フツーに生きてるGAYの日常

やわらかくありたいなぁ。

2017-08
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akaboshiコラム006●ファンタジーからの卒業

 10月2日に放送された、『ハートをつなごう・LGBT第2夜』。だいぶ遅くなってしまったのだが録画を見た。

 まず思ったのは、「そうかNHK教育テレビは基本的に『ハートをつなぐ方向性』で番組を作るチャンネルなんだろうなぁということ。

 29分30秒の番組録画を見終わって、残り30秒のところに入っていた別番組『めざせ!会社の星・職場もご機嫌!ホメヂカラ』の放送予告を見て、その思いを強くした。たぶんその番組は社会人版の『ハートをつなごう』なのだろう。「違う者同士いろいろあるけど、とにかく仲良くやっていきましょうよ」という方向に、視聴者の思考を着地させる番組なのだろう。まるで道徳の授業のような短絡的なウザったさ。

 そもそも僕は、人は皆が必ず「ハートをつながなくっちゃならない」とは思わない。実際問題、嫌な奴は嫌な奴だし、わかり合えない奴とはわかり合えない。LGBT同士であろうが無かろうが、手が結び合えない人間関係というものはある。そうした「自分の意志のままならない、どうしようもない状態」に、必ず直面するのが現実というものだ。

 そこを理想論で「つながなきゃ」と強引に押し通そうとするのは、互いにとって不幸以外の何物でもない。「コイツとわかり合おうとしても徒労に終わるだけだな」と判断したら、さっさと手を引き、別の人と過ごす時間を大事にした方がいい。人生の時間は限られている。

 今はこんな風に「リアリスト」になった僕だけど、振り返ってみると10代とか20代の前半の頃までは、正反対の性格だった。「周囲の視線」にやたら敏感で、他人の評価を最優先に考えてしまいがちで、人前では当たり障りのない「優等生キャラ」を演じることで本来の自分からは逃げていた。

 ある先輩から真顔で「お前には座標軸がない。」と言われたことがある。言われた当時は真意がわからなかったのだが、今ではよくわかる。

 その後、大きな挫折をして糸の切れた凧のようになった時期があり、経済的にも精神的にも自立できていない自分に原因があるのだろうと思い立ち、家を出て不安定な生活の中にわざわざ飛び込んだ。「その日暮らし」で明日の食費すらままならないような日々を、あえて自分で選択して過ごした。そこで初めて気が付いた。己がいかに恵まれた環境の中でぬくぬくと甘やかされて育って来たのかと。

 テレビも見れないしネットも繋げない、銭湯通いの「貧しい日々」は、しかしけっして辛いわけではなかった。なにしろ心が自由だったし、生活をすべてゼロから組み立てる経験を通して強くなっていく自分に気が付いた。やがて、「これから自分がやって行きたいこと」が日常の中から自然と湧きあがって見えて来た。それは探してもいないのに勝手に見つかった。

 『ハートをつなごう』の9月2日放送分に登場した若者たちの多くは、まだ人生が「ファンタジー」の渦中にあるのではないかと感じた。でもそれでいいのだ。「若さ」ってのはきっと、そういうもんなのだから。理論的には整理されているけれど、どこかで聞いたことのあるような、ありきたりで抽象的な現実解釈が口を衝いて出てくる彼ら。まだ世界を「言葉上の問題」で頭でっかちになって「想像」しているように見える。高校生の「レロさん」の取材VTRと出演場面から、特にそのことが象徴的に感じられた。

 「両思いってどんななんだろうと思いますよね。両思いになって付き合うってことがわからないし。わからないっていうか、もちろんやりたいんですけど。ファンタジーでしかない。今の自分にとっては。」

 いわゆる「ノンケ」(異性愛者)への片思いが続いてきたというレロさんは、日英LGBTユースエクスチェンジで来日したイギリスの同年代の若者に、「どうしたら両思いという関係が築けるのか」を相談する。すると「とにかく出来るだけ多くのLGBTの人たちに会うことよ。」というアドバイスが返ってきた。

 スタジオ収録場面で尾辻かな子さんがレロさんに、「あの恋愛アドバイスは役に立った?」と聞く場面があったのだが、「いや。あれは強引です。」と応えたレロさんは、その返答にちっとも納得できていないようだった。そりゃそうだろう。ただ、そんな風に「ファンタジー」から早く脱却したいという「焦りそのもの」を臆面もなく見せてしまえるレロさんという開放的な人柄に、とても親近感を覚えた。

 「差別をされたと感じた時の思い」とか、「ノンケ社会の無理解」とか。スタジオ収録場面で他のメンバーから語られたような「理不尽だと感じる思い」を言葉に出して訴えることは、もちろん大切なことではある。しかし一方で「ちょっと過剰すぎないか?」と感じられる発言もあった。

 僕は思う。セクシュアルマイノリティは結局のところ、人口の数%しかいない少数派なのだから誤解されたり偏見を持たれがちなのは「ある程度は付き物」なのだと覚悟を決める柔軟性を持つことも、時には必要なのではなかろうか。いちいち細かいことにまで毎回のように突っかかっていたら、自分が消耗するばかり。そんなにまでして意固地になって皆と無理やりハートをつながなくってもいいではないか。

 大切な人とさえつながっていられれば、人は生きて行ける。そう感じられるようになったとき、「ファンタジー」から卒業できるのだろう。ただ、それまでは存分に「ファンタジーの住人」であることを楽しんで模索したり挫折したりすればいい。それが若さの特権でもあるのだから。

