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フツーに生きてるGAYの日常

やわらかくありたいなぁ。

2019-04
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左幸子リスペクト001●女優・左幸子の歩んだ業績

最近、左幸子さんのことが気になります。
きっかけは、
深作欣二監督「軍旗はためく下に」
あの鬼気迫る演技・・・圧倒されます。
その後増村保造監督「曽根崎心中」で再び彼女の演技を目撃しました。
少ししか出番がないのに、ものすごいインパクトでした。
人間の内に潜む「悪」を、ここまで徹底して演じられる人はなかなかいないと思います。
ギラギラと欲望剥き出しの、動物としての人間の姿を徹底的に表現してくれる、すばらしい女優さんだったことを知りました。


彼女のことが知りたくなりました。
彼女のことを考えてみたくなりました。
しかし彼女は故人です。
その代わり、残された数多くの映画があります。
いわゆる「スター女優」として語られることは少ない彼女。しかし彼女の独特の演技は、僕の心に強烈に焼き付きました。彼女がどういう人だったのか、知りたくなりました。

まずは彼女の女優としての映画人生を一覧表にしてみます。
僕は今まで、彼女の出演作を全然見ていないことに気が付きました(笑)。
今後少しずつ見ながら、このコーナーを彼女のデータベースにしようと思っています。
興味のある方は、「あなたの知ってる左幸子情報」をお寄せください。どんな些細な事でも構いません。よろしくおねがいします!


