フツーに生きてるGAYの日常

やわらかくありたいなぁ。

2017-09
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記憶について・・・1●洪水の記憶①

記憶。
それはとても不思議な現象だ。

自己というものを、時に無理やりにでも定義したくなるのが人間としての悲しい性(さが)。その際に、まず手がかりにするのは自分の中に蓄積された自分だけの記憶なのではなかろうか。

自分が自分であるという認識は、どうやら「記憶を想起する」という脳の働きがもたらしているようである。しかし実は、記憶ほど曖昧で頼りないものもない。
・・・ということは自己という認識も実は曖昧模糊なものなのか?
ここでは、こうしたことを曖昧なまま、未整理なままで書いてみようと思う。


僕にとっての、いちばん古い記憶。
それは1歳の時に遭遇した洪水の記憶。

人にこの話をすると「1歳の時の記憶なんてあるわけないじゃないか」とよく言われるのだが、実際あるのだからしょうがない。しかも、まるで昨日のことのように鮮明に思い浮かべることが出来る。何故なんだろう。
家族とは事あるごとに、何十回も「あの日」のことを話してきた。笑い話として、家族団らんの一つの「ネタ」になるからだ。
「ネタ」になる度にこの記憶は更新され、作り変えられながら補強されてきたのだろう。
想起されなければ忘れて行くし、想起の機会が多ければ多いほどより鮮明になって行く。
記憶とは本来、そういうものではなかろうか。

毎年夏から秋にかけて必ずどこかで水害が起こる。荒れ狂う海の波しぶきや河川が氾濫しそうな様子をわざわざ映し出すテレビ。それらのイメージはいつも僕の頭にフラッシュバック現象を引き起こす。
1歳の夏。
あの日、僕は死んでいたのかもしれない。
それは保育園に預けられていた時の出来事だ。

両親が共働きだったため、僕は0歳の時から昼間は保育園に預けられていた。
まだ「0歳児保育」が一般化していなかった時代。母親達の世代が行政に働きかけたため、やっと制度が確立されたという。だから僕はその町のいわば「0歳児保育第一号」として実験的に預けられ、最年少者として保育園中からかなり可愛がられていたらしい。

その日は台風のために朝から雷雨が激しくなり、「洪水警報」が発令されていた。
僕の通う保育園は川のすぐそばの低地にあったため、園児たちの多くは午前中から母親が迎えに来て、早めに帰宅させられていた。

僕と2つ違いの姉とは、いつもの如く遅い母の迎えを待っていた。
母はこういう時に人様の子どもたちを帰宅させなければならない仕事に就いていたため、自分の子どものことは後回しにせざるを得ない。だから普段から、最後まで保育園に残って遊んでいるのは僕らだった。

まだ迎えが来ない数人の園児達と皆で、テレビの「ウルトラマンセブン」を見ている時のことだった。セブンが怪獣と戦っている時、突然大音響とともにピンク色の閃光が走った。同時にテレビが「プツッ」と音を立てて切れた。近くに落雷があり停電してしまったのだ。
仕方がないから保母さんたちと昼寝をすることになったのだが、僕は異常事態にワクワクして寝付けなかったらしい。しばらく一人で窓の外を見ていた。

その窓からは保育園の門と、その向こうに川の堤防が見えていたのだが・・・なんと突然川から水が溢れ出し、みるみるうちにこちらに迫ってくる光景を僕は見てしまった。水の先端は浮世絵の波濤のように荒れ狂い、黄土色の濁流が保育園の門を越え、こちらに迫ってくるのである。
この時の波の様子や色を僕は今でも鮮明に細部まで思い描くことが出来る。園庭にあったプールは水に沈み、滑り台も波に呑まれ、あっという間にあたり一面が泥水で覆われてしまったのだ。
保母さんたちは誰も気付かずに昼寝をしている。
僕は目の前の光景に興奮し、一人で扉を開けて外に飛び出してしまった。

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コメント

この記事へのコメント

こういう話好きです。友達の姪っ子3歳に、お腹の中にいたこと覚えてる?って冗談で言ったら”うん、お水の中で赤いへびと遊んでた”って言ってたらしくて。その赤いへびはへその緒らしくて(血が流れてますから赤い)。
この記憶も凄いですね。水が波打って迫ってくる情景と、まわりの大人が安心しきって横になっている、というのがとてもドラマチックです。風景浮かびます。

0歳児保育とか今は一般化されとるんですか!!
スゲー…笑)
俺は二歳の記憶ですが、炊飯器のあの熱い湯気?が出るところに
手を当ててやけどしたことを鮮明に覚えています。
母親にダメといわれていたのに妙に惹かれたような…
洪水…ちょっと体験してみたいです
いや、んなこと云ったらだめですね

私は、小さい頃の記憶というよりも
デジャヴは沢山経験しました。
やはり、人間は魂で見ている時があるのかもしれませんね。

凄い記憶力。夫も2歳の時の記憶があります。
私は…5歳の時にお母さんの自転車に乗せられて美容院へ行った帰り道に「松田聖子の白いパラソル」を歌って褒められた事が鮮明に覚えてます。あとは保育園の時の嫌な思い出ばかり…。
次回も興味深々で待ってます。

