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フツーに生きてるGAYの日常

やわらかくありたいなぁ。

2005-10
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増村保造「音楽」●MOVIEレビュー(ATG)

☆この映画のレビューには、作品の性格上、露骨な性描写が含まれます。
ご承知の上でお読みください。
三島由紀夫原作。
不感症の女性が求める、自分だけのエクスタシー


「音楽が聴こえない」
そう訴えて精神分析医に治療を頼み込む女性。
この場合の「音楽」とは「性的エクスタシー」を意味するらしい。

三島由紀夫の原作。
彼の死から2年後の1972年に、増村保造が監督。
この人は「女性のエロスとパトス」を描かせたら右に出る者はいないと言われる情念派。もう・・・その組み合わせという事実だけでお腹いっぱい(笑)。

この濃厚すぎる世界はナニ?
この、むせ返るような暑苦しさはナニ?
・・・性的不感症に苦しむ女性が、自分にとってのエロスを求めて狂ったように男をむさぼり、追求する姿。その過剰なまでのエネルギーと情熱は、ほとんど偏執狂。
芝居もコッテリ。演出もコッテリ。・・・ほんと、いろんな意味で圧倒されますこの映画。

女体をハサミに譬える三島的観念の世界

オープニングのタイトルカットがすごい、
暗闇の中を、巨大なハサミが開いて閉じて・・・女体にオーバーラップして行く。すなわち、女性がベッドで足を開いたり閉じたりする姿が、ハサミに譬えられているのである。
しかもその女は全裸のままで横たわり、あろうことかオナニーをしているかのように身悶えしている。自分の身体を自分でまさぐり、乳房を揉みしだき、自分でエクスタシーを感じているのだ。その禁断の姿はすごく幸せそう。そして、とっても自分を愛しているかのよう。(なんて三島由紀夫的なオープニングっ!なんて増村保造的皮肉っ!笑)

女体の股に刺し込まれるものといえば、もちろん男の「アレ」。ということは、この女性は「アレ」を切ってしまおうとでも言うのだろうか?。この描写は、これからはじまる異常性愛の世界を予感させて、実に刺激的かつエロティックである。

不能の男が好き

大好きな恋人とセックスをしていても、なにも感じない。彼はすごく逞しく精悍この上ない男っぽい男だというのに。
ショックで旅に出た彼女は、旅先で彼とは正反対のタイプの男と一夜を共にする。その男は自殺志願者。性的不能に悩んで自殺しようとしていたのだ。
生気がなく細身で男らしさの欠片もない彼に、なぜか主人公は興奮する。そして二人で最高の一夜を過ごす。彼女のおかげで性的不能が治った男は感激して主人公に求愛するが、主人公は途端に冷めてしまう。彼女は「不能」である彼が好きだったのだ。男として蘇った彼には用がない。

死んだ男が好き

あげくの果てに彼女は、入院中で死期の迫った病人にエロスを感じてしまう。しかもそれは、かつて自分をレイプした男。かいがいしく付きっきりで介護しながら、彼の身体から徐々に発せられる「死の匂い」に魅せられて行く。
やがて彼は死ぬ。彼女は悲しみながらも、死んだ彼の上にまたがり全身で愛撫をしてしまう。(この場面、はっきり言って引きました・・・笑)

近親相姦という禁忌

精神分析医の力を借りながら、自分の異常な性癖の原因を探る主人公が辿り付いたのは、最大のタブーである「近親相姦」。彼女は幼い頃から兄が好きだった。兄に指で弄ばれたのが彼女の初体験なのである。いつか兄の愛情を注入してもらうために、子宮を空けておきたい。だから男らしい男とのセックスでは拒否反応が起きてしまうのだと精神分析医は分析する。

・・・マジかよ。
こう心で突っ込む間も与えられず次から次へと強引なドラマ展開に翻弄され、ついに観客は兄妹が近親相姦に達するエクスタシーまでをも目撃させられてしまう・・・。

