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フツーに生きてるGAYの日常

やわらかくありたいなぁ。

2020-02
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三島由紀夫とつきあってみる012●ハマると危険。「三島本」の魔力

 「三島由紀夫氏の死について語る」と前回の記事で予告しておきながら、よく考えてみると「人の死なんてそう簡単に語れるもんではない」ということに恐れをなし(笑)、先延ばしにしてしまいました。

 しかしその間も三島氏に関しての書物を日常で持ち歩き、電車の中や食事中などに読み進めてはいましたよ。僕はどちらかというと三島氏が「書いた本」よりも、三島氏について「書かれた本」に惹かれます。彼というキャラクターに、ゲイとして非常に興味があるのです。

 それにしても面白い。あのユニークな人物が「この世に存在した」という事実だけでも面白いし、どの本からも彼を論じることを面白がっている著者たちの並々ならぬ情熱が伝わってくるので飽きることなどありません。
 生前の三島氏との付き合いの濃淡や距離、年齢、性別によって彼に対する評価は様々ですが、いろんな角度から皆さん好き勝手に論じていますし論じられ続けています。しかも、すでに本人が亡くなってから35年も経ちましたし、三島夫人の没後からも10年が経ちましたので「好き勝手」の度合いも年々レベルアップして来てますから、さらに深く面白くなってきています(笑)。そしてその種類たるや様々なジャンルを横断し、非常に幅広いのが彼に関する言説の特徴。これはもう、「三島本」という一つのジャンルが出版界に確立されていると言っても過言ではないでしょう。今年になってからも次から次へと新しい本が出版され続けており、なんとすでに11冊にも達しています。

今年発行された「三島本」一覧(アマゾンで検索)

●春の雪(漫画版)
三島 由紀夫, 池田 理代子, 宮本 えりか 単行本 (2006/02) 主婦と生活社

●三島由紀夫―人と文学  日本の作家100人
佐藤 秀明 (著) 単行本 (2006/02) 勉誠出版

●断章 三島由紀夫
梅津 齊 (著) 単行本 (2006/02) 碧天舎

●源泉の感情 河出文庫
三島 由紀夫 (著) 文庫 (2006/02/04) 河出書房新社

●三島由紀夫「最後の独白」―市ヶ谷自決と2・26
前田 宏一 (著) 単行本 (2006/03) 毎日ワンズ

●村上春樹の隣には三島由紀夫がいつもいる。 PHP新書
佐藤 幹夫 (著) 新書 (2006/03) PHP研究所

●日本改正案―三島由紀夫と楯の会
松藤 竹二郎 (著) 単行本 (2006/03) 毎日ワンズ

●血滾ル三島由紀夫「憲法改正」
松藤 竹二郎 (著) 単行本 (2006/03) 毎日ワンズ

●戦後事件ファイル―赤塚不二夫、安保、三島由紀夫、赤軍、ひばりの死、他
平岡正明コレクション
平岡 正明 (著) 単行本 (2006/03) マガジンファイブ

●最後のロマンティーク三島由紀夫
伊藤 勝彦 (著) 単行本 (2006/03) 新曜社

●三島由紀夫文学論集 I 講談社文芸文庫
三島 由紀夫 (著), 虫明 亜呂無 (著) 文庫 (2006/04/11) 講談社


 このうち「三島由紀夫「最後の独白」―市ヶ谷自決と2・26」は読みました。か~なり真面目に2・26事件を扱っているのでお勉強にはなりましたが、あまりにも真面目すぎるので面白みが今ひとつ。ほかには対談集の 「源泉の感情」 が面白そうなので読もうと思います。 それ以外には、昨年出版されたものだけですでに手一杯の状態なので控えておこうと思います(笑)。
 それにしてもこの出版量。もしかして、「三島本」の追っかけをしているだけでも十分に、人生を退屈せずに過ごせてしまうのではないかと思われます。くれぐれもハマルと危険ですからお気をつけください~。

 ちなみに、これまでどの位「三島本」が発行されてきたのかを国立国会図書館のWebで検索してみたら、書名に「三島由紀夫」と含まれているものだけでも695件がヒット。著者名「三島由紀夫」では704件がヒットしました。これ全部に目を通せる人などいるのでしょうか。

 僕の三島氏へのスタンスとしては、ハマリ過ぎるのもほどほどにしながら、主に「ゲイの僕として彼に感じる親近感」にこだわりながら、このシリーズを続けてみようと思います。
 彼を語るときにはやはり「ゲイだったこと」が非常に重要だし、その視点が抜け落ちているものや、書かないようにしている著作、あるいは意識的に触れないようにしている著作は、読んでいても非常に「浅い」と感じるし、論理や言葉のみで空回りしている印象を受けます。そして、そうした浅薄な著者の態度からは、なんとなく「ホモフォビア」のニュアンスも漂ってきます。

 「なぜ三島氏のゲイ性が無視されてきたのか。あるいは、書けなかったのか」
 そうした観点から研究してみると、日本におけるLGBT言説の歴史を浮かび上がらせることにもつながりますね。このシリーズをそうした方向に持って行くのも、面白いんじゃないかと思っています。キネカ大森では「三島由紀夫映画祭」がスタートした所ですし、このシリーズ、これから再び活性化しますのでお楽しみに~。

 今後のタイトル予告。
 「三島由紀夫のブロークバックマウンテン」(←なんじゃそりゃ~)FC2 同性愛Blog Ranking



三島由紀夫とつきあってみる。011●霊に導かれた死・・・!?<後>

「どう死を乗り越え、志を継いだらいいのか」

本多さんは三島由紀夫の亡き後、悩みながらも半年後には就職。翌年には結婚をし、サラリーマン生活をしながら楯の会の活動も継続しました。他のメンバーも皆、サラリーマンになったそうです。

