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フツーに生きてるGAYの日常

やわらかくありたいなぁ。

2023-06
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「クイア」を学び切り拓く001●セクシュアルマイノリティー「1期生」“ミドル世代”のいま

 新連載スタート!

  僕らは、僕らの歴史とか「僕らなりの生き方」を学校で教わりません。つまり自らが「学ばなければ」ならない。そして当事者同士で知恵を出し合い「切り拓いて行く」こととか、「社会に対して働きかけて行く」ことが、まだまだ必要な段階にあるということは最近の都城市での動向を見ても明らかです。

  先日スタートした「マスメディアのゲイ描写」が「外部からの視点」をメディア批評的に分析する場だとすると、こちらは「ゲイ・コミュニティー内部から発信される情報」を積極的に学ぶ場にしようと思います。

 「論座」10月号に
 SEXUAL MINORITY特集掲載


 現在発売中の雑誌「論座」10月号では、なんと14ページに渡って、ゲイのジャーナリスト2名が執筆した記事を掲載しています。どちらもLGBT以外の人たちにもわかるような形でわかりやすく書かれているのですが、当事者たちこそ読んでおくべき有益な情報が満載です。
 まず今回はゲイのフリーライターである永易至文さんの書かれた記事を紹介します。

→同記事は新装開店☆玉野シンジケート!「『論座』に掲載の記事」でも紹介されています。
『論座』2006年10月号(9月5日発売)
 発行:朝日新聞社
  発行部数:約19万部

■永易至文(フリーランスライター・編集者)
セクシュアルマイノリティー「1期生」“ミドル世代”のいま を読んで

 日本で本格的な「ゲイ・コミュニティ」が形成されたのは1990年代に入ってからのことなのですが、その頃にムーブメントを牽引し、ゲイであることを自己肯定して新しいライフスタイルを模索しはじめた世代のことを「ゲイ1期生」と呼ぶそうです。8ページにわたるこの記事では、その「1期生」の一人である永易さんたちが「ミドル世代」と呼ばれる年代になったことで直面しはじめた現実的な問題について、現代のLGBTコミュニティがどのように議論し、新たな道を切り拓くべく模索しているのかを紹介しています。

 日本のゲイが「ゲイとして」の生き方を模索し始めたのは90年代から

 90年代以前の日本では、ゲイは「隠花植物」と揶揄されるほどアンダークラウンドで隠れた存在として生きざるを得ない風潮だったそうです。映画『ブロークバック・マウンテン』で描かれたように、たとえ自分のことを「同性愛者」なのだと気付いたとしても、生きる上では「異性愛者」としての暮らし方を選ぶ人たちが多数派だったようです。

 しかし80年代のエイズ報道で社会の関心が同性愛者に向いた影響もあってか90年代になると状況が一変。突如として日本のマスメディアで「ゲイ・ブーム」が起こり、雑誌やテレビ等で一時的にたくさん特集されるようになったそうです。その流れはエンターテインメントにも波及し、1992年~1993年にかけて、以下のような商業映画にゲイが登場しました。

『きらきらひかる』(松岡錠司監督)

『二十才の微熱』(橋口亮輔 監督)

 そしてついにはテレビで、新宿二丁目に出入りするゲイを描いた連続ドラマ『同窓会』が放送されたりもしました。これは水曜22:00から放送された斉藤由貴主演のドラマで、高島政宏、西村和彦、山口達也がゲイ役を演じました。主題歌はなんとMr.Childrenがブレイクするきっかけとなったヒット曲「CROSS ROAD」。いわゆるゲイ版「トレンディ・ドラマ」と言ってしまっていいような番組だったのです!

Wikipedia「同窓会(テレビドラマ)」より
 『同窓会(どうそうかい)は、1993年10月20日~12月22日に日本テレビ系列で放送されたテレビドラマで、恩師の上京をきっかけに行われた、同窓会のメンバーの人間模様を描いたドラマ。同性愛を真っ向から捕らえ、なおかつ描写が過激ではあったが、その描写の真の目的は「人間愛」であった。タブーに真っ向から挑戦して、放送当時、多方面に大きな波紋を呼んだ。それまでは陰の存在であった同性愛者の共感を呼び、連続ドラマという時代性のあるものにも係わらず現在でも語り継がれる稀有な存在である。全10回の平均視聴率は17.0%。』
『同窓会』 DVD-BOX

 ちなみに1993年といえば静香姉さんが「慟哭」を歌っていたあの頃ですね(←超個人的時代把握法。笑)。新聞には「バブル崩壊」だとか「景気後退」だとかの見出しが躍り、戦後日本の成長神話が崩れ去ったことを皆が実感しはじめた頃。バブルの頃に全盛だった恋愛至上主義の「トレンディ・ドラマ」が視聴率を獲れなくなり、路線変更を強いられたテレビドラマ界では次第に『誰にも言えない』などのサスペンス調で「どぎついドラマ」が人気を博しはじめます。『同窓会』でゲイが取り上げられた理由も、そうした「新奇性・刺激性」が求められる時代の流れがあったからなのかもしれませんね。(だって・・・男のヌードが堂々と毎週、ミスチルの主題歌に乗せて放送されるんですよっ!今じゃ考えられねぇ~。笑)。

 そんな「ゲイ・ブーム」の渦中で90年代のゲイやレズビアンの若者たちは、メディアによって煽られたブームを追い風として利用し積極的な活動を展開。今に続く「ゲイ・コミュニティー」の基盤を形作って行ったそうです。