このような三島的妄想の世界を大真面目に映像化し、フロイト的精神分析と絡めながら、女の動物性を強調して欲望というものの壮絶さを可視化して行くだなんて・・・いろんな意味でこの映画、突き抜けちゃってます(笑)。そして、「そういうのもアリかも」といつの間にか思わされてしまう力技には脱帽。

三島由紀夫の粘着感

今、このブログで三島由紀夫のことを同性愛者としての見方から読み直すべく記事を連載している僕としては、かなり楽しむことができた。途中から、主人公の女を三島由紀夫に置き換えてみたら、すんなりとこの妄想狂的な世界が理解できるような気がしたからである。
この辺については、連載であらためてじっくりと考えてみようと思う。

原作の「音楽」は、当時かなりヒットしたいわゆる「通俗小説」と呼ばれるタイプの作品である。(文庫本が4つの出版社から出版されているほどの人気)。
しかし三島由紀夫の代表作・名作として語られることは「ほぼ無い」という、微妙な位置付けに甘んじている作品でもある。僕としては、なかなかどうして彼の精神構造を読み解く上ではとても面白い作品ではないかと感じた。小説も読んでみようと思う。

それにしても、三島由紀夫が関わるとどうしてこんなにも「濃い」んだろう。
ギトギトで油ぎっていて、黒光りしているようなおぞましい世界・・・。
覗いてみたい人はぜひ、何が起きても受け入れられる精神状態の時に、見てみてください。

「音楽」
製作:行動社・ATG 配給:ATG
1972.11.11公開 104分 カラー
監督: 増村保造
作: 三島由紀夫
脚本: 増村保造
企画: 葛井欣士郎 / 藤井浩明
撮影: 小林節雄
音楽: 林光
美術: 間野重雄
編集: 中静達治
出演:  黒沢のり子、細川俊之、高橋長英、森次浩司、三谷昇、松川勉、森秋子、藤田みどり

三島由紀夫「音楽」(新潮文庫)

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三島由紀夫とつきあってみる。006●小説「音楽」の魔①

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メゾン・ド・ヒミコで未知との遭遇008●卑弥呼の人生

沙織との対面シーンに行く前に、さらに寄り道して父親・卑弥呼(田中泯)の人生について考えてみたくなりました。

この映画の中では、卑弥呼の過去についてはあまり説明がありません。
その分、限られた情報の中から観客自身が卑弥呼の人物像を組み立てることになります。
彼についての情報は、冒頭のナレーションに多く含まれています。オフィシャル・ブックのシナリオから引用しながら、考えてみようと思います。
ナレーション「1958年。東京銀座コリドー街の奥に一軒のゲイバーが開店した。店の名は卑弥呼。初代ママは退廃的な美貌とエレガントな接客で客たちを魅了するも、1985年に肝硬変のため引退。2代目卑弥呼を一体誰が襲名するのかは当時ゲイたちの注目の的であったが、彗星のごとく現れてママとなった人物があった。吉田照雄、40歳。初代ママに劣らぬ魅力と才覚で店を繁盛させ続けるが、2000年に突然閉店。神奈川県、大浦海岸の近くに一軒の老人ホームがひっそりと開設されたのは、その2ヶ月後であった。
(脚本:渡辺あや)

卑弥呼の本名は吉田照雄。
1945年、終戦の年に生まれた。
年齢設定は59歳。
いわゆる「団塊の世代」と呼ばれる戦後のベビー・ブームの人たちよりも、少し上の世代(「プレ団塊世代」と呼ばれることもあるそうです)。高度経済成長の加速する最中に青春時代を過ごした世代です。