真面目な人柄である本多さんにとって「元・楯の会ナンバー2」という過去は、その後の人生において良くも悪くも、ずっと肩にのしかかり続けたことでしょう。そして、どうして自分が決起のメンバーに選ばれなかったのかという疑問も、くすぶり続けたことでしょう。



三島氏の自決から22年目にしてようやく彼は自分のやりたいことを見つけます。それは現在の仕事。非営利団体「グリーンプラネット」という団体の理事として活躍する姿が紹介されます。

飲料水を変え、排水を清め、河川や海を浄化することを市民活動として進める仕事に没頭する本多さん。
「緑の惑星に、元に戻そうということですね」
「楯の会は外からの敵に対して戦っていたわけですが、今は、敵は私たちの内側に潜んでいると気が付きました。」



ここでイメージショットとして街を歩く本多さんの姿と共に、三島由紀夫の小説『英霊の聲』から次の部分が、三島氏自身が朗読したレコードの音声で紹介されます。


大ビルは建てども 大義は崩壊し
その窓々は 欲求不満の蛍光灯に輝き渡り
朝な朝な上る陽は スモッグに曇り
感情は鈍磨し 鋭覚は摩滅し
激しきもの 雄々しき魂は地を払う





楯の会の素顔

三島氏は「楯の会」の活動の大義として「昭和維新」を掲げていました。ニ・ニ六事件をモデルに「維新草案」と名づけた憲法草案を作成し、天皇を中心にして日本の伝統・歴史・文化がしっかりと守られることを目指したものだったそうです。
テレビの前に初公開されたその草案は原稿用紙に手書きであり、「憲法論議よりも訓練の方が楽しい」などという冗談も書き込まれていました。本多さんは言います。



「これがそのまま実現できるだろうなぁとは誰も考えなかったでしょうし、まあ、最初の議論が始まった時でもね、私どもは別に、法律について格別勉強した人間ではない者ばっかりが集まってますから、まあ、議論は最初の一回か二回かな・・・先生も参加されてて・・・まあ、頭を抱えてたと(笑)。この程度のレベルかと(笑)。」

「私たちにとっては、憲法草案も、楯の会の制服も、今となってはただ懐かしいばかりの青春の思い出です。それ以上でも、それ以下でもありません。」


三島由紀夫研究者やファンの中には、楯の会の活動や憲法草案について必要以上に「神聖視」し、自らの政治的主張を補完することに利用する人も少なくないのですが、本多さんのこのコメントからは、そうした余計な意味付けを払拭してしまうかのような痛快さを感じます。


なぜか霊媒師のもとへ・・・。

今年の11月25日。
三島氏の35回目の命日「憂国忌」。
本多さんは一人で霊媒師のところへ行き、霊媒師の口を通じて語られた三島氏の声をカセットテープに録音してきました。(本多さんが自ら望んで行ったのか、番組スタッフにやらされたのかは定かではありません。)

カメラの前でテープを再生してみせる本多さん。神妙な顔つきで聴いているようですが・・・


特に心を揺さぶられることも無さそうに、無表情に聴き入る本多さんの顔は正直でした。彼の表情の変化を劇的に撮ろうとアップで待ち構えていたカメラマンのもくろみは、見事にスカされてしまったのではないでしょうか。

テープから聴こえてくる(インチキ臭い)霊媒師の声・・・。

「すまなかった。私の分まで生きて、日本を支えて欲しい。」



ラストシーンとしては、
テープを胸に、長い廊下を歩き去る本多さんの後姿がイメージショットとして撮影されていました。
???
・・・なんだかな~。
どうやら制作者達は、番組をドラマティックに盛り上げるべく様々な仕掛けを施したようですが、後半の展開はその「わざとらしさ」が前面に立ってしまい、はっきりいって興ざめしてしまいました。前半がミステリアスな展開でグイグイと引き込まれる展開だった分、番組としての最後の着地点があまりにも凡庸であるように感じられ、もったいなかったと思います。
しかし、主人公である本多さんの飄々とした真っ直ぐなキャラクターが、そんなテレビ的な仕掛けをものともせず、まるで「付き合ってあげている」かのよう(笑)。
番組スタッフの注文に色々と応えつつも、見事に「枠」からはみ出すエネルギーを発していて、人間的にとても魅力的でした。

次回は、この番組を通して考えた「三島由紀夫の死」について、現在の僕の見解を書こうと思います。(つづく)
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三島由紀夫とつきあってみる。010●霊に導かれた死・・・!?<前>

12/4に放送されたTBSドキュメンタリー『報道の魂』
「英霊漂ふ・・・~三島由紀夫自決・35年目の夢枕~」を見ました。
三島由紀夫の死について、かなり踏み込んだ内容で面白かったですよ。
一挙に掲載するととんでもなく長くなるので(笑)2回に分けて紹介します。

「なぜなのかと悔しく思った。」

この番組の主人公は、本多清さん(58歳)。
彼は1970年当時、倉持清という名前で楯の会に所属し、三島由紀夫の片腕として重宝される存在だったらしいです。

本田さんは三島氏を「先生」と慕い尊敬していたのに、なぜか自決のメンバーから外されました。同志の森田必勝は三島氏と最後まで行動を共にし、三島氏の首を撥ねて一緒に自決したというのに・・・。


どうして俺が選ばれなかった・・・?

三島氏の自決後、奥さんから三島氏の遺書を渡されたけれど彼としては納得できません。きっと、嫉妬も入り混じった複雑な気持ちを抱いたことでしょう。
今の本多さんは、もういい年なので落ち着いて語っていますが、若き日に心酔していた人に選ばれなかった悔しさはいかばかりだったかと思います。58歳の今でもその情熱は燃え続けていることを証明すべく、半裸のまま野外で真剣を振ったり、楯の会の制服でカメラに敬礼して見せたりと、健気なまでに撮影に協力しています。(かなり「やらされてる」感じでもありましたが・・・笑。)

そんな期待通りの場面の後、番組ではまず、誰もが気になる三島氏の自決の謎について推理して行くのですが・・・これがなかなか怖いんですっ!。

ニ・ニ六事件の将校の幽霊にとりつかれていた!?

