フツーに生きてるGAYの日常

やわらかくありたいなぁ。

2017-05
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中村中の歌世界018●日本テレビ「Music Lovers」のテロップ、これって失礼なんじゃないの?

 前回紹介したとおり「わぁ~。中村中と一青窈の共演だぁ~♪」と楽しみにして録画で見た「Music Lovers」 (日本テレビ系2/24(日)後11:30放送)。番組の冒頭から 「受け入れて」「ハナミズキ」と一青窈さんの歌を気持ちよく聴き、さぁいよいよ中村中さんとの共演だ!と見ていたら・・・そこで流された字幕(テロップ)の表現に、か~なり「カチン」とムカついてしまいました!

 さっそくどなたかが番組の映像をYouTubeに上げてくださっているので、まずは見てみてください。僕は何に「カチン」と来たのでしょう?

●YouTubeより~友達の詩 & 茶番劇
  

 まず・・・中村中さんが登場した時に流れたテロップが「性同一性障害を抱えるシンガー・ソングライター」ってなってるんですけどオイオイなんだそれ!「障害を抱える」って・・・!

 僕、トランスジェンダーの人をけっこう知ってますけど「性同一性障害を抱えてます」だなんて言ってる人とか、そういう意識でいる人に会ったことないですよ。これって完全に「性的マジョリティー」の視点から「性的マジョリティー」の人たちにしか向けられていない説明の仕方ですよね。この番組の視聴者にトランスジェンダーの当事者が少なからずいるだろうということへの想像が、まったくされていない失礼極まりない表現だと思います。中村中さん本人やトランスジェンダーの人たちは、どう感じたんでしょうねぇ。

 もう一つ。『友達の詩』の前奏で、これまた御丁寧にも画面の右下から流れてきたテロップが
『「触れてはいけない関係」をテーマに中村中が15歳の時に初めて書いた楽曲』
となっていたのですが・・・「触れたいのに触れられない関係」の間違いでしょうが!。あるいは「触れたいのに触れてはいけないと感じさせられている関係」でもいいですけど。

・・・わかんないのかなぁ、その辺のところ。自分の性に揺らぎを感じたり、好きになる相手が必ずしも異性ではないことって「触れてはいけないこと」なの?。どうしてそのように勝手に決め付けられなくてはならないの?。

 まったく。こういう無神経な表現が日々チクチクと「性的マイノリティ当事者」とか「そうかもしれないと思っている人」の気持ちを傷つけ、いつしか傷つく気持ちが麻痺するほど自尊感情を低くさせているのですよ。中村中さんも大変ですねぇ。こういう「チクチク」を我慢しながら日々、メディア露出を続けているのかと思うと、精神的に大丈夫なのだろうかと心配になってしまいます。(もうとっくの昔に慣れてるんでしょうけど。)

 心あるテレビ人なら、せめて歌われている歌が「どういう思いが込められて作られたのか」の背景を、きちんと考慮したうえで歌番組を制作し、放送して欲しいです。おかげでこの番組や日本テレビ、そして一社提供のKDDIのイメージが、僕の中ではとても悪くなりました。ケータイもauを使っているのですが、マジで他社に乗り換えよっかな~と思ってしまいます。番組の途中、CMで紹介されてた家族割の無料通話新サービスに「同性パートナー」は含まれてないようで疎外感を感じさせられたし。全然いいことなし!FC2同性愛 Blog Ranking
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コメント

この記事へのコメント

はじめまして。
私はあえてカテゴライズするのならトランスジェンダーです。私がこの放送を見ていて(というか中村中さんがテレビに出ているのを見ていて)性同一性障害を強調しすぎだと感じました。この方はアイデンティティが形成される上で重要であったからGIDを公表しているのかなぁなんて思いますが、それは一要素でしかないと思いますし、22歳のシンガーソングライターで良いじゃない!って思いました。やっぱりこの取り上げ方ってちょっと違うよなぁと思います。
でもakaboshiさんのブログを読んで、どこかで「もう慣れちゃった。」みたいな自分がいることに気付き、ハッとしました。

そういう風にしてホモフォビアが知らず知らずのうちに広まっていってしまうんだよね。
その捉え方、その表現の仕方は間違っている、とはっきり言える人(大人)は良いけど、現実に今現在自分のセクシュアルアイデンティティで悩んでいる若い人がこういうのを見たり聞いたりしたら、自分自身を否定的に捉えてしまうのではないかと心配です。

焦点をズラしてゴメンね!

