「愛しのコンタキンテ」男たちに捧げるチンコンカ●PLAYレビュー

東京メトロ副都心線が開通した6月14日(土)。所用があって通りかかった新宿二丁目には、あちらこちらに「祝・副都心線開通」の赤い幟が掲げられ、街路樹の緑との鮮やかなコントラストが、目にまぶしく感じられました。新宿二丁目郵便局の前を通りかかったとき。その通りの反対側にあるゲイ・ポルノショップの左隣に、半裸の男性の大きなポスターと、水着(競パン)姿の等身大の看板が、やたらと目立っているのに気付きました。
近寄ってみてみると、どうやらライブの告知看板みたいです。ビルの地下にある新宿サニーサイドシアターにて、コンタキンテという人のお笑いライブがある模様。この人は、かつて江頭2:50さんとホモコントコンビ「男同志」として、1990年代に舞台に立ったり『タモリのボキャブラ天国』などのTVに出たりしていたそうです。僕はその当時、テレビを全然見ない生活をしていたので知らなかったのですが、最近になってYouTubeでは見たことがありました。そのコントは、「ノンケ目線から、ゲイを笑いものにしている」と捉えることも可能なわけですが・・・不思議なことに、僕はなぜだか「侮辱された」という気持ちを持たなかったことを憶えています。
そもそも江頭2:50さんといえば「夜中の2:50を過ぎるとホモになる」ということから付いた芸名らしいですし、本人が同性にも惹かれるセクシュアリティーをあちこちで広言していることは知られていますし。そもそも芸風がアナーキーですからね。その文脈で理解されているのかもしれませんが・・・僕はああいう表現、大好きなんです(笑)。既成の秩序を根底から「笑い」によってひっくり返すという意味では、ホンマもんの「お笑い」だと思ってます。
さて、そんな江頭2:50さんとコンビを組んでいたコンタキンテさん。そのライブ告知看板には、次のように書いてありました。

「女性もノーマルな方もご入場いただけます。」という表現が、いわゆる「活動家的な感性」を鋭くした場合には「キィ〜ッ!ふざけんなっ!」と抗議すべきところではあるのですが・・・(だって、ノーマルの反対語はアブノーマルでしょ。これって「同性愛者はアブノーマルだ」と言ってしまってることになるんですよね。しかも新宿二丁目で堂々と。爆)その、あまりにもあっけらかんとした様子に「まぁ、しょうがないか」と、逆に面白みを感じてしまったりもして。(←人間の感情って複雑。爆)その夜19時からの回のチケットがまだ入手できたので、見てみることにしました。新宿2丁目についに飛び出した「男色の悪魔」
元男同志のコンタキンテ
もう我慢なんて出来ない
愛し合う男たちに贈る太くて長いスペシャルライブ
余計な言葉など要らない
いくもいかぬもあなた次第
飛ばします!かけます!飛来物にご注意!
女性もノーマルな方もご入場いただけます 。
新宿サニーサイドシアターには初めて入ったのですが、30人も入ったら満席になるのではないかと思えるほどの小さな小屋。この回には15人ほどの観客が入っていました。「ゲイが多いのかな〜」と予想していたのですが、客席に居る7割位は女性でした。(やっぱり「アブノーマル」と名指しされたら、入りにくいですもんねぇ。爆)舞台では次々とショートコントが芝居形式で展開されるのですが、オープニングでは看板と同じ競パン姿でダンスを踊ったり、死んだゴキブリが付いているゴキブリホイホイを下に置き、片手や指先だけで腕立て伏せをして観客の「嫌悪感」を煽ったりと、無菌浄化されたテレビ表現などでは決して味わえない種類の感情がノッケから喚起されました。
ホモネタとしては、「男性専用車両」というコントがありました。アキバ系のオタクらしき人物が男性専用車両に迷い込み、どんどん車内の「ホモ度」がエスカレートして貞操を奪われそうになるという内容。車内の吊り広告が「バディ」ではなく「薔薇族」だったりするところが、「あぁ・・・この人のホモ知識は10年前でストップしているんだなぁ」と感じさせられましたが、(今の「薔薇族」に吊り広告を出す資金力などないのであ〜る。爆)一般的なノンケ男性が「ゲイ」だとか「ホモ」を想像するとき、まず短絡的に想像してしまう世界というのはこういうものなのか、と学ぶことが出来たとも言えるでしょう。