自決の年の正月、三島邸で新年会があったそうです。そこには楯の会のメンバーや、友人の美輪明宏氏が出席していました。美輪さんはそこで、三島氏の背後に「青い影」を見たというのです。

そのことを告げると三島氏は「お~、こわい~」とふざけていたものの、いったい誰の霊なのかが気になって、色々と名前を出しはじめました。そして「磯部か? 」と口にしたところで、サッとその「青い影」は消えたというのです。


磯部浅一とは、ニ・ニ六事件を指導した青年将校であり、三島氏が少年時代から最も強く関心を持っていた人。天を恨み国を恨み親を恨み・・・呪いを書きまくった遺書を残した将校なのです。
美輪さんは三島氏に警告します。
美輪明宏
「三島さんあなたね、これにとりつかれてたらエライことになるから、これはお祓いした方がいいわよ。これだけ霊が強いんだから・・・。ねえ、自分であって自分でない行動をとってるなぁって不思議に思ったことは、おありにならない?」
三島由紀夫
「あるよ。『英霊の聲』を書いているときに。その時だけは朦朧として、半分居眠りしてるのに筆だけが闊達に動いてた。おかしいなぁと思って・・・それで、出来上がったのを見て不満足な部分があるから書き直そうとしてもどうしても何か、書き直せない力が働いてた。」

こ・・・こわ~っ!!

ちなみに『英霊の聲』とは・・・

1966年に書かれた作品で、ニ・ニ六事件の青年将校が霊媒を通して、国や親や世の中への恨みつらみの言葉を吐く内容だそうです。
三島氏は自決の年(1970年)の5月になって『英霊の聲』を自ら朗読してレコードに録音しました。番組では本人の朗読の声が紹介されましたが、無機質な読み方が本当に何かにとりつかれている人のようで・・・なんとも不気味な印象です。


本多さんは当時を振り返ります。
「若かったので『ニ・ニ六事件のような決起では無駄死にになる』と先生に申し上げたことがありました。今思えばそれが、私が外された理由の一つだったのでしょう。」

「三島先生は、国を憂い、大義を問う死に方を求めていました。子ども心に焼きついた青年将校たちの生き方、死に様は、最終的に先生のお手本となってしまいました。」

やはり計算されていた!? あの死に方。

三島氏のあの死に方・・・。
決起して失敗してみんなから裏切られて死んで行くという展開は、磯部浅一の最後とそっくりだそうです。しかも11月25日という日は、三島氏の誕生日の49日前。つまり三島氏は自決から49日経った後、自分の誕生日に生まれ変わろうとしたのではないかという説が紹介されます。
↓つまり・・・
11月25日(自決)+49日=1月14日(誕生日=再生)

こんなことまで計算していただなんて・・・(でも、彼ならやりそう・・・。)
番組後半は、こんな三島氏と付き合った本多さんの現在の姿が紹介されます。
(つづく)
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三島由紀夫とつきあってみる。009●今夜、自決についてのドキュメンタリー番組放送

今日の深夜1:20よりTBS『報道の魂』で「英霊漂ふ・・・~三島由紀夫自決・35年目の夢枕~」という番組が放送されます。
公式サイトはこちら)

35年前の自決について考える内容で、
元・楯の会メンバーや、美輪明宏氏、写真家の細江英公氏、映画「みやび」の監督である田中千世子氏という、「今年三島由紀夫について語るならこの人っ!」というメンバーが総出演です。
2・26事件と自決との関連や、楯の会にいたのに決起のメンバーから外された人の証言など、なかなか興味深い内容ではあります。放送時間はたったの30分で、日曜深夜という最悪の時間帯ですが(笑)とりあえずお知らせします。

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三島由紀夫とつきあってみる。008●死後設計の行方


テレビで彼が特集された。
騒々しい音楽と大げさなナレーションが
彼の人生を、さらにドラマティックに
異常で激しく数奇なイメージに塗り固め、誇張していた。
「天才」という形容詞が
なんのてらいもなく何度も何度も使われた。

「作品をまったく読んだことがない」というアイドルと
「『潮騒』しか読んだことがない」という44歳の俳優が
安っぽい再現VTRを
小さな窓から口を開けて覗き込んでいた。

死人に口なし。

35年後に
こんなにも世のメインストリームから忘れ去られ
新奇の眼差しで見つめ返されることになることを
彼は予測できただろうか。

その周到な人生設計と同じように
組み立てていたであろう「死後設計」は
彼の思惑通りに
進んでいるのだろうか。

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三島由紀夫とつきあってみる。007●彼が死んだ場所

なぜだろう。
昨日、無性に行ってみたくなり、
市ヶ谷の防衛庁を見に行った。
自転車で行けば、わりとすぐ。
ぽかぽかした陽気に誘われた。


あの日。
彼は突然、ここで命を絶った。
バルコニーで檄文を叫び、
自衛隊に決起を呼びかけた。
賛同者がいないことがわかると
自ら切腹し、
同行した若者に首を撥ねさせ
45歳で命を絶った。
若者も自害した。



あれから35年。
防衛庁が移転してきた市ヶ谷は
以前より周囲の囲いが厳重になり
彼が死んだバルコニーも
外からは見えなくなっていた。
門前には
いかめしい顔つきの警備員と
中高年の見学者が30人ほど
列を作って順番を待っていた。



