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フツーに生きてるGAYの日常

やわらかくありたいなぁ。

中村中の歌世界008●nonsexual宣言。嘘からの解放

 10月10日に放送されたDRAMA COMPLEX「私が私であるために」では、主人公を励まし、そして主人公に励まされながら歌手としてデビューする女性を好演していた中村中(あたる)さん。相沢咲姫楽(さきら)さんとの場面では2人とも本当に可愛くて綺麗で、しかも演技がまっすぐで魅力的でした。『友達の詩』もいろんなバージョンをたくさん聴けましたしね。たとえドラマはショボくても(笑)、中村さんが生き生きと演技をして歌を歌っているというだけで、ファンとしては「見た甲斐があった」というものです(笑)。

 ところで、先日も紹介しました日経エンタテインメントでのインタビュー記事ですが、他にもこんな発言がありました。
日経エンタテインメント ! 2006年 11月号

-変声期を境に自分の声が嫌いになり、ピアノに向かったのが音楽活動の始まりとか。
●「そうですね。自分の声は嫌いだけど、音楽の仕事をしたいと思っていたので、ピアノ、ギター、ドラムなど楽器は一通りやりました。ドラマーとしてバンドを掛け持ちもしていましたし。」
-中村さんは「男という自覚はなく、女としての実感もない」とする表現が公式サイトにありますが、それは率直な心情?
●「GIDの人は、男の気持ちも女の気持ちも分かって便利だね」と時々言われます。でも私は「えー、そうかな」と思ってしまう。どちらかというと、両方ないというほうが近いんです。」

  「両方ない」

 そういえば、彼女がはじめて公にGIDであることを公表したLGBTカルチャー雑誌「yes vol.4」の表紙には、「nonsexualを告白」という表記があります。
「yes」オフィシャルサイト

 でもこれって実はすごく真っ当なことを言っているのではないかと思います。そもそも「男という人格」だとか「女という人格」があるわけではないのですから。人は皆、自分という「個人」としての存在以外、何者でもないのですから。彼女の言う「ノンセクシャル」とは、既成の「○○らしさ」に自分のキャラクターが当てはまらないということを意味しているのではないかと思われます。

 僕も、例えば誰かに「男だね~」とか「男のクセに○○」とか言われても、それが自分に対して言われているように感じることがありませんので、中村さんの言っている感覚が、ある程度わかります。だって僕は「男という人格」ではなく「僕」だから。既成の性の概念に自分を同一化することへの警戒心が、幼い頃からなぜか身に付いています。これは僕がゲイだからなのでしょうか、親の育て方の影響でしょうか、それとも僕の性格のせいなのでしょうか(笑)。

 中村さんがカミングアウトして、こうしたことを自由に語れるようになったということは彼女を「嘘」から解放することに繋がっていると思います。カミングアウトしなければ、こうした雑誌のインタビューでも、例えば恋愛の歌について語るときに「この歌は男女の恋愛について・・・」とか、マジョリティーの男女観に合わせた「嘘」をつき続けなければならなくなりますから。(実際にそうしている同性愛者の歌手もいるでしょうね。)それはきっと、彼女の性格では耐えられないことだったのでしょう。以下、「yes vol.4」より記事を抜粋します。

-これまで、プロフィールを謎めいたものにして来たのは、ひとりのシンガー・ソングライターとして、まず作品を聴いてほしかったからだ。けれども、注目を集めればメディアに登場しなければならず、いつまでも中途半端な状態でいるわけにもいかない。歌を聴いてくれる人たちに「嘘はつきたくない」と、スタッフとミーティングを重ねた上で、今までは語らなかったことを語ることにした。
●「私には、性がないんです」

