フツーに生きてるGAYの日常

やわらかくありたいなぁ。

2012-05
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第1回マイノリティ・ドキュメンタリー映画祭映像公開2●『ふつうの家』上映後トークwith黒川みどりさん2●「次は部落から離れた映画を撮りなよ」と言われても・・・



 5月3日(木)と4日(金)に開催しました第1回マイノリティ・ドキュメンタリー映画祭。「部落」「女性」「ゲイ」さまざまなステレオタイプで眼差される機会の多い「マイノリティ当事者」としての立場を意識しながらドキュメンタリー映画を製作してきた監督3名で企画し、2日間で6本の作品の上映とトークを行いました。

 前回からの続きとなる『ふつうの家』上映後トーク。部落問題の映画を撮りたくて映画製作を始めた多実さんが、2000年に『ふつうの家』を公開した際に、周囲から言われたことや観客の反応によってショックを受け、映画製作から離れるに至った気持ちを、今の視点から振り返って語っています。後半では根来祐さんによる「マジョリティへの問題提起」が炸裂します。

『ふつうの家』2●「次は部落から離れた映画を撮りなよ」と言われても

第1回マイノリティ・ドキュメンタリー映画祭 PLAYLIST

 「マジョリティ」って、自分が知らない分野のことを「感知できない」ことを棚に上げた上に、マイノリティの必死な訴えを「無化」する傾向がある立場なのですね。僕も、自分が「マジョリティ」である分野において、なるべくそうならないようにしたいと思っています。



第1回マイノリティ・ドキュメンタリー映画祭2012『ふつうの家』上映後トーク
「マイノリティの自画像と他者像」
2012年5月3日(木)なかのZERO視聴覚ホールにて収録。

●ゲスト:黒川みどりさん
・・・歴史学者、静岡大学教授。被差別部落史が専門。
著書『描かれた被差別部落――映画の中の自画像と他者像』
『つくりかえられる徴―日本近代・被差別部落・マイノリティ』ほか多数

●聞き手:上川[長谷川]多実、根来祐、島田暁

上映作品
●『ふつうの家』
(監督:長谷川[上川]多実 2000年/45分/DV。3日13:30、4日19:00上映)
・・・部落解放同盟の専従職員として解放運動の先頭に立つ両親を持つ多実は、幼い頃から"解放運動家の娘"を演じてきた自分に苛立ちを覚えていた。「運動は構わない。しかし、それを家庭に持ち込んで欲しくない。私は普通の家に住みたい」そう思った彼女は、"居間では解放運動の話題を口にしない"というルールを作る。だが、それは暫くすると­破られ、多実は自分や家族を見つめ直す為に家を出る。
・映画美学校主催『1st Cut』ドキュメンタリープログラム、森達也の夜の映画学校、<ヤマガタ+>映画祭「にっぽん新・記録宣言!」上映。

監督プロフィール:
●上川(長谷川)多実
・・・映画美学校在学中の2000年に「ふつうの家」を制作。現在は映画制作からは離れ、都内で子育て中。部落問題をはじめとするマイノリティについて生活者の視点から考え、動いていくことがライフワーク。部落問題の講演やブログ「いーこんこん あやこんこん」、ウェブサイト~「わたし」から始まる「部落」の情報発信サイト『BURAKU HERITAGE~』などでのんびり活動中。
http://www.burakuheritage.com/

聞き手(他作品監督)プロフィール:
●根来祐(ねごろゆう)
・・・岡山県倉敷市生まれ。二十歳から十年近く摂食障害を経験。数年自助グループに参加。映画、テレビドキュメンタリーの仕事を経てフリーに。97年に依存症をテーマに短編を三本制作。01年に摂食障害を扱った長編ドキュメンタリーを制作。祖母、母、自分の世代の労働とライフスタイルを並べた「her stories」などがある。消費と依存、モラトリアムと成熟拒否、身体、サブカルチャーにおける女子文化、労働行政と移民政策など様々なテーマで作品制作を続けている。
http://d.hatena.ne.jp/negorin/

●島田暁
・・・2005年より「akaboshi」名義でブログ『フツーに生きてるGAYの日常』を開始。YouTubeと連動しながら主に日本のセクシュアルマイノリティに関する情報を発信。2007年『No Border~世界のLGBTからのメッセージ』(尾辻かな子さんと共同監督)、2009年『竜超の現代狂養講座 同性愛とテレビジョン』。共に東京国際レズビアン&ゲイ映画祭で上映。2010年「石原都知事の同性愛者差別発言に抗議する有志の会」共同呼びかけ人。翌年、集会やデモを行った後に改名した「レインボー・アクション」代表。2011年、座・高円寺ドキュメンタリーフェスティバルで『しみじみと歩いてる』奨励賞受賞。
http://akaboshi07.blog44.fc2.com/

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レスター・ハムレット監督『カサ・ビエハ』(セルバンテス文化センター「キューバ映画上映会」にて)●MOVIEレビュー

 東京・市ヶ谷にあるセルバンテス文化センター東京で3日間にわたる『キューバ映画上映会』が5月10日から始まり、オープニング上映となる『カサ・ビエハ』を観てきました。ゲイをカミングアウトしている監督の作品とトークがあるということで、キューバのセクシュアル・マイノリティ事情が伺えるかもしれないという期待もあったわけですが、期待以上に深い味わいのある映画で、久々に「ゲイのリアル」がしっかり描かれていると感じられる映画に出会った興奮を味わいました。