本文と焦点が違ってしまうコメントですが・・・
この唄を聴くと昔ノンケに恋した頃を思い出してしまいます(大爆)
ノンケに恋すると辛いのよ!(^^;

●kou1rouさん。

たしかに「性同一性障害」という言葉は世間に浸透しているし、中村中さんのことを言い表すときに「あぁ、あの紅白で歌ってた子ね」と連想させるのには有効だとは思いますが、ああいう押し出し方だと彼女の歌よりも「その部分」のみが興味の対象とされてしまう恐れがありますよね。

当人もデビュー当初はそのことを嫌って公表していなかったわけだし、「友達の詩」をリリースして2時間ドラマに出演する際にも、たぶん相当悩んだだろうし、ある意味では「開き直った」のかもしれないなぁとは思います。でも、やっぱり心の中に棘は刺さり続けてしまうのではないかと、おせっかいながらにも心配してしまいます。(ホント、おせっかいなのかもしれないですけどね。)

●龍児さん。

そうですよね。自分の「揺らぎ」に気付いて悩んでいる当人にとって、こうした表現がどれほど大きな影響を与えてしまうのか。それを(程度の差はあれど)経験してきた世代が言い続けて行くことが必要なんだろうなぁと思います。繰り返し繰り返し。

●海坊主さん。

あ~わかる。僕もノンケにマジで惚れて辛かった時期がある。すごくビクビクしながらも、いろんな妄想が頭の中で暴れるんだよね。「もしかしたらゲイになってくれるかも」とか(爆)。でも、はっきりと「無理なことなんだ」とわかった時の落胆といったら・・・しばらく変になったもん、そういえば。

中ちゃんファンのビアンから。

私はファンとしての目線とセクマイとしての目線が混ざってるので どうなのかなぁとおもうのですが・・・ やっぱり 「障害」っていう表現にはいつまでたっても なじめませんよね。元彼がトランスだったのですが その「性同一性障害」という言葉のせいで ずいぶん悩んでました。 この番組 見ていたのにテロップに気づかず!! 言われてから 違和感感じました。 中ちゃんの紹介に 性同一性障害という言葉が使われるのはもう 慣れてしまったのですが(イヤですけれど) 友達の詩 の説明は違うだろ~~~っと。 
私自身 ノンケのひとに片思いしていたころの自分と重なるからこの歌が 響くんです。。
「いけない」わけじゃないですよね!!
この歌を聞くといつも 「もっと欲張って良いんだよ!!どうしてガマンするんだ!」という怒りの気持ちも湧いて来て涙します・・・。
長くなってしまいましたが 自分たちとは違う人が居るということを 様々な人が見るテレビだからこそ 考えて欲しいです。。

●ぴよさん。

>自分たちとは違う人が居るということを 様々な人が見るテレビだからこそ 考えて欲しいです。。

同感です。テレビのようなマスメディアこそ「様々な人が視聴者として見ている」ことを前提に作られるべきなのに・・・(実際そうなんだから。) どうも「平均的な日本人の多数派」に向けてしか作られていないのではないかと感じることが多いです。

遅ればせながら

わたし、紅白でこの人のことを初めて見て、そして感じたことをブログに書こうと思ってたんだけど。。完全に時期がずれちゃったんで(苦笑)