そこには
牧歌的な日本の秋の昼下がりがあるだけだった。
35年前。
抜けるような青空の下、
彼は日本中の日常を、
ほんの少しだけ非日常にした。

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三島由紀夫とつきあってみる。006●小説「音楽」の魔①

「性の不毛地帯に鋭利なメスを入れた問題長篇」

新文芸座のATG映画特集で見た増村保造監督の「音楽」 。衝撃的だった。
そして三島由紀夫の原作を読んでみた。そこには映画よりもさらに細かく濃密な、三島由紀夫独特の世界が繰り広げられていた。
なんでこの人はこんな言葉が書けてしまうんだろうと、驚嘆させられるばかりの読書体験だった。
ちなみにこの小説は1964年に書かれた。この年は東京オリンピックが開催され、高度経済成長の成熟期。雑誌「婦人公論」に連載され、翌年の1965年に単行本として出版された。
当時彼は39歳。すでにボディービルによる肉体改造は完成し、細江英公写真集『薔薇刑』が海外でも出版されていた頃。文壇のトップスターとして君臨し、最も脂が乗っていた時期である。

実は古本屋でこの本の「初版本」(1965年発行・中央公論社刊)を見つけた。帯に書いてあった売り文句が面白い。

「性の不毛地帯に鋭利なメスを入れた問題長篇」

「精神分析医の眼をとおして美しい弓川麗子の性行動と赤裸々な告白を描き人間性の深奥に迫る最新作」


なんと艶かしい表現だろう・・・。
説明書きの通り、この小説は精神分析医の「手記」という体裁をとっている。
つまり書き手である「私」は、汐見和順という名の精神分析医という設定なのだ。

「精神科医の手記」という仕掛けがもたらす表現の自由

その構造を説明するために、初版本では手の込んだ仕掛けが施されていた。まず表紙をめくると「音楽・三島由紀夫」という中表紙。その次に「刊行者・序」という三島由紀夫氏からの注意書きが2ページに渡り書いてある。そしてさらにめくると、今度は手記の表紙が出てきて、やっと小説が始まるのだ。(これです→)

「汐見和順・述 音楽~精神分析における女性の冷感症の一症例」
・・・これが、小説『音楽』の本当の(?)タイトルなのである。
「刊行者・序」で三島由紀夫は、この本のプロデューサーであるかのような立場から、読者に対して二つの注意書きをしている。
(以下、その一部を引用)

「一つは、氏の手記における、女性の性の問題に関する、徹底的に無遠慮な、科学的な取扱いの態度が、殊に女性読者に反感を催さしめるのではないかということであった。もしこれが文学作品であったら、性はこれほど即物的な扱いをうける惧れはなく、良きにつけ悪しきにつけ修飾のヴェールをかけられるのが常であって、それが読者の想像力を刺戟することになる筈であるが、氏の手記にはこうした配慮が一切欠けており、文中、性の象徴的神話的修飾が出てくれば、それはすべて患者の妄想から発して、あるいは記述者に影響したものなのである。

第二には、氏の手記の内容があまりにも常軌を逸しており、正常な女性の生活感情からあまりにもかけ離れているので、手記全体が荒唐無稽の創作と見做される惧れがあることである。しかしわれわれは、これらがすべて事実に基づいていることを、いやいやながらでも承認せねばならないし、一旦承認した上は、人間性というものの底知れない広さと深さに直面せざるをえぬ。それはいつも快い眺めであるとは限らないが、どんな怪物が出没してもふしぎはない神話の森なのであって、それを蔵しているのは、ひとり作中の麗子のみではなく、正に読者諸姉の一人一人なのである。」

・・・そもそも小説というものはフィクションであるにも関わらず、もう一つのフィクションでくるんでしまう周到さ。これだけ言い訳を作っておけば、もう怖いものはない。あからさまな性描写だろうが女性蔑視的な表現だろうが思う存分、好きなように書けてしまう。三島由紀夫、なかなかのしたたか者である。
1964年という時代にはすでに女性の社会進出が活発になり、旧来の女性蔑視的な表現や性描写に対する抗議も盛んに起こっていただろう。しかも「女性自身」と言えば女性週刊誌のトップ。下手すると不買運動でも起きかねない。
広範な女性読者をターゲットにしたこの雑誌で、限界ギリギリの描写を試みながら、三島由紀夫はなにをしたかったのだろう。

小説『音楽』の魔の世界を覗きながら、彼について考えてみたい。

三島由紀夫「音楽」(新潮文庫)

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田中千世子「みやび 三島由紀夫」●MOVIEレビュー

「三島さんてね、仮面的な人だよね」

昨年44歳で亡くなった狂言師・野村万之丞氏の言葉。この映画の中でもっとも印象的なものだった。
彼は三島由紀夫と同じ学習院の出身。しかも三島氏の長女と同級生だったという。
かつての学び舎を訪れ、生き生きと語っていた彼は撮影の三ヵ月後に急死する。
彼は、こうも言っている。

「私は仮面が大好きなんですね。仮面ほど正直なものはなく、人間の顔ほど嘘つきなものはないと思っています。」

仮面とは人工物。
すなわち「フィクション」のこと。
仮面そのものは表情を変えることはない。だからこそ見る者が、いかようにもその内面を想像することが出来る。そして、けっして裏切ることはない。

一方、人間の顔は時に演技をする。なぜなら人というものは基本的に、相手や環境によってコロコロと表情を変える演劇的な存在だからだ。刻々と変わり行く表情から、その人物の内面が読み取れると思ったら大間違い。それは本人が意識的にせよ無意識的にせよ演じてしまっている「仮面」かもしれないからだ。・・・なんという逆説だろう。

人が生きるということは、本質的に「嘘をつくこと(演技をすること)」である。それを欺瞞と言ってしまうのなら、そうなのかもしれない。
一方、仮面そのものは「生きてはいない」。死んでいる。だからこそ「嘘をつかない」のである。
ああ・・・。なんだか妙な観念の世界にハマッて行きそうで、身震いがしてきてしまうではないかっ!。でもこれは紛れもなく、三島由紀夫を考える上で本質的な問題なのである。