●「がむしゃらに歌ってた。歌に逃げてないとどうしようもないってこともあったのかもしれないけど。小学校1年生位までは、純粋に歌が好きな子だったと思うんだけど、だんだん歌ってないとダメになってしまうというのがわかったというか。家でも学校でも居場所がなかったから、歌にすがったのかなと思うと恥ずかしいんだけど、歌うしかなかった。歌うことは痛くないし、歌うことで傷つかないし殴られないし・・・」

-周囲と自分が馴染まないことを、受け入れていたわけではない。
●「自分がこれでいい、と思っていたわけではないけど、どうしようもないんですよ。いろいろ考えて策を練ったりするんですけど、人数が圧倒的だから負けちゃって。自分が受け入れられないのがわかって、臆病になっちゃって。全然グレてたわけではないんですよ。」

●「ケータイの掲示板で見つけたゲイ・パーティーに行ったんですね。そこで同じ悩みを抱えているいろんな人たちと会いました。最初は、とりあえずホッとしました。そんな集まりに通っているうちに、友達になれた人もいますし、そこに来る人たちが逆にかっこよく見えたりもした。そこにいるみんなが、あまりに生き生きしてたから。だから逆に強くなれましたよ」

 今のところ露出されている媒体の中で、最も彼女が自身のことを多く語っているインタビューなのではないかと思います。しかもドラマ放送のだいぶ前。『友達の詩』が発売された直後の時点での発言です。まだ「インタビュー慣れ」していないからこそ生々しい、彼女の尖った一面とその背景を垣間見ることが出来るような気がします。興味のある方は、ぜひLGBTライフスタイル・マガジン「yes vol.4」の中村中インタビューを読んでみてください。FC2 同性愛Blog Ranking

「yes vol.4」購入はこちらから。

●You Tubeで「名唱」が見られます。
中村中「友達の詩」in 音楽戦士
僕らの音楽 中村中×岩崎宏美「友達の詩」

1st SINGLE「汚れた下着」
2nd SINGLE「友達の詩」
「友達の詩(1万枚限定生産盤)」
岩崎宏美「Natural」

中村中公式ホームページ
ブログ「恋愛中毒」

NEWS!
●10月14日・21日「友達の詩」リリースイベント・・・ラゾーナ川崎プラザ2Fグランドステージ
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「クイア」を学び切り拓く002●“夫々”と“婦々”に寛容な国、フランス

 前回に引き続いて「論座10月号」に掲載されたSEXUAL MINORITY特集から御紹介。

 いや~ぶったまげますよフランスのLGBT事情の先進ぶりっ!政治の世界での「可視化」が進んでいるフランスでは、驚く位にLGBTの権利が保障され始めています。その様子を「“夫々”と“婦々”に寛容な国、フランス」というタイトルでレポートしたのは、フランス留学中の及川健二氏。1980年生まれで20代の彼はノンケということですが(笑)、すごくLGBTフレンドリーな執筆活動を展開している素敵な人です。フレーフレー及川さんっ!

パリ市長は有名なゲイ

 パリの市長が同性愛者なのは知ってますよね?ベルトラン=ドラノエという人で、1997年に地方の市長をしているときに「ゲイであること」をカミングアウトしたらしい。

 彼(ドラノエ氏)が一貫して続けているのは反差別という政治姿勢だ。女性差別、ユダヤ人差別、人種差別、イスラム教徒への差別といった問題にパリ市議・国政議員として取り組んできた。生まれ、幼少の頃を過ごしたのがチュニジアというイスラム圏の国であることから、政界の中でもイスラム教にかなり理解のある政治家として知られている。

 そんなドラノエ氏の中央でのカミングアウトは1998年にテレビ番組「Zone Interdite」に出演した時だそう。

「そう、私はホモセクシュアルです。今日(この場で)おこなっている議論の重大さを私は承知しています。しかし、私はもう48歳なのです。自分の信念を持って生きなければならない。自分のキャリアなど、私にとっては最も重要なことではない」

 政治生命が絶たれるかもしれないリスクも予想される発言だったわけですが、見事3年後の2001年にはパリ市長選挙に当選。パリ市庁舎前には多くのLGBTが集まり、歓喜の雰囲気で包まれたそうです。彼は今では、フランスで最も有名なゲイであり国民からも支持が高い政治家として有名なんだとか。す・・・すごいです~!