●女優・左幸子の歩んだ業績●

01. 1952.06.26 若き日のあやまち (新東宝)
02. 1952.09.18 三太と千代の山(新理研映画=大日本相撲協会映画部)
03. 1952.10.09 モンテンルパの夜は更けて  (新東宝 )
04. 1952.11.13 アチャコ青春手帖 大阪篇  (吉本プロ)
05. 1952.12.02 サラリーマン喧嘩三代記  (新東宝)
06. 1953.02.12 三太頑れっ!  (伊勢プロ)
07. 1953.04.01 姫君と浪人  (新東宝)
08. 1953.04.29 近藤勇 池田屋騒動  (新東宝)
09. 1953.06.17 刺青殺人事件  (新東宝)
10. 1953.07.14 人生読本 花嫁の性典  (滝村プロ)
11. 1953.08.25 半処女  (新東宝)
12. 1953.11.03 思春の泉  (新東宝=俳優座)
13. 1954.04.20 大阪の宿  (新東宝)
14. 1954.05.25 若き日の啄木 雲は天才である  (新東宝)
15. 1954.08.10 芸者秀駒  (ニッポン・プロ)
16. 1954.08.24 石中先生行状記 青春無銭旅行  (新東宝)
17. 1954.08.31 黒い潮  (日活)
18. 1954.09.28 東尋坊の鬼  (新東宝)
19. 1954.11.22 億万長者  (青年俳優クラブ)
20. 1954.11.30 鶏はふたゝび鳴く  (新東宝)
21. 1955.04.10 おふくろ  (日活)
22. 1955.06.16 虹の谷  (新理研=第一協団)
23. 1955.06.26 女中ッ子  (日活)
24. 1955.11.01 人生とんぼ返り  (日活)
25. 1955.11.29 青ヶ島の子供たち 女教師の記録  (新東宝)
26. 1956.02.12 俺は犯人じゃない  (日活)
27. 1956.02.19 風船  (日活)
28. 1956.02.25 神阪四郎の犯罪 (日活)
29. 1956.03.27 真昼の暗黒  (現代ぷろ)
30. 1956.03.28 青春をわれらに  (日活)
31. 1956.04.04 東京の人 前後篇  (日活)
32. 1956.05.03 雑居家族  (日活)
33. 1956.11.21 沖縄の民  (日活)
34. 1956.12.27 人間魚雷出撃す  (日活)
35. 1957.01.29 復讐は誰がやる  (日活)
36. 1957.04.17 女豹とならず者  (日活)
37. 1957.04.24 マダム  (日活)
38. 1957.05.08 激怒する牡牛  (新理研映画)
39. 1957.05.22 倖せは俺等のねがい  (日活)
40. 1957.07.14 幕末太陽伝  (日活)
41. 1957.09.22 誘惑  (日活)
42. 1957.11.12 九人の死刑囚  (日活)
43. 1957.12.01 暖流  (大映東京)
44. 1958.02.26 春泥尼  (日活)
45. 1958.04.08 霧の中の男  (日活)
46. 1958.05.13 血の岸壁  (日活)
47. 1958.06.29 踏みはずした春  (日活)
48. 1958.11.22 ごめん遊ばせ花婿先生  (大映東京)
49. 1959.02.11 荷車の歌  (全国農村映画協会 )
50. 1959.05.13 氾濫  (大映東京)
51. 1959.05.20 千羽鶴秘帖  (大映京都)
52. 1959.10.06 殺されたスチュワーデス 白か黒か(シナリオ文芸協会)
53. 1959.12.06 浮かれ三度笠  (大映京都)
54. 1960.01.14 女経 第一話 耳を噛みたがる女  (大映東京)
55. 1960.01.27 拳銃の掟  (大映東京)
56. 1960.02.24 嫌い嫌い嫌い  (大映東京)
57. 1960.04.06 暁の翼  (大映東京)
58. 1960.04.27 大江山酒天童子  (大映京都)
59. 1960.06.15 素敵な野郎  (大映東京)
60. 1961.02.15 新夫婦読本 恋愛病患者  (大映東京)
61. 1961.09.10 可愛いめんどりが歌った  (大映東京)
62. 1961.11.12 男の銘柄  (大映東京)
63. 1962.05.27 のこされた子とのこした母と  (大映京都)
64. 1962.06.28 青べか物語  (東京映画)
65. 1962.07.01 あの橋の畔で  (松竹大船)
66. 1962.09.30 あの橋の畔で 第2部  (松竹大船)
67. 1963.01.06 あの橋の畔で 第3部  (松竹大船)
68. 1963.01.27 無宿人別帳  (松竹京都)
69. 1963.02.09 星屑の町  (松竹京都)
70. 1963.04.28 拝啓天皇陛下様  (松竹大船)
71. 1963.05.22 妻という名の女たち  (東宝)
72. 1963.07.27 あの橋の畔で 完結篇  (松竹大船)
73. 1963.10.18 彼女と彼  (岩波映画)
74. 1963.11.16 にっぽん昆虫記  (日活)
75. 1964.11.21 五辧の椿  (松竹大船)
76. 1965.01.15 飢餓海峡  (東映東京)
77. 1966.09.23 アンデスの花嫁  (東京映画=羽仁プロ)
78. 1966.10.01 かあちゃんと11人の子ども  (松竹大船)
79. 1967.04.29 春日和  (松竹大船)
80. 1967.11.11 女の一生  (松竹大船)
81. 1968.10.25 人生劇場 飛車角と吉良常  (東映東京)
82. 1969.10.15 荒い海  (真珠舎)
83. 1971.07.24 喜劇 女生きてます  (松竹大船)
84. 1972.03.12 軍旗はためく下に  (東宝=新星映画)
85. 1976.01.24 はだしのゲン  (現代ぷろ)
86. 1977.04.29 若い人  (東宝映画=サンミュージック)
87. 1977.09.11 遠い一本の道  (左プロ=国鉄労働組合)
88. 1978.04.29 曽根崎心中  (行動社=木村プロ=ATG)
89. 1985. _. _ Mishima:A Life in Four Chapters(フィルムリンク)
90. 1986.03.22 春駒のうた (共同映画全国系列会議=群馬共同映画)
91. 1993.07.31 お墓と離婚  (日本ビクター=日本ヘラルド)
92. 1995.01.07 ただひとたびの人  (ブランセカンス)
93. 1995.06.10 スキヤキ  (フィルムヴォイス)
94. 1996.04.26 静かなるドン8 (V)  (ケイエスエス)

ピンク色 は、僕が見たことのある作品です。
青色は、このブログ内のMOVIEレビューへのリンクです。今後少しずつリンクを増やして行こうと思っています。彼女はいろんな映画会社の幅広い作品に出演しているようですね。 「三島由紀夫とつきあってみる。」でも話題になった日本未公開映画
「Mishima」にも出演しているようです。

