フツーに生きてるGAYの日常

やわらかくありたいなぁ。

2017-06
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東京国際レズビアン&ゲイ映画祭13●「シェルター/shelter」監督TALK~新しい「家族」の形



 第17回東京国際レズビアン&ゲイ映画祭の最終日、7月21日(月)の『シェルター』上映後には、監督によるトークショーがありました。

 この映画は、海辺の町に住む「絵の才能」のある若い男性が主人公。年上のゲイに恋をして、互いに惹かれ合うのだけれど主人公はなかなか、自分の気持ちに素直になれません。年上のゲイから、一緒に都会に出て「絵」の勉強を深めるようにと薦められても、家族の事情を理由に断念しようとします。年上のゲイは、そんな主人公の気持ちをゆっくりと溶かして行きます。

 そして結末では、主人公が姉の子ども(少年)を引き取り、年上のゲイと都会に出て暮らす道を選択することになります。トークでは、監督が「ゲイのカップルが子どもを育てる」という結末を描き出したことについての質問が複数、寄せられました。

01●「ゲイのカップルが子どもを育てる」結末にした理由
  

02●「ゲイの子育て」は、アメリカではよく見られることなの?
  

03●ゲイの2人の出会いの場を「野外」に設定したかった
  

04●よくあるゲイ映画のようにSEXシーンが激しくなかったのは、俳優がノンケだったから?
  

05●姉とも「皆で暮らす」というハッピーエンドでも良かったのでは?  
   

 主人公が「ゲイ」であることを特別視するのではなく、当たり前の人間として普遍的な感情を描き出す。そのことが自然に達成されている映画でした。見ているうちに、うっかり忘れてしまったりするんですよ。主人公たちが「同性同士」なんだということを。

 こんな気分で映画を観れる瞬間がたくさんあることが、東京国際レズビアン&ゲイ映画祭の醍醐味の一つでしょう。それが、なんと恵まれたことだったのかは、映画祭が終わって日常に戻ってみてから実感します。たとえば、日常で目にするテレビ映像は、ほぼ「ノンケの視聴者」向けに作られていますからねぇ・・・。(苦笑)FC2 同性愛Blog Ranking
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コメント

この記事へのコメント

Thanks !

いつも心温まる情報、ありがとうございます。
いい映画がどんどん出ているんですね。何らかの媒体で見たいものです。

日常世界のバイアスは、気づくほどに息苦しいですね。(地方ではお盆のこの時期は特に) ほっとできるパートナーや家族の必要性をひしひしと感じます。

akaboshiさんへ。

akaboshiさん、初めまして。
僕は、16才の男子高校生です(もう高校生かどうか怪しいですが。。)
数ヶ月前にこのブログを見つけて、今では寝る前にみるのが日課となっております。
今回はどうしてもakaboshiさんにお礼が言いたくてコメントしました。

僕は去年の春に高校に入学したのですが、どうしてもクラスになじむ事ができずその年の秋で完全に学校に行くことを止めてしまいました。(休学扱いですが、もう戻れないです)

学校に行かず、家にずっと居る間に考える事はたくさんありました。
これから自分はどうするのか、何ができるのか、何がやりたいのか。ずっと考えてました。
そうやって自分の事をずっと考える間に、自分が今まで「なんとなく」でうやむやにしてきた事、わかっていたけど目をそむけてた事実。
自分がゲイであることに直面しなければなりませんでした。(後、痔であること)

狭い部屋の中で考える事がたくさん増え、自分は何者なのか、それをただ探すためインターネットをつつく毎日でした。(後、痔の事)

そうやって似たサイトをいくつも見ているときにこのブログに出会いました。
同性愛に関するさまざまな記事、動画を観るたびに自分がゲイであることを受け入れた上で生きていかなければならない (生きていきたい!)と思うようになりました。
でも、まだ自分が心の奥底で同性愛をどう思ってるのかよくわからないんです、このコメントを書いてるときにも何回も筆(筆?)が止まり、「ゲイである」と他人に伝えた事でゲイだと認めた自分が少しイヤになった気持ちも正直あります。

「どうして男が好きなんだろう」「どうしてもっと楽に生きれないんだろう」と考えると涙が出そうになります。
自分がゲイなのはわかってます、学校に行かなくなって何度も何度も痛感しました。でも受け入れきれない。そして、誰にも絶対に言えない。。