●flowfreeさん。
すごい、その姪っ子さん。胎児だったときに目が見えていたってこと?
目は見えていなかったとしても、自分が胎内にいたということへの
意識が芽生えていたということですよね・・・ひえ~。
「ベケット」という不思議なことを書き残した作家がいるのですが、
その人のことを論じた作家研究の本で、
「彼の書く不条理は、彼が母親の胎内にいたときの記憶だと解釈すれば説明が付く」と
無理やりに全部その側面から説明をした本を読んだことがあります。
「強引だなぁ~」と、読みながらかなり笑えてしまったけれども、
かなり納得できる部分もあり・・・。
いつ意識が芽生えるのかというのも個人差があって当然だと思うので
胎内ですでに自己分析をはじめている胎児がいてもおかしくないですよね。
あと 、flowfreeさんの指摘によってまた、この記憶への捉え方が変わりました(笑)。
たしかに、昼寝という「静」のイメージと洪水という「動」のイメージとの対比は
ドラマチックだし映画的な感じもしますね。

●highlight さん。
「0歳児保育」のその後は僕は把握していないので、
現状がどうなっているのか知りません。
僕の実験によって廃止されたかもしれないし(笑)。
今度母親に聞いてみようかな、と思いました。
炊飯器でのやけどの瞬間を覚えてるんですか。
やはり、強烈なショックを受けると残りやすいんでしょうかね。

●callaさん。
僕は、デジャブはたぶん一度も経験したことがない・・・ですね~。
今、思い出せません。
「人間は魂で見ている」という言葉で思い出したのですが、
僕はよく、自分自身が登場人物として全身ごと登場する夢を見ます。
それを見ている視線はだれなのか・・・幽体離脱した僕なのか、
「夢」という映画のカメラなのか・・・?
起きてから夢を思い返し、悩むことがあります(笑)。

●jyubonさん。
歌と連動すると、なぜか記憶って残りやすいですよね。
僕も松田聖子の「小麦色のマーメイド」という曲と結びついた
不思議な記憶があります。
・・・おっ、このシリーズ、こういう風に書き進めればいいんだな。
今度、そんな感じのことを書きます(笑)。

横レスごめんね。
highlight さん。今は0歳児の保育は一般化されていますよ。
と言うより、むしろ待機児童(保育園に入りたいのに、定員一杯で入れない)が一番多いのは0歳児じゃないのかな。
働きたい…働かなくてはいけない親が多いですからね。
ただ、0歳児は3人の子供に付き1人の保育士が必要になるので
保育園側は、あまり儲からないかも…。

ばんはぁーです。
ちょっと前にTVで観たのですが、胎内記憶ってやっぱりあるみたいです。
研究してる人も居るとか・・
凄い子になると、母親の胎内に入るまでの記憶があって、
その子が言うには、雲の上から数人の子供と、
自分達の両親になる人を見定めているらしいです。
どういう理由で両親を選らんだの?という質問に子供は、
「やさしそうだったから」と言っていました。
なんか神秘的ですよねぇ☆
自分の一番古い記憶は、家に独り取り残され、
一所懸命に泣いていた記憶があります。何歳位だったんだろぅ・・
布団に寝かされ、立つ事、ハイハイする事が出来なかった記憶があり、
時間もどのくらい?ってのはわかりませんが、とにかく泣いていた。
親が帰ってきて泣き止んだ所まで覚えています。
だいぶ寂しかったんだろうと・・

●callaさん。情報ありがとうございます。
0歳児保育はやはり需要が増してきているのですね。
しかし、0歳児を他人に預けてまで働かなければならないということ自体、
悲しいことだなァとも感じます。
かけがえのない自分の子どもの、かけがえのない成長の過程に
付き合う事ぐらい優先したっていいのにね。

●pinkaponさん。
胎内に入るまでの記憶!・・・不思議だなぁ(笑)。
言語能力はもちろんないわけだから、
視覚からの映像情報を記憶していたということなのかな・・・。
雲の上から・・・というエピソードはたしかに神秘的ではあるけれど
そこまで来ると、ちょっと「大人」たちの宗教上の思惑が絡んできているような気がして
僕としてはちょっと疑ってしまうかも(笑)。
最初の記憶、独りにされたことへの恐怖の感情だったんですね。
やはり子どもにとって、生存を脅かされるような出来事があると
ショックで脳裏に焼きつくものなのでしょうか。

人見知りしない性格?

三島由紀夫の「仮面の告白」を思い出しました。
産湯を使ったたらいの縁が光っていたのを
思い出すんですよね。それにしても
akabosiさんは、幼い時から、世に出ていたんですね。
性格形成に役立っているんでしょうね。
私も、なぜか、母以外のいろんな人が抱っこしてくれたそうで、
その影響は残っていると思います。
あまり人見知りしません。その点はお互い似ているのでは?

●Biancaさん。

「akabosiさんは、幼い時から、世に出ていたんですね」の意味がよくわかりませんが(笑)
大きくなってからの僕は、人見知り「しまくりの」小心者に育ってしまいました・・・。
ただ、「この人とは仲良くなりたいっ!」と心から思った人に対しては
突進してしまいますが(爆)。
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