フツーに生きてるGAYの日常

やわらかくありたいなぁ。

2017-08
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akaboshiコラム027●「ある日、犯人にされた市民」が鳴らす警鐘

 小児性愛者であると勝手に決め付けられ、性的欲望から少女を殺したという罪を着せられ17年半も刑務所に入れられていた菅家利和さん。いわゆる「足利事件」の冤罪被害者ということで世間の注目を集めたわけですが、いったいどんな人なのか直接見てみたいと思い、新著出版記念トークショーに行ってきました。(28日19時に神保町の三省堂書店で開催)

新著
『冤罪  ある日、私は犯人にされた』

 弁護士の佐藤博史さんも同席して行われたトークでは、まず6月に出所してから「社会復帰」した菅谷さんが携帯電話の小ささに驚いたり、世の中の色々なことにいちいち感動する日々が続いているエピソードが紹介されました。菅谷さんの自宅に、ある日いきなり警察が踏み込んで逮捕状もないままに取り調べを開始したのは1991年12月2日のこと。YouTubeに当時のニュース映像があったのですが、アナウンサーの髪型と服装に、バブリーな頃の空気が感じられますねぇ。

●YouTubeより~足利事件(逮捕当時のニュース)
  

 ちなみにこの当時、静香姉さんはなにを歌っていたのか調べてみたら「メタモルフォーゼ」でした。(静香ソングでなければ時代を実感できないもので。←オイ!)

●YouTubeより~工藤静香 メタモルフォーゼ
 

 ・・・ヘアメイクがバブル全開(爆)。あ、そうそうバブル崩壊っていうのは、どうやらこの年に始まったらしいですよ。っつ~か、そん時から今年の6月までず~っと濡れ衣着せられて刑務所に入れられてた菅谷さんの人生って・・・こうして実感してみると本当にとんでもなさすぎっ!

 「気が弱くて、人とろくに話もできなかった」という引っ込み思案な性格だった菅谷さんは、その「人の良さ」が災いしてどんどん、声が大きく力もある威圧的な態度の人々の言うがままに流されてしまいます。取り調べの辛さから逃れるために「嘘の自供」をし、他の2件の少女誘拐殺人事件の罪も着せられるのですが、そちらも「自供をすれば取調官が優しくなるから」という心理が働き、どんどん自分がやったことにしてしまいます。

 気の弱い人が、苦しみから逃れるために「相手の喜ぶことを言う」ことで、自己を防衛しようとする。そういうことって充分にあり得ることだと思います。そう考えてみると同じような例というのは、いくらでも発生する恐れがあるなぁと思い、ゾッとしました。

『訊問の罠 ――足利事件の真実 (角川oneテーマ)』

 自分の力ではどうにもならないような「強い力」を前にした時。一個人はどれほど無力な存在か。そういう意味でも、本来ならば「弱者の味方」であるべき警察や検察・裁判官が「一体何を最優先にして動いていたのか」も、厳しく問い直されるべきだし、そのためにシステムの面から改善すべきところは変えていかなければ、同じようなケースは今後もいくらでも起こり得るのではないかと思いました。

●YouTubeより~栃木県警本部長、石川正一郎が足利事件で謝罪
 

●足利事件 ひどい!裁判官の職務怠慢
 

 当時、栃木県内では3件も連続して幼女誘拐殺人事件が起きており、それらを解決できていない栃木県警には相当なプレッシャーがかかっていたそうです。そして、精度がそれほど高くはないDNA鑑定の結果が刑事たちの冷静さを失わせたという側面もあるようです。組織の体面のために、無実の人の人生が狂わされたわけですから、本当にとんでもないことです。

 当時の菅谷さんは「自分が(取り調べの教諭から逃れるために)このような自供をしても、やっていないものはやっていない。ちゃんと裁判所が調べれば事実はわかるはずだ」と心の中では裁判官を信じていたそうです。つまり「司法の力」を信じていたわけです。しかし、肝心の「司法」は17年間も裏切り続け、さらには他の2件の殺人事件の罪を菅谷さんに被せることに加担し、あと少しで「死刑判決」が出されたかもしれなかったのです。