環境が変われば考えも変わるのかもしれませんが、僕はカミングアウトなんて今は考えられないし、何より知られたくないです、どれだけ信頼してる友人がいたとしてもこれだけは絶対に話す事ができないです。知られるのがイヤなんです。

ごめんなさい、自分を考えるヒントを記事や動画でくれたことにお礼をいいたかったんですが(笑)、いつの間にか迷走してました。

将来(いや今が将来ですね)やりたい事は見つかりました。そしてどうなるかわからないけどやってみようと思ってます。

でも、自分の事はどんなに考えてもよくわかりません。相談できる相手もいないし、1人で考えるしかないから。。

(ごめんなさい、今気づいたけどお礼というのは完璧建て前でした、本当は気持ちを聞いてほしかったんです)

長々、まとまりもオチもない文章申し訳ありません!
これからもブログには来ます。

ありがとうございました!

(他人に自分がゲイだと伝えたのはakaboshiさんが初めてです)

●nobaraさん。

いい映画、たくさんあるのに東京の映画祭だけでしか見ることのできないものが、ものすごくあるという現状が非常に残念です。

新宿バルト9が250席、青山スパイラルホールが350席ですから、両会場ともに満席で上映されたとしても、600人の目にしか触れることがないわけですから・・・。出来るだけ多くの作品が、一般公開されて欲しいです。でも、映画祭はそのきっかけ作りの場にもなっているようで、興行関係者もチェックに訪れていることでしょう。実行委員会としても売り込んでいるでしょうし。今後の展開には注目ですね。

日常生活のバイアス。

そうそう、歳を重ねるほどに、家族と過ごす時などに実感します。カミングアウトしたらしたで、また違うバイアスが発生することは目に見えていますし。自分に無理が生じないようにすることを最優先に、僕には「僕に出来ること」をやって行こうと思ってます。

●ロキさん。

ロキさん。はじめまして。思いきってコメントを書いてくださって、どうもありがとうございます。

僕は、このブログをほとんど自分のために書いているのですが、同時に、ロキさんのような状況にある人に届いて、世の中を新たな視点から見つめ直すきっかけになったら嬉しいなぁとも思いながら書いていることは事実です。だから今回、気持ちを届けてくださったことが嬉しかったです。

ロキさんのコメントをきっかけに、僕が高校1年の時のことを久々に思い出してみました。

自分がゲイであるということは、小学生の時にした初恋が男子だったので、すでに気付いていたはずなのですが・・・当時の僕は「ゲイ」っていう言葉を知らなくて(爆)、そういう自分のことを言語化(意識化)していなかったんです。

目が行ってしまうのはやはり男子だったことは確かだけれど、自分の中だけの秘密にして、あまり気にしなかったし、たぶん、いずれ女の子を好きになる日が来るんだろうなぁと漠然と思いながら、あまり気に病まずに過ごしていました。

でも。

人と深く付き合うには、自分のことを深くまで「さらさなくては」仲良くなれませんよね。それがものすごく苦手でした。だって、自分で自分のことについて、あまり考えないようにしているわけだから、他人にさらすための「自分が無い」。・・・そういう意味での焦燥感は、あったような気がします。ある一定のレベル以上は、人と仲良くなれなかったんです。

そんな現実を前にして、僕は常に「何かに没頭する」ことで気持ちを紛らせていました。吹奏楽部や演劇部、放送委員会、生徒会など、学校生活ではわりと「人前に出るのが好き」ではあったのですが、中身は薄っぺら(爆)。家に帰ると「軽い引き篭もり状態」で、高校の頃には家族ともあまり会話しなかったですし。歌謡曲とかヒットチャート分析が好きだったので、今で言う「オタク的な」趣味に没頭して気を紛らせてました。学校ではそういう面はなるべく出さないように振る舞いながら。

僕の高校生活を端的に言うと「自分から逃げていた」=「自分を隠していた」という感じです。

ロキさんは、時間が出来たことできっと、自分のことを見つめたんだと思います。それって貴重な経験だったかもしれないですね。(←本当ですよ。)そして、今はネット時代ですから情報にもアクセスしやすくて、自分のことを「ゲイ」なんだと言語化して意識した。

思春期にひたすら「自分から逃げていた」僕なので、ロキさんにアドバイスなんてする資格は無いのですが、ただ言えることは、「どうして男が好きなんだろう」という悩みを抱えることになった原因は、ロキさんにあるのではなく社会状況にあるので、そのことでは悩んで欲しくないということです。

