フツーに生きてるGAYの日常

やわらかくありたいなぁ。

2017-10
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女性が女性性を誇張したドラァグ・クイーンに萌えるゲイの不思議、人の不可思議

  今日は『しみじみと歩いてる』上映会終了後すぐに東京都写真美術館にsakuraさんと移動し、マダムボンジュール・ジャンジさんが構成・演出したイベント「Living Together/STAND ALONE」を観たのですが・・・。終わった後、僕は常軌を完全に逸する状態に陥りまして。

 つまり、ものすご~く気持ちがハイになっていたんですね。恵比寿駅までの動く歩道上で、Ronさんsakuraさんに向かって僕は超~ハイテンションで今日の興奮を語っていました。その理由はなんといっても、ジャンジさんがものすご~く色っぽかった、官能的だったからなんです僕にとって。

 女性のドラァグ・クイーンとしてのジャンジさんのパフォーマンスを観るのは初めてだったのですが、なんていうんでしょう。これまで少なからずのゲイイベントで「男性がドラァグ・クイーン」を演じているのを観ては来たのですが、それとは明らかに異質なものがあるんです。男性が「女性性を誇張」した時に醸しだされる批評性と、女性が「女性性を誇張」した時に、その存在から醸しだされるものって、かなり違うんですよ。

 儚さがある。孤独感をより強く感じる。世界に対して必死で屹立している人間の「孤独」が、ジャンジさんのパフォーマンスや舞台での「立ち方」から、物凄く色濃く滲み出ているんですね。しかし露出されている肉体は、紛れも無く「女性性」を強く感じさせるものであり・・・。

 ぶっちゃけ普段、日常生活の中で女性が女性の身体性を露出していても「なんとも思わない」からこそ自分がゲイなんだなぁと感じている僕ではあるのですが、今日のジャンジさんのパフォーマンスを観ていて「ものっすご~く色っぽい!」と感じたんです。特に、丈の短いスカートの下から見えている肉感的で綺麗な脚に。そして、独特の退廃感を漂わせる、ドラァグ・メイクの表情に。

 パフォーマンス・アーティストとして、コンテンポラリー・ダンスの鍛錬を相当に積まれて来ていることがわかる統制の取れた身体表現が生み出す世界観と、そのルックスの魅力にかなり魅せられてしまいまして・・・。隣の席の友人によると上演中の僕、ほぼ固まったまま舞台を凝視しまくっていたようです。

 自分でもその意識がないくらいに集中して舞台上のジャンジさんに、ただただ魅せられていた時間でした。そしてふと、「こんなに女性が女性性を前面に出している様子に官能するとは、僕は果たしてゲイなのか?」というアイデンティティ・クライシスが頭をよぎりもしましたが、これは自分の中に潜んでいる根源的な欲求・欲望のようなものと直結していることかもしれないので、相手が「女性か、男性か」というだけではなく、さらに細分化された様々な要素に人は「萌える」あるいは「官能する」ということを発見したということなのかもしれません。

 前回のジャンジさんのパフォーマンスを観て衝撃を受けたというRonさんのおかげで、12月18日にジャンジさんとトークをする機会があるわけですが、今日感じた、この「新しい感覚」についても率直に話してみたいと思っていますが・・・冷静さを保てるかどうかわかりません(笑)。

 自分の内面の奥底から揺さぶられる不思議な「萌え」を発見し、忘れられない映像がたくさん脳裏に焼き付いてしばらく脳内映像リフレインが中毒のように止まらないかも~と軽い混乱を楽しんでいる僕は、いったいどうなっちゃうんでしょうか?FC2 同性愛 Blog Ranking


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