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フツーに生きてるGAYの日常

やわらかくありたいなぁ。

2006-05
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LGBT可視化に向けて005●「ゲイのゲイ・コミュニティー嫌い」終了


 素朴な映像に教えられたこと

 IDAHOナイトの後半の時間では、尾辻かな子さんが先ごろ参加してきた国際レズビアン&ゲイ連盟世界会議(ILGA)の際に撮影してきたというビデオも見ることができました。aktaの白い壁にプロジェクターで映されたのは、会議に参加した世界各国のLGBT活動家たち。部屋の一角に皆が集まり、その映像を見ました。

 いろんな人種のゲイやレズビアンが次々と登場し、カメラに向かって語りかけてくる様子が映し出されます。そういえば、こういう姿を見ることって、日本のメディア状況ではほとんど皆無に等しいのが現状。同性愛者が肩肘張らずに「普通のテンションで話している姿」がメディアで流されること自体がまず「無い」し、ましてや海外にいる人たちの姿を見る機会なんて、もっと無い。ホームムービーで気軽に撮影されたその映像は、妙な脚色や演出が施されていない分、映されている人たちがとても身近に感じられました。

 尾辻さんは映像を紹介しながら「世界中、どこにでもいるんだと思ったら嬉しくなるでしょ」と言います。僕はその言葉に・・・ちょっとばかし涙腺が刺激されてしまったりなんかして(←ピュアだなあ←自分で言うなっ!笑)。そして思いました。映像って、本当はこういう風に人々を結びつけるためにこそ、使われるべきものなんじゃないか?と。(←これは真面目にそう思う。)

 その後、軽く質疑応答がありました。やはり出席しているメンバーは大学の同性愛者サークルや、普段から活動に活発に関わっている人たちでした。彼らの意識は非常に高いし、この場所にいる者に求められる「最低限の知識」を共有している様子がわかります。それに引き換え僕は、交わされている言葉の意味が、わからなかったりもしてしまうのです。自分が情けなかった。僕の「ゲイとしての知識」って、ノンケと大して変わらないのかもしれません。しかも、世間に対して実践的な活動をしている彼らのことを、相当に強固な「色眼鏡」で見てもいました。、その場にいながら僕はかなり、自己嫌悪に陥りました。いたたまれなくなりました。


 意地

 僕は今まで非常に失礼なことに、ゲイ・コミュニティーは「閉じている」ものだと感覚的に判断し、関わろうとしないようにして来ました。意識的に、距離を置いて来ました。でもそれはもしかしたら、せっかくこれまで築き上げられてきた「ゲイの先人たち」の知恵や蓄積を、無視することだったのかもしれません。それって、実はすごくもったいないことなのかもしれません。

 僕らが少しでも生きやすくなるように、いろんな思いをしながら考察されてきた様々な経験や知的蓄積もあるのです。様々な組織があり、運動体もあり、ゆるやかな共同体が形成されているのです。そうしたものがちゃんとあるのに避けてきた今までの自分の意地の張り方が、途端に妙なものに思われて来ました。

 「ボーダーラインに身を置いて、だからこそ感じることを感じてみたい。」

 一言で言うと、僕の意地はそういうポリシーの元に、張られていました。このブログを書き始めた当初も、そんな気持ちで突っ張っていました。しかし一方では、ノンケ社会の中で会社員として働き、異性愛者として見えるように振る舞う中でつい演じてしまったり、疲れて閉じたりしてしまうこともある自分の心に、だんだん疲れても来ていました。このブログを書きはじめたことで以前よりも更に意識的に「ゲイとして感じること」に過剰に敏感になってしまったせいか、逆にしんどくもなって来ていました。考えないようにすればもっと楽に過ごせるかもしれないのに、どうして自分は「ゲイ」という概念について、こうも毎日考え続けてしまうんだろう。

 会の途中からそんなことを考えはじめ、気持ちを整理したくなりました。

 会がひとしきり終わり、これから「交流会」が始まるというときに、僕はその場から出ることを選択してしまいました。頭を冷やしたかったのです。誰かと会話する気にはなれなかった。

 僕がムッとした顔のまま部屋を出るのを目撃したaktaのスタッフが、追いかけてきてくれて「コレ、良かったらどうぞ」とaktaのチラシを手渡してくれました。渡してくれたときの笑顔がなんとも言えず温かくて気持ちが和らいだけれども、その場から早く離れたくなる気持ちは変わりませんでした。


 ルミエールに入ってみた

 仲通りに出て、ふと向かいにあるゲイ・ショップの「ルミエール」に、久々に入ってみました。そこには様々なグッズやゲイ雑誌・ゲイ書籍・DVDなどが所狭しと並べられています。そういえば最近の僕は、ゲイ雑誌「BAdi」すら毛嫌いして読んでいませんでした。「ゲイのゲイ・コミュニティー嫌い」とでも言いましょうか、「閉鎖した感じ」が嫌いな僕は、この雑誌の「ゲイ専用」に閉じている(と、僕が感じる)編集スタイルを「気に食わないもの」だと感じ、ずっと読んではいませんでした。

