フツーに生きてるGAYの日常

やわらかくありたいなぁ。

2017-06
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薔薇族は生きている051●薔薇族と百合族の「お見合い会」という試みから見える、当時の時代状況

 ゲイ雑誌が「ゲイとレズビアンのお見合い」をお膳立てする!?

 今だったら「なんということをっ!」と大騒ぎになりかねない企画ではありますが、たった26年前の日本では大真面目に企画され、試みられていたのです。歴史をふりかえるって面白いですねぇ~いろんなトリビアに出会えます。自力復刊薔薇族3号は1981年を特集しているわけですが、この年の誌面に載っていた様々なトピックのうち「今の目から見て最も面白い企画」は、ダントツに『薔薇族と百合族のお見合い会』でした。

 ところで。「薔薇族と百合族」と当たり前のように書いてあること自体も、今の感覚としては驚きなわけですが(笑)、1981年当時は男性同性愛者の呼称は、今でいう「ゲイ」は一般的ではなく「ホモ」あるいは「薔薇族」という用語が広く使われていました。ちなみに「百合族」とは女性同性愛者(レズビアン)のこと。伊藤文学さんがテキトーに思いつきで言い始め、『薔薇族』誌上で多用しているうちに、いつの間にか浸透してしまったようです(爆)。

 「薔薇族」「百合族」という呼称は、雑誌に親しみを持ってもらおうと薔薇族編集部が戦略的に誌面で多用していたようですが、投書欄に寄せられていた投稿を読んでみると読者が当たり前のように面白がって使っていますし、実際かなり親しみを持たれた呼称だったようです。さらには中・高生などの若い薔薇族のことを「チビバラ」と読んだりなんかして、読者にしかわからない特殊な専門用語を意識的に作り出しては「薔薇族コミュニティーへの帰属意識」を高め、読者を繋ぎ止めようと努力していたわけですね。当時の薔薇族が男性同性愛者にとっての「オピニオン・リーダー紙」として、いかに君臨していたかが窺える事例です。

 さてさて「お見合い会」の方ですが、発端は「お話おじさん」 からの発案だったようです。

 当時、新宿二丁目のそばに「伊藤文学の談話室『祭』」という店があって昼間から営業しており、二丁目へのデビューのきっかけとなる敷居の低い喫茶店として読者に親しまれていたのですが、その店の客席には「お話おじさん」という人がいて、読者の悩みごとを聞いたり話し相手になるべく待機していたようです。つまり『祭』はカウンセリング・ルームとしての機能も果たしていたわけですね。しかも「お話おじさん」は1981年当時の薔薇族で2ページの連載コラムも持っていて、『祭』で出会った読者のエピソードを紹介し、『祭』への観客動員に貢献してもいました(笑)。う~ん。社会性と商売っ気の両立がきちんと成り立っていたなんて、やはり当時の『薔薇族』の勢いはタダモノではなかったんですねぇ。

 しかも『祭』には、ホモだけではなく女性読者も訪れていたんです。と言っても『祭』がミックスの店だったわけではなく、レズビアンたちの要望によって休業日を「百合族デー」にしたりしていたようなのですが。

 なぜかというと『薔薇族』の読者にはレズビアン・ノンケを問わず女性が結構多かったからです。大手の取次業者が「万単位で」取り扱い、全国の小さな書店にまで並べられていた当時の『薔薇族』は、それだけ幅広い人々の目に触れやすかったというわけで、女性も書店で偶然に見かけて手に取り、興味を持って読み始め、ハマる人が多かったようなのです。しかも『薔薇族』に匹敵するようなレズビアン向けの商業雑誌は発行されていませんでしたから、レズビアンの方々も少なからず読んでいたというわけで。当時の『薔薇族』の文通欄には「百合族」用のコーナーが設けられていますし、広告欄にはレズビアンサークル「若草の会」の仲間募集の広告が載っていたりもするのです。

 投書欄にはノンケ女性の声が寄せられることも多く、何度も「ホモVSノンケ女性」のバトルが繰り広げられ、特集されたりしています。「女性読者」というキーワードで『薔薇族』を振り返ってみても、一冊の本が出版できるのではないかと思えるほど、様々な要素があって面白いですよ。

