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フツーに生きてるGAYの日常

やわらかくありたいなぁ。

2005-10
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メゾン・ド・ヒミコで未知との遭遇012●犬童一心監督・田中泯さんのトークショー

トークではいくつか、面白いやりとりがあった。
犬童監督によれば、キャスティングは卑弥呼役が最後まで決まらず難航したという。スタッフ達といろんな候補者を挙げてはみるものの、どうしても「違う」ということで延び延びになっていたらしい。

そんな時、犬堂監督は「黄泉がえり」という映画のシナリオを書いた縁で日本アカデミー賞の授賞式に出席し、田中泯さんを見かけることになる。華やかな授賞式の会場の片隅に、ポツンと一人で所在無げに座っている泯さんを見かけて監督は「格好いい~」と一目惚れしたそうだ。しかも、当初はそれが泯さんだとは知らず、舞台上にプレゼンターとして現れた彼を見てはじめて、それが誰だったのかがわかったらしい。

その後、キャスティングのスタッフに交渉を頼み、泯さんに台本が送られた。
台本を受け取った泯さんは、「これを俺にやらせようだなんて・・・タダ者ではないな」と、突飛なオファーをする犬童監督に興味を持ったという。
実は「たそがれ清兵衛」に出演して以降いくつも出演依頼はあったけれども、踊りのスケジュール等もあって断っていたという。しかし、この不思議な役へのオファーは、彼の心に強烈な引っかかりを作ったらしい。

かくして、山梨にある泯さんのスタジオに犬童監督が直接訪問し、出演交渉が行なわれた。
泯さんとしては実は乗り気だったようだが、そういう態度を見せなかったため犬童監督に不安を与えていたらしい。トークの時に、はじめてその事実を知った犬童監督は、「あの時、やる気でいたんですかぁ?」と驚いていたのがおかしかった。泯さんは映画の中だけでなく、普段から感情を「表」に表さないタイプのようである。

犬童監督の泯さんへの思い込みは強烈なものだったらしく、アカデミー賞の会場で一目惚れをした瞬間から、「この人は絶対に受けてくれるだろう」「断るはずがない」と確信を抱いていたという。
その熱意は撮影が始まった現場でも持続し続け、泯さんに演技指導をすることはほとんど無かったそうだ。

犬童監督はどんな現場においても必ず「この人は勝手に泳がせよう」と、軸になる人を決めることにしているらしい。そう決めた人に対しては一切口出しせず尊重する。すると、監督個人の発想からは決して出てこないような「意外なもの」が発揮され、作品が予想もしなかった方向に飛躍することを経験で学んだという。(このやり方自体、すごく犬堂監督らしいと思った。)

この映画の場合は、衣裳の北村道子さんと泯さんの二人が「勝手に泳ぐ」特権を与えられた。衣裳プランに関しては、多少奇抜だったり派手だと思っても、あえて口出しせずに全て尊重したという。結果として、全体の雰囲気作りに、衣裳の果した役割はとても大きなものになった。

泯さんの演技についても、そうした態度が徹底された。
田中泯さんは舞踊家である。表現活動において台詞を使う経験は、ほとんどない。すなわち役者としての技術の蓄積がないのだ。
だから声も小さくマイクで拾うのが大変。顔の表情も乏しい。
しかし監督はそれを否定するのではなく逆に面白がり、そのまま生かそうと企んだ。

周囲の技術スタッフからは、泯さんの演技について何度も「あれでいいのか」と意見があったという。

映画界の常識の中で仕事をしているベテラン・スタッフ達にとっては、泯さんの演技はさぞや素人臭く思えたことだろう。しかし監督は泯さんを擁護し続けたのだ。
「この映画で、泯さんについての私の役割は、なにもしないことでした。そして周囲からも、泯さんについては何もさせないことでした。」
監督はトークショーではサラッと口にしてはいたが、それを徹底するのは、実は「戦い」だったのではないかと思う。

映画を思い返してみると、監督のこの企みは見事に成功だったことがわかる。
泯さんの、決してリキまずに無理をしない穏やかな存在の仕方が、繊細に丁寧にフィルムに定着されていたからだ。泯さんの醸し出す雰囲気自体が、映画全体の雰囲気を象徴するものになっていることがわかる。
撮影現場でも、泯さんの存在が、監督には常に面白くあり続けたという。・・・演技というものの不思議について考えさせてくれるエピソードだと思う。

しかし、いつも思うが映画監督というものはしたたかだ。そうでなければ務まらない。
一見すると「人あたりが良さそう」に振るまっているが、その裏では、もの凄くしたたかに周囲の環境を鋭く観察し、周到にコントロールするべく計算している。そういう生き物である。

トークショーの進行も途中からほぼ監督が進めていたのだが、その言葉選び、相手への気遣いといった優しさの中で時折見せる鋭い眼差しは、監督の内面に潜んでいる底知れぬ冷酷さを感じさせた。そして、とても強い人なのだとも感じた。一度話し始めたら、たとえ周囲がその話に飽きて来ていても構わず最後まで話し続ける。自分の欲求に忠実であり、マイペースなのだ。

その横で語る田中泯さんは、とても謙虚で男っぽい感じの人だった。卑弥呼を演じた時は自分の母親になったつもりだったという。しかも自然に、気がついたらそうなっていたらしい。
静かな口調で語りつつも、やっぱり彼も監督と同じように鋭い眼差しを持っていた。この映画では一介の役者としての参加に過ぎないが、普段は自らが信ずる舞踊の道を切り拓くパイオニアでもある。

二人とも、自分のフィールドを持って表現を追及している第一線の者同士。
独自の体臭を感じさせる強烈な個性のぶつかり合いは、それだけでも充分、見応えがあった。

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