスタンディング・オベイションで敬意を表した。
 例によってスカートをはかず黒のパンツ・スーツのキャサリン・ヘプバーンは鳴りやまぬ拍手のなかで短くスピーチした。
 「よかったわ。『いまごろのこのこやってきて!』といわれなくて」。
 そして旧友のワインガーデンにタールバーグ賞を渡すとすぐに舞台から消えた。
 彼女は会場にリムジンでやってきてそれを裏口に待たせていた。そしてプレゼンターの役割が終わるとさっさと裏口から姿を消し、リムジンに乗り込んだ。会場での”滞在時間“はわずか15分だった。

 か・・・かっこい~!!これぞ本物の「大物」。
 そして彼女は8年後、なんと74歳にして『黄昏』で主演女優賞を受賞するもののやっぱり欠席。態度が徹底してますね~。
 こちらのサイトに彼女の簡単な経歴が載っていましたが、スペンサー・トレイシーとの関係について面白い記述がありました。結婚は出来なかったけれども、公私ともに最愛のパートナーだったようです。  

 カトリック教徒のトレイシーは宗教上の理由から前妻と離婚しようとしなかったので、始めの頃は密かに会わなければならなかったが、2人は「終生の伴侶」として息の合った名パートナーぶりを披露。67年に心臓発作で倒れたトレイシーの臨終を見取ったのもヘプバーンだった。2人の関係はマスコミの耳にも届き、ハリウッドでは「公然の秘密」だったが、2人とも俳優として尊敬されていたうえに、その愛が美しかったので、マスコミは2人に敬意を払い、後にライフ誌がとりあげるまでこのスキャンダルを報道しなかった。

 スターとしての華麗な生活やファン・サービスを嫌ってスタジオを悩ませる事も少なくなかった。しかし、スクリーンや舞台では、社交的でエネルギッシュながら女性独特の繊細さを併せ持った個性的なキャラクターを的確に演じ、「知的で鋭角的な女優」と呼ばれて世界中の映画ファンに愛され続けた。
        ~ 「素晴らしき哉、クラシック映画!Katharine Hepburnより

 自分の意思を敢然と貫き通す真っ直ぐな人柄だったのですね。生き方にポリシーがあるところが格好いい。僕は正直、彼女のノミネート作12作のうち「旅情」しか観た記憶がないのですが(笑)今後キャサリン・ヘップバーンの出演作は意識して観てみようと思いました。
 こんな面白いエピソードを知らなかったなんて・・・。知識の「食わず嫌い」は良くないですね。

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コメント

この記事へのコメント

日本で

「ヘップバーン」といえば、オードリーだけれど、
むこうではキャサリンらしいですね。
残念ながら彼女の映画は観たことないけれど、
やはり往年の女優特有のオーラみたいなものがあります。

人ごみ苦手だったんだ…。
案外パニック障害かなんかで広場恐怖みたいなのが
あったのかも…。
そんなわけないよね…。
あたしがそれなんです。

ほとんど見てないのですが

キャサリン・ヘプバーンは、
芯の強い女性のイメージがあります。
写真の顔でも、そんな印象ありますよね。

受賞式に出ないのは、演じることだけが好きだったあらわれかなと、
憶測ですが。

●kazuccineさん。

kazuccine さんは、広場恐怖なんですか?
キャサリンは、どうだったんだろう。
この人の場合は、けっこうお嬢様育ちみたいだから
「わがまま」な面もあったのかもしれないし、よっぽど自分に自信があったのかもしれない。
俗っぽいところにはあえて出ないようにして、女優としてのブランドを高めたのかもしれないし。
なんだか知らないけど、こういう「強い意志」を秘めている女性に
とても惹かれます~(笑)。

●cafenoirさん。

欠席ばかりしていても周囲から嫌われずに、逆に「美談」として
尊敬を集めているというのが、すごいですね~この人。
実力が文句なしに「認められている」証拠ですね。

わかんないんですが

人ごみの中にいると過呼吸の発作が出たりします。
ちゃんと心療内科の治療を受けようと思っていますが、
年度末の忙しい時期なので中々病院にいけません。

●kazuccineさん。

過呼吸は、僕の友達である女の子も昔、よくなっていました。
ひどい発作の時には意識を失い、救急車を呼んだこともあります。
感受性が鋭い人ほど、なりやすい傾向にあるらしいですね。
気をつけてくださいね。
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