 そうした背景があり、その頃の文通欄には「結婚コーナー」が設けられていました。少なからず存在する女性読者に向けて、「どうしても結婚したい薔薇族」が投稿し、出会いを求めているのです。これっていわゆる「偽装結婚」と称されるような行為を奨励することでもあるわけで、いわゆる「90年代リブ」の頃の活動家からは格好の「薔薇族バッシング」の標的にもされたそうですが(笑)、「90年代リブ」自体が歴史となった現代の視点から振り返ると、これも80年代の社会情勢が窺い知れる貴重な風俗資料として、見つめ返されるべきだと思います。

 『祭』で日々、店を訪れる薔薇族の悩みを聞き、結婚圧力の強さを嘆いていたお話おじさんはある日、ふと思いつきます。「そうだ。お見合い会を『祭』で行ってみたらどうか」と。さっそく編集長の伊藤文学さんに呼びかけ、薔薇族誌上での宣伝が始まります。「結婚圧力があるのならばとりあえず、薔薇族と百合族で結婚し、生活上のパートナーとして暮らせばいいのではないか。それならば親や親戚を安心させられるし、配偶者控除も受けられる。性生活は互いに合意の上で、別の人とすればいい。そういう出会いを求めている人が、少なからずいるのではないか」と。結婚制度を(ある意味では)おもいっきりおちょくったようにも思えるこの試み。果たして結果はどうなったのでしょうか?。当時を振り返る文学さんのトークをお聞きください。

02●薔薇族と百合族のお見合い会という試み
  

 あはは~。意気込んで参加した薔薇族たちの願いは空しく、百合族の参加は一人も無かったというわけですね。

 その後、『祭』の店内では肩透かしを食らった薔薇族たちによる「座談会」が急遽、行われたわけですが、その模様は『薔薇族1981年4月号』に「座談会・『どうしても結婚したい』」と題して克明に掲載されました。なにしろ前代未聞の試みだったわけで、当時の読者にとってはかなり、注目度が高かったのではないかと思われます。この場で語られた薔薇族たちの生活感情は具体的なエピソードに富んで生き生きとしており、(こう言ってはなんですが)すっごく面白いんですよ。この座談会をこうして後世に記録に残したというだけでも、「お見合い会」が行われた意義は十分にあったと言ってしまっていいでしょう。

 当時の生活感情を知らずに、後の時代の価値観やイデオロギーを元にして「なんて保守的な行動なんだ」と糾弾することは簡単です。しかし、そうやって過去を決め付け、先人たちが真剣に悩んできた軌跡を切り捨ててしまっていいものでしょうか。

 自力復刊薔薇族3号では、この座談会の記事を全て再録しました。そして巻頭特集「薔薇の木に、百合は咲いたか?」において、現代の視点からの検証も行ってみました。

 過去の時代状況を生きた人々のリアルな日常を想像してみることによって、はじめて現代という時代の有様は見えて来ます。しかし日本の同性愛関連資料の保存状況・保管状況は非常に悪く、なかなか過去の文献を見ることの出来る機会がありません。そのためか、かなり乱暴で乱雑な歴史認識に基く「スタディーズ本」が、堂々と書店で売られていたりするのでビックリさせられます。自力復刊薔薇族では、そうした現状への問題提起という意味合いも込めながら、今後も過去の声に素直に耳を傾けながらの発行を続けて行こうと思っています。

昭和の同性愛文化を、そして本誌自身を「前向きに」ふりかえる…薔薇族は「読むタイムマシン」です。
■下記の店舗あるいは影坂狩人・akaboshiから直接、お買い求めください。
池袋→ビッグジム池袋店  
上野→ビッグジム上野店
中野→中野プロードウェイ3F「タコシェ」

■自力復刊1号(2007年春号)は、おかげさまで残部僅少となりました。店舗販売分で最後になります。購入希望の方は、お急ぎください。また、伊藤文学さんのところに僅かですがありますので、通販御希望の方も、お急ぎください。

■通販での購入方法は月刊『薔薇族』編集長伊藤文學の談話室「祭」を参照。伊藤文学さんが自ら梱包してくださいますので、ぜひ御利用ください。

★新規取り扱い開始!
 下北沢のスズナリ横丁にある古書ビビビにて、自力復刊薔薇族の販売がはじまりました。シネアートン下北沢、ザ・スズナリとつながる建物の一角にあり、けっこうマニアックな本が集まった濃厚なテイストあふれる古書店です。文学さんが薔薇族以前に出版した同性愛モノの単行本も売ってたりします。お出かけの際にはぜひ、お立ち寄りください。
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