フツーに生きてるGAYの日常

やわらかくありたいなぁ。

2017-06
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サイモン・チュン「この愛の果てに」●MOVIEレビュー

 綺麗ごとでは捉えられないのが「心」

 家に男を連れ込み、男同士でセックスをしていたら、帰宅した母親に目撃される。「なんと汚らわしことを!」と嘆いた母親は、窓から飛び降り自殺する。そんな凄まじく劇的な場面から始まるこの映画は、ひたすら主人公が「堕ちて行く様」を描き出す。セックス依存、ドラッグ依存…。

第18回東京国際レズビアン&ゲイ映画祭にて上映。
作品紹介ページ・・・7月20日(月)にも上映あり。

 人生への不安をかき消すかのように、刹那的で享楽的な「ゲイ・ライフ」を謳歌する主人公。「一緒に幸せな家庭を築こう」と新居まで用意してくれる相手がいるにもかかわらず、なかなか夜の快楽から抜け出せない。やがて相手の通報により警察に補導され、更生施設に収容される。

 更生施設では「ゲイ」であることは封印せざるを得ない中、ヘロイン中毒だったという優しいノンケ男と仲良くなる。やがて施設を出た二人は、ノンケ男の彼女と3人での共同生活を始める。しかし現実の社会生活は、なかなか思うようには進まない・・・。

 「これでもか」「これでもか」というばかりに、とにかく堕ちる。ズブズブと地の底まで。堕ち切ったことによって初めて見える光のまぶしさというものはあるのだが、だからといって安易に主人公に光の恩恵を享受させないのがこの映画のテーマなのだろう。

 「ヒューマニズム」のような綺麗ごとでは人間存在は捉え切れない。「上がる」ためには時間もかかれば様々な積み重ねが必要になる。しかし「堕ちる」時には一瞬でまっさかさま。誰もがその恐怖や不安と隣り合わせであるにも関わらず、とりあえずは臭いものには蓋をしながら気を紛らせて日常を過ごしている。それが人間存在というものの宿命なのだということを、描き出したかったようだ。

 中盤から後半の展開があまりにも重く暗く、観終わった後にはとてつもない疲労感に襲われた。ずっしりと心の中に、鋼鉄の錘を入れ込まれた気分。「休日に映画祭で明るく楽しい映画を見よう」というニーズには応えないだろうが、地獄の底の闇の中からこの世を瞠るかしてみたいという欲望には、ある程度は呼応してくれる映画。堕ちるとこまで堕ち、漆黒の闇を経験した「心」には、もう怖いものなどない。FC2 同性愛 Blog Ranking
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