 中身は相変わらずのエロが満載、ゲイ風俗の広告満載状態。ゲイを自認した当初の僕はむしろエロを求めて買いまくっていたもんだけど、いいかげん飽きてしまってからは御無沙汰でした。

 しかし久しぶりに中身をよく見てみると、エロ以外にも記事の内容が、けっこう充実していることに気が付きました。すべてゲイに向かって書かれているから、そういう文章だというだけでも心がなごみます。さらに、尊敬している人のコラムも連載されていることを、遅ればせながら知りました。なに~っ!それだけでも買う価値、充分にあるじゃないかっ!実はこんなに内容が充実した、なんでもありの「てんこ盛り状態」の雑誌だったなんて・・・ 以前買ってたときはエロにしか興味がなかったから、見事にそういうページをすっ飛ばしていて気付かなかったらしいのです(爆)。

 うっわ~、今までの自分、損してた(笑)。

 これからは素直になって、もっと「ゲイだからこそ享受できるもの」を受け入れよう。そんな風に「素直に」思った夜でした。

 結局、「BAdi」をバックナンバーも含め、3冊も買ってしまうという不思議な展開で幕を閉じた夜でした。わけわかんね~!(笑)FC2 同性愛Blog Ranking

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たかがテレビ030●今夜も「ゲイ当て」TBSネプベガス

 なんだか最近、連日のようにテレビの中で「ゲイ」が登場してます。ここまで来るとやっぱり「なにかが変わってきている」ことを感じさせますね。良い方向に繋がるのならばいいのですが。
 5/9に引き続き、今夜もTBS「ネプベガス」で「ゲイ当てクイズ」が放送されるようです。
番組表参照。「ゲイ当て」とだけ書いてありますよ。放送は23:50~。
 もしかしてこの企画、視聴率的に好評だったのでしょうか。前回の場合は「正解」として登場したゲイたちは皆、新宿2丁目のゲイバーの店員だったという「オチ」だったのですが、今回はどうなんでしょうかね。
 このクイズ、「もし隠れゲイがいたらどうするんだ」という懸念もあるのですが、いろんなことが読み取れますよ。放送される地域の方、ぜひチェックしてみてください~。FC2 同性愛Blog Ranking


<前回放送時、このブログではこんなことが語られました。その後いろいろあったから、すでになつかしい・・・。>
たかがテレビ021●「本物を見破れ!街角ゲイ探しクイズ」ってなんぞや?
たかがテレビ022●「なるほど・ザ・こいつがゲイだ!」と無邪気な笑顔で言われても・・・
たかがテレビ023●「なるほど・ザ・こいつがゲイだ!」と無邪気な笑顔で言われても・・・2

たかがテレビ029●検証「真夜中の新宿2丁目~自由奔放な魅惑の街」②2丁目の記憶

  言葉がストレートでスミマセン

 前回の予告とは異なりますが、番組内容に踏み込む前にもう少し、あの「番組宣伝CM」について、こだわってみたくなりました。

・・・というのも、前回の記事に対して次のような非公開コメントをいただいたからです。お名前を公表するわけではありませんので、非公開とされていたところを申し訳ありませんが文面を一部、公開させていただきますね~。

いつも冷静なakaboshiさんにしては、
過激な言葉が並んでいるような気がして驚きました。
マイナーな意見や、嗜好や性癖はゲイだけではなく真剣な眼差しで
とらえてもらえないのが普通です。
そうしないとNHK教育のようになってしまうからです。
今回の番組は、他の番組からみても、かなりマシだなというのが
私の感想だったし、最初のakaboshiさんの感想だったような気がしたけれど、
それが変わったのは、先日のホワイトバンドの会合で影響を受けたからなのかな。
強く主張すれば、必ずしも物事がかなうわけではないと思う。
逆に、近寄りがたくなってしまうんじゃないかな?
今までのakaboshiさんのフツウの視線に共感していたんですが。
あまり怒ると健康にも良くないというところには、賛成です。
ゆっくりと睡眠をとられるか、甘いお菓子と紅茶でもいかがですか?

 あっれ~、そんなにいつも冷静かなぁ。このブログではしょっちゅう感情的になって失敗して来たけどなぁ(爆)。ま、それは置いといて・・・たしかに自分で読み返しても前回の記事では激しい言葉が羅列されていると感じましたが、あれが率直な思いなんです。ちょっと書き方がストレート過ぎたかもしれませんが(笑)。

 誤解しないで頂きたいのは、僕は放送された「番組」そのものに対しては、ある程度の評価をしています。しかし「番組宣伝の仕方」に対しては怒りを禁じ得ないのです。その理由をもう少し書いてみますね 。

