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フツーに生きてるGAYの日常

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劇団フライングステージ「Tea for two~二人でお茶を」●PLAYレビュー

 劇団フライングステージが年明け早々に上演中の『Tea for two~ふたりでお茶を』の初日を観た。(→舞台は8日(火)まで上演中。)僕がこの演目を見るのは2回目だ。はじめて見たのは2006年のレインボーマーチ札幌に初参加した直後の夜。あの頃は「コミュニティーの活動」に興味を持ち始めたばかりで、見るもの聞くもの全てが新鮮だった。パレードを通して知り合ったばかりの人たちと並んで客席に座り、コミカルな場面では声を出してたくさん笑い合った。

 たしかあの時。胸がグッと締め付けられて、おもわずホロリと来た瞬間があった。若い主人公が勢いにまかせて電話で親にカミングアウトを「まくしたてて」しまった時。「ごめんね、こんな大事な話、電話でしてしまって・・・」と受話器に向かって謝った時だった。

 ゲイとしての自分の心の奥深くにある「核」の部分を、情け容赦なく引っ張り出された気がした。主人公2人が「ゲイだからこそ」ぶつかってしまう様々な出来事。それは僕にとっても「ぶつかってしまった出来事」であり、「これからぶつかるであろう出来事」でもある。主人公たちがズルさや我がまま、どうしようもなさ、一生懸命さ、だらしなさ、格好よさなど、陰と陽を隠さずに見せ合いながら舞台で生きている姿。たわいもない会話を通して伝わる彼らの喜びや悲しみ。その全てが僕にとっては切実であり他人事ではなかった。

 このように「ゲイである自分」の根幹の部分を刺激されながら舞台を見る体験って、そうそう出来るものではない。そのことを押し隠す必要も無く安心して曝け出し、大声で笑ったり泣いたりしながら舞台を見れる環境も、なかなかあるものではない。そのこと自体が当時の僕にとって強い衝撃だったらしく、今でも鮮明に記憶に焼き付いている。

 演劇を観終わった後に「お義理」で拍手をしなければならないことほど嫌なものはないのだが、あの時の僕は嘘いつわりの無い気持ちでおもいっきり拍手をし続けた。他の観客も同じような思いの人が多かったようで、拍手はしばらく鳴り止まなかった。演者やスタッフたちは泣いていた。客席と舞台の間で心がしっかりと通い合ったかのような、奇跡的な瞬間がいくつもあった。きっと後にも先にも無いことだろう。あそこまで心にフィットしてくるような舞台は。

 あれから1年4ヶ月。

 僕はさまざまに変化した。もう「コミュニティーの活動」に出掛けたからといって、ドキドキするようなピュアな僕は何処にも居ない。選挙の嵐が過ぎ去った昨年の夏以降、心の中で何かが急速に渇きはじめ、止められなくなったりもした。そのことに気付いたことで焦燥感に駆られた時期もある。しかしライフスタイルの変化と共に渇きはゆっくりと癒えて行った。無条件に受け止め続けてくれた人のおかげだ。

 今回の『ふたりでお茶を』は二人で観に出かけた。物語は全て知っているはずなのに、いくつもの台詞やいくつもの場面が、また新しく僕の心をえぐり、新鮮な気持ちを味わった。そして、僕という個人は一人だけれど「独り」ではないことに気が付いた。隣で初めてこの劇を見るその人は、いったい何を感じているのだろう。僕がかつて泣いた場面を、どんな思いで受け止めるのだろう。そんな意識が常に拭えず有り続けたからだ。

 今回の観劇は、これまでに無く僕に「ゲイ当事者であること」という事実を強く突き付けてきた。1年4ヶ月前にはフラフラしていて全く感じなかったであろう「軸」のようなものが、自らの内面に形作られてきていることを感じた。「舞台は鏡」であるという。そうか。僕はあそこに「僕」を観に行ったのか。FC2 同性愛Blog Ranking
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