フツーに生きてるGAYの日常

やわらかくありたいなぁ。

2017-09
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少女に恋した少女の密やかな欲望 ~映画「水の中のつぼみ」公開開始

 なんか、映像がかなり美しそうで期待できそうな映画が、本日より渋谷で公開されます。タイトルは「水の中のつぼみ」。女の子同士の恋愛描写が出てくるようですよ。 今週発売の『ぴあ』には 「美しいほどに残酷な少女の欲望を描いた衝撃作」と書いてあります。

公式サイト

 ところで。最近は映画やドラマで「同性に惹かれる気持ち」を描く際、「そのことに対してちっとも悩まない」作品が少しずつ見受けられるようになって来ました。

 映画では、2006年に公開された台湾映画『僕の恋、彼の秘密』が、そういった意味で衝撃的でしたし、今年になってからも、なんとNHK教育テレビの中学生日記「恋する桜」(4月26日放送)では、弓道部の先輩と後輩の女の子同士が惹かれ合う気持ちを、丁寧に描き出していました。

 特筆すべきは、このドラマでも主人公は「恋愛感情そのもの」には悩むけれども、それが「同性に向いていること」自体には、まったく悩んでいないんですよ!。しかも、台詞が適度に抑制されていて、表情や仕草などの映像表現で丁寧に気持ちが表現されているんです。とても質の高い「映像作品」でした。観終わった後、「これって、NHK・・・だったんだよなぁ~」と、しばし呆然としたことを憶えています。NHKだから、「中学生日記」だからと言って侮る無かれ。未見の人、ぜひオススメですのでなんとしても入手して見てください!(笑)。

 この『水の中のつぼみ』は、そこらへんの描写は果たしてどうなんでしょう。なんとな~く、この映画の場合も「同性に惹かれること」をアブノーマルだと感じて悩む描写は、出てこないのではないかという気がします。なぜなら、主人公の「欲望」に焦点を絞った映画作りになっていそうだから。さて、果たしてどうなんでしょうね?FC2 同性愛Blog Ranking
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コメント

この記事へのコメント

恋する桜ってなんだか素敵

akaboshiさんのアンテナの感度の高さと幅の広さに驚きます。(タイの映画から中学生日記まで!)故ナンシー関(名コラムニスト)は何台もテレビを部屋に置き、それらを一日中流しながらあの風刺とユーモアと皮肉たっぷりの愛に満ち溢れたコラムを書いていたと以前どこかの記事で読みました。今回の記事を読んでakaboshiさんのブログの流儀知りたくなりました。

●misaeさん。

ぼ・・・僕は一日中テレビを流しているわけでもなければ、ナンシー関のように「物書き」で食っていこうとしているわけでもありません(爆)。

「中学生日記」は、本放送の後でmixi日記に書かれていたのを発見し、再放送を録画したので見ることが出来ました。

今の日本では、セクマイ(特に同性愛モノ)の情報は「チェックできてしまうくらい」に少ないです。いつか、チェックが追いつかなくなる日が来て欲しいです(笑)。

肯定の力って言うんですかね(笑)

私はそんなことで悩むような設定の作品が逆に苦手です。
私としてはそんなの全然共感できない悩みですし、何より共感するようになるのが怖いですね。
そんなことで悩むということは、それを自分が悪いものだと認識しているってことでしょうし。

同性を恋したことで悩むような人を理解できるようになるということは、「同性に恋することがおかしな理由」や「同性愛がダメな理由」という知る必要のない・知らなくて良いような「無駄知識」=「偏見」が自分の頭に入らなければありえないことだと思うんですよ。

自分らしく堂々と生きていけることが皆の理想なはずなのに、
そうやって生きていけてる人が実際いると、そのまま堂々と生きていけるように支えてやるどころか、
多くのクィア映画やメディアやさらには今のゲイコミュニティーでさえも、
あえて「同性を恋することがおかしな理由」や「そんなライフスタイルだと損をする理由」「ホモフォビアの存在」など、偏見やマイナス要素を植え付けて(強調して)ばかりで、「普通に」生きていけている人の「精神的な健康の<継続>」は考えてやれずに、むしろその人の自信を段々削らせている気がします。
マイナスな要素よりもプラス要素を優先的に成長させた方が近道だと思うんですよ。
せっかくのプラス思考を生かせてやれずにダメにさせることは、マイナス思考を放って置くより残酷なことだと思います。

