たかがテレビ038●「わかりやすい物語」では、真のハートはつながらない

「わかりやすすぎる表現」ほど、実は警戒しなければ危険です。世の中っていうものは基本的に矛盾に満ちているものですし、一人一人の人間というものも矛盾に満ちた存在です。本来、そう簡単に「わかりやすいもの」など、あるはずはないのですから。
つまり「映像表現」というものが世の中を映し出す鏡なのだとしたら、「わかりやすい映像表現」というものは世の中を映し出しているとは到底、言えません。それは一種の「プロパガンダ」のようなものです。つまり「わかりやすい物語」で占められている最近のテレビ番組の大半は、ある既成の価値観を上塗りして補強するだけの「プロパガンダである」と言ってしまっていいでしょう。「客観的事実を描いているものである」と誤解されがちなドキュメンタリー的表現であるほど、そのことの危険性は高まります。

番組は基本的に彼女のライフヒストリーをドラマチックに描き出し、現在の生き方を「称揚」するのみで、その背後にある様々なものを「取りこぼして」いるのではないかと僕には感じられました。まず・・・皆が皆、彼女のように積極的に動いて「戦える性格」ではないでしょうに。「強くあること」を称揚する表現は、そうは出来ない者に「心理的プレッシャー」を与えかねません。
それに、MtFトランスジェンダーの皆が皆、外出時にメイクをしたくなるほど「女らしい女であること」を望む人ばかりではないでしょうに。「自分のことを男とも女とも思えないけれど、身体の性と心の性が一致しない感覚」を抱いているトランスジェンダーの方にも、実際に出会ったことがあります。
つまり「性同一性障害」という言葉の「性」が、「男」か「女」のどちらかを選べと強制されているかのように感じ、そうした強制には従えないという感覚を抱いている人たちだって世の中には少なからずいるのです。そうした当事者達の多様な現実に想像を至らせる表現や言及がなされないと、トランスジェンダーの方々が皆、世間で言うところの「男であること」「女であること」を望んで「性同一性障害」と呼ばれることを受け入れているかのような「新たな偏見」を視聴者に生み出しはしないでしょうか。

さらにもう一つ。
彼女が一ヶ月に「手取り12万円」しか貰えていないというのは、非正規雇用であるからという理由ともう一つ、「女性労働者であるが故の薄給」なのではないかと僕には思えたのですが・・・。まだまだ職場環境における男女差別の厳然と残っている日本社会において、彼女が「女として/MtFトランスジェンダーとして」生きて行くということは一体どういうことなのか。そうした「ジェンダーを変えた」ことによって生じるだろう新たな問題点への言及が、番組内では全くありませんでした。

彼女の「現実との戦い」は終わったわけではありません。今後もずっと戦い続けなければならないのです。そうした部分まで誠実に、きちんと視聴者に突きつけてこそ、初めて「ハートをつなごう」と呼び掛けられる番組になるのではないでしょうか?。「わかりやすい物語」に感動させてカタルシスを与えるだけでは、視聴者の思考は次に繋がりません。→FC2 同性愛Blog Ranking
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