 今回の取材VTRでのレロさんは、自分のセクシュアル・アイデンティティなんてどうでもいい、「大切だ」と思える人と出会い、「両思い」になってみたいという、自らの欲求に忠実な姿をカメラに晒した。

 制作者たちもその部分を「面白い」と感じて撮影した。結果、「若さ」というものの持つ特色や魅力を見事に掬い上げることに繋がった。そこに表現としての「普遍性」があった。

 LGBTだのノンケだの、そういう次元はもはや、大した問題ではなかった。そこにはただ、「ファンタジー」と「現実」の狭間に居る自分を持て余しつつ実は同時に楽しんでいる、一人の典型的な「若者」の矛盾した心情の面白さが描き出されていた。

 ハートは誰とでもつながなきゃならないものではないからこそ、「誰とつなげるのか」を探し求め、矛盾に満ちた現実の中で、人はもがき苦しむのだろう。その姿を提示されることでこそ、番組の映像表現と視聴者のハートはつながれる。FC2 同性愛Blog Ranking
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コメント

この記事へのコメント

どうして最後だけ野菜?(笑)

おひさしぶりです。

>ある先輩から真顔で「お前には座標軸がない。」と言われた
これはすごい!! セリフの内容もですが、これを面と向かって言えることがすごいです。

>若者たちの多くは、まだ人生が「ファンタジー」の渦中にあるのではないか
うわあ、これ身につまされる…(笑)
社会人としての生活など、世の中の大半を「実体験」として知らないので、「世界=ファンタジー(想像・仮想のなかのもの)」になってしまっている面が大きいのかな、と。
セクシャリティやジェンダーの問題ではなく、「若者」と「大人」の問題の一端のような気がします。
「大人」を全面に押し出した番組もどんどん表に出てくるようになるといいですね。

akaboshiさんへ

akaboshiさん こんばんは

「つながりたくないから、つながらない」というのも、相手をそこまで理解したうえでのことなら、実質つながったのと同じような気がします。つながらないために、無駄なエネルギーも必要になるし、それはそれで疲れます。

なので、「つながりたいから、つながる」というのは、ほんとに幸せなことだと思います。

自分の立ち位置は明確にする必要がありますが、つながりたい理由をそこに求めるのは苦しいなあ。訳もなくつながりたがるのは、人間の本能ではないでしょうか。

私は、馬鹿でもいい、あえて矛盾を認めたいと思います。

こんにちは!
“ハートをつなぐ”とはどのような状態の事を指しているのでしょうか?
抽象的な言葉で、深く意味を考えたことはなかったのですが、akaboshiさんのコラムを読んでいてこの言葉の意味が理解できないため、コラムの内容もしっかり理解できないでいます。
可能であれば、教えていただけますか?

●かがみさん。

「お前には座標軸がない。」は、演劇をやっていた先輩が言ってくれた言葉です。
今でもその時の表情だとか、状況だとかを鮮明に憶えてます。
あれ以来、僕の頭の中で最も「フラッシュバック」された回数の多い記憶かも(笑)。

「若者」の典型的な姿を描き出したという意味では、「LGBTシリーズ」の制作者は戦略的に成功できていたと思います。「大人の視点」というのがしっかりと感じられる番組だった。

セクシュアル・マイノリティの問題の「ダークな部分」は、若者だけではなく世代が上に行くにしたがってより「生活の問題」として深刻になっている面もあるので、ぜひ今後はそうした問題を取り上げてほしいと思っていますが・・・そうすると「顔出し不可」の問題も出てきて難しいんだろうなぁ。でも今回のレロさんの取材VTRは、彼女が顔出ししていないということを忘れさせるほど、彼女のパーソナリティをよく捉えられていたと思うから、別に「顔出し」が出来る、出来ないの問題でもないような気もするけど。

●nobaraさん。

僕は今、世の中に流布している「空気読めよ」という風潮とか、言いたいことがあってもぶつけられずに溜め込んで、悲惨な形で暴発してしまうことが事件としても多発している状況は、「誰とでも仲良くならなきゃいけない」という道徳的な強迫観念を幼いころから植えつけられてしまったことにも原因があるような気がします。

他人のことを「嫌な奴」だと感じた後、理性が「そんなことは思ってはいけない」と自分を縛るわけですが・・・。その「縛り」から解放されるだけでもずいぶんと生きるのが楽になるなぁと、個人的な体験からは思うのです。

●名無しさん

言葉って使われる文脈によっていくらでも意味が変容するものだと思うので、上記の文に出てくる「ハートをつなぐ」にも、それぞれに意味が違っていたりするので混乱して当然だと思います。そこを読者の想像力が穴埋めするのも、楽しみなのでは?(←放任。笑)

特に文末に書いた「その姿を提示されることでこそ、番組の映像表現と視聴者のハートはつながれる」の箇所は、そのことに自覚的にあえて「ハートをつなぐ」という言葉を僕なりの解釈で置いてみたところなので、他の箇所とは意味が違っていると思います。

Re:●nobaraさん。

>他人のことを「嫌な奴」だと感じた後、理性が「そんなことは思ってはいけない」と自分を縛る・・

ありえないほど、いい子だったんですね。
私のことを「嫌な奴」だと思われても一向にかまいませんので、安心してください。

●nobaraさん。

「ありえないほど、いい子」
っていうか、「ありえないほど、いい子のふりをする子」だったような気がします。
心は付いていってなかったような気がしますからね、「表の顔の自分」に。

でも結構、そういう風にモラリスト的な思考癖だとか表現癖を持っている人って、
居ると思いますよ。若者に限らず大人の中にも。

●nobaraさん。

なるほど、職業意識なんですね。
深いお話をきかせてもらえて、ありがとうございます。
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