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フツーに生きてるGAYの日常

やわらかくありたいなぁ。

2008-06
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トランスって?03●京都トランスジェンダー映画祭03●本当の意味での「ミックスの場」とは。



 「ゲイONLY」「レズビアンONLY」「トランスONLY」などと、セクシュアリティーや性自認によって区分けされない場のことを「ミックスの場」という風に呼んだりします。様々な人が交流できるわけですから「素敵な場」として想像される方も多いでしょうが、現実問題として、その場の中でも数の上での多数派と少数派は生まれます。

 そして、ちょっとした会話などを通して少数派は、「その場に居ないことにされているかのような疎外感」を味わったりも、してしまうものなのです。

03●本当の意味での「ミックスの場」とは。
  

 ただでさえ、日常生活で性的少数者としての疎外感を感じながら生きているのに、性的少数者のコミュニティーの場に行ってさえ疎外感を感じさせられ、感情を抑圧して溜め込まされてしまうのだとしたら、本当にシンドイことですよね。特にトランスジェンダーの場合には、性的少数者の中でも「人数が少ない」ので、コミュニティー活動のあちこちの場で、こうした感情を抱え込みやすいということは言えると思います。

 僕は「ゲイ」であり、人数的には性的少数者の中でも多数派に属するので、トランスの遠藤まめた君の気持ちを完全には理解することは出来ません。しかし、自分も似たような感情を味わったことがあることに気が付きました。

 僕は、昨年の夏よりパフスペースでの様々な活動の場に出入りすることが多かったのですが、関わり始めた当初は、「男」がその場に居るということが、まったく想定されていないかのような発言に出くわすことが多く、正直、行くたびに気持ちの中に「ささくれ立ってしまうもの」を感じざるを得ませんでした。

 特に「フェミニズム」的な視点には、「男」を敵視しているような側面があります。彼女らの使う「男」という言葉を聞くたびに、正直、「『男』を抽象的に十把一絡げにして語らないでほしい」とか「僕をその代表選手であるかのような視線で見ないでほしい」と、思ったりもしました。しかし、その場において数が少ないとどうしても「まぁ、しょうがないか。ここはそういう場なんだし・・・」と、気持ちを抑え込みがちになってしまうんです。いちいちその度に対立していたら物事が先に進まなかったりもしますし。

 結果的に、その気持ちは内面に蓄積されてしまい、精神的な疲労につながります。「だったら言い返せばいい」というのは、強者の論理だと思います。数で負けているのですから、よっぽど強靭な心臓の持ち主でなければ集団の中で言い出せないでしょう。・・・この構造に気が付かないと、いつの間にかその場は「気が強く、似たような人たちしか集まらない」閉鎖的な空間になってしまうのではないでしょうか。(パフナイトの運営会議では「ミックス」の状態で開催するイベントの回数を重ねることによって、少しずつそうした面は和らいでは行きましたけれども。)

 これと同じような疎外感は、たとえば「ゲイ主導」で運営されている場では、ゲイ以外の人たちが感じさせられていることなのでしょう。つまり、その組織が「ミックスであること」を謳っている以上は、どこでも起こりやすい現象なんですね。

  「ミックスの場」における多数派は、構造的にも心情的にも権力的な存在になりやすいのだということを、忘れてはいけないと思います。そこに「男」も「女」も「ノンケ」も「同性愛者」も「バイ」も「トランス」も関係ありません。その集団の特性によっては、皆、等しく多数派にも少数派にもなる可能性を持っているのです。その可能性を意識しながらバランスを取り続ける覚悟が無い限り、本当の意味での「ミックスの場」が現前することは無いことでしょう。

 世の中における「多数派のノンケさん」と「少数派のセクシュアル・マイノリティー」との非対称性と同じような現象は、性的少数者の集まるコミュニティー内でも、同じように常に起こり得ることなのです。FC2 同性愛Blog Ranking
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