ペドロ・アルモドバル「バッド・エデュケーション」●MOVIEレビュー

美と醜。人の内奥に潜む対照的な「官能」のどちらをも刺激してくれる快楽に満ちた映画。
若いゲイの映画監督のもとに、かつて恋心を抱いた親友だと名乗る男が役者として訪ねてくる。しかも二人の幼い頃の体験を描いたシナリオを手にして。シナリオに書かれていたのは二人が神学校にいた頃からの話。少年時代、二人が惹かれ合っていたことや、その後の別れや苦難の道のりまでを全て含んだエピソード。彼らは少年時代、神父の嫉妬を買い、離れ離れにさせられてしまったのだ。
彼らの歩んだ人生の軌跡を「謎解く」かのように映画は描き出す。映画監督が撮影する「映画の場面」と「過去の回想」それに「現在の場面」が交錯し、観客に混乱させる構造がミステリアス。どの場面においても登場人物たちの思いは激しくぶつかり合いながらも、あるいは嘘で塗り固められた復讐譚として進行し、あるいは盲目的な愛の愚かさを浮かび上がらせる。

映画監督と俳優は互いに騙し騙され、打算と欲望が入り混じったまま男同士で身体を重ね合い、ゲームのように互いを牽制し合う。互いに本音を胸に秘めたままで化かし合っているからベッドシーンも気が抜けない。
全篇にわたり、画面の色彩は近年のアルモドバル監督作品特有の原色で満ち、登場人物たちのグロテスクな内面をより刺激的に炙り出す。主演俳優であるガエル・ガルシア・ベルナルは3役をこなした。役によって使い分けられた「性を軽々と超越」した美しさと色気には、ただただ圧倒させられる。なんて色っぽい俳優なんだろう。彼が出ているだけで意識は完全に、画面に吸い寄せられてしまう。
善の下僕でありながら欲の奴隷でもある神父
神父というものは立場上「善」を人々に説き、自らは神の代弁者であることが要求される。その神父がカトリックにおいて「悪」だと定義される同性愛者だった場合、抑圧された欲望は歪んだ形で表出してしまう。これは歴代のゲイ映画において繰り返し描かれて来た題材ではあるが、それだけこうした例は数多いということなのだろう。

少年には、好き合っている別の少年がいた。目ざとく気付いた神父にはそれが許せない。嫉妬に狂った神父は二人を引き離すべく、当然のように権力を行使し、恋のライバルである少年を神学校から追放する。
その後、神父は少年を好き放題に弄んだのだろうか。神父の性的悪戯で少年は心に深い傷を負い、その後の人生は荒み、病んで行く。その中で書かれたのが、冒頭で登場する映画のシナリオなのである。
パンフレットに、アルモドバル監督の発言が掲載されていた。
逆境の中でこそ生まれる情熱「個々の細かいエピソードは、僕の身に実際に起こったことではない。けれど、深い意味では自伝的ともいえるね。もちろん、インスピレーション源になった話もある。マノロ神父のキャラクターは、架空のものだが、僕が少年時代、カソリック学校のふたりの友人が彼らの身に起こったことについて話してくれたんだ。それが、少年たちが川べりや聖具保管室で性的悪戯をされるシーンなんだ。でも、こうした描写をしたからといって、僕はカトリック教会に石を投げるつもりはない。誰かを糾弾するためにこの映画をつくったわけじゃない。」
監督のこの発言は非常に優等生的だ。年齢的な成熟と、大物映画監督としての政治的配慮が言わせているのだろう。しかし本音は作品を見れば一目瞭然だ。なぜならこの映画の立脚点は明らかに「カトリック教会批判」であり、権力を利用した神父の非人間的な振る舞いがなければ、この物語は生まれなかっただろうから。映画全体は結局、そのことへの抗議を強める路線をひた走る。監督の意図はどうあれ、冷静さを著しく欠きながら。

それは反面、「情熱」という、表現者が表現者として生きる上でのエネルギーの源泉を得やすい立場だとも言える。アルモドバル監督の場合は、そのエネルギーを「映画」で表現することで燃焼させている。ゲイだからこその感性を、人間のダークな部分までをも包み込み表現する映画監督という職業に生かしている。
監督は現在50代であり、その人生において蓄積されたものの重さ、溜め込んできた様々な怒りを色濃く感じさせる映画だった。世間に対してゲイを「オープンに」することで、引き受けてきたものもあるのだろう。スペインにおける同性愛者の辿ってきた歴史なども知った上で見ると、また違った見方が出来るのかもしれない。
この映画の登場人物は逞しい。
そして、各々が自身の「情熱」を燃焼させることに忠実であるから、理屈ぬきに美しい。しかしその美しさは、生きるために引き受けざるを得なかった様々な「美と醜」を併せ持っているからこそ醸しだされる美しさであり、内実は毒々しい棘だらけのものなのだ。
毒も棘も引き受けた上で我々は生きている。情熱に転化しながら。
「バッド・エデュケーション」(BAD EDUCATION/La Mala Educación)
2004年 スペイン
監督:ペドロ・アルモドバル
出演:ガエル・ガルシア・ベルナル 、フェレ・マルティネス 他

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