フツーに生きてるGAYの日常

やわらかくありたいなぁ。

2017-08
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木下恵介を辿る旅007●不朽の名作はもしかして、未来を暗示しているのかもしれない



 最近、木下惠介監督の伝記本『天才監督 木下惠介』(長部日出雄著)と、高峰秀子さんと著者とのふれあいが書かれた『高峰秀子の流儀』(斎藤明美著)に深い感銘を受けまして。(本当にどちらも名著です!)

 木下監督作品が観たくてしょうがなくなり、新宿TSUTAYAでどの程度のDVDが借りられるのかを調査してまいりました。

 同時代に黒澤明監督と「2大巨頭」として人気を博し、ライバル関係にあったはずなのに片や黒澤作品は全作品のDVDがズラ~っと並んで威容を誇っていたのに対し、木下恵介コーナーの地味なことといったら・・・。

 全49作品中、棚に並んでいたのは15作品ほど。しかもほとんどがVHS。DVDで借りることが出来るのは『二十四の瞳』『日本の悲劇』『カルメン故郷に帰る』『女の園』『野菊の如き君なりき』ぐらいなものでした。

 たしかにそれらは、日本映画史の中でも「名作中の名作」として語られるものばかりですし、これだけの代表作が並べられているというだけでもやはり凄い監督ではあるのですが。それ以外にもまだまだ本当に様々なタイプの多彩な作品を残した方であり、そのどれもが後世に「遺されて語られ続けるに値する宝物」だと思うんですよ。しかしどうも現在においては商業価値が認められていないというところに、映画界のキナ臭い「政治」を感じてしまいますねぇ。

 世界各地の映画祭に「箔付け」のために積極的に出品したり、監督の死後も遺族や親族が商品化に積極的であり続けると、黒澤監督のように「ブランド価値」がキープされるわけですが。木下監督の場合は「おネエ」であったことも影響しているのでしょうか、独りで暮らし続けたわけで子どもがおらず、つまり死後に商品化を積極的に展開する「家族」がいなかったということも、現在の知名度に影響しているのかもしれません。それもまたそれで「木下監督らしいあり方」なのかもしれないですけど、残念すぎる事実です。

 ところで先ほどまで、『二十四の瞳』をDVDで観ていたのですが・・・。本当はちょっとだけ覗いてみるつもりだったんですよ。しかし魔物ですねぇこの映画。2時間25分もある作品なのにも関わらず、観始めたら最後、引き込まれて目が離せなくなってしまい、「終」のマークが出た後にはしばらく放心状態になってしまいました。

 この作品、20歳の頃に文化庁主催の木下監督特集上映で観たのですが、その時には全然なんとも思わなかったんですよ。「あ、これが名作と言われている大ヒット映画ね。」という認識しかなかったという感じ。やたら子どもたちが唱歌を歌う場面ばかりが続いてモタモタしている物語展開に、イライラした記憶があります。あと、元小学校教師である母親が「この映画を観た事で教師を志望した」と言っていたことがありまして、「短絡的な志望動機だなぁ」と、すっごく失礼なことを思っていたりしたわけですね。つまり「お涙頂戴の商業主義映画」だという烙印を、青かった僕は勝手に押してしまっていたわけですよ、この映画に対して(←ほんとアホ。)

 ところが!

 遅まきながら今になってようやく、この作品の良さがわかったのです!!

