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三島由紀夫「憂国」●MOVIEレビュー

 究極のドラマティック

 「憂国」と名付けられた映画なのだが、映像表現としては特に「国を憂う」という気持ちは喚起されない。むしろスクリーンに映し出された男女の性愛という悦びと心中という悲劇を全て、徹底的に「最高の快楽」として描き出すことを目指し、ある程度達成することの出来た作品だと言えよう。そういう面では非常にアナーキーだし、究極のドラマティックを追求した映画でもある。

 世間から排斥されて追い詰められ、愛する者と心中するという行為は、人間が生きるに当たって望み得る最高のドラマティックかつ快楽的な瞬間なのではあるまいか。そんな三島由紀夫的な世界観がドロドロとした「うねり」となってスクリーンから溢れ出し、濁流となって観客に襲いかかる。観客は溺れないように懸命に呼吸をしながら、この濃厚でグロテスクな映像を必死で受けとめる。こんな映像体験は、そう滅多に出来るものではない。

 「追い詰められること」のマゾヒスティックな快感

 新婚だからという理由でニ・ニ六事件の決起に参加しないよう仲間から説得された武山信二中尉が主人公。しかし彼は国から、ニ・ニ六事件の反乱軍を鎮圧するよう命ぜられてしまう。すなわち友を殺すように、国から命令されてしまったのだ。

 国に従えば友を裏切ることになる。
 友を裏切れなければ、国を裏切ることになる。
 そのどちらも選択できないことに気付いた中尉は、自らの選択として「死」を選び、愛する妻と共に心中する。

 セックスと切腹

 こうしたドラマティックな筋立ては全て、冒頭で巻物に書かれた文字として観客に提示される。28分の映像として描かれる中心は、男と女のセックスと切腹。能舞台のように単純化・様式化されたセットの中、二人はまるで儀式のように、最期のセックスという最高の快楽を堪能し合う。そして、妻にしっかりと看取られながら汗まみれで切腹に挑む男と、後追い自決を遂げる妻。死に化粧をする妻の姿が最高にエロティックかつグロテスク。ワーグナーの「トリスタンとイゾルデ」が流れる中、台詞は一切無く、精神に殉ずる人間の行動力を「崇高なもの」として称え、美しく描き出す。

 画面に役者として登場している三島由紀夫は、常に全身を緊張させている。その表情も、数々残されている肖像写真でお馴染みの、あの「強烈な自己顕示欲」を誇示した仮面のような顔で貫かれている。常に目をカッと見開き、「見られている」ことを強烈に意識した存在の仕方。三島由紀夫という一個人の演技性は、こういう様式化された演出の中ではかえって、生き生きと輝き出すようだ。

 セックス場面で「死んでいる」三島由紀夫の肉体

 死を目前にした最期のセックス描写は、その殆んどが絵画のようにポージングされ、リアリティというよりは様式的な演出が施されている。そのせいか、あまり生々しいエロティシズムは感じ取れない。

 その理由の一つとしては、三島由紀夫の肉体の存在感の希薄さが挙げられるだろう。全裸の女性を前にしても、あまり燃えているようには感じられない。彼の体からは、男の肉体としての匂いたつような生々しさとエロティシズムが感じられない。全身を常に緊張させているためか、必要以上に誇示しようとする筋肉のためか、彼の体からは現実的な存在感が感じられないのだ。妻に身体を差し出し愛撫させている瞬間にも、夫が「官能に充ちた体の反応」を示し、歓喜の叫びをあげる姿は描かれない。結果的に、貪欲に肉欲に溺れてゆく「女のなまなましさ」の方が際立ってくる仕組みになっているのだ。

 三島由紀夫的な世界観の中では、セックスという私的な行為においても男は男たらんとプライドを保ち、肉欲に溺れ歓喜の声を上げることは「女々しいこと」として許されないとでも言うのだろうか。そんな、三島由紀夫特有の誇張された虚構的なダンディズムが、セックス描写における男の体のあり方としてもしっかりと表現されているように、僕には感じられた。

 「男目線」でも「女目線」でもないセックス表現

 一方、女性には現実存在としての獣として「なまなましく」男の体を求めさせ、舐めまわさせている。しかし男の体が無反応なものだから、結果的に女が「男に仕えている」かのようなヒエラルキーすら感じられる。対等な人間同士のセックスという印象が薄いのだ。「男はセックスを精神的な行為として受けとめ、女は生々しい獣として男の体を求める」とでも言いたげなセックス描写なのである。

 こうした印象をもたらしてしまう原因として、やはり三島由紀夫の性的志向(ゲイであったこと)が反映されているのではないかと勘繰りたくなるのは、僕がゲイだからなのだろうか。「演出スタッフ」として主演の二人に動作を指導した堂本正樹氏もゲイである。やはりゲイが男女のセックスを描写するのには、限界があったということなのだろう。それに、三島由紀夫がボディービルで鍛えたという筋骨隆々とした肉体は、いわば男に鑑賞されるために着飾ったドレスのようなもの。女性とのセックスにおいて躍動するために作られたものではないのかもしれない。セックス場面の全篇において、彼の肉体は「男として機能」するよりは「男として鑑賞される」役割しか果たしていないように思えるのだ。