次回は、彼女の人生経歴について触れてみようと思います。
これがまた期待を裏切らず、なかなか壮絶なようです・・・。
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コメント

この記事へのコメント

初めて書き込みさせていただきます。以前映画の記事でトラックバックをいただいたことがある石公と申します。
私も左幸子のことはほとんど知らないに近い状態ではありますが、昨年「飢餓海峡」を見て、いっきに気になる女優さんになりました。ことしの夏にはテレビで「はだしのゲン」をやっていて、それにも打たれました。もちろん美しい女優さんではあるんですが、自分が若いころにはわからなかった、ただきれいきれいな女優さんにはない、人の複雑さと可憐さと「情」を体現できるすごい女優さんだと感じています。もう、全作品見たいぐらい……。ことしのFILMEXでも「思春の泉」が上映されるので、必ず見ようと心に決めています。
いつもじっくりと手ごたえのあるエントリをあげていらっしゃるこちらで、左幸子カテゴリができたのは大変嬉しいです。楽しみにさせていただきます。すみません、提供できる情報が何もなくて……。

●石公さん。
はじめまして。左幸子さんに反応していただいて嬉しいです。
「飢餓海峡」は、10年ほど前に見たのですが
その時は左さんを意識して見ていませんでした。
あれは「名画」ですよね、また見返そうと思います。
FILMEXということは、中川信夫さんの特集ですね。
「思春の泉」は・・・1953年の作品ということは、
かなり若い頃のですね。しかも主演作じゃないですか!
左さんの出演している作品、中期から後期にかけては
けっこう「骨のある」タイプのものが多そうですよね。
気になったのが、僕が感動した「曽根崎心中」の後、
なんと7年間も映画出演がなく、1985年まで空白だということ。
しかも復帰作が外国人監督による「mishima」。
(この映画の日本での上映は流れますが・・・・。)
その間、なにがあったのでしょう。
あんなに素晴らしい演技をしたのに次につながっていないというのは、
よっぽど彼女の身に何かがあったのだとしか思えません。
調べようと思います。

左幸子さんって、百恵ちゃんの『赤い』シリーズの
どれかにも出てましたよね。
7年間映画出演がなかったと akaboshiさん書かれてますが、
ちょうどその頃になるんじゃないのかなぁ?
よくテレビドラマには出られてましたよ。
『赤い』シリーズで すごい存在感だったのを
子ども心に覚えています。

7年間映画から離れていたのには、私生活上の事情がからんでいるんですよ。77年の「遠い一本の道」以来、彼女が歩んだのはイバラの道でした。
その話は、人生遍歴のところで書きますね。

「幕末太陽傳」は面白い作品です。左幸子さんは南田洋子と遊郭ナンバーワンを競う女郎の役です。派手な取っ組み合いの喧嘩を披露します。
したたかさの似合う女優さんですね。
私生活はほとんど知りません。姉妹で女優さんだってこと、羽仁監督との離婚くらい。本シリーズも期待しています。

kajukaju12ですぅ。
MYPのG2さんって akaboshiさんなんですか?
そか。。。私生活がからんでたんですね。
てきとーなこと書いてしまいました(^^;

私の知る左幸子さんは、涙が枯れる程の、女としての苦労を経た女性です。まずは結婚、夫は、羽仁進氏、映画監督で、育った家庭がインテリなお家、一人娘未央さんは、学校には行かせずに、家庭で教育をして、アフリカだったか色んな所にも連れて行き、その事を書いた本も出ました。
この頃からか(?)左幸子さんの実の妹と、夫が愛人関係になり、
どこかへ行くにも、妹が羽に一族からも公認されて、左幸子さんは、地獄の日々を送るのです。他人が夫の愛人ならば、まだしも、自分の実の妹ですから、悩みは尽きません。
 妹と夫と娘が3人で外国にも出かけ、自分には、仕事しかなかったのです。どうして、すぐに離婚しなかったのかはよく解りません。
絶望のどん底から生まれた、演技ではないかと思います。

この人、左さんはいい役者ですが、今はテレビの人生相談やら、塾所のコーナーのコメンテーターになっていますね。結構厳しい発言をします。私は好きだなぁ。

私も「赤い」シリーズで見てました。いつも黒いスカーフを頭から肩にかけて被っていました。子供心にも印象はすごく残っています。
私のアヤフヤな記憶だと…娘の未央さん亡くなったのでは?
ガセネタだったらごめんなさい。