 「PACS法」という、擬似結婚制度

 そんなフランスでは「TÊTU」というゲイ&レズビアン向けの総合月刊誌がキオスクや街の書店で普通の女性誌・男性誌と並んで売られているそうです。ポルノを載せない同性愛者向けの雑誌として1995年に創刊され、すでに現在115号まで発行。なんと大統領や首相がインタビューに応えたりすることもあり、無視出来ないマス媒体として成長しているというのだから恐れいります。
「TÊTU」の公式サイト

 また、同性愛者向けのテレビ局「ピンクTV」が2004年に開局したりと、「同性愛」が普段からあちこちで「見えるものになっている」というから感動的ですね~(涙)。
Pink TVの公式サイト

 それに、1999年にはパクス(連帯民事契約)制度が施行され、結婚よりもゆるい擬似結婚制度として活用する人が増えているそう。パクスと結婚を比較すると、こうなるそうです。

●結婚は男女カップルのみに限定されるがパクスは同性カップルも締結できる。
●結婚は原則として両者の合意があって解消されるが、パクスは片方の意思だけで解消できる。
●結婚には貞操義務があるが、パクスにはない。

他に、パクスならではの特色はこちら。

●財産を一方から他方へ贈与するなどして共有の形にすることができる。
●別れるときは財産を分けることになり、一方が亡くなった場合は残った者が財産を譲りうけることも可能。

・・・「パクス法」が施行される前には、フランスで国民的な議論が沸騰。そのおかげで今ではすっかり「同性愛」はタブーではなくなったということです。「私たちはパクスする」という言葉が日常的に使われる言葉として浸透し、テレビドラマなどでも使われているというのです。

 「パクス以降、同性カップルは自分たちの性的指向を隠さずにすむようになり、道で手をつないで歩くというようなことも当たり前になりました。同性愛者であることを両親や友人に公言できるようになったということは、解放と認知という効果があったということを示します。これまで差別され、戦時中には迫害さえされてきた人々が、パクスによって人間としての尊厳を取り戻すことができたのです。」(条文を作成した社会党のパトリック=ブローシュ国民議会議員の発言)

 男性同士の結婚式が大注目!

 さらには「パクスでは不十分だ」とする人もいて、ノエル=マメール国民議会議員は2004年4月、自身が市長も兼任するベグル市役所に結婚式を申し込んだところ受理されます。つまり「同性カップルの結婚は前例がなく民法では認められない」という通説がくつがえったのです。

 しかし6月5日の結婚式当日は市役所前に賛成派・反対派が大挙して押し寄せ大混乱。反対派の中には「これは結婚ではない、公然わいせつだ」「ホモを強制収容所へ」と叫ぶ人もいたとか。

 そんな騒ぎの中、11時15分に市役所内で結婚が市によって正式に宣言されます。マメール氏が感動のあまり涙ぐむ場面がテレビで全国に流れたそうです。その後、内務大臣がマメール市に1ヶ月の停職処分を命じ、この騒動は終結。・・・たくましい政治家がこうして次々に道を切り拓いたからこそ、世の中が実際に変化したのですね。

 2007年大統領選挙では「同性婚」が争点に

 こうしてタブーではなくなった「同性カップルの結婚合法化」は、いよいよ次期大統領選挙の争点の一つにもなりそうな気配だというから驚きです。

 世論調査でも「合法化に賛成」する人の率が多くなってきており、社会党の大統領候補セゴレーヌ=ロワイヤル議員は、LGBT雑誌「TÊTU」のインタビューで「社会党は平等と相互尊重の名の下に同性愛者の結婚を合法化するでしょう」と発言。つまり彼女が大統領になれば、合法化が実現する可能性が高いのです。

