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フツーに生きてるGAYの日常

やわらかくありたいなぁ。

2019-06
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性教育・・・された記憶がない。02

どうして「性」には「悪いこと」という印象がつきまとうのだろう。
前回の文章に関するコメントをもらってからも、なんだかこのことを考え続けたくなった。
人はこの世に生まれてきた以上、必ず「男」か「女」かの「性」を持っている。精神的な面は別にして、肉体的には。
僕の場合は思春期の成長過程で自分が他の人と違うんだと自覚してからは、自分がそのどちらにも属さないような不安に駆られたことがあった。男としてアソコは人並みに成長しているのに、どうも「男」が「女」に感じるという感覚がわからない。男友達とHな話をしてみても、どうも嘘っぽい(だって嘘だもん・・・笑)。だから余計に、両親や友達と性について話すことを避けがちだったのかもしれないなぁ。だって、性の話に踏み込むと自分でも深く考えたくないことに触れることになるわけだし。傷つきたくなくて逃げてたのかも。
今日わかってしまったこと。「性」を悪いこととしてタブー視する人たちと同じような精神構造を、僕も持って成長してきたのだということ。・・・人のせいにするのはやめましょうってことですね。(自爆っ!!)。
・・・とりとめもなくなりそうだけど、しばらくはこのことについて、思いついたことを書いてみようと思う。ある程度吐き出してしまった後に、なにかが見えてくるのかもしれない。

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コメント

この記事へのコメント

タブーになるほどのことなのに、
どうしてあんなに気持ちがよいことなのですかねぇ。
ある種哲学的、宗教的問いなのかもしれませんよ

気持ちがいいからタブーになるんですかねぇ・・・
気持ちがいい=「悪」
そういうレッテルを貼らないと、人間の進化が止まっちゃうのでしょうか?

むしろ、「神」に近づくからではないでしょうか。
本当によいセックスは、神がかりのような。
神はいつも、オープンのようでいてタブーだし・・・。
突然すみませんでした。
面白く読ませて頂いています。

「神」に近づく・・・
おっ、ちょっと面白い表現ですね。
古代から伝わる祭りの儀式には、たしかにセックスを表現したものが
多いですよね。
しかも神と結ばれたいがために行うようなものも・・・。
人間の存在の根源に関わることですからね。
その辺の事を詳しく調べたくなってきました(笑)。

初めまして。
「性=タブー」は現在先進国のほとんどで(好むと好まざるとにかかわらず)文明の基盤となっている宗教のせいですよね。ぼくはこれを「罪悪視」することで、どんどん人間社会が不安定になって行く(来ている?)のではないかと思っています。生物としてそこから逃れることはできない。それなのに人間として「気持ちよくなる」法則をつきつめて考えさせないから、どんどん欲望が変な方向に歪んでいるような気がするんですよ。ほんとうに気持ちよくなるためには、肉体関係をむすぶふたりがお互いのことをほんとうに考えないと不可能だと思うんです。相手を気づかって一緒に気持ちよくなる、これって社会生活の根本的な部分じゃないですか?
「GAYは特別なことじゃない」
大好きなことばです。ありがとうございます。またうかがいます。

はじめまして。
確かに、「罪悪」として捉えて「タテマエ」と「ホンネ」を作ってしまうから
良くないんだと思います。
「まぁ、はしたない」とか「下品ねぇ」とか人前では言っているご婦人方も
家に帰れば旦那とアンアンやってるわけですよね。
ホント、宗教心とか道徳心とか持つのは結構だけれども
他人のことを断罪するばかりではなく、
そうしていい人ぶってる自分の二面性に気がつけっ!と頭を小突きたくなります。
・・・言葉が過ぎました(笑)。
「タブー」とか「悪」とか、そうしたものをどうして人間は作りたがるのか。
そして、実は本音の部分ではそうした部分にどうして魅かれてしまうのか・・・。
このことを考えるのって、すごく大事なような気がします。

「まぁ、はしたない」と思ってしまった私が、恥ずかしい

封建時代の倫理道徳で育った祖母に躾をされた私は、15歳の頃、性に潔癖でした。
女子校でしたので、保健体育の女性教諭から高1の時、性教育の授業がありました。避妊と性病と堕胎についてです。
先生も気さくな方で、セックスの方法は雑誌で見たり、いずれボーイフレンドができれば知るだろうが、女性が自分の身を守り、命を大切にすることは大事な事だと、話されました。セックスは男女が愛し合えば、結婚してなくてもあっておかしくないと。
コンドームが避妊に必要なこと。実物のコンドームで、簡便な模型の男性器に装着を実演します。皆、恥ずかしさと好奇心で、くすくす笑っていました。
私がお上品ぶって目を閉じたのは、先生が性病にかかった男性器などの写真を提示した時です。とても真面目な授業でしたのに。馬鹿だったんですね。「きゃー」と言いながらも、初めて見るものに、クラスメイトの目は食いついていました。まあ、ひとり、初めてじゃない子もいましたが。有意義な時間でした。
でも、あそこまでおおっぴらに教材を用意できたのも、美術系の付属校という環境だったからでしょうね。高等部になると美術史の授業があり、男性ヌードの作品も鑑賞します。当然無修正で見る物を見るのです。
高等部生徒会長が、弟から「プレイボーイ」を巻き上げて回覧するくらいですから、ほんと、開放的な学校でした。
関係ありませんけど、学園祭ともなると、演劇部は「毛皮のマリー」を上演して満員御礼、漫研は今で言うBL物を出品。図書室の貸出トップは発禁書。高等部生徒会長で剣道部主将のXXXは、バレンタインがくると断りきれず、嫌がっていました。でも、演劇部員が熱く抱擁してキスしてたり、先輩に告白があったり。帰国子女も在日もみんな普通に生徒でした。
30年も前なのに。思い返すと、いい学校だったなあー。

●秋さん。

けっこう、サバけた面白い先生がいらっしゃったんですね。

昔は性を「大っぴらに」語ることが出来た時代もあったようで、
神社等に、男性器をかたどった祠があったり
お祭りで男性器と女性器の結合を表す儀式があったりと、
「生命の誕生」をもたらすものとして、可視化して親しんでいたようです。
そのころの猥雑さとか、開放度は素晴らしいと思う。それこそ「文化」。
「人間とは何か」について、逃げずに受け入れている社会のあり方だと思う。

変に「隠す」ようにするから、逆に「不潔」なイメージが付いてしまうんですよね。
まあ、「隠す」ことによって発生する「エロティシズム」もありますが(笑)
「不潔なもの」として隠すのは、はっきり行ってやり過ぎだし「偽善」ですよね。
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