三島由紀夫ファンが、好きな「文化人」に頼み、三島を語らせた映画

「キネマ旬報」などでおなじみの映画批評家・田中千世子さんが監督。
なんでも彼女は高校時代からの熱心な三島ファンで、三島由紀夫が自決した1970年11月は御茶の水女子大学の3年生。
ちょうどその数週間前に文化祭で「近代能楽集」の「班女」を演出したばかりだったという。しかも上演許可を求める際に、三島由紀夫本人から返事があり、とても印象的な言葉を投げかけられてしまう。

「芸術家と芸術作品の一致の夢がありました。」

・・・手紙に書いてあったこの言葉。自決の直前に、なんとも意味深ではないかっ!。
こんな言葉を本人から貰ったのなら・・・彼女がこういう映画を創りたくなるのはあたりまえ(笑)。彼女の人生にとっては創る必然性があったのだ。
仕事を通じてのいろんな人脈を駆使し、彼女が奔走した情熱でこの映画は満ちている。正直、映像表現としてはもう少し煮詰める必要がありそうだが、その「止むに止まれぬ表現欲求」は伝わってきた。
そして、インタビュー出演者の人選が変わっている。いわゆる「三島由紀夫を語らせるならこの人」という常連さんは出てこない。あくまでも、彼女のアンテナに引っかかった彼女の好みの人たちに限定されているのだ。

監督自身が見たくなる

結果的に、とてもふわふわと浮遊感のある映画になった。肝心の三島由紀夫が「見えそうで見えない」もどかしさが全編を支配する。
それは、死後35年という時間の刻印であるとも言えるのだが、出演者の大半が三島由紀夫から「距離をとっている」「遠い」タイプの人たちであるため、人間としての彼がなかなか浮かび上がって来ない。

現代における三島由紀夫の受容のされ方、影響の伝わり方を掬い取りたかったのかもしれない。その心意気は素晴らしいのだが・・・ある意味、想像どおりのタイプの人々が登場し、想像どおりの言葉が引き出されたという印象に留まってしまったのが残念。

この映画の出演者で、三島由紀夫にいちばん思い入れが強いのは、実は監督本人なのではなかろうか。だったら、もう少し監督自身が映画の構成の中に絡んできても良かったのではなかろうか。

確かに、インタビューの人選をし、対話をし、編集するという行為自体に監督の視点は込められてはいる。でもそれは、こうしたインタビュー映画では当たり前のことである。
問題はその先にある。
彼らと話した結果、監督がなにを描こうとするのか。そこで監督の意志や世界観、哲学が問われてくるのだ。上映されている作品自体から、その肝心な部分が見えにくくなっていることは、損である。

観客としては、この映画作りで監督が何を発見し、何に迷い、何に衝撃を得たのか、そのプロセスを知りたくなるのだ。しかし、そういう現象が撮影中に起こったようには感じられない。映画を撮る前にすでに全ては予定されていて、その通りに作ってしまったという感じが漂ってしまっているのだ。これは本人にとっても不本意な事ではないだろうか。残念なことである。

映像表現の難しさ

ドキュメンタリーの醍醐味は「発見」にある。制作者が「発見」し、映画作りを通して「自己変革」する姿を通して、観客も何かを得る。観客は「発見したい」から映画館に足を運ぶのである。

この映画に出てくる言葉は、確かに面白い。しかし、文化人と三島について語り合った言葉を集めるのならば、出版を前提とした「聞き書き」で充分だったのではないだろうか。
能や演劇、日本舞踊、ヨットでの航海など・・・出演者の表現活動を紹介するために苦心して撮影した映像も散りばめられてはいる。しかしそれらはあくまでも登場人物たちの補足説明としての機能しか果たしていない。もっと踏み込んだ部分が欲しい。お行儀の良い語らいだけではなく、なぜ三島に彼らがこだわっているのか・・・その裏に隠された「狂気」の片鱗が見たいのである。そのためには、監督自らの内に潜む「狂気」の開示が、もっと必要だったのではなかろうか。監督が開示すれば、もっと出演者たちも開示できたはず。人間関係というのはそういうものではないだろうか。

こうしたタイプの作品を、どう「映像表現」として定着させ得るのか。
非常に難しい課題ではあるが、図らずもその難しさを知らしめてくれる作品ではあった。


★僕の印象に残った出演者たちの言葉を、ほんの一部だけ御紹介

●平野啓一郎(小説家)
「『金閣寺』っていうのは、一般的には美について語っている小説という風に読まれますが、美というのはそこではひとつの媒介にすぎなくて、実は三島の言う『絶対者』について語っていると思うんですよね」

●柳幸典(美術家)
「芸術は解釈、その後の解釈・・・。芸術家はいずれ死者でしかなくなる。解釈と芸術家は逆に乖離していくんじゃないかと僕は思います」

●ラウラ・テスタヴェルデ(イタリア人・日本文学研究者)
「1970年11月25日、(中略)強い衝撃を受けました。世界的な作家、三島由紀夫が伝統にのっとり切腹をした。東京にある自衛隊駐屯地で、日本がアメリカの支配的影響下にある状態から自らを解放することを呼びかけて。」

●坂手洋二(劇作家・劇団燐光群主宰)
「楯の会自体は演劇的な観点では見られないですね。自意識が強すぎて・・・。芝居にかぎらないんですが、ものをつくるということは、自分の自意識との戦いだと思うんですが、楯の会は自分を見ている人が楯の会のチームの中にもいて、それを周りも見ている、と。あるいは別の時代からも見られるだろう、と。何段階もの自己演出があると思うんですね。」