 現在、同性カップルの結婚が合法化されているのはスペイン、カナダ、ベルギー、オランダの4カ国。5番目の国にフランスがなるのかどうか要注目ですね。(日本はいったい何番目になることやら・・・笑)。

・・・ここでは記事の概略を紹介してきましたが、もっと詳しくフランスの事情を知りたいという方は、10月23日に発売される及川健二氏の著書『沸騰するフランス』。さらには10月25日に発売される『ゲイ@パリ』を読みましょう~。僕ももちろん両方買います。すっごく楽しみです~っ!FC2 同性愛Blog Ranking

及川健二著「ゲイ@パリ~現代フランス同性愛事情」(長崎出版)

ブログ「及川健二のパリ修行日記」

たかがテレビ035●曖昧さにも目を向けよう~ドラマ「私が私であるために」を見て

 演技も曖昧な方がおもしろい。

 10/10(火)22:00~日本テレビDRAMA COMPLEXで放送された「私が私であるために」を見ました。新聞発表の副題がすさまじかったことはいつもの恒例として笑えるとしても・・・

 な~んか、後半がグダグダなドラマでしたね~(笑)。役者たちが激情をほとばしらせて感情過多な演技をしはじめると、途端に芝居じみてしまって冷めちゃいました(笑)。前半、せっかく繊細で丁寧な演技で魅せていたのに・・・なんなんだあの家族の泣き叫び場面はっ!(怒)。展開が強引すぎますよね。もっと日常感覚を丁寧に積み重ねて描く方が、よっぽどドラマティックではないかと思うのですけど。ドラマの描くドラマティックって、本当はちっともドラマなんかじゃない。些細な細部にこそ、本当のドラマはあるのだから。

・・・と、愚痴は最初に零しておいて(笑)。でも、主演の相沢咲姫楽(さきら)さんと、歌手・中村中(あたる)さんの演技は、役者っぽくない生々しさがあって見ていてすごく惹き込まれました。中盤から登場した雛形あき子さんとか中村俊介さんなどの「中堅プロ役者」たちが「型にハマったスタイル演技」をし始めたせいでドラマの緊張感が一気に停滞。不安定で曖昧だけど瑞々しい新人の演技の方が、ずっとリアリティーがあって胸に迫ってきますね。もちろん、当事者が自分に関わる問題を演じているということも大きいのでしょうが、それ以上に「新人」の瑞々しさの輝きが際立っていたドラマではないかと感じました。

 内容としては、想像していた通りの展開で特に言うことなし(←まとめ過ぎ。笑)。ただ、一番気になるのが「しあわせ」とか「本当の私」という言葉の連呼。おいおい。人って、そんなにアイデンティティーをはっきりさせないと安心出来ない生き物なのでしょうか。そんな風に自分を固定させようとするから、苦しいんじゃないかと思うのですが。

「しあわせ」なんていう答えはどこにもない。
「アイデンティティー」なんて固定しなくていい。むしろ揺れ動き続けるのが「成長」であり、
揺れ動き続けるのが「生きる」ということ。
いいじゃないですか、曖昧なままで揺れていたって。変化を楽しみましょうよ。

  「性はグラデーション」なんだってばっ!

 このドラマを見ていてやっぱり気になったのは、いわゆる「性同一性障害(GID)」の人たちが、結局は「性別二元論」の価値体系の中に当てはめて理解されているということ。ドラマでも描かれていましたが、彼ら/彼女らが「障害」と認定されるには、いわゆる「男」「女」になりたいということを証明するために「男性性」「女性性」を過剰に希求してしまいがちな制度となっているのです。

 すなわち「障害」と認定されるくらいに明確な意志を持っている人たちは制度上救済されますが、それほど「はっきりとはしたくないけど違和を抱えている」という、曖昧な人たちは救済されにくい。相変わらず差別・偏見に苦しめられ続けてしまうのです。