 「薔薇族」以外にもゲイ向けの新たな雑誌が続々と創刊されたり、東京でパレードが開催されたり、レズビアン&ゲイ映画祭が開かれるようになったりしたのも、この頃のムーブメントの産物なのでしょう。つまり今、僕らが「ゲイを自認」した後に様々な情報を得たり、孤独ではないことを実感できる様々な環境は、ほぼ90年代のこの時期に形作られたものなのですね。アメリカや欧州などと比べるとかなり遅いスタートだったみたいですが、それでも非常に感謝です。もし90年代にこのムーブメントが無かったとしたら、今の僕らは路頭に迷い続けていたかもしれませんから。

 ちなみに僕は当時大学生でしたがまだ自分のことを「ゲイ」だと認めもせずに、ふわふわ&ボケボケした学生生活を謳歌していたのでこうした動きを知りませんでした。ドラマ「同窓会」は気にはなっていましたが、家族と同居していたので見るわけにはいきません(笑)。それでもチラッと一瞬チャンネルを合わせた時に目に飛び込んできた「西村和彦が全裸でシャワーを浴びる姿」は、二十歳の僕にとってはものすっごく鮮烈でショッキングな映像記憶として残っています(笑)。

・・・こんな風に、「1期生」の起こした90年代ムーブメントを自分の体験として共有していなくて「後から知った」僕のような者はつまり「2期生」と呼べばいいのでしょうかね。

 「なにかあったとき」に直面する、
 制度の不備日本の現状


 そんな90年代のムーブメントから既に10年以上の歳月が流れ、当時20~30代で「新たなライフスタイルを模索」しはじめ、同性同士で同居を始めたりした先駆者たちが年を重ねました。そのことによって日本のセクシュアル・マイノリティは今まであまり意識されなかった現実的な問題に直面しはじめ、結果的に日本社会の様々な問題点が浮き彫りにされるようになったのです。永易さんの記述を紹介します。

 上の世代の同性愛者たちは一定の年齢になるとゲイを「卒業」し、結婚して異性愛者のライフスタイルで後半生を送った。それに対して90年代の若者たちは、日本で初めて、同性愛者としての一生を考えはじめた世代であり、自らを「ゲイ1期生」と呼ぶ。
 40代、ミドル世代にさしかかると、生活上のさまざまなトラブルが生じ、それが社会の法制度とも深く結びついていることに気付く。長いカップル生活を営んでいても、二人の関係は公的にはなんら保護されていない。一方が事故にあったとき、そのパートナーは安否の情報さえ受け取れない。一方が死去したときに、残されたものは・・・。

 記事ではその例として、9年連れ添ったパートナーが突然死したときに「家族」として扱われず、救急病院に駆けつけることも出来ずに葬式で喪主を務めることも出来なかった「まことさん」の例などが紹介されていて、ハッとさせられます。そうか・・・普段は何気なく過ごしていて気が付かないけれど、「なにかが起こったとき」に僕らは初めて、制度面での不備を実感させられるのだと。

 「レインボー・トーク」の成果とこれから

 こうした問題をオープンな場で語り合うことを目的に、尾辻かな子さんが呼びかけて今年行われた「レインボー・トーク」の様子も紹介されています。全国4都市・5会場で行われたこのリレー・シンポジウムの席で、尾辻さんが訴えたという言葉が印象的です。

 「90年代に同性愛者として、同性のパートナーと暮らしはじめる人が増えました。その人たちがいま40代、50代になって、なにかあったときが、現実感をもって眼中に入るようになってきました。万一のとき、二人は友達としてしか扱われません。事故、病気、入院、痴呆や判断停止の場合、そして葬儀、相続・・・。国籍の違う者どうしのカップルもあるでしょう。そのとき性的マイノリティーが生活上強いられている困難が、社会には見えていません。まず私たち自身が、いま直面している問題はなにか、リアルの話を始めましょう。事例を出しあいましょう。」→レインボー・トーク2006公式サイト

 そして、エイズケア団体「ぷれいす東京」職員の生島嗣さんの発言が胸に迫りました。エイズで死別したゲイカップルの事例として、「レインボー・トーク」で語られたそうです。 

「斎場にかけつけた相手の両親には、自分のことはあくまでも友人としてしか話すことができない。両親が、彼の遺品や遺骨をすべて持ち去ったあと、それまで耐えに耐えていたものが切れ、最後の彼の遺品をなにひとつ得ることもできず、無一物になったパートナーが号泣している姿を見るのは、本当につらかった。こうした別れ方をしなくてもすむ時代が来ることを願う」→ 「ぷれいす東京」公式サイト

 そして、記事の結びに永易さんが記した言葉は、僕ら自身のこれからのためにも「切実な問題」として社会に訴えかけていかなければならないし、それを実践するのは他ならぬ「僕ら当事者たち以外にはない」ことを、肝に銘じなければならないと思いました。

 マジョリティーがマイノリティーを排斥するのは、マイノリティーの実情を知らず、自らの恐怖感を投影して過剰な攻撃性を示しているからだ、とはよく言われる。
 おなじまちに、おなじオフィスに、おなじ学校に、近隣に、そして家族のなかに、ゲイやレズビアンや性的マイノリティーがあなたとおなじように暮らしている姿を想像し、そしてその喜びと悩みとを知れば、次に進むべき道もおのずと見えてくるのではないだろうか。

 一般オピニオン雑誌に、これほど誠実で内容的にも深く示唆に富んだLGBTの記事が載ることは滅多にない機会です。ここで紹介した以外にも有益な情報が満載ですので、ぜひお近くの書店あるいはネットでお求めになって、じっくりと読んでみてください。
『論座』2006年10月号(9月5日発売)

 次回は同じ号に掲載されている及川健二さんの「“夫々”と“婦々”に寛容な国、フランス 」を紹介させていただきます。
 こんなことを言う人が今だにいる日本のお寒い現状と比べると、カルチャーショックに陥ってしまいそうな内容です。
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