ブロークバック・マウンテンで見る世界025●男だから純粋なのか?

全国公開のタイミングに合わせ、3月に発売された雑誌の多くに「ブロークバックマウンテン」の紹介記事やレビューが掲載されました。このシリーズでは今後そうした記事も取り上げながら、この映画が日本で公開されるにあたり、どのようなPR戦略が行われたかという視点からも見てみようと思います。
現代は「PRの時代」。雑誌に紹介される新商品やイベント情報、映画紹介等のほとんどにはPR会社が絡み、雑誌編集部と組んで巧妙なイメージ戦略が行われます。この映画も膨大な広告宣伝費を使ってPRを行ったわけですから、まずは綿密な「市場分析」が行われ、どのような人々をターゲットにし、どのような雑誌でどのようなイメージでPRすれば、より効果的に観客を動員できるのかが細かく計算されたことでしょう。その結果として掲載された記事を見れば、自然と「2006年の日本における同性愛者に対する世論の実態」が浮かび上がります。
ただし、それはあくまでもPR会社が分析した世論にすぎないわけですが、こうしてマス・メディアに掲載されたPR記事によって読者は、「これが今の風潮なんだなぁ」という印象(イメージ)を無意識下に与えられますし、その結果さらに「世論」は上塗りされて補強されるわけですから、その動向は無視できません。
この映画が「同性愛」について描いているということは、日本公開開始前からアカデミー賞絡みの報道によって、すでに周知の事実になっていました。LGBT達への認知度も高く、ある意味キャンペーン的には放っておいてもLGBT達は映画館に足を運ぶことでしょう。問題はストレート自認者たち。彼らに、どうやって劇場まで足を運ばせるか。その際にまずは「女性を味方につける」戦略が取られたようです。
「女性ファッション誌」が中心のPR
本屋で立ち読みしたり雑誌が多く置いてある図書館で調査してみたところ、圧倒的に「女性ファッション誌」での掲載率が高かったようで、映画紹介コーナーを持っている雑誌では、8割位がこの映画を取り上げていたのではないかと思われます。中には1ページ大のカラー広告を掲載しているものもありました。
それにくらべて「男性ファッション誌」では、この映画をレビューコーナーで紹介したものは皆無に等しく、日本での配給会社ワイズポリシーが発注したPR会社の広報戦略は明らかに「女性をPRターゲットの中心」にしていたことがわかります。ストレート自認男性向けにPRしても効果は薄いという判断が下されていたことは確実です。
男女どちらをも読者として想定している週刊誌やオピニオン系雑誌での掲載率は、おそらく半分くらい。今回はその中でも珍しく「男性の視点」からこの映画を語っていた記事を紹介します。
●週間朝日3/10増大号P101・前売りランキング5位「ブロークバックマウンテン」
「どうだ!男って純粋だろう!」 作家・江上剛
英国の国民的歌手エルトン・ジョンがカナダ人男性と結婚し、その満面の笑顔が世界に配信されたのは、ついこの間のことだ。この結婚が可能になったのは、英国で同性カップルの結婚を法的に認める「同性市民パートナー法」が施行されたからだ。この法律により異性婚の場合と同様に配偶者死亡時の年金受給などが同性婚にも認められるようになったという。正直なところ私はこのニュースに「なんでも認められる社会になったのだな」という程度の関心しか持っていなかった。そんな私が「ブロークバック・マウンテン」を見て「男同士の恋はなんと深いものか」とあらためて感じ入った。
この映画は、ゲイの問題、男同士の精神的・肉体的な恋というものを正面から描いている。<中略(物語説明)>
この映画はぜひ女性に見て欲しい。男の気持ちがよくわかる。今や男は女に疲れているのだ。映画の中には、ダンスを強要する妻、やたらとおしゃべりをして男の気持ちなど全く考えない妻、仕事好きで男を小ばかにする妻などが出てくる。ところがイニスとジャックは何も言わなくても相手の気持ちが分かる。また男と女の恋は最初激しく燃え上がるが、いつしか醒めてしまう。しかし男同士の恋は何年たっても初めて会ったブロークバック・マウンテンの時のままの激しさなのだ。どうだ!男って純粋だろう!<後略>