■タイトル: Casa Vieja
■監督: Lester Hamlet
■制作年: 2012
■上映時間: largometraje - 95 min
■制作国 Cuba

 主人公は30代中盤と思しきゲイ男性。都会であるバルセロナでゲイとして生きている日常から、「父が危篤」の知らせを受け、キューバの田舎にある実家に14年ぶりに帰郷します。家族や近所の人は皆が、「主人公がゲイであること」を知っているのに、まったくもって口にしません。だからといって居心地がいいわけではなく、「何かを言いたいのに言わずにいる雰囲気」が満ちていて、どことなく関係がギクシャクした感じの日々が続き、やがて父親が亡くなります。

 主人公の母親は、夫のもとに嫁いでからずっと、母親であり妻であることによってアイデンティティを保ってきたわけですが、それによって心が満たされはしなかったようです。どこか不全感を抱えた佇まい。そう、この映画の登場人物たちは、主人公以外にもほぼ全ての人たちが、「どことなく不全感」を抱えている人物として造形されているのです。

 言いたいことがあるのに言い合わない家族。いわゆる「家父長制に則った家族」を、それぞれが割り当てられた役を演じ合うことで維持しているかのような時空間。主人公はやがて息が詰まるようになり、「やはりここは自分の居場所ではない」ことを悟り、去ることを決意します。

 主人公がそろそろ去ろうかという時、些細なことで兄と口論になります。その際、兄から「お前は、ホモだ」と言われる場面があります。その際の兄の人物描写が見事です。全身がプルプル震えつつ、振り絞るようにして口にするのです。その表現からは、「タブーを破る者の苦渋」が痛いほど深く滲み出ており、この田舎共同体で「家父長制」を維持することで生きている人たちにとって「ホモ」「同性愛者」というものが、いかに禁忌(タブー)として扱われてきたのかが、如実に現れている場面でした。

 ついに家族の中で一番最初に「タブーを口にしてしまった」兄と弟は、ともに一線を越えあった者同士の「戦友のような感覚」が芽生えたのでしょうか。肩を抱き顔を寄せ合ってしばらく寄り添います。「家父長制を維持する異性愛者」と「家父長制から逸脱したものとして扱われる同性愛者」。その間には深い川が流れているのですが、それ以前に「兄弟」という絆が結ばれていることもたしか。しかし、もう既に両者は別々の生活環境で、別々の人生を歩んでいるもの同士。

 しばしの邂逅の後、兄弟は別れていきます。

 上映後の監督トークによると、主人公は既に都会で開放的な日常生活を知ってるので、兄の旧態依然とした「同性愛者をタブー視する態度」から、ますます「自分の居場所はここではない」と感じ、故郷を去ることになるとのこと。家族が、それぞれに「家族の構成員」であることを演じ合うような空間において、主人公のような同性愛者がいかに「居づらい」のか。そのことを受け入れたくとも受け入れられない周囲の家族の人物描写も含めて、コミュニケーション不全の苦さに満ちた映画ではありましたが、なぜか最後には、「人生には、分かり合えないこともある。」ということを、逆に肯定的に捉え返すことができるような、不思議なポジティブメッセージも発せられているように感じました。

 深い味わいのある、忘れられなくなりそうな名画だと思いました。ぜひ、機会がありましたら観てみてください。

 上映後のトークでは、質疑応答があったので最初に手を挙げ、映画で描かれた「ゲイの息子と父のディスコミュニケーション」は監督の自伝的要素が強いのか?、キューバのセクシュアル・マイノリティも日本と同じように、都会と地域コミュニティでは生き易さが違う傾向にあるのか、その2点を質問しました。

 監督の応答によると、この物語の原作の主人公はゲイではなく、「身体に問題がある設定」だったのを、わざわざゲイの設定に変え、タブー視している家族の元に居づらくて14年も実家に帰らず、父が危篤の知らせを受けて帰郷する設定にしたのだとか。つまり監督の自伝的要素が色濃いようです。また、キューバでは家父長制が色濃い傾向が強く、監督の友人たちでも家族との関係に悩んでいるセクシュアル・マイノリティは多いとのこと。ただ、都会ではわりと伸び伸びと暮らしている人たちが増えてきているようです。

 また、次のような印象的なことを言っていました。

「芸術家というのは自分の中の悪魔を解放しなければなりません。私にとって、主人公をゲイにしてこの映画を撮ることが、悪魔を解放することでした。」

 この映画は、監督の予想をはるかに超え、キューバでヒットを記録したそうです。既にキューバ映画界には『苺とチョコレート』のヒットが開拓した「同性愛映画の場所」が確保されているとのことで、実はこの映画、主人公がゲイであることが後半にならないと明かされない描き方のため、いくつか出てくる「主人公のゲイ性をほのめかす表現」を感知できない人にとっては集中力を持続させるのが大変なのではないかと思われるのですが、説明を過剰に織り込まずとも、ちゃんと「ゲイの内面」を想像して観てくれる観客が、キューバでは育っているということなのかもしれないと感じました。

 そういった意味でも、とてもうらやましい「キューバの映画・セクシュアルマイノリティ事情」がうかがえた上映会でした。

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