FC2ブログ

フツーに生きてるGAYの日常

やわらかくありたいなぁ。

2019-10
« 12345678910111213141516171819202122232425262728293031 »

亀井文夫「支那事変後方記録 上海」●MOVIEレビュー

戦争を「茶化す」

映像というものは言葉ではない。

言葉以上に多くのものを観客に喚起させ、想像力を刺激する。

この映画は戦意高揚の目的で企画されたはずなのに、カメラマンと編集者の巧妙な知恵により、結果的に戦争を冷静に批判することに成功した稀有な作品である。しかも予想を上回る大ヒット。
かつての日本にはこういう気骨のある映画人がいたということを、ちゃんと確認しておきたい。

1937年、中国で第二次上海事変が勃発。
それから1945年の終戦まで、日本と中国との大規模な戦闘状態が続くことになった。
この映画は事変の翌年1938年にカメラマンの三木茂が現地へ赴き撮影。編集は当時30歳の亀井文夫。
翌年には有名な「戦ふ兵隊」(1939年)という厭戦気分をさらに増した傑作を作るのだが、今度は検閲に引っかかり治安維持法で逮捕・投獄されてしまう。映画人で当時投獄されたのは彼しかいない。沈黙するか、戦意高揚映画を作るかしか選択肢のない時代に、彼は作りたいものを作り続ける姿勢を貫いたと言えるだろう。
そんな彼ならではの豊かな諧謔精神に満ちた映画である。

戦時下に、当たり前の視点を保ち続けた勇気

なにが豊かなのかといえば、世界観が豊かなのである。単純ではないのである。
おそらく彼は、なにものに対しても距離が保てる性格の持ち主だったのだろう。言い換えれば、周りがどんなに熱狂しても常に「冷静で普通な視点」を保ち、物事を斜めから見つめることのできる人だったのだろうと思う。あの時代において、その視点を維持しながら映画を創り続けることは自殺行為に等しい。しかし彼は実行していた。なぜ、それが出来たのだろう。

検閲を切り抜けた知恵

当時、映画はすべて「映画法」によって検閲を受け、大日本帝国の国策に合わないものや批判的な表現が含まれているとみなされた場合は上映が不可能だった。

しかし、その検閲には抜け道があった。
検閲官は主に「言葉」によって検閲する。シナリオに書かれたト書きや、登場人物が話す「言葉」。字幕やナレーションで提示される「言葉」をもってしか、彼らは検閲できない。そのことを鋭敏に察知していた亀井文夫は、ナレーションや登場人物の話す言葉には「戦意高揚」的な文言を使うけれども、同時に映像表現でそれを裏切ってみせたのだ。

頭が悪く、物事を単純に文字通りにしか受け取れない検閲官は、そのことに気が付かない。
結果、この映画は見事に検閲を通過し上映され、大ヒットを記録することが出来たのである。
むろん当時の観客のうちどれだけの人が、この映画の諧謔精神を読み取っていたのかはわからない。多くの人が、映される実写フィルムの中に家族や知人が映っている事を願い、切実な思いを抱えて映画館に足を運んだという。
そりゃそうだ。今と違ってテレビはないし、新聞やラジオは勇ましい大局的な「戦勝」ばかりを知らせ続ける。「肉親の消息」という、フツーの人々がいちばん知りたい情報を知らせてくれるメディアは無かったのである。

だから当時は、劇映画と併映されるニュース映画やこうした「文化映画」(当時の呼称)が実用的な意味で支持された。しかも、ただ勇ましく戦果を喧伝するだけの凡庸な「文化映画」とは一線を画したこの映画の登場が大反響を巻き起こしたという事実は、とても健全な出来事であったと思う。

映像は言葉を裏切る

カメラマンの三木茂は、戦争の最前線ではなく、すでに戦い終わった部隊が駐留し続けている「後方」に取材をした。結果として、激しい戦闘によって破壊し尽くされた町の瓦礫を多く撮影することになる。彼としても意識的に、現地のありのままをフィルムに収めたのであろう。

兵士たちもたくさん登場するが、すでに戦闘の緊張感からは解放されているので全然勇ましく感じられない。軍服姿で椅子に座り「いやぁ~、あの時の戦闘は勇ましかったなぁ~」などと語ってはいるのだが、まるでそのへんのおっちゃんが世間話をしているかのような雰囲気(笑)。

画面から感じられることは、現地のゆったりと流れる時間と、彼らのリラックスした日常。語っている内容など、どうでもいいのである。「映像」として、言葉よりももっと深く豊かな、彼らのそのままの人間性を映しとることに成功している秀逸な場面である。

NGカットの人間らしさ

日本人女性が、死亡した兵士の手記を朗読する場面も出てくる。
彼女は勇ましい言葉を朗々と読み上げているのだが、ここでも見事に映像が言葉を裏切っている。彼女の読んでいる言葉の内容よりも、その読み方のぎこちなや、緊張で上ずった声の震え、カメラを前にした恥じらいの仕草、文字を読み間違って言い淀んだ照れた様子など・・・些細などうでも良いことの方が魅力的なので、どうしても観客としてはそちらに目が奪われてしまうのだ。

普通だったらNGカットとして捨ててしまうだろうそうした場面を、亀井文夫は編集であえて残している。彼のその戦略が見事に功を奏し、この映画は戦意高揚映画の体裁を整えながらも、それを裏切ってしまう豊かな表現を獲得したのだ。・・・いやはや、恐れ入った。

