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フツーに生きてるGAYの日常

やわらかくありたいなぁ。

2006-05
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LGBT可視化に向けて001●「運動体」への嫌悪と向き合う


 正直なことを書きます。

 僕は政治的主張を行う運動体の活動にはアレルギーがあり、これまで参加したことはありません。政治的主張をするために人が集まると、どうしても「戦闘的」にならざるを得ないことに抵抗感があるためです。もちろんある程度「戦う」ことは必要なことだし、集団で「ある主張」をするためには、ある程度の「意見の単純化」は必要でしょう。しかし、その集団内部で「主義」が生まれ、外部から孤立して閉鎖的になってしまう恐れも、常に抱えていると思います。

 本来、人間は一人一人が多様な存在であり、ある出来事に出会ったり、人との出会いによって柔軟に、意見や見解は「更新」されて行くべきものだと思います。そうした人々が「ある一つの主張」の下で集団を組むことは、一人一人にとっては、ある程度「集団の持つ暴力性」を受け入れなければなりません。僕はたぶん、そのことに敏感なんだと思います。

 今日、5月17日を「反ホモフォビアの日」に制定しようという運動体「Act Against Homophobia」の活動について。いくつかのブログで紹介されていたために知っていました。しかし僕は今日まで「静観」という態度を取って来ました。運動の主旨である「国際反ホモフォビアの日の制定」には賛同できるのですが、その実際の活動や主張の仕方、集団のあり方について見えにくい部分があり、イマイチ「賛同」に踏み切れなかったからです。
「Act Against Homophobia」ブログ

 購入を呼びかけている「レインボーバンド」を付けることなど僕の現在の生活環境では不可能なことだし、それが暗に示している「カミングアウト至上主義」には抵抗を感じます。この集団に「賛同」を表明すると、そうしたことにも「賛同」することになってしまうのかと思うと踏み切れないのです。

 そして、今日は新宿の街頭キャンペーンで「反ホモフォビアの日」のアピールをするようですが、そのビジュアルイメージにも賛同しかねます。
「Act Against Homophobia」内「5月17日の行動(予定)」

 僕もこのブログで失敗したことがあるのですが、「戦闘的なイメージの露出」は、せっかくLGBT問題に興味を持ちつつある人たちを逆に、感覚的に「引かせる」ことに繋がってしまうと思うからです。

 僕らがテレビ番組の宣伝で「ゲイ」「レズ」「おかま」という言葉がセンセーショナルに取り上げられた時に感じる抵抗感。あれと同じような感覚を、「戦闘」というセンセーショナルなイメージは、非当事者たちにもたらしてしまう危険があります。もし「やられたら、同じようにやりかえせ」という方針があるのだとしたら、それは違うと思います。そこはもっと大人になって「他者」というものを想像し、上手に計算高くイメージ戦略を行う必要があるのではないでしょうか。

 今日、僕は新宿に「Act Against Homophobia」の活動を「見に」行こうと思います。ただここで批判しているだけでは、なにもはじまらないと思うからです。そして、実際に活動している人たちが、どんな人たちなのか。街頭デモンストレーションが、現場でどのようなリアクションをもたらすことになるのかを、自分の目で見てみようと思います。「外の目」と「当事者の目」を往還させながら。

 僕が「運動体」に感じる抵抗感は、ひょっとしたら彼らとまだ「出会っていない」からなのかもしれません。「嫌悪」という感情の原因の一つは、「無知と臆病がもたらす思い込み」だと思うからです。僕は今日、「運動体」という戦い方に感じている自分の「嫌悪」に向き合ってみたいと思います。FC2 同性愛Blog Ranking



●こちらに続きます。
LGBT可視化に向けて002●おさえてしまった気持ち
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