あの・・・MYPのG2はakaboshiさんとは別人ですよ(笑)。紛らわしいことを書いてごめんなさい。

●kajukajuさん。
映画ではなくテレビに活動の中心が移った時期があったのですね。
もったいない(←って言っちゃあテレビに失礼?笑)

●MYPのG2さん。
「遠い一本の道」は、ご自身が監督なさったみたいですね。
「曽根崎心中」はその翌年・・・。大変な時期だったんですね。
そういうことも影響しているのでしょうか。ただならぬ狂気が感じられました。
・・・目が、ものすごく乾いているんです・・・。

●cafenoir さん。
「幕末太陽傳」は、よく「名作」と語られることの多い映画ですね。
取っ組み合い・・・しかも南田洋子さんと・・・スゴそう(笑)。
僕、羽仁進監督の事は知ってたのですが、
左幸子さんと結びつけて考えたことが今までありませんでした。
いろいろあったみたいで、びっくりです。
妹さんは左時枝さんなんですね。

●かじゅ さん。
・・・そうだったら面白いですね。(←どんな返事なんだか・・・笑)。

●seaさん。
とても波乱に満ちてますね。やっぱり並みの人生ではないですね。
演技からも滲み出ています。だから役者さんにとっては、
人生において無駄なことって一つもないんでしょうね。

●lemonodasosさん。
僕も、生きているのかと思っていて調べたら
2001年にお亡くなりになったそうです。
熟女が出るバラエティーが一時期はやりましたが、その頃よく見かけましたね。
あの頃の左さんには、正直関心がありませんでした(笑)。
過去の映画の中の姿は、色あせない輝きを放っていると思います。

● callaさん。
亡くなったのは左幸子さんです。あまりこの情報、浸透してないのかも。
僕も知らなかったし。
「赤い」シリーズは、僕は全然記憶にない頃のものですね。
山口百恵さんをいじめてたのでしょうか。似合いそう(笑)。

気が付いていたらなくなっていましたね・・・。
晩年は舞台で朗読劇(戦争モノ)をやっていたのをTVで見ましたね。
左時枝さんもいるし、つい、混在してしまいますが、
昔の映画女優の頃は知らないものでして・・・。
いろいろ教えてください。

● LARKさん。
朗読劇もなさってたのですか。初耳です。
徐々に調べて行こうと思います。

幸子さんが体育専門学校(現東京女子体育大学)受験で上京、「合格した」と電話した時に「生まれた」と聞いたのが時枝さんの誕生。幸子さんは2年間の学生生活、更に2年間の都立高校教師のかたわら、俳優座の委託生、そして1952年女優として主演という華々しいデビュー。以後出演作が続き、教え子だった生徒や、時枝さんはじめ故郷の家族の注目を一身に浴び、時枝さんは映画館で姉の姿を見て育ったそうです。銀幕のスターとなった姉を頼って、弟妹たちは次々と上京、父親はその度に乗車駅まで送って行った。時枝さんは小学6年の頃、東京に呼ばれ、子役として映画出演。すぐ上の姉(5女)が上京する時には、さすがに父親も寂寥の念か、駅までの見送りに行かず、末妹の時枝さんだけが見送りに行ったそうです。この5女、喜美枝さんこそ、羽仁進氏の再婚相手だったことを考えると、上京時に家族の祝福が薄く、自身で道を切り開く志が、喜美枝さんにはより強くあったのかも知れないと思われます。 妹が先に映画出演のチャンスを得た時の喜美子さんの気持ちを考えるとその志、幾ばくかと想います。 

● goroh さん。
情報ありがとうございます。
映画の出演歴を見ても、デビュー作以降、
2作目からは毎月のように出演作が封切られていて、急激にスターとして
認知されて行った様子が伺えますね。

「女中っ子」も素晴らしい映画でした。私の好きな時代考証がしっかりとしていて、その真実味にとてもまともに観ていられませんでした。女中という言葉が放送コードに引っ掛かりテレビでは観れないのではないかと思います。「杏っ子」って名前で再映画化されたと聞いたことがありますが、それを観たことはありません。旦那の方は学生運動のアジテーターみたいな人ですね。今から思えばですが。