日本語で「唄わされている」子どもの複雑な表情

映画は終盤になって、現地の中国の人たちを映し出す。彼らは日本軍の兵士に素直に従っているかの様子で画面に登場する。
子どもたちが日本語で日本の童謡を歌っている場面があった。半数の子はカメラ目線で唄っているのだが、どうも画面の下半分で座っている子どもたちの視線が、カメラの下を泳いでいる。いわゆる「カンぺ」(文字の書かれたカンニングペーパー)を見ながら唄っているのだろう。
すぐに画面を切り替えてしまえば気が付かないのだが、この場面は妙に長く使用されているものだから、「カンペ」とカメラの両方にチラチラと視線を移動させている子どもたちの不安げな心情までが、観客には読み取れてしまうのだ。子どもの表情というものは正直である。

ラストの犬に込められた攻撃性

ラストカットでドキッとした。
彼がものすごい皮肉を込めたのではないかと感じられたからだ。

立っている軍人の足の部分と、鎖につながれ足下に寄り添う犬。
ほんの数秒しかないこのカットから、僕は亀井文夫が込めたメッセージを読み取った。
なぜならその犬は、従順に主人に従っているのかと思いきや、不敵な様子で急にプイッとそっぽを向いてしまうのだ。その途端に「終」の文字が現れ、映画はあっけなく終わって行く。

しかもその直前のカットまでは、いわゆる「意味のあるカット」の連続だったのに、いきなりこうした「何の変哲も無いイメージショット」が出てくるので、よけいに観客としては不意を突かれる。印象深く感じられるように巧妙に計算された上で、ラストに配置されているとしか思えない。

したたかな映画人魂

通常、映画のファースト・カットとラスト・カットというものは、映画全体を象徴してしまう位に大切な意味合いを持っているものである。ソビエト留学で映画のモンタージュを学んだ亀井文夫がそのことに無自覚であるわけがない。
ここから先は僕の勝手な「推理」。
彼は、このカットの軍人には「日本軍」を。足下の犬には「中国の民衆」を象徴させたかったのではなかろうか。
鎖につながれ、一見従順に主人に従っているようでいながらも、したたかさなたくましさを感じさせる犬のイメージ。彼が感じた中国の民衆の姿がそこに投影されているように思われてならなかった。
最後の最後でまた、亀井文夫のしたたかさに恐れ入ったのである。

「支那事変後方記録 上海」
1938年、東宝文化映画部、77分
監督:亀井文夫
撮影:三木茂
下北沢TOLLYWOODでの上映予定
「日本短編映画のたどった道 ショートフィルムの60年」
9/19(月)16:30・9/24(土)16:30
9/26(月)15:00・9/29(木)20:00
10/8(土)16:30・10/10(月)15:00
10/13(木)20:00

→DVDが発売されています。

FC2 同性愛Blog Ranking
スポンサーサイト



コメント

この記事へのコメント

akaboshiさんのお話からは、全体的に静かな感じを受けます。
今年は見る物が増えました。<仁義なき戦い>を全部見終わったら、観てみます。

●seaさん。
ぜひ、見てみてください。
亀井文夫さんの戦時中の制作作品は、
世界に誇れる「日本の宝」だと思います。

MYPのG2です。この映画、昨年、新文芸坐で観ました。世界情勢と重なって、胸に響くものがありました。確か最後の方で、孤児達の面倒を見ている神父さんが、「日本の援助に感謝している」という場面があるんっですよね。あそこが、今の政府が声高に言っている「国際貢献」を想起させて、すごく今日的でした。

●MYPのG2さん。
あの神父さんの場面は、国策映画だから入れなければならなかったのでしょうが
なんだか、現地ののんびりとしたムードが伝わってきたし、
「とりあえずカメラの前だから言ってます」という
彼の微妙な表情が観客にわかるように、うまく編集してあったなぁと思います。
この映画、全編を通して「国策映画をとりあえず作ってます」という雰囲気が漂っていて
いい意味で肩の力が抜けているから表現が豊かなんだと感じました。
真面目に、目が血走っている無駄のない戦意高揚映画ばかりの中で
とっても浮いていたのではないでしょうか(笑)。
これみよがしにメディアに撮影させる国際貢献って
パフォーマンスの香りが漂いますよね。

こんにちは。
コメント遅れて、ごめんなさい。あえて戦略的に言葉を裏切るように撮った。なるほど。でも、他にもあまたいたはずの骨のある日本映画人がそれをできなかった。ドキュメンタリーだから出来たののかもしれませんね。それを責めるのは酷だとは思いますけど、不思議な気はしますね。

●kenさん。
人は生まれた時代の空気の中で呼吸しています。
当時の表現者たちは、僕らの想像以上に息苦しい中を
生きなければならなかったのでは。
その後、亀井文夫氏が逮捕・投獄されたという事実が
すべてを物語っていると思います。

今ごろ何ですが亀井文夫について

亀井文夫の「上海」は、もう何度見たでしょうか。赤星さんがこんな記事を書いていらっしゃるのを今頃発見して、喜んでいます。
コメントを投稿する
管理者にだけ表示を許可する

トラックバック

この記事のトラックバックURL

⇒ http://akaboshi07.blog44.fc2.com/tb.php/136-c8732239

この記事へのトラックバック

戦ふ兵隊

終戦記念日。 亀井文夫監督の代表作を。 筋金入りの左翼の映画作家と思い込んでいたので、少なからず面食らった。両作とも素朴なヒューマニズムを基調にした記録映画で、肩肘張ったイデオロギー色は希薄だった。 【 戦ふ兵隊 】 監督:亀井文夫 (1939年) 撮影:三木茂、

HOME |

無料ホームページ ブログ(blog)