19歳の時に東京オリンピックが開催され、ベトナム戦争が激化する中で大学時代を過ごし、学生運動がこれから活発になるという頃に大学卒業。 ある意味、1968年に世界中で吹き荒れた「大学闘争」や「若者たちによる革命運動」の下地を作リ、引っ張る役割を果した世代だと言うこともできるでしょう。今の若者達と比較すると、血気盛んな世代であるとは言えると思います。国家権力や既成の権威に対して反抗することがムーブメントとしてあったわけですから。

☆もちろん「世代」によって個人の性格が決まるわけではなく、どんな時代にもいろんなタイプの人たちがいたでしょう。しかし「どういう時代の雰囲気の中で青春を過ごしたか」ということは、多かれ少なかれその人の人生に影響を与える要因でもあるので、ちょっと乱暴な「世代論」を持ち出してみました。
☆ちなみに、卑弥呼を演じた田中泯さんも、1945年生まれだそうです。・・・公式サイト参照)



会社に勤め始めた頃の1970年には大阪万博という「高度経済成長誇示の一大国家イベント」と、三島由紀夫の自殺という「高度経済成長の精神的揺らぎ」を象徴する大きな出来事があります。
1973年のオイルショックの頃には、バリバリと仕事をこなすようになっていたことでしょう。

1981年。彼が36歳の時に沙織が生まれます。
その頃に沙織の母親と結婚したのでしょうから、20代~30代の間は普通に会社勤めをしていたようです。

そして1985年、40歳の時にゲイバー「卑弥呼」の2代目を継ぎます。時代はバブルの絶頂期を迎えようとしている頃です・・・
ということは、どうやら30代の頃の吉田照雄さんは二重生活をしていたという事になります。
家庭を持ち妻子を持ち、社会では「男」として生きつつ、「ゲイ」としての自分を解放する場も同時に持ち続ける二重生活。あり得ない事のようですが、実際、このような生き方をしている人はいるし、特に珍しいことではないようです。(よく話に聞きますから。)

こう辿って見てみると、やっぱり気になるのは、彼はなぜ40歳の時に突然「卑弥呼」の2代目ママになったのかということ。
おそらく初代ママと愛人関係にあったか、親密な間柄だったということでしょう。余程の思い入れがなければ、家庭を捨ててまでゲイバーを継いだりなんかしないでしょうから。

「40歳になる」という節目の時に愛する者を亡くし、人生というものを考えた。そして、彼の中で「自分の生き方」を選択し直したのではないでしょうか。

長年の二重生活でフラストレーションが溜まっていたのかもしれません。女性との性生活を続けることはやっぱり無理だったのかもしれません。その上で彼は、自分の本性に忠実に生きる道を選択したのです。

そのために払われた犠牲は多大なるものがあります。今まで仕事で築き上げて来たキャリアや社会的な地位は捨てたでしょうし、家庭も捨てることになった。娘も捨てることになった。
あちこちに傷や禍根を残すことは目に見えています。
しかし彼は、そうした道を選んだ人なのです。

その後15年間、55歳で店を閉じるまで「卑弥呼」のママとして夜の世界に君臨し、店を繁盛させます。春彦とは店で出会ったのでしょうか。店を続けながら資金を貯め、晩年の過ごし方として選び取ったのが「ゲイのための老人ホーム」を建設し、そこを運営するという道。

吉田照雄さんの人生の分岐点は40歳。
そこから先は「卑弥呼」と名を変え、堰を切ったように自分の人生を選び取り、設計しながら実現してきたと言えるでしょう。特に「メゾン・ド・ヒミコ」建設にあたって春彦はパートナーであり、未来を一緒に作り出す「同志」でもあったのでしょう。

そんな卑弥呼も末期癌を患い、余命幾ばくもない状態。
死期の迫った卑弥呼への愛情から、春彦は父娘の再会という修羅場を設定します。

そこでは、互いにゆずれない「人生という名の重し」を背負ったままの二人が、真正面からぶつかり合うことになるのです。
ある意味残酷な対面ではありますが、やはり必要なことではあったのだと思います。

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