●antsuanさん。
「女中」は放送コードに引っかかるんですか?
・・・実は放送コードとか放送禁止歌というものは、法律で定められているのではなく
放送局が勝手に作った「自主規制」なんですよね。
どこかの団体から抗議が来るたびに増やされているようですが・・・。
旦那さんの方は、ドキュメンタリー映画では
「教室の子どもたち」という当時としては画期的な作品を作り、
ドキュメンタリー映画の可能性を拓いたということで歴史に名を残している方です。

全然関係ないところに出没 左幸子のトピ

「左幸子」とあって、どうして、ここに?と思ってちょっと覗いてみました。
わたし左幸子さんの臨時付添い人したことあるんですよー。
たった3時間くらいだったけど。すっごく懐かしい!
木曜ゴールデンドラマのロケで、なぜかご指名いただき、急遽バイトしたの。
二人でロイヤルホストで、いろんな話をしました。
そのとき、確か妹さんの時枝さんが体育大学出身っておっしゃってたと思った。
左幸子自身も体育大学出身だったのなら、何でそれを言わなかったのかな?
(私自身が体育学部出身なので、そういう話題になって。)

また出没します。  Yuri

●Yuriさん。

マジっすか!臨時付き添い人!それは貴重な体験ですね~。
姉妹そろって体育大学を出てるとは。
左幸子さんは若い頃から演技で「カラダ張って」ますからね~納得です。

そういえばこの「左幸子リスペクト」放置しすぎですね・・・(爆)。

ラピュタ阿佐ヶ谷で左幸子特集組んでますね。

こんにちは。左幸子で検索していてこちらにお邪魔しました。
「彼女と彼」を観て、左さんの出演した映画を思い出し、そういえばこの人は凄い女優さんだったんだなと思いました。「曽根崎心中」、「五辧の椿」で見せた、母親役はすさまじかったですね。
「雲は天才である」のときは、大変可愛らしい、妹にしたいような感じだったのに、晩年のTVの快傑熟女では野村サッチーとやりあい、独特な人生観に基づくコメントを貫いた。
彼女の生き方や考え方には大変興味があります。家庭内で相当もめたそうですが。
今あんまりああいう女優さんいないんじゃないでしょうか。

●ジュリ

うわ~僕としたことがっ!。ラピュタで左幸子特集が開催されているのを、ジュリさんのコメントで初めて知りました・・・不覚。

今からでも後半は間に合いますね。午前中しか上映がないみたいですが、休みの日になんとか行こうと思います!

実はこのシリーズ、ぜんぜん更新していなかったんですね(笑)。その後、いろいろと動き回ったりしていたものだから左幸子さんの作品、なかなか見ることが出来ていません。これを機会に復活します。

今回、たまたまコチラに辿り着いて、左幸子さんの比較的新しい(?)ファンが
いらっしゃることに驚いています。
実は、私は左さんの映画等は一切観たことは無いのですが、
曽祖父が左さんの親御さんの兄弟なので、写真画像が観たくてココにつきました。
亡父が妹の時枝さんが東京に来た時は遊んでもらったと懐かしがっていたのを思い出します。
私はなるほど、左さんを知れば知るほど、東京の親戚筋が、一族の激しい気性を
「富山の血」というのが解る気がしました。
左さんの事を言ってるのではなく、伝説的に気性の激しい曽祖父が富山から来たので、
そう言っているだけだと思うのですが、ルーツを知るとより納得しました。

私の曽祖父が左さんのご両親と兄弟なので、曽祖父系は長身美形が多いです。
私は残念ながら違いますが、幸子さんの方に少しだけ面影が似てるので、
小学生の息子に見せると「わぁ、似てるね、誰?」と言われ、
お会いすることが叶わなかった左幸子さんに少し想いを馳せてます。
真摯に映画を楽しむHPに少し場違いなコメントを残して
失礼したかもしれませんね。
応援して下さって(?)ありがとうございます。
とだけ伝えたくてコメントしました。これにて失礼致します。

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