 したがって、この映画のセックス描写は、世間に溢れかえっている「男視点からの」セックス描写のパターンには、あきらかに属さない。かといって「女視点からの」パターンにも属するとは思えない。過剰な位に「ダンディズム」を信奉する者による、過剰な位に理想化された非現世的なセックス表現なのだ。普通、セックス描写というのは生々しい「動物としての人間存在」を想起させるものだが、やはりそこは三島由紀夫である。彼の歪んだ感性が色濃く自覚的に投影された、奇妙で独特なセックス表現なのである。

 三島瑶子夫人は1970年の三島由紀夫の切腹自決後に、このフィルムの回収を呼びかけた。おかげで40年間、日本での上映は行なわれなかった。その理由は、こうした部分にあったのかもしれない。

 女性への屈折

 ゲイの視点から三島由紀夫を語る時に、この映画には他にも重要な点がある。彼がこの映画の主人公に選んだ武山信二中尉は、「女性と結婚したことが理由で」ニ・ニ六事件の決起に参加できなかった人。つまり「ニ・ニ六事件を実行する近衛連隊」というホモ・ソーシャルな世界(男同士の精神的な絆が強固な集団)から、女性と結婚したばかりということで排斥されてしまった人間の恨み節の表現でもあるという点だ。

 男同士の精神的な世界で、男として男らしく「自らの義のために」決起に参加して理想の追求に命を賭けたかったのに、「女という世俗」との関わりによって志を絶たれてしまった男の苦悩。こういう題材を選ぶ所が、いかにもマゾヒスティックで三島由紀夫的である。彼の作品には必ずどこかに「女性蔑視的」あるいは「女性への復讐心」「女性への恐怖心」が滲み出てしまう。しかし、その対照概念として描き出す「男性像」も、あまりにもストイックに理想化されて誇張されたものであるから、どこかぎこちなく、不自然なのだ。

 セックスよりも切腹に感じる「なまなましさ」

 そしてさらに、演技者・三島由紀夫としての肉体性にも注目したい。
彼は女性とのセックス場面で「死体のように」自らの肉体を存在させたが、自らの肉体を切り刻む「切腹場面」では、よりリアルに生き生きと情熱を持って肉体を提示して演じきっている。はらわたを抉り出し、内臓が飛び出しているのになお刀で切り刻みつづけている時の、苦しみに満ちた汗だくの表情は、ものすごく「歓喜に満ちた」表情であるようにも感じられるのだ。それはまさしく、この映画において、はじめて見ることが出来た「三島由紀夫の生き生きとした表情」なのである。

 自己顕示欲のもたらすポーズからは解放され、恥も外聞もなく自分を曝け出し、仮面をとっぱらった真の三島由紀夫。いや、平岡公威が顔を覗かせる、とてもスリリングな瞬間となっている。この映画で僕が最も美しいと思えたのは、彼の「切腹に苦しむ」グロテスクな表情だった。

 数々残された「三島由紀夫の肖像」の中で、もっとも人間臭くもっとも素顔に近いのは、あのワンカットなのかもしれない。

「憂国」 1966年/モノクロ/28分

  監督/制作/原作/脚色/美術:三島由紀夫
  演出:堂本正樹
  制作:藤井浩明
  撮影:渡辺公夫
  出演:三島由紀夫 鶴岡淑子

三島由紀夫監督「憂國」DVD化発売

三島由紀夫著「花ざかりの森・憂国―自選短編集」



 三島由紀夫の「ゲイの素顔」を知るにはこの一冊

堂本正樹著「回想 回転扉の三島由紀夫」

・・・「憂国」の演出スタッフとして関わった演出家・作家である堂本正樹氏が記した、三島由紀夫との「ゲイとしての」関わりが書かれた著作。昨年(2005年)11月に発売され、新聞等でかなり取り上げられた問題本。
 なんでも堂本氏は三島由紀夫を「兄さん」と呼び、二人きりで密かに「切腹ごっこ」を繰り返していたらしい・・・。彼のそうした側面が、やっと公に書かれて語られる時代になって来ました。
 他にも「憂国」撮影時の詳細や、三島由紀夫の男関係に関する堂本氏の複雑な思いなど、今だから書けるエピソードが満載。ものすご~く面白いのでオススメです。
・・・現在、キネカ大森で開催中の「三島由紀夫映画祭2006」では「憂国」が40年ぶりに劇場公開中。しかしチラシに「演出」としての堂本正樹氏の表記なし。上映されたフィルムの中では、三島由紀夫の次に「演出」として並んで明記されていたにも関わらず。
う~ん、なんでだろ。FC2 同性愛Blog Ranking



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