これから確実に、そうした社会状況は変わり行くでしょう。歩みは遅いかもしれないですし、目に見える形での変化というのはすぐには訪れないかもしれませんが、かつて『薔薇族』に関わっていた先輩達の話を聞くと、今の状況は数十年前とは比べ物にならないほど、セクシュアル・マイノリティーにとって優しい社会に変わりつつあるようです。これからがきっと面白い。そう思います。

ことセクマイのことに限らずとも、16歳のロキさんが「やりたいこと」を見つけたということだけでも、すごく可能性に溢れてて羨ましいです。ぜひ失敗を恐れず、いろいろと挑戦してみてください。

「人がどう思うか」よりも「自分がどうしたいのか」で、物事を選択して行ってくださいね。それが基本にあれば、たとえ失敗や挫折感に苛まれることがあろうとも、後悔はしないと思いますよ。

カミングアウトについても、今の自分が「したくない」と思うのなら、する必要はないと思います。もし、そういう焦燥感に捉われているのだとしたら、あまり気にしないようにしてくださいね。

僕も正直、「したくない」ので、コミュニティーの場以外の日常生活では、よっぽど心を許した相手にしか自分から語ることはありません。本音を言えば、なんでわざわざ同性愛者は「カミングアウトしなくちゃ」同性愛者として周囲に認知されないのか。そのこと自体が不公平だと思っていますから。居るのが当たり前の存在なんだから、本来はそんな心理的なバイアスを感じさせられる状況自体が、おかしいと思っています。

でも、その状況を変えて行くためには「出来る状況にある人が、出来る範囲でして行く」ことは必要です。でも、そのことによって「出来る人」が優越感に浸ったり、「出来ない人」が劣等感に苛まれたりする状況が生まれるのは、おかしいと思っています。「出来る人」は、たまたまそういう環境に恵まれているだけです。「出来ない人」のことを責める資格も権利もありません。

また、「カミングアウト出来ないことは劣等だ」という誤解をされるメッセージを発しないようにと思いながら、僕はこのブログを書いています。

お久しぶりです

お久しぶりです。コメントにお返事ありがとうございました。

お返事を読んでてしばらく考えこんでたら一月近くたってました。(早いうちに返事するつもりだったのに…)

9月で学校の休学がきれまして本格的に進路をどうするのか決めないといけなくなったのですが、とりあえず高卒資格はとろうと決めました。通信でも定時でもとにかく高卒資格は取った方が良いと進路に関して相談した大人に言われましたので。(ネット上での交流だけでしたが凄く信頼のおける方です)

1年前から僕は家に引きこもってますが、気持ちをまわりの大人に話してみようとか、相談してみようとかそういうことはしてこなかったんです。まわりの大人といっても母親と担任くらいですし。

でもネットではいろんな人と交流できるので、仲良くなって「この人になら相談できるかも…」ということでようやく相談できて (それでも出会って相談するのに半年以上かかりました) 進路の事はなんとか一区切りつきそうです。

前回のコメントで「やりたい事が見つかった」って書いたんですがこの一月の間でいろいろあっていろいろ考えて正直よくわからなくなってきました。興味のある事はいろいろあるんですが、もう少しゆっくり考えてみようと思います。とりあえずは勉強しないといけないです。

自分の性的指向のことですが、一月前コメントしたときと比べるとだいぶ考えも落ち着いてきたと思います。(あ、いやどうだろ?) 前はなんか自分がゲイだって事に変に悲愴がありました。多分、ネットで同性愛者に対する差別や偏見を身近で感じた事で、自分はずっと差別されるんだとか勝手に考えて1人で落ち込んでたんだと思います。
自分をゲイだって意識する前は男を好きになる自分に疑問を抱かなかったんですけど、意識してからは妙に落ち込んでしまって。

でも、ゲイじゃなかったらこんなにまで自分の事を深く考えてなかっただろうし、それに僕は男性が好きなのは本当で、女性と付き合ってみたいとかは思わないのも本当だし。(仲良くなりたいとは思いますよ 笑)
ここに悲しんでたり自分に嘘ついててもなぁとも考えれるようになりました。
前回の僕のコメントは本当に思い切ったし、自分でも読むの恥ずかしいんですが (もう読まないでー!) でも本当にありがとうございます。akaboshiさんに話せるだけで本当に気持ちも楽になれました。 
本当に嬉しかったです。ありがとうございます。

寝ます(笑)

も、もう一つだけ(笑) 

あーもう何度もすみません、も、もう一つだけ(笑)(最初のほうが前回の書き込みとかぶってるかも…)