だからと言って侮ってはいけません。ある意味では「真を衝いている」とも言えるわけですよ。もし本当に「男性専用車両」が出来たとしたら、まっさきに「ゲイのハッテン車両」と化すだろうことは想像に難くないわけで(爆)・・・表現方法としては毒々しいけれども、実は鋭い現実風刺だったりもするわけです。
ホモネタばかりではなく、いろんな「男性の人生の断片」がコントという形で表現される舞台だったのですが、コンタキンテさんの肉体から醸しだされる「ちょっと枯れている感じ」が悲哀という名のリアリティーを与え、基本的には愚かしい存在である「人間」というものを、喜劇として描き出す手腕。その表現世界に、いつの間にか惹き込まれている自分がいました。
最後の演目として。新宿二丁目で上演するということで用意されたテーマだったのでしょうか、「男性同性カップルの暮らし」を想像させるコントがありました。コンタキンテさんは、エプロンをしながら家庭で料理をしている「パパ」と呼ばれている人物を演じているのですが、小学生の子どもと会話しているのです。そこへ電話がかかってきます。「ママ」なのです。「ママ」は、仕事が忙しいということで何日も家を空けたりします。そのことを「パパ」は面白く思っていません。ここまで見ていると、いわゆる世間で言うところの「父親」と「母親」の役割が入れ替わった形の夫婦を描いているのかと思えるのですが、電話でのやりとりをよく聞いていると、相手も男性だということがわかってくるのです。つまり、男性同士で子育てをしている家庭の光景を描いたコントだったのです。そのことに気付いたとき、ちょっとジーンとしてしまいました。(←演者の思う壺なわけですが。笑)
けっして気持ちのいい感情ばかりが喚起されるステージではありませんでしたが、実はそれこそが「生きる」ということであり、現実そのものを描いた「映し鏡」だとも言えるのです。ゲイを描く際の表現方法に「がさつ」な点が多々見られはしたのですが、その部分を抜いてしまうと、きっとこの人の表現では無くなってしまうのでしょう。総体的に見ると、「人間存在」というものの面白さを奇麗事だけではなく描き出すことの出来る、真のパフォーマーだなぁと感じ、ファンになりました。今後もライブ、見に行ってしまいそうです。なぜ、この人が描き出す「ホモ」に僕はムカつかないのか。その理由はきっと、そこに「愛情」が感じられるからなんだと気付きました。→FC2 同性愛Blog Ranking
劇団フライングステージ「新・こころ」●PLAYレビュー
下北沢駅前劇場で上演中の劇団フライングステージ公演「新・こころ」を昨日、観に行ってきました。今回すごく面白いです!丁寧に繊細に描かれた心理のドラマに惹き込まれ、たくさん笑ったしジーンと来たし、考えさせられました。 ●劇団フライングステージ公式サイト
この劇団は「ゲイの劇団」と打ち出しているにもかかわらず(?笑)客席が程よく様々な人が混ざり合っている様子がなによりも「いいなぁ」と思います。劇団の歴史の厚みと、着実な活動が生み出す成果なんだと思います。
物語は、夏目漱石の「こころ」の台詞を、ほぼそのままにドラマ化した部分と現代の部分との入れ子構造になっているのですが、台詞には書かれていない「行間」の部分が俳優や演出の解釈によって舞台上に立ち上げられたとき、それはまさに好意を寄せ合う男と男同士の心理を描いた小説なんだということが、見事に浮かび上がっていました。
まるで映画「ブロークバック・マウンテン」を見ている時と同じような、もどかしさとかドキドキした感覚を味わいました。肝心の「言いたいこと」が相手に言えないからこそ、起きてしまう擦れ違い。恋愛状態にある時の悦びと苦しみ。しかも愛した相手が同性なんだということを、どう自分で解釈して受け入れたらいいのかを掴みかねている人の「宙ぶらりん」とした感覚が、ヒリヒリと伝わってくる台詞と演技。