補足:上記の非公開コメントに対して
●「同性愛」は性的嗜好ではなく「性的指向」であり、「異性愛」「両性愛」と同じように「本人の意志に関係なくその方向に向かわずにはいられない」ものです。
Wikipedia「性的指向」 参照
●同性愛が「真剣な眼差しでとらえてもらえないのが普通」になってしまっている原因の一つは、同性愛が「性的嗜好」だと誤解されているからなんです。
・・・この違いは、僕も自分がゲイなんだと自認してから、はじめて知りました(笑)。今のところ、知らない人の方が多数派だとは思いますが、ぜひこの機会に知っていただければ嬉しいです。
●近寄りがたくならないように気をつけま~す。ご指摘ありがとうございました。ア、あと僕が出た会合はホワイトではなく「レインボーバンド」を販売している運動体のものです~。
「Act Against Homophobia」ブログ

 僕があのCMに怒る理由

 考えてみればテレビというのは日常空間に置かれたメディアですから、映画と違って「その作品を選んで観に行く人」のみが接するものではありません。番組を選ばなくても「なんとなく」点けていれば目に飛び込んでくるし、「なんとなく」チャンネルを廻せば見ることが出来てしまいます。

 この番組の放送当日、朝から日本テレビを「なんとなく」いつもの習慣で眺めていた多くの人の目に、「真夜中の新宿2丁目」の番組紹介スポットCMは飛び込みました。たった12秒ではありますが、回数としても頻繁に流されたのでしょうし、おそらくあのCMの視聴者数は夜22:00からの番組を見た人の何倍も多かったことでしょう。

 22:00から放送された番組を一時間かけて真剣に見た人にとっては、ディレクターが取材を通して出会った同性愛者たちへの「戸惑いの視線」や、ほんのわずかながらですが垣間見られた「共感の視点」などを、「物語として」細かく読み取りますから、賛同や反発も含めて複雑な感情や思考を呼び覚まされたことでしょう。それはとても意味のあることです。しかし、あのCMしか見なかった多くの人々にとっては、「あの12秒」でしかないのです。

 しかもその12秒は「ノンケ視聴者」向けに「彼らが思っているだろう同性愛者たちのステレオタイプ」を誇張気味に提示し、「気持ち悪~い。でも怖いもの見たさで見てみた~い。」と思わせることを意図して作られたものであるように、僕には感じられます。

 「これが噂の新宿2丁目」というナレーションの後、「おかまで~す」という台詞。さらに「怖いもの見たさのあなたに送る禁断のツアー」という言葉が12秒のうちに畳み掛けるように連続し、音だけを聴いていてもかなり「おどろおどろしい」イメージが与えられ「同性愛者=怖いもの」であるという偏見が助長されかねません。映像ではさらに輪をかけて、実際の番組ではそれほど中心的には描かれなかったはずの「センセーショナルな部分」のみがピックアップされてもいます。

 あの頃の僕が見たら

 もし「ゲイを自己認知」せず悶々とし、新宿二丁目にも行ったことのなかった4年前までの僕があのCMだけを見て番組を見ることが出来なかったら、薄っすらと感じていた「ゲイである本当の自分」に向き合うことに、さらに怯えて自己嫌悪を深めたかもしれません。かなり小心者でしたし、このまま誰とも付き合うことが出来なくてパサパサの人生を過ごす位ならいっそのこと「死んじゃおっかな~」とも、よく考えてましたから(←おいおい。笑)。

 なぜなら僕も世間の人たちと同じようにゲイを「怖いもの」だと思っていましたし、二丁目に行って仲間に会ってみようとは思っても、やはり「怖い場所」だというイメージがあって、なかなか踏み切ることが出来なかったからです。インターネットも使える環境になかったので、同世代のゲイよりもずっと、僕は奥手だったのではないかと思います。だから最初に踏み込んだ時の恐怖感と言ったら、それはもう半端じゃなかったです。僕にとっての「2丁目」とは、そういう記憶の詰まった街でもあるんです。

だから僕は怒るんです。
あのCMの流し方には断固、怒るんです。
同性愛者を「自己嫌悪」に追い込む可能性のある無神経な表現には、怒りを感じるんです。
あの頃の僕と同じような人は、今でも全国に少なからず、いるはずだから。

・・・あぁ、また感情的になってしまいました(笑)。

 我々は「います」。

 滅多にテレビで取り上げられない同性愛者たちの暮らしぶりや文化、そして仲間たちの様子。あの番組を「穴の開くような強烈な視線で」凝視したのは、僕と同じような苦しい時期を過ごした、あるいは現在過ごしている当事者たちだけだったのかもしれません。

 しかし我々は、それほど少数派ではありません。カミングアウト出来ないから表面化していないだけであって、少なく見積もっても日本には600万人以上は同性愛者がいると推定されています。「自己認知」していない人を含めれば、さらにそれ以上の人数に上るでしょう。
アメリカでは「5人に1人が同性愛者」という調査結果までもが発表されたりしています。

 あのCMは同性愛者も見ます。そして思うのです。「あ、また僕ら(私ら)は、いないものにされている」と。でも、そんなことをいちいち気にしていたら生きては行かれませんから、スッと心のスイッチを切り替えて、気にしないようにしていつの間にか鬱積を溜めています。日常、そんなことばっかりです。

 「いないもの」だという想定で、人としての想像力を持たれない状況が普通とされる世の中は、やはり「おかしい」と僕は思います。FC2 同性愛Blog Ranking

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