わたしが紅白を見て感じたのは「友達の詩」はどっちかというと「同性愛」の感情に近い歌詞なんだよねー(上の方にも書いてあるけど)。だから「同性を愛してしまった」→「自分は異性にならなければ」→「性同一障害」っていう安易な図式が性的少数者以外のマジョリティーに根付かないかとちょっと心配しています。もちろん、トランスジェンダーの人の中には同性愛者だっているわけだけど、そっちの方はマジョリティーの人は理解しがたいだろうな、と。だってそのままだと異性愛者なのにわざわざ同性愛者になろうとしていると感じられるわけでしょ。性自認と性的指向の違いをどうやってマジョリティーの人に分かってもらえるか、これって結構難しい問題だと思ってます。
あとは。。多分、紅白のあの場に同性愛者がいたかも知れないんだけど(爆)、彼ら(?)もあの場でカミングアウトしてくれたらどんなに嬉しいかなとか、中村中さんの性同一障害に触れられて、彼ら(?)はどう思ったのかなとか、逆に(紅白の場でなくとも)カミングアウトしないのもなんとなく分かる気がする、とかね(謎)

はじめまして。

「はじめまして」とタイトルに書かせていただきましたが、2年ほど前にもほんの少しだけ書き込みさせていただきました。当時とは名前を変えたのではじめましてです。ゆたと申します。

私もこの放送を見ていました。一青窈さんや中村中さんが好きで、ただ単に二人のトークや歌を楽しみにしていましたし、それらは楽しめました。しかし、毎度彼女の紹介に「性同一性障害」という言葉が出てくるのにはやはり違和感を感じずにはいられません。「彼女はどう見ても女の子だし、いちいちその説明をする意味はあるの?話題性が必要かもしれないけど本当に必要なの?」と常々感じています。

私は一応ノンケで、「こういうことも失礼なんだな」とこのブログを見て気づかされる時もあります。本当に何にも考えてないような、のん気な感じで申し訳ないです・・・だけど、人を愛する気持ちや自分に対して感じる違和感に「障害」と付けるのはいつもおかしいと感じています。決して間違ったことをしている訳でもないのに、TVなどのメディアでそんな「障害」という言葉を軽々しく使うのは、当事者たちをますます不安にさせるのではないのかと本当に思います。実際私の友達にゲイの友人がいますが、彼はそんなこと気にしていないようですが(?)

なんだか失礼なことを書いてしまったのではないのかと不安です・・・
本当にこのブログは考えさせてくださることばかりで嬉しい?というのは変ですが、また一つ自分の考え方に新しいものが入ってくるようで、ありがたく思っています。

●Ronさん。

そうだね~。Ronさんが書いてくれた図式で捉える人、けっこう多いかも。テレビの世界で表向きに理解されはじめている「同性愛」のリアリティーって、まだその段階にあるような気がするから。

性自認と性的指向の違いは、僕の場合は30歳になってから尾辻かな子さんの講演会ではじめて知りました(爆)。でも、一度理解してしまえばいろんなことが「すんなり」とわかりやすく見えてくるし、知って損はない。むしろ、世の中の複雑さとか人間の面白さを理解するためには必須の知識ではないかとも思うんだよね。

だから、ゆくゆくは「性自認」と「性的指向」の違いについて、大学入試の問題になるくらいまで教育現場に浸透して欲しいと思ってる。これは「教育」のやるべきことではないかと思うから。

●ゆたさん。

最近ノンケの方で関心を持っているという人が多くなっていて、すごく力強く感じます。つい「自分たちの感性は受け入れられるんだろうか」とか「通じるんだろうか」とか気にしながら内心ビクビクしがちなので、「あ、ちゃんと届く人もいるんだ」と知ると、それだけで嬉しいです。

ノンケの人たちには、「これを言ったら失礼なんじゃないか」とか、あまり臆せずに積極的に接近してきてほしいです。異なった感性の者同士で対話するからこそ、互いの違いも同じ部分も見えてくるし、理解を深めていけるんだと思いますから。
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