 当時の自分と今の自分の大きな違いは、映像制作に関わりはじめて本気で映画を作りながら生きて行きたいと思っているということがあるわけですが。この映画が「映像」として持っている力の凄さとか、その凄さを観客には誇示せずに飄々とやってしまっている木下恵介という人のとてつもない映像センスに圧倒されまくったという感じなのです。

 この映画、ただの一秒たりとも、ワンカットたりとも、一つの台詞たりともテキトーに作られている瞬間がありません。すべてに一貫して明確な「思想性」が込められており、圧倒的な迫力となって魂に突き刺さってくるのです。

 この映画が作られたのは終戦から9年目の1954年。そろそろ終戦の痛手から国民が回復し、再軍備や近代化が推し進められ始めた頃に重なります。その時代において、牧歌的な瀬戸内海の景色の中で本来ならば伸び伸びと育って人生を謳歌するはずだった子どもたちが、戦前から戦後の時代の波に呑まれて翻弄されてしまう姿を「オナゴ先生」の視点から描き出す。映画は徹底して貧しい者、弱い者の視点に寄り添い、オナゴ先生と一緒に笑い、そして哀しみ、泣くのです。

 かつて、笑ったり哀しんだり泣いたりすることが禁じられた時代があった。誰も本音を言うことが出来ない萎縮した社会になってしまった時代があった。この映画は、その恐ろしさを声高に訴えるのではなく、小学校唱歌を朗らかに歌いながら束の間の学校生活を楽しむ島の子どもたちの「生の輝き」を前半でしっかりと観客に共有させることで逆照射するのです。

 つまり、モタモタした物語展開は観客をその世界に引き込んで「生きて呼吸させる」ために必要なことなんですね。ところが後半になるにつれて物語の加速度は増し、次々に襲い来る運命の無慈悲さとのコントラストが引き立つのです。そして、オナゴ先生と一緒に観客も「泣く」ことになるのです。時の流れの残酷さ、世の流れの無慈悲さに共感しながら。

 木下監督作品は、高度経済成長で日本がイケイケドンドンだった時代や様々なアングラ文化が花開いた時代には「女々しくて情緒的だ」と語られたそうですが。

 女々しくてなにが悪い。情緒的でいられるということが、どれだけ恵まれたことなのか。そのことをきっと、木下監督は生涯をかけて訴え続けた人だったんだろうなぁと感じました。

 木下監督の訴え続けたことはたぶん、これからますます強度を増して我々に突き刺さってくるような気がします。『二十四の瞳』で描かれている不況下における子どもの貧困問題は、現代の問題でもあります。

 経済的な困窮が人々の心から「潤い」を無くし、いつの間にかとんでもない暴走が起こり破滅的状況を迎えた、この国の過去。油断しているとそれは再び「未来」になるのかもしれないということを感じながら、文句なしの不朽の名作から目が離せなくなったひとときでした。FC2 同性愛 Blog Ranking
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コメント

この記事へのコメント

木下恵介監督

はじめまして
私は、もうすぐ70歳になる老人です。人形劇で食っています(世間一般の評価で言えばとても食えていると言える状態ではないのですが・・・)
私も、木下恵介監督は「もっと評価されてしかるべき監督」だと思っており、書き込ませていただきました。
「二十四の瞳」を見たのは、私が中学2年の時です。その頃、私は鳥取県倉吉という町に住んでいたのですが、「二十四の瞳」は大変なヒットで、連日超満員でした。私は学校の集団鑑賞で見ました(年に一度、学校が選んだ作品を映画館まで出かけて、生徒全員が鑑賞するのです・・・今思うと、ゆとりがあったのですね)
やがて、映画ファンになった私は、沢山の様々な映画を見るようになりました。黒澤作品や木下作品は、ほとんど全作品をリアルタイムで見ています。黒澤作品と木下作品ですが、当時(私が10代から20代の頃)は、「専門家(映画評論家など)」の評価は、どちらかというと木下監督のほうが上だったような印象があります。
それが今は、ご指摘のような状態で残念です。
私は、黒澤作品も好きですが、押し付けがましい「重さ」がイヤな所もあります。その点、木下作品は技巧を感じさせない(木下監督は映画を知り尽くした大変な「技巧派」だと思っています)さりげなさ、そして、しっかりしたテーマを解りやすく表現する名監督だと思います。喜劇から悲劇まで、じつに的確に面白く表現して見せてくれる監督です。誰とは申しませんが「芸術派監督」にありがちな「わざとらしさ」がありません。もし、木下作品がその「大衆性」のために、あまり評価されないとするなら残念なことです。まして、おっしゃっているように、「木下監督がゲイだから」ということが評価の一面にあるとするなら、じつにバカげています。
今の人たちに、木下作品の良さを知ってもらいたいです。
ちなみに、私の好きな木下作品は、「喜劇風前の灯」と「夕焼け雲」です。どちらも小品ですが、じつに雰囲気のある名品だと思っております。とくに、中学生の男の子の友情を描いた「夕焼け雲」はゲイの人が見たらたまらなくなる味わい深い作品だと思います。


