フツーに生きてるGAYの日常

やわらかくありたいなぁ。

2017-10
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「クイア」ってなんなのさ013●学会設立シンポ02●伏見憲明さんの沢尻エリカ的発言集

 「ハレの場」に独特の高揚感に包まれたシンポジウムでは、伏見憲明さんの「ポジションの取り方」を見ていることで楽しむことが出来ました。

 「学会って、なんか難しそうだしよくわかんない。私は今日、沢尻エリカ的なポジションで居ようかと思ってます」

 そんな伏見さんの「ヒール役引き受け宣言」は、シンポジウムの間中、一貫して「日常語で素直に話す」ことによって達成されていたと思います。ついつい抽象的で複雑な理論が絡み合った発言のオンパレードに走りがちな中、伏見さんにマイクが渡ることが、どれだけ「救い」に思えたことか(笑)。今回は僕がメモしたノートから、伏見さんの「沢尻エリカ的発言」のみをピックアップしてみようかと思います。

★あくまでも「メモ」を起こしたものですので、発言の細かい部分については書き落とし、あるいは発言者の意図をきちんと汲み取れていない部分があるかもしれないということを前提に、お読みください。つまり僕が「受け取った(解釈した)」伏見さんの発言内容、ということになります。

 まず、伏見さんが「執筆について」の質問に対して応えていた内容は、次のとおりです。

 「セクシュアル・マイノリティーの方々はケチです。お金をくれません。だからノンケの資本家に支えられて今日まで来ました。外で出稼ぎしてコミュニティーに還元しようと思って来たのだけど、返って来ないので最近はあまり書いてません」

 なんとわかりやすい受け応えでしょう(←そのことにホッと出来てしまう空気が漂ってしまうんですよね、学会のシンポジウムって。笑)。また、いわゆる「一般市場」で多くの著作を発表し、「ゲイの言論人」としての地位を確立している伏見さんは、アカデミズム的な立場の方々からすると「資本」と結びついていると見られるらしいのですが、そうしたことを匂わせた質問に対しても、次のように痛快に応えていました。

 「すごい貧乏な業界だから…資本主義とは結びついてません。国家の税金で食ってる国立大学の方々に言われたくないですよ(笑)。ポット出版は社長がマニアだから出すことが出来ているというだけのことなんです。」

 また、「運動・活動・コミュニティー」という命題で、互いの関連や隔たりについて議論する場面でも、面白いことを言ってましたよ。

 「学問の場で言われていることが、現実に『効いている』ようには、あまり思えなかった。自分の仕事も含めて、そのことが社会状況に果たして影響していたのか?と思うと・・・。研究と活動というよりは、研究と社会との隔たりの方が大きいのではないかと思います。」

 そしてシンポジウム最後の「締め」の言葉。

 「学会に来た人が、すべてではないと意識することが大事ではないかと思います。こんな台風の中にここ(東大)まで来るのは、ヘンな人たち。ヘンな人たちが集まるとヘンな濃度が強くなります。ここに『来ない人たち』を想像するということが、大事なのではないかと思います。」

 僕はクイア学会のシンポジウムに行って「学会に入ろう」とは思わなかったのですが、これまで意識的に避けていた「伏見憲明さんの本」を読んでみようと思うようになり、はじめて『プライベート・ゲイ・ライフ』を読み、現在は『クイア・ジャパン』を読みながら、「クイア」が自分にとってどう「租借されていくものなのか?あるいはされないものなのか?」と自問する日々を過ごしています。FC2 同性愛Blog Ranking
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コメント

この記事へのコメント

ここに『来ない人たち』を想像するということが、大事なのでは・・・
という言葉をきくとどんな人なのかちょっと興味が湧きました

伏見憲明さんのこと

伏見さんは、基本的に尊敬しています。
何たって「プライヴェート ゲイ ライフ」という本は画期的でしたから。

ただ、文芸賞に「魔女の息子」なる作品を応募&出版で、知人の多くは
離れて行きました。

なぜ、文芸賞に応募するのか?しかも自分が一番嫌う”私小説”に近い作品だったから。

自分の経験をダラダラと垂れ流すことは『文学として一番みっともない行為』です。

伏見さんもそれなりに悩み苦しんだ時機があり、現在にいたっているのも承知ですが、
「魔女の息子」だけは”見苦しい!”

単純に”賞金目当てに文芸賞なるものを利用してやろう”というしたたかな意図も
あっただろうし、そんな理由なら自分も納得出来ます。

試行錯誤を繰り返している伏見さん。

とにかく、知っている限り、『魔女の息子』で彼を見放したゲイ友が多いことから
自分の一人よがりの意見では無いと思います。

まぁ、「隠れてばかりで何も行動しない自分の態度」よりは、余程立派でしょうが・・・。

P.S.博多は、ある意味怖い場所ですから、気をつけて行ってらっしゃい!!!
報告記事を心待ちにしています!

P.S.2.このブログ読んでいる最中ですが、膨大な量で、読み終わりません。
そんな理由で、コメントをするのは「完読してから」じゃなきゃ誤解or誤読をして
コメントをしていると思いますが・・・。

P.S.3.大久保に来る機会があれば、案内します。余計なお世話ですが。

以上、悪口しかコメント出来ない「柔らかくなれないMより」with Love(爆!)

P.S.4.akaboshiさんは、何をしている人なんですか?(笑×笑!!!)ご職業は?

P.S.3.Linkを貼る気はありませんが、偶然機会があれば是非
【一度、お会いしたい!】と珍しく思える方です。
Yahoo!のGJNのメンバーに最近なりましたので、ログインすれば自己紹介が見られます(多忙で見る必要も無いか?)

以上、件名からそれて、ラブレター?になってしまいました。(爆!)(笑!)(^_^;)



●FeliscutusverX さん。

伏見さんの本は、以前は勝手に「ゲイについての教科書のようなもの」だと思い込んで、読むのを敬遠していました。せっかくゲイに生まれついたんだから、自分で自分のことは発見して行きたいんですよね。伏見さんの本を早いうちから読んでしまうと、それが出来なくなってしまうのではないかという恐れがあって、「読みたいんだけど読まない」態度を貫いていました。(←勝手な思い込みだったんですけど。爆)

しかし、この記事で書いた昨年秋のクィア学会での発言等を聞いて興味を持ち、 かなり集中して伏見さんの著書をたくさん読みました。そして思いました。「もっと早く読んでも良かったんじゃん」って。年代順に読んだのですが、彼が90年代からゲイコミュニティーに対して仕掛けていた「戦略」のスタイルの変遷が面白く、その方法には長所もあれば欠点もあるなぁと感じました。

でも、なんだってそういうものですよね。要はそこから学べばいいわけです。「魔女の息子」も読みましたが、くすんだ色だったり乾いたトーンのクールな映像が脳裏に浮かびやすく、読後感としてザラザラしたものが残りました。「キャンピィな感覚」のキャラを作って書かれたエッセイ群よりはずっと面白かったし、これを映像化したら面白いものになるだろうなぁと想像しながら読みました。それって、僕にとっては心に響いた作品だったということなんだと思います。

P.S.
このブログ、全部読むつもりなんですか?・・・そんなムチャなことはおやめください(爆)。あと、3年の間に僕も様々に考えることが移り変わっていますので、キャラクターがその時々でかなり違っていると思います。・・・矛盾点を突っ込まないでくださいませ(笑)。
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