 「女になりたいのっ!」と明確な意志を持っているドラマの主人公を横目で見ながら僕は、今年の5月23日に行われたICUでの尾辻かな子さんの講演会「虹色の社会を目指して」で知った、「性的マイノリティーの基礎知識」を思い出していました。

 以下に紹介する指標は、LGBTのことを説明するのみならず、自分のことを「正常な男」「正常な女」と認識している、いわゆる「ノンケ」の人たちにも当てはまる、性に関する基本的な指標です。僕は、ものっすご~く納得できる指標だと感じ、目から鱗が落ちました(笑)。


性の3指標 (注:僕なりの理解です。)

①身体的な性=sex
女←←←←→→→→男

★きっちりとわかれるものではない。
・・・半陰陽(インターセックス)の人など。生まれた時には性別がはっきりしない人たちがいるのだが、医者が独断で「男」「女」にしてしまうことが問題視されている。

②性自認(心の性、自分の思う性別)=gender identity
女←←←←→→→→男

★きっちりとわかれるものではない。
・・・トランスジェンダーとは、身体的な性と心の性の食い違いが大きい人たちのことを言う。

③性的指向(誰を好きになるか)=sexual orientation
女←←←←→→→→男

★きっちりと固定しているものではない。
・・・同性愛者とは、身体的な性と性的指向が同じ性に向かう人のことを言う。
・・・トランスジェンダーでも心の性と性的指向が同じ性に向かう場合は、同性愛者と言う。
・・・性的指向が男女両方に向く人のことを、バイセクシャルと言う。


■ちなみに僕の場合は・・・(10段階で)
①身体的な性→男10(たぶん)
②性自認→男7、女3くらい。
③性的指向→男8、女2くらい・・・かな?
・・・②と③が一致しているから同性愛者。
要するに、今のところゲイ。

■このドラマの主人公を予想で当てはめると・・・
①身体的な性→男10 (たぶん)
②性自認→女10(性転換したがるほど強固)
③性的指向→男10(おそらく)
・・・①と②が食い違っているからトランスジェンダー。そして②と③が食い違っているから異性愛者。

 ドラマを見る限り主人公は割とはっきり矢印の先が固定されていそうな人であり、世の中の「性別二元論(性は男と女にはっきりと別れる)」に当てはめて理解を得やすいことがわかります。

 だから最近、このタイプの「性転換を希望する性同一性障害者」はドラマでもよく描かれますし、人々の反響も得やすいのです。しかも日本では決まって若くて可愛くてスレンダーなヒロインが起用されています。そして「性別二元論の『女』に当てはまりたがっているのだから救済してあげよう」という発想で法整備も進みやすいのです。要するにそのことによって「男」「女」という区分けの正常さが補強されるわけだから。

 しかし実際には、3指標のうちの1つ~3つが、はっきりと「男」「女」に固定されない曖昧な場所にある人たちもたくさんいるのです。トランスジェンダーでも身体までは変えたくなかったり、自分が男であることにも女であることにも違和感を覚える人はたくさんいます。

 世間の既成概念からするとそうした人々の抱える葛藤は、「曖昧」であるがために理解されにくいのが現状です。だから、そうした人たちの存在がまだ全然可視化されていません。

 僕らLGBTの多くは、そうした「曖昧」な領域に属しています。そして、これはLGBTだけの問題ではないように思われます。実際には多くの人たちが、本来「曖昧である部分」を抱えているはずなのに、強引に世の中の仕組みに自分を合わせることで、やり過ごしているのが実際のところではないかと思うからです。

 こうした側面にこそ、これからはもっと着目するべきではないでしょうか。お涙頂戴GIDドラマもいいけれど、もっと曖昧で複雑な領域にも果敢に踏み込んだ、次の段階へと深化したLGBTドラマが、もっと生み出されるべきだと思います。FC2 同性愛Blog Ranking


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