フツーに生きてるGAYの日常

やわらかくありたいなぁ。

2017-07
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トランスって?14●トランスジェンダーではない人の社会的特権02●「同性愛」と「性同一性障害」の社会での扱われ方



 僕はゲイなのでついつい「同性愛者/非同性愛者」というところに線を引いて世の中を眺めがちなのですが。「トランスジェンダー/非トランスジェンダー」というところに線を引いた場合、僕は圧倒的なマジョリティ側に属することになるわけですね。〈性別違和がありませんから。)

 そうしたことは個人の意志や悪意には関係なく、社会の仕組みの問題として「そうなってしまう」という指摘が、前回の映像部分では行われました。(話者はひびのまことさん。 )

 さて今回は、そういった問題をさらに深く考えてみるために。「同性愛がたどった歴史」と「性同一性障害(トランスジェンダー)のたどった歴史」の双方を見比べるところから始まります。

03●同性愛・性同一性障害・トランスジェンダー史
  

04●性同一性障害・GIDを妊娠・出産と同じ位置付けに
  
このシリーズを最初から見る場合はこちらから。

 日本のトランスジェンダーに関する状況は、ある意味でかなり特殊なものとなっており、諸外国と比べても一長一短があって、簡単に「なにが正解なのか」を述べることはできません。しかし確実に、日本社会で生きる当事者たちは、こうした社会状況をしたたかに「活用する」方向に進んでいることは、間違いないようです。



 そう考えてみると。特権を「持つ者/持たざる者」の線引も「何に着目するか」によって変化します。「同性愛」と「トランスジェンダー」に限って比較してみても、どちらが、より「社会的に特権的な立場であるか」というのは、簡単には語れないわけです。あ~ややこしい。そして、この複雑さって、楽しい~♪。

 「LGBT」っていう広くて大雑把な枠組みで、性的少数者の協働を目指し、社会の中での存在の可視化を果たそうという看板を掲げているならば。大事なのは、なにを語る際にも単純に「白」「黒」を付けてしまわないことなんでしょうね。

 自分の立ち位置や見方を変えれば状況は、いかようにも変化して見えてきます。その常識は常に刷新することが求められます。それを「当たり前のこと」と感じて面白がれるかどうか。そして、その中から自分なりのビジョンを発見できるかどうか。それが、「真に多様性のある社会」を楽しめるかどうかの鍵となることでしょう。FC2 同性愛 Blog Ranking
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