いや~、しかし三島由紀夫はやはり巨大な怪人だ。そして壮大なる「知の塊」だ。
その全てを知り尽くすことなど到底不可能。逆に言えば、そうしようとすると足を掬われるのではないだろうか。ハナから「かなうわけがない」のだから。
三島を基に新たな表現を開拓したいのならば、研究者的な視点は捨てるべきである。
怖れることはない。すでに三島は「死者」という本物の仮面になってしまったのだから。
裏切ることはないのだから。

「みやび 三島由紀夫」
監督:田中千世子/2005年/74分
プロデューサー:鈴木隆一・すずきじゅんいち

渋谷ユーロスペースにてモーニング公開中
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三島由紀夫とつきあってみる。005●「卒塔婆小町」のセックス論と三島的男女観

戯曲集『近代能楽集』の一篇「卒塔婆小町」を演じた経験について書きながら、改めてこの短篇に込められた三島由紀夫という人の世界観について考えてみた。
現時点で僕が知っている彼についての知識は大したものではない。しかし、その浅薄な知識と照らし合わせてみても、この戯曲には、「いかにも三島由紀夫らしい」エッセンスが散りばめられていると思う。そのことを考察してみたい。

詩人に象徴される、三島的「男性性」

この戯曲の主人公である詩人は、若い「男」である。
「男」が「女」と比較されるときによく語られる一般論として、「男は理想に生き、女は現実に生きる」という言葉がある。この詩人は、その意味での「男」である。
しかも「詩人」というのは、一般社会とは一歩距離を置きながら、自分の美(理想)を言葉によって探し求めている者のことである。
「理想を追う」ことは「男」の象徴。
したがってこの作品の世界観の中では、詩人は「男の中の男」だと言うことができる。

老婆に象徴される、三島的「女性性」

もう一人の主人公である「老婆」は、年老いた「女」である。
薄汚い公園でカップルがイチャつくのを邪魔しながら煙草の吸殻を拾い集めているという、「現実にまみれた存在としての女」である。
歳を重ねると人は大体において、理想というものを信じにくくなる。積み重ねられた現実体験が人をそう変化させることは致し方ない。
年寄りは現実の中に生きている。夢を見るとしても、それは過ぎ去った過去の記憶の中に見るのであり、未来への理想は抱きにくくなる。「現実に生きる」ことは「女」の象徴。
そういう意味では、この老婆は「女の中の女」だと強引に言ってしまうことも可能である。

☆そうではない女性もたくさんいますが、三島由紀夫は50年代~60年代にかけて活躍した作家だということもあり、あえて旧来の一般論を持ち出して語っていることをご承知おきください。ここでいう「女」とは、古い男性社会の中で語られていた一般的な「女」という概念にすぎません。

三島的「男の中の男」と「女の中の女」の対決

この戯曲は、三島由紀夫にとっての対立する二つの概念をぶつけ合った「ジェンダー論」だという風に読み取ることも可能である。しかもそれは、セックスという行為における身体性とも密接に関係があるので「身体論」でもあり、「セックスにおける男性性・女性性についての考察」でもある。

女は男に美しがられることで生きていると実感できる

この戯曲で奇妙なのは、恋愛状態がもたらす高揚感を賛美する詩人に対して、冒頭のやり取りで老婆はきっぱりと否定しておきながら、いつの間にか自分の方から詩人をたぶらかし、自分に惚れさせるということだ。
99歳の皺だらけの婆さんが、巧みな弁舌と共にいつの間にか絶世の美女、小町に変身する。
これは言葉がもたらす魔力を象徴しているのかもしれない。演劇というのは、台詞の一言一言が虚構の世界を構築して行く芸術だからである。
詩人はまんまと老婆の言葉の魔力に魅せられて、老婆のことを絶世の美女だと思い込み「美しい」と口にしたくてしょうがなくなる。
しかし老婆(小町)はそこでもったいぶらせる。
今までも沢山の男が自分に惚れてきたが、「美しい」と口にした途端に皆、死んでしまったというのだ。だから詩人も口にするべきではない。それを言ったらあなたは死ぬ、と色っぽく警告する。

男は女に自分の理想(美)を重ね、手に入れようと燃え上がる

恋愛感情による熱病状態にある人間というものは、逆境であればあるほど燃え上がるものだ。老婆の警告は詩人の炎に油を注ぐようなもの。ますます詩人の熱病は燃え盛り、老婆(小町)の美しさという幻想に酔いしれ、ついには口にしてしまうのだ。
「小町、君は美しい。」
そして残酷なことに、この言葉を口にした途端に詩人は死に、詩人の幻想が消えたことで絶世の美女・小町は元の99歳の老婆に戻る。
老婆はその後も生き続ける。そしてまた99年後に次の「男」が現れて「美しい」と言ってくれるまで、生まれ変わって待たなければならないという残酷な運命が暗示されて幕は閉じられる。

セックスの暗喩

これは、ぶっちゃけてしまえば人間の本能がもたらす営みとしての「セックス」における男性性、女性性を暗喩した描写だということが出来る。
セックスという行為において「男」は、「女」に自分の美の幻想を抱いて欲情し、一つになろうとあらゆる手練手管を用いて征服しようとする。
逆に「女」は「男」が自分に欲情してくれることで喜びに満たされ、「男」を受け入れる。

「男」は「女」を征服できた喜びを感じた途端、射精という絶頂を迎えて「死ぬ」。
「女」は「男」が絶頂を迎えたことで自分の存在が満たされるが、「男」のように一瞬で絶頂を迎えることは少ないので「死にはしない」。