無理解者を理解させるための・同情させるための試しが、結果としては根絶させるべきはずの偏見を偏見がなかった人にまで植えつけて、当事者の自信を削るはめになっているようなないようなw
「同性を愛することはおかしいことじゃない。このような偏見は相手をこんなに悲しくさせるんだ」ということを表現している作品を通して、悩んでいた人や理解のなかった人を「一度考えさせて」くれます。
ですが逆に、「同性を愛したら悩むもの」との展開を繰り広げる作品は、悩まずに普通にいられた当事者や同性愛を普通に見れた人をあえて「もう一度考えさせて」しまうことにもなりますw
私もそんな感じですね。

同性を愛したことで悩まない展開・・・?
そんなの普通w

というのがこれからは9割を支配して欲しいですw

そういうノリを無理矢理にでも押し付けると、意外とその流れに乗ってきてくれます。
複雑で悲劇的な悩み無しで、自然と「OK」で「オープン」な心の構えを作り上げてくれますからね。
そんなことで悩まないよ~「普通にOK」~という元気で楽しい雰囲気こそが次世代のゲイ達が見習うべき心の姿勢であり、
無理矢理にでも「普通にOK」で楽しい雰囲気を調整してやる方が、精神健康面でも断然良いんじゃないかと思うんですよw

被差別を主張することで、あれは差別されるようなものなんだな、との「無駄知識=偏見」が初めて植え込まれることがある。
・・・ということを誰かに聞かされたことがあるのですが、最初はその意味がわかりませんでした。
ですが、今では、少し、わかる気がします。

2580さんへ

あのラスト・フレンズの主人公のひとり瑠可は同性を愛した自分は受け入れていたけどその想いを愛するみちるに受け入れていてもらえるか悩んでいました。「ありのままの自分か゛受け入れてもらえない」と悩む主人公・・・。
その点、2580さんのご指摘の通りでした。ただ、このドラマこれまでとちょっと違うと私が思ったのはその瑠可のありのままを理解した(しようとする)タケルの存在です。
彼は「瑠可に対して男でも女でもかまわない、人間として瑠可を受け止める」と言います。
ここに私はおっ、このドラマ他のと違うねと思ったのです。
これ、肯定の目線ではないでしょうか。ちなみにこのドラマは瑠可は死なないし、みちるは瑠可の思いを否定せず家族としてシェア・ハウスで共に生きていく道を選択します。
ドラマはファンとして不満はあったのですが2580さんのご意見を読み、否定ではなく肯定の目線もあったと語りたくて・・・。

全然悲しくない人は寧ろ損をする

misaeさん、コメントどうもありがとうございます。
うーん、私は「ラストフレンズ」を見たことがありません(汗)
私が書いたことは、例えばクィアムービーですと、実際それで悩ませる設定や悲劇的な雰囲気の作品がほとんどでしょう。
暗い映画、バッドエンディングな映画、私は大好きなのですが、
ただ同性愛が関わる映画となると、今まで全体的にあまりに「暗すぎる」ものばかりだったと思います。
クイア映画は寧ろ「いい加減w明るくハッピーエンディングな作品を作りやがれ」と思ってます。正直見ていてイライラします。
いくらダークな雰囲気好きな私でも、やはり割合的には明るく元気な雰囲気の作品が多数を支配するべきだと思うんですよ。でなければ成長は止まってしまって生き残れません。

「でもどうしようもなく現実がこのように辛いものだらけだから」と否定をする方もいるのですが、
今の現実は、そんなに捨てたものじゃないと思います。
悪いことへの意識が無駄に強いだけで、自分が悪いことしか連想できないからであって、
ちゃんと視野を広げてみれば、今の時代ゲイだからこそ・同性を愛するからこそ、得られるものもありますし、場合によっては誰よりも楽しく多くの人から注目される人気者としての人生を暮らすことだってできちゃうんですからね。
そういう考え方ができるようにさせる、またはそういう考え方を維持させるために必要なものが、明るく元気な雰囲気を漫画・映画・ドラマなどで調整してやることだと思います。
例え現実が本当に悲劇的なものだらけであるとしても、だからこそ映画の中だけでもポジティブなマインドを調整してやる必要があるんじゃないかと思うんですよ。

個人的にはブロークバックマウンティンさえ、映画としては良い作品だったのですが、
見た後、「同性愛」というイメージが「明るく美しく楽しくて良いもの」から「悲しく惨めで哀れなもの」と変わってしまい、一時期テンション(笑)がぐっと下がっていた時があります。