Re: ●しろーさん。

コメントありがとうございます!木下監督作品と黒澤明作品をリアルタイムで見られていただなんて、ものすご~く羨ましいです。それはとてもエキサイティングで豊かな時代だったのではないでしょうか。

日本映画全盛期の作品を回顧上映などで見返すと、たとえば『二十四の瞳』に代表されるような、大勢の人々に愛されて大ヒットした、いわゆる「大衆映画」と言われがちな作品においても本当に表現レベルが高く、しかも観客が映像から自らの想像力で読みとるべき余白がたくさん作ってあり、作家が観客を信頼していたのだということが伝わってきます。

「映像から読みとる力」という意味での文化レベルが、当時は今とは比べ物にはならないくらいに高かったんだなぁと感じます。今は観客を「いろいろと説明しないと付いて来れないお子ちゃま」だと想定しなければ大ヒットしませんからね、映画が。

黒澤監督作品も20代の時にフィルムセンターの回顧上映でほぼ観たことがあるのですが、しろーさんのおっしゃる通り僕も、黒澤作品からは「押し付けがましさ」を感じることが多いです。しかも、あれだけたくさんある映画のうち、『生きる』くらいしか心を動かされた記憶がありません。あとは・・・(笑)。

黒澤作品の場合は、世評がとにかく高いために観る時に「これが、皆が名作と言っているものなのか」という先入観がどうしてもありますから、その期待レベルに達しなかったので「がっかり」してしまったのかもしれないです。もしかしたら今の視点で見返してみると、また新たな発見があるのかもしれないので近々、黒澤作品も見返してみようかと思っています。

しろーさんがおっしゃる「芸術派監督」とは誰のことなのかが気になりますが(笑)。僕が日本映画のファンになったのは、正月に銀座の並木坐で開催されていた小津安二郎監督の特集上映に通ってからです。最初に観たのが『生まれてはみたけれど』と『長屋紳士録』。それまでに一度も出会ったことのないものを観てしまったという衝撃を受け、『東京物語』『晩春
』などでもパンチを受け続けました。

そのあとに出会ったのが文化庁主催の木下恵介監督の特集上映。20代の前半で、まだ映画の素晴らしさに出会い始めたばかりだったので、ものすごく新鮮な気持ちで、それこそ「吸う」ように全作品を観まくりました。

映画ってその時々の自分の人生経験とか、精神の状態によっても受けるものが違ってきますよね。だから20代の自分が衝撃を受けた数々の作品を、今、観てどう思うのか。そして、今、衝撃を受けている作品が10年後、20年後にどう変化するのか。そのことによって自分の変化が感じられるわけですから、これほど楽しいことは有りません。そのレパートリーの中に木下恵介監督作品は間違いなく、たくさんノミネートされることになりそうです。

今、自分は「ゲイである」という視点も含めた立ち位置から世の中を観たり、映画を観たりしています。その「逃れられない立ち位置」から感じることこそが僕の表現の核となり、今後の活動の指針になるのだろうということは確信しています。今後もこのブログには、変化していくその時々の自分を記録して行こうと思っていますので、今後ともどうぞよろしくお願いします!

オススメくださった作品「喜劇風前の灯」と「夕焼け雲」も、なんとしてでも見返してみますね。いろいろと記憶が混濁しており、観たはずなのにどんな映画だったのか憶えていませんが、とても興味深いです。
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