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フツーに生きてるGAYの日常

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ゲイ映画「ぼくを葬る」公開中

 監督本人がゲイであることから、これまでに何本も作品の中にゲイを登場させてきたフランソワ・オゾン監督。いよいよ今作「ぼくを葬る(おくる)」では、自身をモデルにした人物を主人公にし、余命3ヶ月を宣告されたゲイが、自らの死をどう受け入れて行くのかを描いているそうです。(日比谷シャンテ・シネ他で公開中)

 前作「ふたりの5つの分かれ道」では、物語の重要な要素としてゲイ・カップルが登場し、そのライフスタイルがヘテロ・カップルとは対照的なものとして提示されていました。初期の作品「ホームドラマ」「クリミナル・ラヴァーズ」「サマードレス」などでも、ゲイやバイ・セクシャルを登場させて、その心理を鋭く描写しています。

 卓越した映像テクニックや、俳優の演技への細かい演出力、鋭いブラックユーモアで観客を惹きつけて止まないオゾン監督。監督自身がかなりイケメンであることも影響してか(笑)日本では圧倒的に女性ファンが多いようです。その独特の鋭い毒や棘を含んだ表現は、彼の映画でしか味わえない感覚です。

 ペドロ・アルモドバルにしてもフランソワ・オゾンにしても、ゲイ監督やゲイ作家のファンは女性が多いようですね。三島由紀夫も生前は、女性から圧倒的に支持を集めていたそうです。やはりセンスや視点が似ているのでしょうね。

 シリアスドラマでは隠蔽され、コメディでは利用される「ゲイ」という言葉

 「ブロークバックマウンテン」の時と同じように、この映画においても日本公開時の宣伝戦略として「ゲイ」「同性愛」の言葉は、配給会社が管理しているチラシやホームページ等の公式メディアでは外されました。「ゲイ」絡みの言葉をチラシに入れることは、ある一定の観客を減らすリスクに繋がるものだと相変わらず判断されているようですね。その一方で、公開中の映画『プロデューサーズ』では、コメディーだからなのでしょうが、ゲイが登場することがチラシにデカデカと告知されています。

 シリアスドラマでは細心の注意を払って隠蔽され、コメディーの場合は「客寄せ」に使われるのが、今日の日本における「ゲイ」という言葉の使用法の実情。そんなに「ゲイ」という言葉はイメージが汚れているのでしょうか。ただし、いくつかの映画マニア向け雑誌では、この映画の主人公がゲイであることに言及していました。このような事態も「ブロークバックマウンテン」の時と非常によく似ています。

 言葉ではなくビジュアルで暗示される「ゲイ」

 言葉では示さない代わりに「僕を葬る」の宣伝では、ビジュアル・イメージとして、ゲイ的要素を感じさせる「半裸の男性」を使用しています。この対処法も、「ブロークバック・マウンテン」が、男性が親密に寄り添っているビジュアル・イメージを使うことでゲイ映画だということを暗示した宣伝戦略と非常によく似ていますね。

 「僕を葬る」の場合、死を宣告されたことで恋人の青年と別れたり、父親との葛藤を抱えていたり、監督自身がモデルになっていたりと、主人公がゲイであることは作品の重要テーマです。しかしチラシでは、主人公を説明する部分は「31歳、気鋭の美しきフォトグラファー」と書いてあるだけ。監督がゲイであることにも触れていないので、気付かない人は全く気付かないかもしれません。隠すことによって、この作品がゲイ映画であることにゲイ当事者たちが気付く機会を減らしているのだとしたら、もったいないですね・・・って、このチラシで気付かないゲイはいないか(笑)。FC2 同性愛Blog Ranking



「僕を葬る」公式ホームページ

フランソワ・オゾン監督「ふたりの5つの分かれ路」DVD

フランソワ・オゾン監督「ホームドラマ」DVD

フランソワ・オゾン監督「クリミナル・ラヴァーズ」DVD

フランソワ・オゾンDVD-BOX「海を見る」「サマードレス」「ベッドタイム・ストーリーズ」「クリミナル・ラヴァーズ」他9作品収録

フランソワ・オゾン監督フィルモグラフィー

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