フツーに生きてるGAYの日常

やわらかくありたいなぁ。

2017-05
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akaboshiコラム039●「わかってもらえなくてもいい」から始まるもの



 旅行から戻りました。

 自分がゲイだと気付いて以来、意識的にも無意識的にも避けていた「家族と過ごす時間」を、最近ちょっとずつ取り戻してみていますが・・・やっぱり疲れることは事実です。今のところ母だけに「ゲイだよ」と伝えてあり、父や姉、弟に伝えるかどうかは様子を見ているところなのですが、「探り」をかけている段階なので神経が疲れるんです。でもそういうことばかりを考え続けていたわけでは決して無く、基本的には楽しく過ごすことが出来ました。

 これまで僕が家族を避けてきた一番大きな原因。それは「30歳を過ぎたのに結婚をしないこと」に対する家族や周囲の視線に、自分が感じる「後ろめたさ」です。



 30歳を過ぎると家族と話す内容は、やれ誰かの子どもだの孫だの・・・ということになるわけでして。その時に自分が感じてしまう疎外感だとか、自分の生き方を否定されているかのように胸が締め付けられる感覚だとかは、出来れば感じたくないわけですね。

 最もリラックスしたい家族との時間が、最も「自分を痛めつける時間」になる。それって恐怖に近い感情だったりします。だからと言って、それらを跳ね除けるために「僕はゲイだから結婚はしないからっ!」と一気に言ってしまうようなことは、僕には出来ません。とても暴力的なコミュニケーションではないかと思うからです。

 でも今回の旅では、母のおかげでだいぶ楽になっていることを感じました。父に、「あの子は結婚するつもりはないらしいよ」と伝えてくれていたのです。2日間一緒に居て、父親から「いつもの質問」が繰り出されることはありませんでした。

 それだけで、どれだけリラックスして過ごせたか。そして、たとえそういうことを話さなかったとしても、親子での話題というものは他にいくらでもあるんだということを発見できたりもしました。



 最近、自分の腹が据わって来ているのを感じます。これは僕の人生なのですから。自分が納得ずくで選びとった環境で、「穏やかになれる時間」を確実に持てている日常がある。だから他人からどう思われようが、それこそ「どうでもいい」んですね。

 だって、もし、家族の中に「わかってもらえない」人がいたとしても、そのことによって僕の生き方が変わることは無いわけですから。僕は誰かの評価のために生きているわけではなく、自立しているのだと思えたのです。

 姉は嫁ぎ先で生き生きと、2児の母として逞しくなっていました。旦那側の家族とも仲良く上手くやっているようでした。幼い頃からの都会暮らしを捨て、子連れの再婚でしかも慣れない田舎暮らしが耐えられるのか?。そんな家族の心配を余所に、姉はしっかりとその土地に根を生やし、自然体で人生を楽しんでいました。

 その「力みのない姿」を実際に見て感じたことが、僕の今後の人生に、大きな指針と安心感を与えてくれるような気がしました。FC2 同性愛 Blog Ranking



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