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フツーに生きてるGAYの日常

やわらかくありたいなぁ。

2007-11
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性的マイノリティーの当事者が語る「生きづらさ」とは04●斉藤幸太さん02●中学生時代。好きなアイドルの話は友だちから肯定されるため



 前回は小学生時代の話でしたが、中学校に入ってからの斉藤さんの経験談が続きます。好きなアイドルや芸能人の話に苦しむエピソードって、よく出てきますね。

02●中学生時代。好きなアイドルの話は友だちから肯定されるため
  

 好きなアイドルの話…僕はどうだったんだろうと振り返ったら、意外と「困った経験」は無かったように思います。なぜなら女性アイドルが大好きだったから(爆)。不思議だな~あまり男性アイドルのことを好きになったことが無かったんですよ(←本当にゲイか?爆)。それよりも斉藤由貴とか小泉今日子とか工藤静香にハマッてましたね~。かといって彼女らに「自己を同一視してた」とかいうわけではないんですよ。う~ん説明できない。けど好きだった。

 僕が「自分はゲイなんだ」と意識したのは20代の後半だったので、学生時代は完璧に「ノンケ」だと思ってたし、人のことを好きになれないタイプなんだろうなぁと思って深く考えなかったから、悩みもしなかったんですよ。だから、もし学生時代に「ゲイなんだ」とはっきり意識してたら一体どうなってたんだろうなぁと、斉藤さんの話を聞きながらぼんやりと想像し始めたところです(←遅っ!笑)。FC2 同性愛Blog Ranking
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薔薇族は生きている052●明かるいところへ出ようと歩いて来ました。~藤田竜さんとの100号記念対談

 よく『薔薇族』のことを語るとき、「エロスしか載っていなかった」とか「クローゼットであることを薦めていた」と単純に断じてしまう人がいるのですが、そういう言葉や文章に接するたびに思います。「早く図書館が欲しい!日本の同性愛関連の書籍が、まとめて読める図書館が!」と。

 はっきり言って、知らないからそういう乱暴な言い方が出来てしまうんじゃないかと思うんですよね。バックナンバーを気軽に読むことが出来ないから、平気で先人たちの業績に汚名を着せることが出来てしまうんですよ。残念ながら、今のままでは文化として成熟出来ませんね。過去が経験として「蓄積」されたり「共有」されて行かないわけですから。

 自力復刊薔薇族に関わるようになってから、伊藤文学さんにお借りして『薔薇族』のバックナンバー を読む機会を得るようになり、僕は何度も目から鱗が落ちました。特に、創刊から10年間にわたる『薔薇族』100号の頃までの誌面の内容の豊かさには圧倒されます。そして、意識的に「コミュニティー」を創り出そうという編集者たちの気概が伝わってきます。当事者たちへの意識啓発的な文脈から見ても、どれだけ貢献していたかわかりませんよ本当に。

 なにも海外の論文を翻訳して紹介することだけが「リブ」ではありません。日本に生きる同性愛者たちをまずは万単位の発行部数で「数」として可視化し、繋げて行ったこと。読者の日常生活を想像し、なにが喜ばれるのかを必死で探りながら、同じ目線に立って悩みや悦びを共有したこと。そしてもちろん外せないのはエロスの供給。その全ては読者を繋ぎとめるための経営戦略でもあったわけですが、結果的にそこには人間くささの横溢する清濁混交の誌面が奇跡的に創り出されていたのです。きっとその秘訣は、編集者が惜しみなく体当たりで読者にぶつかっていたからなんだと思います。

 伊藤文学というノンケで呑気な父親と、藤田竜というゲイ当事者で神経の細かい母親。主にこの2人が中心軸となって発行されていた初期『薔薇族』からは、家庭に帰り着いたかのような温かい雰囲気が漂って来ます。雑誌をめくると読者として、身も心も裸になってくつろぐことが出来るんです。(たとえそれが、当時の編集者たちの巧みな戦略だったのだとしても。笑)

03●明かるいところへ出ようと歩いて来ました。~藤田竜さんとの百号記念対談
  

 「我慢に我慢を重ねてやっと100号に辿り着いた」と振り返る文学さん。自力復刊薔薇族・秋号では、1981年5月号に掲載されていた「創刊百号記念トーク」を再録しているのですが、その中にも「そこまで載せていいのか!?」と驚くような藤田竜さんとの会話があって、面白いですよ。その一部を紹介すると・・・

藤田 ぼくはかなり長い間、伊藤さんにイライラすることが多かったわけね。
伊藤 そう。それはわかる。それはなぜかというと、波長が合わないわけね。それで、全然、価値観が別だし、まず、写真をそんなに大事に思わない。それから、文章なんかでも、そんなに自分が好きじゃなかったから、いま考えてみるとそういう傾向があったと思うんですよ。
藤田 それから、ホモの特質かもしれないけれども、ぼくは神経の細かいところがある。伊藤さんはわりとのんびりとしているでしょ。
伊藤 藤田君はどっちかというと気が短い。それで、神経質だ。ぼくはのんびりやで、そういうところからも、最初の2,3年というものは、ほんとにイライラしっぱなしだったんじゃないかと思うんです。
藤田 本のかたちになるたびにぼくはガッカリしてたのね。
伊藤 そうね。いちいち、あそこが悪い、どこが悪いとか、怒られどおしだったわけで、それが爆発すると、何度「おりる」といわれたかわからない。
<『薔薇族100号』掲載「明かるいところへ出ようと歩いて来ました。」より>

…これって、喧嘩ですかぁ?(爆)すごいですよね~この赤裸々ぶり(笑)。いまどき、ここまで読者に対して自己を晒してしまう編集者って、いるんでしょ~か。こういう感じの赤裸々トークバトル、当時はかなり誌面で見かけることが出来ます。編集部のみならず、読者同士の間でも盛んに議論が交わされたりしています。皆さん精神的にタフだったんですね~。

 あ、そうそう。『薔薇族』をバッシングするときのもう一つの常套句として「異性愛者の編集長が出していたために、当事者性が無かった」という言い方があるのですが、編集に関わっていた多くの方々は同性愛者の当事者でした。特に、その屋台骨となって支えていた藤田竜さんは内藤ルネさんとの半世紀に及ぶパートナーシップを続けたバリバリのゲイの方です。

 初期『薔薇族』は、藤田さんと文学さんとの独特の緊張関係のもとに制作されていたから、当事者性に引き篭もらずに、ゲイ以外の読者をも獲得できる「開かれた雑誌」として成立し、抜群の知名度を誇ることが出来たのだという側面を、見逃してはならないでしょう。そして、どうして90年代以前のこうした歴史が「断絶」として感じられてしまうのかを、きちんと検証しなければならないでしょう。FC2 同性愛Blog Ranking

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