結局は男性的生き方の中に「美」を求めてしまう三島的結末

こうしたことから見ても、彼は「男」と「女」という対立概念にこだわって表現をしつづけた作家であると言うことは可能だろう。しかも結局彼は、「男」という生き方の中に「美」を求めた結末を、いつも用意する。「男性性の勝利」を謳い上げてしまうのだ。
この戯曲でも、詩人が死んだ後、老婆にこんな言葉を吐かせている。
「もう99年!」
・・・彼女は自分の美しさを証明してもらって「男」に愛される瞬間のために、さらに現実にまみれて生き続けなければならないのだ。死の直前に欲求を満たし、絶頂という幸福感を味わって死んだ詩人と、どちらが辛い結末だろう。明らかにこの結末では、「女性性の敗北」を描くことで「男性性の勝利」が宣言されていると言えるだろう。

同性愛者の光と影

三島研究本において、三島由紀夫が同性愛者でなかったことを証明しようとする記述を、たまに見かける。
彼は結婚をし、妻子もいたことは事実だ。しかしそういうゲイは世の中にいっぱいいる。

彼の場合は大っぴらに公表出来ない立場にあり、そういう時代状況の中にあったから、こうした作品や自分の生き方を通して歪んだ形で表現ぜざるを得なかったのではないか。僕はそう捉えている。なぜなら、その書かれた内容や趣味・嗜好からしても、明らかにゲイ特有の特徴が読み取れるし、そう考えることが最も自然だと思われるからだ。
そして、その歪みと暗さこそが三島文学の魅力となり、表現の原動力となっているのではないかと思う。

彼は、歪んだ形で「男性性の優位」を表現することで、自らのカタルシスを得ていた。
或る意味では悲しい生き方だ。
また、或る意味では、自分の性的嗜好に忠実に生きることを追求し続けた生涯であったとも言えるだろう。
そこに是非の判断はいらない。彼の生涯は、彼にしか歩めなかった生涯なのだから。

当時と今とでは時代状況は明らかに変わった。
現代において、もう三島由紀夫は生れないだろう。
まさしく彼は、この国の戦前・戦後から高度経済成長、その飽和期に差し掛かるまでの時代が生み出した「鬼っ子」である。彼の年齢が、昭和の年号と見事に一致していることもなにかの因果だろう。

彼を読み解くことは、この国の精神史、さらには同性愛者の精神史を読み取ることにもなる。
そうした観点から、今後もこの連載を続けてみようと思う。

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三島由紀夫とつきあってみる。004● 「卒塔婆小町」体験記③

性の垣根を越境しているような彼女と僕。
お互いに異性としての色気をまったく感じないままに、絶世の美男と美女を演じなくてはならない。
・・・はっきり言ってかなり無理があったのだが、若さの勢いでなんとかしようと、二人は懸命に頑張った(笑)。稽古量では他のどのチームにも負けはしなかっただろう。
ただ残念なことに、量を積めば深い演技ができるかというと、世の中そうは単純ではない。
演技よりも先に、「どう生きているか」。
その時点で勝負は決まっているのである。

脚本の中の詩人は、老婆と恋愛談義をしているうちに、いつの間にか自分がまるで深草少将のような気がしてきてしまう。そして老婆のことを、絶世の美女・小町だと錯覚し始める。
老婆の言葉の魅力か、それとも何かの因縁か。詩人は、まるでなにかが乗り移ったかのように突然、老婆に恋をしてしまうのだ。(能の世界では、突然幽霊が乗り移ることは日常茶飯事です・・・笑)。
恋する者にとっては「あばたもえくぼ」。恋の熱病に侵された詩人には、99歳の老婆の顔中に刻まれた皺が目に入らなくなるのだ。そして、興奮した勢いで老婆の事を「美しい」と言いたくなる。

しかしそれは禁断の言葉。
老婆が言うには、彼女のことを「美しい」と口にした男は、今までみんな死んでしまったというのだ。

この老婆(小町)がとんでもない食わせ者。
自分の巧みな弁舌と魔力で詩人をこんな風にしておきながら「いけませんわ。」だの「私を美しいと言ったら、あなたは死ぬ。」だの、もったいぶった言葉を吐き、ますます詩人にその言葉を言わせようとしているかのよう。

若くて恋愛に異常なまでの幻想を抱いている詩人は、その気持ちを抑えることが出来ない。気持ちが高ぶるがままに、ついに老婆に禁断の言葉を口にしてしまう。
「小町、君は美しい。世界中でいちばん美しい。
一万年たったって、君の美しさは衰えやしない。」
すると途端に詩人の全身からは血の気が引き、思いを遂げられずに力尽きて死んでしまう。
・・・なんとも三島由紀夫らしい展開ではないか(笑)。

これって、わかりやすく言ってしまえばセックスのことが象徴されているのだと思う。
女は男に愛されたいがために、ありとあらゆる手段で男を誘う。
男は女のセックスアピールに興奮し、自分の思いを遂げたくなる。
そして男は、思いを遂げた途端に死んでしまう。

そこに至るまでの過程がたくさんの言葉で埋め尽くされているかのような戯曲。
もちろん他にも色々な意味が込められた内容ではあるのだが、演技をするために解釈する際には、登場人物の心理を単純化してしまった方が身体に馴染みやすいのだ。

しかし当時の我々はそのことに気が付かず、三島由紀夫独特の回りくどく装飾的で「はぐらかし」の多い文体に振り回されてしまった。一つ一つの台詞が観念的で高尚なものだという理解を捨て去ることが出来ず、演技も硬かったと思う。

演出家にも言われた。
「もっと自分達なりに面白がれる言葉を発見し、楽しんでごらん。演技というのは、演じるもの同士がどれだけ、自分達なりのルールを構築して遊べるかということだよ。」

考えてみたら三島由紀夫だって、彼なりに不思議な文体を構築し、能の謡曲を翻案するというルールのもとで自分なりの恋愛観や世界観を戯曲に込めて遊んでいるのだ。台詞自体がすでにフツーの言葉ではないのだから、演じる者もいろんな意味で「越境」してしまっていいのである。遊んでしまえばいいのである。