イメージや雰囲気って大事だな~と思いました。
非当事者で非理解者を一度考えさせる、という面ではわざわざ悲しいことを多く暴き出して表現させた方がためになるのでしょうが。
当事者から見たら逆にテンション(笑)の下がる表現でしかありませんからね。

私は自分が自分であることの悲しみなんて知りたくもなかったんです。
その悲しみや辛さを他ならぬクィア映画を通して感じてしまったことに、違和感を覚えました。そんなもんで良いのか?と。
私はこの通り現実的になんともないのに、「架空の世界」が生み出したネガティブなイメージに染められて惨めな思いをしてしまうなんて。
実際、私のようにネガティブな考えが頭に入ってない人は、かなりの数います。
悲しくて辛い思いをしている人ばかり気にしてやるあまり、
そうでない健康だった人までその架空のイメージを被せられるはめになります。

Another gay movie.
真夜中のやじさんきたさん.
Adam & Steve.
Will&Grace.
ハッシュ!
Eating out 2.
Boy culture.
Killer Condom.

・・・の中でも上から順番に4つの作品は私の中では一番ベストで、これからもこういう雰囲気の映画をどんどん作って欲しいと思ってます。
悲しく辛い思いをする人に焦点を当ててしまうと、キリがないと思います。そういう人ばかり考えてやれない。それで損をする人だっていますからね。

最初にも書いた通り「ラストフレンズ」は・・・見たことがないので、わかりませんね(@@汗)

肯定の目線

2580さんへ
長文のレスありがとうございます。普段、私はこういったやりとりは(自分のブログ以外では)やりません。でも、2580さんのレスの中に共感できる意見があったのでふたたび語りたくなりました。私が今回のレスを読んでいてそうだ!と思ったこと。
それは私はこの通り現実的になんでもないのに「架空の世界」が生み出したネガティブなイメージに染められて惨めな思いをしてしまうなんての箇所。
これ、ストレートのわたしも以前から映画やドラマに出てくるゲイの人たちは(オネエキャラを除いて)暗く辛い目に合わされてばっかりなんだろうと疑問があったのですよ。
差別も偏見もある。それは分かる。でも、いつも、ずっと、みんながそうなのかな・・・。
身近にゲイがいない(あるいは見えていない)だけに聞けない疑問。それはここのブログを見てそうであるがそうではないという結論に辿り着けたのですけど。
物語の送り手と受け手のギャップが実はゲイ(セクシャル・マイノリティ)の人たちとストレートのコミュニケーションのずれを生み出す温床になってませんか。
だから、ラスト・フレンズで瑠可が死なず仲間達と家族としてシェア・ハウスで生きていくというラストはうれしかった。ストレートもセクシャル・マイノリティも共存する未来だったから・・・。違っているから辛く、苦しくて孤独じゃなく、違っていても私はあなたを受け入れるよ、だから・・・と描かれるこんな肯定の目線のある物語を見たいと私は思います。

●2580さん。misaeさん。

「差別」や「偏見」・・・気持ちの問題としては、感じるときもあれば感じないときもある、というのが実際のところではないでしょうか。

「自分の中にあった」からこそ、僕は自分が「ゲイである」と意識できるまでに、初恋から15年かかりました。

「ない」と感じる比率が増えたからこそ、コミュニティーの場でいろんな人に出会ってその比率が増えることに喜びを感じ、こうしてブログに書いています。

「ある」と感じるからこそ、まだ親にカミングアウト出来ません。

「ない」と感じたいからこそ、いつか親にカミングアウト出来るかも、という思いが常に頭から離れない自分がいます。

・・・こんな風に、常に気持ちはあっちへ行ったりこっちへ来たり。それが「気持ちの問題」としての、僕のリアリティーです。

★「法制度上の問題」としては、確実に差別は存在しています。「同性/両性愛者」はその存在すら、日本の法律では規定されていません。何かが起こったときに、「同性愛者」としてのライフスタイルを、法律は守ってくれないのです。同じように働き、同じ税金を払っているにも関わらず。

その不公平を改善するべく「差別がある」という「事実」を主張することは、まだまだ必要です。そのためには、法制度を司る人々の「偏見」を無くして行くことが必要なのです。

  ↓

「市井に生きる個人の気持ちの問題」と「法制度の問題」を、分けて整理して考える必要がある・・・ということに気付きました。ありがとうございます!

そっか~。だから難しいんだなぁ、日本の法整備(笑)。
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