僕ですね、ホントひと月前までは自分を卑下してたと思うんです。
ひと月前の自分にとっては自分がゲイであるということが前向きに考えられなかったんです。
悲愴感があったんです、自分をゲイだと意識したとたんにゲイって認めるのが怖くなった。
でも今はそんなに (完全にとはいきませんが…) なくなったというか…。
バカらしくなったというか、落ち込んでる事が。
なんていうか、僕は本当に「ゲイ」ですから(笑) 16年しか生きてないし、女性経験もないけどもうわかってます知ってます。だって僕のことだもん。
少し受け入られるようになったきっかけはですね、ちょっと前に自分が引きこもるまでの事を思い出してみたんですけど、小さな頃からホント幼稚園のころから男の子好きだったんですよね。小学生のころも。小1のとき好きな6年生いましたよ 遠足のとき手がつなげて嬉しかった。いつもは出席番号の関係で一つ前の子とその六年生が手をつないでたんですよ。だけど遠足の日にその子が休みまして、一個ズレて僕が手をつなげるようになって!休んだ子は凄く仲良しの子だったんですけどもう考えてなかったです(笑)
ほんで中学校の頃に凄い好きな男子ができて、メールでプチ告白した記憶があります。(消したい 笑)野球部の子で凄いガッチリしてた子でした。ちょっと自分勝手な子でまわりから嫌われてたところもあったようなんですが僕は凄い好きでずっと一緒にいたくて、高校も一緒んとこ行こうかなと考えてたんですけど、それはダメだと思って止めました。それで卒業式の日にね (話、続きます) 彼が「卒業証書がない!」って大絶叫して、僕がホントに時間かけて探して、一緒に帰る約束してた友達の告白待ちの時間をフルに使って、(その友達は結局、勇気がなくて告白出来なかったみたいです) それでやっと見つけて、彼に「あったよー」って凄い苦労して探したけどそこらへんに落ちてたよー的なノリで渡したんですよ。そしたら彼が「ありがとう」って笑ってくれて。それだけで卒業式はもう良かったです。卒業式では他にももっと記憶に残りそうなイベントありそうなんですけど、僕はこれしか覚えてない(笑) 彼は、本当に好きでした。
高校はいったらクラスにカッコイイ男子がいて、3ヶ月くらいはその子に会いたくて教室行ってました。(しかし、さすがにそれだけで通えるわけもなくリタイアしましたが 笑)
それで今ですよ!今!この過去がある以上ノンケって言えないでしょう(笑)でも、このときは自分をゲイだと意識してなかったから思う存分好きになって満足してました。だから僕は同性を好きになって悩んだ経験は一度もないです。
多分、引きこもる前までは「同性を好きになる」ことしか見えてなかったんだと思います。しかも微妙に女子を精神的に好きになったりもするから自分をゲイとは認められなかったです。
だけど引きこもって自分を見つめるうちに「同性を好きになる自分=ゲイ」の図式がはっきりしてきて、自分は差別される人間なんだって勝手に悲愴感持って落ち込んだんだと思います。

でも、恋の歴史(?)を思い出してる最中は僕、凄く楽しかったんです。
そのとき気づいたんですけど僕にとって男子を好きなった思い出は無意識に「いい思い出」になってたんです。
恋してる時は凄い楽しかった、あの時の感情や思いを思い出してるうちになんか楽しくなってきて。これ、もしカミングアウトしたらその人には面白おかしく話せる自信がついたんですよ(笑)
はいっ!悲愴感消えた!
僕ね無理だと思ってました。ゲイ話を笑いながら話せる事は、それまでの僕は辛くて嫌でとてもヘラヘラ話せるようなことじゃないと思ってました。
でも、こんなに笑えた自分がいた。思い出しただけでこんなに楽しかった。
この気持ちはもう肯定するしかないなって思って(笑)
カミングアウトに関する殻もすこしは壊れた気がします。今までは絶対カミングアウトしないぞ!って殻に閉じこもってたんですけど、なんか今ではタイミング次第ではいつかこの人にできたら良いなって思えるようになれました。(とーぜん今は無理ですが!)
それとですね、もう僕ネット上では隠してないんですよ(笑)
自分からは言わないけど、「無理に隠す」っていう意識はなくしました。多分ねぇ、この書き込みみたら、分かる人には僕が誰か分かると思います。(住んでる地域もわかりますよね?)
ネット上でもいろいろあって僕はもう決めましたから。「ネット上では嘘をつかない」って。
家族へのカミングアウトは。。1人暮らしをする環境が整ったら (1人暮らしは絶対にすると思います) するかもしれません。ただ言うときは母親1人だけに伝えようと思います。
他の家族とは、そういう重くなりがちな話は避けたいんですよ。自分で言うのもなんなんですが母親含め家族には本当に大事にされてきたと思うから。。
家族とは本当に友達みたいな関係で、よくバカ話するんですよ。だからそういう重くなりがちな空気は持ち出したくなくて。
家族のなかでも母親はなんか特別なんです。僕にとって「完璧な異性」って事でかなり意識しているところがあって、正直親子なのに緊張してうまくしゃべれないんです(笑)でも、母親との関係はそれで良いと思います。大事な事は僕を一番大事にしてくれる母親にきちんと伝えるので。
でも正直、バカ話できない家族がもう1人いるんですよ。。(長くなりそう、次のコメントに続きます。オイ)