同じワークショップの仲間には、まさに自分なりの「お遊び」を見つけ出して楽しんでいるかのような、スリリングで魅力的な場面を演じている実力者がたくさんいた。その面では僕ら『卒塔婆小町』組は完敗だったわけだが(笑)、他の実力者達の演技を、溜息とともに憧れの眼差しでたくさん見つめ、学ばせてもらった。

味のある演技を見せてくれたのはやはり年配の人たちだった。
人生を観念ではなく、実体験として積んできたからこそ演技の上でも遊ぶ余裕が生れる。
普段話していて滲み出てくる人間性がそのまま舞台での演技からも自然に滲み出てくるのだから圧巻である。かなわない。

「若いって、『バカい』ってことかもしれないね~。」
打ち上げの飲み会で、彼女が僕にこんなことを口にした。とても納得できる言葉だったので、二人でおもいっきり笑いあった。それは三島由紀夫がこの戯曲に込めた世界観と、ある意味共通している言葉でもあった。
ただし、演技が未熟だったのは「若さ」のせいだけではなく、「異性」への感情の高ぶりを表現できない僕のせいであったことも事実。まだ童貞だったし(笑)。
人生経験は、やはり出てしまうのである。

★次回は、戯曲『卒塔婆小町』に込められた三島由紀夫の「男女観」と「死生観」について、もう少し詳しく考えてみようと思います。

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三島由紀夫とつきあってみる。003● 「卒塔婆小町」体験記②

今回、ひさびさに「卒塔婆小町(そとばこまち)」を読み返してみた。9年ぶりだ。
文庫本でたったの21ページ。あっという間に読めてしまう。今の視点から読み返してみると、想像以上に面白い戯曲だった。

それにしてもかつての自分は、どれほどこの台詞の面白さを理解していたのだろうか・・・あの頃はわからないままに、ただ単に暗記して喋っていただけなんじゃないかと思うと、冷や汗が出てきてしまう。
もし今の自分が演出家で当時の自分を目の当たりにしたら
「全然わかってないっ!なんだその口先だけの表現は・・・出直して来い!」
と、灰皿投げつけて罵倒しまくるであろう。
恋愛の「れ」の字も知らず、単なる演劇バカだったあの頃の僕に、この作品が理解できるはずもない。演技というものはやはり、演者の人生経験が滲み出てこそ人に見せられるものだから。

しっかし三島由紀夫はすぐに男を殺す(笑)。
しかも早死にするのは必ず若くて純粋な美男子。女は反対にたくましく、男の死を乗り越え生きて行くというパターンが、どうも好きらしい。この作品は、いわばその王道である。

能の謡曲として名高いこの物語は、小野小町と深草少将の百夜(ももよ)通い伝説がベースになっている。
小町の美しさに魅せられ求愛する深草少将。
小町は少将に、百夜通えば百日目の夜に契りを結ばせることを約束する。
少将はがんばって99日目の夜まで通い続けるのだが、いよいよ100日目になって大雪の中で凍死してしまうという、ヒジョーに可愛そうな物語。

三島由紀夫はこの物語を、現代のうら寂れた公園に場面を設定しなおし、小町を99歳の老婆にし、深草少将を酔いどれの詩人にした・・・要するに、かなり「醜く」書き変えたのである(笑)。
恋人同士がベンチで愛を囁き合う夜の公園に、老婆は夜な夜な出現する。カップルの邪魔をして意地悪くベンチを占拠するのだ。そこへ酩酊した貧乏な詩人が話しかけ、二人の恋愛談義がはじまる。

この詩人が、かなり理論家で頭でっかちなロマンチスト。
たぶん恋愛経験はないのだろう。恋愛というものを頭の中だけで理想化し、崇高なものだと思い込んでいる。そして、周囲のベンチで愛を語り合う恋人達を賞賛し、老婆にこう語る。

詩人「僕は尊敬するんだ。愛し合っている若い人たち。彼らの目に映っているもの、彼らが見ている百倍も美しい世界、そういうものを尊敬するんだ。」

しかし老婆は詩人の甘ったるいセンチメンタルを嘲笑って否定する。

老婆「ふん、あんたは若くて、能なしで、まだ物を見る目がないんだね。・・・あいつらこそお墓の上で乳繰り合っていやがるんだよ。・・・そら、あいつらは死人に見えやしないかい。ああやってるあいだ、あいつらは死んでるんだ。」

恋愛状態で熱に浮かされることを「生」だという詩人。「死」だという老婆。
この対比が面白い。

僕の相手役の女性は当時20代だったため、この深いテーマをどう自分のものとして引き付けて演じるべきか戸惑っていたようだ。よく二人で台詞の解釈について話をした。
台詞を憶えて口に出すことは、誰にでも出来る。
しかしその一言一言に血を通わせることが出来るのかどうか。生きた自分の言葉として肉体化できるのかどうか。そこで、演者の人間としての度量や人生経験が問われてくるのだ。

今思えば、彼女とは本当によく会って稽古をした。いちばんよく稽古をした場所は皇居前広場だ。
ベンチがいっぱいあって、広い割には人が少なく、台詞を喋っていても怪しまれない雰囲気があるからだ。

若い男女が二人きりで会う。そこには色っぽい展開が期待されがちではあるが・・・
ご存知の通り僕は女性に性的魅力を感じないから、彼女のことを性的欲望の対象として見る事は、まったくなかった(笑)。
当時はまだ自分がゲイだという自覚はなかった。
恋愛というものに興味がなかったので彼女を異性として意識することなど、考えつきもしなかった。
彼女の方は、どうだったのだろう・・・。
不思議と「女」を感じさせない雰囲気の人だったから、長く一緒にいても自然でいられたのかもしれない。彼女もなんとなく、性の垣根を越境しているような人だった。

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