 「死刑執行」には、われわれが日々納めている税金が使用されています。決めるのは大臣だとしても、必ず誰か「個人」の手によって執行が行われています。死体を片づける人だって居るのです。執行場の掃除をする人だって居るのです。「不可視化」されているから実感できませんが、血なまぐさいものなのです。

参考映画:大島渚監督『絞死刑』
『大島渚 1 - 飼育/忍者武芸帳/絞死刑 [DVD]』

 「大きなシステムの維持」のためだと割り切り、誰か「個人」が責任を負わず、罪の意識を感じずに済むような社会構造。自己保身のために長いものには巻かれようとする、弱い一個人。これは「国」というシステムにおける「個人」の存在が構造的に持ってしまう問題であり、ナチスドイツや大日本帝国の頃から、根本的には変わっていないと言えるでしょう。

●YouTubeより~絞首刑の解説ビデオ(グロ無し)・・・大島渚監督のATG映画「絞死刑」の一部です。20歳頃にこの映画を観た際にはショッキングでめまいがしました。「映像で具体的に描き出す」ことの意味を問うという意味でも、忘れられない衝撃をもたらした映画として強く記憶に残っています。
 
『大島渚 1 - 飼育/忍者武芸帳/絞死刑 [DVD]』

 逮捕当時ものすごく気弱だった菅谷さんは、取調べでは「生き抜くために」嘘の自供を重ねて恐怖から逃れていたわけですが、家族への手紙では冤罪を訴え続けました。6月に出所してからは、これまでいろんな意味で抑えつけられていた反動からか、どんどん気持ちが強くなってきているとのこと。この日のトークでも、その力強い語り口調が印象的でした。 内面から沸々と湧きあがるマグマのようなものが、62歳という年相応の落ち着きの中にも垣間見えていました。

 菅谷さんが刑務所で感じていたところでは、あと2~3件は明らかに「冤罪」で捕まっている人が居るとのこと。今後は仕事に就いて、地元に帰って暮しながら、他の「冤罪」と思しき事件の解決を促すための活動に関わっていくとのことです。

●YouTubeより~20090604麻生ぶら下がり「冤罪と可視化」
 

 取り調べの可視化、僕の感覚では「なぜできないのか」の理由がわかりません。「出来ない」というのならば、まずはその理由をわかりやすく世間に言葉として提示し、大勢の納得を得たうえで「不可視化」を続けるべきではないでしょうか。その任務を遂行するための税金を払っているスポンサーとして、そう思います。

 また、宮崎勤氏の事件(1989年)以降、「小児性愛者」への社会的偏見は過剰なものになっているように思いますし、この「足利事件」もその影響をもろに受けた事例ではないかと思います。そして、独身で暮らしている中年~高年齢の男性に対する社会的な蔑視感情という問題も浮き彫りになっているのではないかと思います。菅谷さんが当時暮らしていた部屋からは200本以上のビデオテープが押収されたわけですが、その中にアダルトビデオが含まれていたことも、警察が「彼を犯人とする」際の理由に挙げられていたそうです。

 菅谷さんが語っていたところによると、ビデオの大半はレンタルビデオ店で安く売られていた「男はつらいよ」や「時代劇」「ハリウッド映画」などであり、アダルトビデオはほんの一部とのこと。しかも、どちらかというと菅谷さんが性的な趣味としてビデオを見る際に好む女性のタイプは少女ではなく、大人で力強いタイプの女性であり、AVもそういうものばかりだったとのこと。つまり「小児性愛者」であるという証拠には、まったくなっていないのです。

 また、逮捕前は幼稚園や保育園でバスの運転手をして生計を立てていたのですが、仕事をしながら「子どもが好き」だと語っていたことも、「小児性愛者」にされる理由に利用されたのとこと。『「好き」の意味が違うわけですがね」と笑って語っていた菅谷さんの目の奥は笑っていないように感じました。

 こうして、社会的な偏見やバイアスというものは時に真相究明の目を曇らせるものであるということも、強く認識しておかなければならないという警鐘を、この事件は鳴らしているとも言えるでしょう。セクマイ問題にとっても、この事例は他人事ではないのでは?。僕はそう感じました。FC2 同性愛 Blog Ranking


菅家利和著『冤罪  ある日、私は犯人にされた』
佐藤 博史、菅家利和著『訊問の罠 ――足利事件の真実 (角川oneテーマ)』
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