こんな長くなるとは

ごめんなさい、ちょっと付け加えるだけだったのに。(うそつけ!)

はい、母親のほかにバカ話できない家族は。。「祖父」なんですよ。
僕には父親がいなくて祖父が父親的な役割をしてくれてました。可愛がってくれたけど基本、厳しくて(笑)
小さい頃から怒られて頭叩かれたり、厳しいことを言われたり。正直、嫌いな時期が長かったです。高校行かなくなった時はそれはもうひどく殴られましたよ(笑)(耐性ついたのか痛くなかったけど)僕の母が祖父にキツめに怒ったらしくてそれからは僕を怒ったり、進路の事に口出しをしなくなりました。
今は基本口をきいてないです。まったく話さないわけではないし、僕も嫌いじゃなくなりました。
でもなんか、僕をどう思ってるのかよくわかんなくて(笑)
祖父に何度も「学校行け!」って言われても僕はそれに逆らったわけですから。初めて僕は自分の意志で逆らったかもしれません。
もうね何も言ってこないんですよ、あれだけうるさかったのに。一年も学校に行かず家にいて言いたいことはあると思うんですけど。多分、「好きにしろ」って思ってるのかな(笑)
「父親的」って言っても祖父ですから年はかなり離れてるし正直、僕は「厳しい、怖い」っていう父性しか受け取ってないような気がします (爆)
だからもし、僕の事知ったらどんな反応するのかがわからない(笑)怖いですよ正直。
でも、一生何も言わないのはなんかモヤモヤして嫌かも。こう思ってしまう以上、いつかカミングアウトする時がくるかも。。と1人暮らしも決まってないのに考えております(笑)

要は「自分がゲイであることが少し受け入れられるようになりました」って事で、一行ですむじゃん(笑)
のらりくらり家族の話もしやがって。
その場その場で思いつきで書いてしまったので、こんな長くなってしまったのかも。
でもこれで多分、終わりだと思います。
本当にありがとうございます。お礼したりないですよ。(笑
ただここまできて、書き残しがあったかも•••。と不安になってる僕です。

●ロキさん。

うわ~。

気が付いたらこんなにレスを書かずに日にちが経ってたんですね・・・たいへん失礼しました。ロキさんのコメント、ちゃんと読んでたんですよ。なんか、どんどん気持ちが「楽」な方向に向かっているようで、ホッとしてますが今はどうなんでしょうね?

今回のコメントを読んで思ったことを簡単に書くと・・・
「自分がゲイであること」は、「受け入れなきゃいけない」というプレッシャーを感じる必要のあるものではないということです。人の生き方に「正解」なんてありません。自分にとっての「正解」は、自然にいつの間にか見つかるものではないかと思うので、無理に探そうとしない方がいいのかもしれないですよ。ある日とつぜん降ってくるものかもしれないし。

なんに関してもそうですが、「~でなければならない」というプレッシャーを自分が感じていることに気付き、息苦しくなって辛いと感じたならば、「そうではない道もあるかもしれない」と、発想を柔軟にする癖を付けてください。どんな道を進もうとも、進んだ場所なりの景色が見え、そこに行ったからこそ出会える、予想外の人との出会いがあるはずです。

そして、その道に進んだことが「正解だったのかどうか」なんてことはきっと、人生を終える瞬間に「チラッと」脳裏をよぎるくらいに些細で、どうでもいいことなのかもしれませんよ。

レスが抽象的でごめんなさい。なんだかこんなことを書きたくなったので書いちゃいました。(ちょっと偉そうなのが不本意だけど。笑)
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