まずは週刊朝日という、どちらかというと男性読者が多そうな雑誌で紹介されたことが画期的。しかも男性側からの視点で掲載すれば男性読者も「あまり抵抗なく」読むことが出来ますから、江上氏に白羽の矢が立ったのではないかと思われます。(注:このコーナーは江上氏が持っている「連載コラム」ではなく、毎週違うライターが執筆しています。)
結果的に、ストレート自認男性にとっては「わが意を得たり」といった感じの意見が表明され、「男性視点からは心地の良い」内容のレビューになっています。ある程度のPR効果はあったのではないでしょうか。その反面、女性にとっては「反感を持たれる」内容だとも思いますが(笑)。
「男」が観に行きにくい映画
ストレート自認男性がこの映画を劇場に観に行こうとした時、普段から映画をよく見る「映画ファン」以外にとっては、心理的な抵抗感が強いのではないかと思います。
なぜならアカデミー賞報道が過熱した時期に、「ゲイについて描かれた映画」だということが非常に大きく報道されていましたから、ゲイに抵抗を持ちやすい「男」としては足を運び辛くなるだろうからです。多くの新聞の見出しに大きく「同性愛」の文字が踊りましたし、サラリーマンがよく読む「スポーツ新聞」では特に顕著に、センセーショナルな取り上げ方が目に付きました。
「あの人、ゲイなのかも」と思われる視線を嫌うのは、カミングアウトしていないゲイもストレート自認男性も同じですから気持ちはよくわかります。しかもハンサムな人気俳優が主役として出ているということは、映画館に女性が大挙押し寄せていることを容易に連想させますから「男」としてはさらに躊躇する原因の一つになり易いことでしょう。
したがって、ストレート自認男性でこの映画をどうしても見に行きたい人は、女性同伴で「恋人や奥さんに強引に誘われて渋々観に来た」という態度を装うことでしょう。男同士だと「疑われて」しまいますからね(笑)。そして、観に行ったとしても感想を会社等で述べることは控えることでしょう。僕だって現に会社では「ブロークバックマウンテンを観た」ことは会話に出来ません。
とても率直なレビューです。
それにしても江上さんのこの文章、僕はすごく面白いと思いました。なぜなら結構あっけらかんと、すごいことを言ってのけているからです。特に僕が注目したのはこの部分。
えっ・・・!!「男同士の恋はなんと深いものか」とあらためて感じ入った。
作家とか表現者になるタイプの人は自己洞察の鋭さが必要条件ですから、江上さんはさすがに自分の内面を表現することに率直です(笑)。僕、思うんですけど男は基本的に男が好きなんです。(女も女が好き。みんな同性も異性も「好きな人のことは好きだし、嫌いな人のことは嫌い」なのだ!)しかし素直に気持ちを表現することに「不器用である」ことが男らしさだと思い込まされているのが「男」という生き方ですから、「男っていいなぁ~」とか「あいつ、かわいいなぁ~」と心の中で思ったとしても表面には出さないようにしがちだし、実際問題としてそれ以上、深くは認識しないようにしているんだと思います。
「ホモフォビア」というのはその辺の心理が屈折した結果なのかもしれません。むしろ「ホモフォビア」をあからさまに表現する男性ほど実は「男好き」なのではないでしょうか。だって「嫌いだ」とわざわざ表現せずにはいられないということは、裏を返せば「気になってしょうがない」ということを意味しますから。本当に嫌いな人は「無関心」であるはずなんです。
ゲイを「同士」として扱う視点の珍しさ
さらにこの文章の珍しいところは、江上さんがジャックとイニスのことを「おかま」だとか「ゲイ」という「他者」として差別的に語るのではなく、自分と同じ「男」として扱っているところ。特に「イニスとジャックは何も言わなくても相手の気持ちが分かる」という箇所からは、男同士の精神的な繋がりを論じる際に「ゲイ」を排除していない態度が伺えます。
ただ、この文章では江上さんの個人的な意見表明として「男の純粋さ」を強調したいらしく、「男同士の恋愛」を実態以上に美化しすぎな所が暴走気味で面映いところ(笑)。う~ん。僕の実感では、男同士の恋愛だって「最初激しく燃え上がるが、いつしか醒めてしまう」ところは同じだし、それほど純粋で綺麗なものでもない。「美化」というのは「蔑視」とは反対のようではあるけれども、「思い込み」が生み出しているという点では似ているのかもしれませんね。

同性愛に男女の恋愛との違いがあるとすれば「日常」だとか「生活の場」に表立って持ち込むことが許されなかったということでしょう。
もしジャックとイニスの関係が「あたりまえのこと」として受け入れられる世の中だったなら、あのように20年の長きにわたって相手のことを激しく想い続けていられたかというと・・・怪しいものです(笑)。
彼ら二人がなんの抵抗もなく添い遂げることができ、社会の中でパートナーとして暮らし始めていたとしたら、もしかして江上さんの書く「女性たち」のように、ジャックが「やたらとおしゃべりをしてイニスの気持ちなどまったく考えない男」になってたかもしれないし、イニスも「仕事好きでジャックを小ばかにする男」に変貌したのかもしれない。 日常という場でお互いの清濁を併せ呑んでみたら、恋愛感情の持続はなかなか難しいものなのかもしれませんからね。男同士、女同士、異性カップルを問わず。
非日常という「純粋な自分に戻れる場所」は、非日常であるからこそ魅惑的であり続けるのです。映画「ブロークバックマウンテン」で、多くの人々が喚起させられている普遍的な感情の一つは、「非日常という魅惑」への憧憬なのかもしれませんね。
関連記事
●アン・リー「ブロークバック・マウンテン」●MOVIEレビュー
●「ブロークバック・マウンテンで見る世界」最新記事はこちら。
●DVD「ブロークバック・マウンテン」
→FC2 同性愛Blog Ranking
スポンサーサイト