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フツーに生きてるGAYの日常

やわらかくありたいなぁ。

2024-04
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ごめんね

恋人がいたのかも
幼い子どもがいたのかも
病気の老親がいたのかも

読書が好きだったのかも
冗談が好きだったのかも
たくさんの夢を持っていたのかも

そんなあなたたちが味わった
不条理な死に様を
ごめんね
60年も
放っといてしまったんだね

これからはもう
これまでみたいにあなたたちを
美化しないように
神格化しないように
そして
否定もしないように気をつけるから

今まで本当に
ごめんね


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☆画像は、本日(2005年9月19日)付の東京新聞12版1面です。
☆東京新聞Web「 旧日本兵か遺骨60体 ニューギニア島 」

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コメント

この記事へのコメント

このニュース、今の時点のネットでは東京新聞でしか読めないようですね。これは酷い話です。彼らの思ったであろう"何のために行って戦ったか”というのを考えて結局この姿で発見された、というのは・・・
それこそどうしてこうなってしまったか、というの、責任を持って検証して欲しいものです。

わたしのおじいちゃんもフィリピンで亡くなりましたが、遺骨はもちろん見つかってません。60年という歳月は、そんな事がなかったかのように徐々に薄れていって、だけどおじいちゃんの死ぬとき、家族の事を考えながら死んでいったと信じたいし、もう一度幼い父を胸に抱きたかったと思う。そんな愛する人に会えずに死ななくてはならない人が本当に沢山いた事実を忘れてはいけないと思う。自責の念も込めてですが。おじいちゃんの血を分けてもらい、ここで今生活できる事を感謝したいです。

これは、見つかっただけの事で、私が好きなパラオの海,サイパンの海、グアムの海の中にもたくさんの骨が眠っています。それを引き上げると成ると、観光客の減少も予想され、また、困難と言う理由でそのままに成っています。ニューギニアで怪我をして現地の人にかくまわれ、助けられた水木しげる氏は、「戦争はお腹がすくよ~~!」と映画「うぶめの夏」で言っていますが、食べ物と水の無い中で戦死ではなく、単に餓死した事が一番可哀想でなりません。当時の軍人の責任者の家では、一般の国民が食べ物に困っていても、白いご飯の困る事がなかったのですから、この矛盾を考えると、差別や権力がまかり通った戦争は本当に無意味だったし、軍の力の誇示にしか思えないのです。

こんにちは。初めてコメントさせていただきます。
今回、僕の記事にトラックバックしていただいた「読んだもん勝ちBLOG」さんのBlogを通じて知りました。
他の記事も数本読ませていただきましたが、僕が日頃から感じている事も書かれていて、嬉しい気持ちになりました。
先の大戦については様々なところで、多種多様の意見や見解がありますが、もっと人類の奥底に流れている物を見つめるべきではないのか、と感じています。

せめて、発見された方の遺骨だけでも、手厚く葬ってあげて欲しいものです。戦没者の遺骨がみつからない遺族は、かなり多いと思います。詳しくは知りませんが、ほとんどの遺族がそうなのではと思います。だから発見されたのが日本兵の遺骨なのだとすれば、多くの遺族にとっての遺骨でもあると考えます。
戦後60年経て、発見されたのは、今の日本人への慟哭なのでは。

● flowfreeさん。
このニュースは東京新聞の社会部記者・加古陽治さんが独自取材したものらしいです。
大きな話題がない日に、タイミングを見計らってこうした話題を一面トップに持ってくるのが
東京新聞らしいところだと思います。
いわゆる全国紙とは違いますが、発行部数が少ない分
けっこう気骨のある記事を毎日載せているので、
今、新聞として見ていていちばん面白いのは東京新聞だと思いますよ。

●rioさん。
おじいさんのことを思うとき、胸がいたみますね。
rioさんのお父さんが幼い時だったのですか。
きっと、かわいい息子の姿を思い浮かべながら
遠い地で行軍したのだと思いますよ。
こうした人たちと我々は、密接につながり合っているんですよね。

●seaさん。
水木しげるさんの妖怪漫画には、従軍体験が色濃く感じられますね。
戦争ものや軍隊ものも数多く書かれていますし、
あの独特の粘り気のある描き方は、
密林の中で見た光景が影響しているのでしょうね。

●chankin1さん。
はじめまして。訪問ありがとうございます。
おっしゃるとおり、人類の奥底に流れている物を見つめることさえできれば
人間ってけっこう、みんな同じようなことを感じて生きているんですよね。
ところがイデオロギーやナショナリズムの「色眼鏡」をかけてしまうと
相手の違うところにばかり目が行くから「敵」を作ってしまう。
もう、そうした徒労によって、不幸な歴史を繰り返すことだけはしたくないですね。

● cafenoirさん。
しかし、放置しておくにしても60年というのはあまりにも長すぎますよね。
国に対して調査を働きかけた遺族もいるのでしょうが、
なかなか本腰を入れて動かなかった。
アジアの国々への戦後補償どころか、
自国民の消息確認すらままならないまま60年も放置してしまえるような
いい加減な国に、我々は住んでいるのですね。

遺骨収集は今年が最後の予定でした。
この記事によって少しは延びるのでしょうか。でも、戦後60年、今後とも困難を極めるでしょうね。ガセネタも多いそうです。

●のびぃ太さん。
遺骨収集、終わる予定だったのですか。
だとしたらこの記事は、東京新聞の記者なりの、社会への問題提起だったのですね。
新聞でよく「客観報道」という言葉がありますが、
文章を書いているのはあくまでも個人ですので
「客観的」だとか「公正中立」だなんてあり得ないと僕は思っています。
そんな、あり得ないことをあたかも「あること」のように読者が錯覚しているせいで
ジャーナリズムは息苦しくなってしまい、機能不全に陥っているのだと思います。
だから、このような記者個人の主体性を尊重する編集方針を保っている点で
東京新聞はジャーナリズムとして死んではいないのだと感じます。
今年は「戦後60年」ということで、例年以上に8月15日を中心に
様々な議論が展開され、本もたくさん出版されましたが
これを「区切り」と考えて終息や忘却につながってしまうとしたら
それは違うのではないかと思うことがあります。
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