でも、だからこそ、ほんのちょっとでもその気持ちが相手に伝えられたときの爽快感や解放感が、まるで至上の喜びに感じられたりする時もある。そんな感情の起伏が実に丁寧に繊細に演じられています。「この人ミスキャストだなぁ」と感じられる人が一人もいなくて、登場人物が生き生きと各々のリアリティを持って舞台に生きているので、最後まで飽きずに観ることが出来ました。上演時間は2時間以上あるのですが、1時間半ほどで終わったのではないかと思えるほど早く感じられました。終演後に時計を見た時に驚きましたもん。「えっ・・・そんなに経ってたの?」って。
どの人物も観ているうちに親近感が湧いて、おもわず好きになってきてしまう感じがあったのですが、特に女性の登場人物を演じていた、劇団員の関根信一さんと石関準さんの演技には笑いながらも魅せられました。「あぁ、いるいる、こういう人」っていう現実味がちゃんと出ていたし、男に好意を寄せる男に恋してしまった女性の側の切ない気持ちとか、家の存続や娘のことを思うばかりにしたたかな振る舞いをしてしまう母親のエゴや策略も、嫌味なく丁寧に描かれていました。
内面的にはドロドロしているにも関わらず、全体的には展開がコミカルでスピーディー。観客としては、気軽な気持ちで笑って観ているうちにいつの間にか心が深く動かされ、何度も意表を突く場面でジワッと来てしまいました。
きっと演出が全体的にクールで乾いていて緩急を付けられていたことと、本音をあまり語らないタイプの台詞が多いからなのでしょう。ジメジメとした押し付けがましい表現を排することが出来たからこそ、逆に登場人物たちの内面を観客が想像できる「隙間」がたくさん生まれたのだと思います。そのへんのバランスが絶妙で小気味いい舞台でした。
3月26日(水)まで上演されているので、観に行ける地域の方はぜひ、お見逃しなく!→FC2 同性愛Blog Ranking
劇団フライングステージ「Tea for two〜二人でお茶を」●PLAYレビュー
劇団フライングステージが年明け早々に上演中の『Tea for two〜ふたりでお茶を』の初日を観た。(→舞台は8日(火)まで上演中。)僕がこの演目を見るのは2回目だ。はじめて見たのは2006年のレインボーマーチ札幌に初参加した直後の夜。あの頃は「コミュニティーの活動」に興味を持ち始めたばかりで、見るもの聞くもの全てが新鮮だった。パレードを通して知り合ったばかりの人たちと並んで客席に座り、コミカルな場面では声を出してたくさん笑い合った。たしかあの時。胸がグッと締め付けられて、おもわずホロリと来た瞬間があった。若い主人公が勢いにまかせて電話で親にカミングアウトを「まくしたてて」しまった時。「ごめんね、こんな大事な話、電話でしてしまって・・・」と受話器に向かって謝った時だった。
ゲイとしての自分の心の奥深くにある「核」の部分を、情け容赦なく引っ張り出された気がした。主人公2人が「ゲイだからこそ」ぶつかってしまう様々な出来事。それは僕にとっても「ぶつかってしまった出来事」であり、「これからぶつかるであろう出来事」でもある。主人公たちがズルさや我がまま、どうしようもなさ、一生懸命さ、だらしなさ、格好よさなど、陰と陽を隠さずに見せ合いながら舞台で生きている姿。たわいもない会話を通して伝わる彼らの喜びや悲しみ。その全てが僕にとっては切実であり他人事ではなかった。
このように「ゲイである自分」の根幹の部分を刺激されながら舞台を見る体験って、そうそう出来るものではない。そのことを押し隠す必要も無く安心して曝け出し、大声で笑ったり泣いたりしながら舞台を見れる環境も、なかなかあるものではない。そのこと自体が当時の僕にとって強い衝撃だったらしく、今でも鮮明に記憶に焼き付いている。
演劇を観終わった後に「お義理」で拍手をしなければならないことほど嫌なものはないのだが、あの時の僕は嘘いつわりの無い気持ちでおもいっきり拍手をし続けた。他の観客も同じような思いの人が多かったようで、拍手はしばらく鳴り止まなかった。演者やスタッフたちは泣いていた。客席と舞台の間で心がしっかりと通い合ったかのような、奇跡的な瞬間がいくつもあった。きっと後にも先にも無いことだろう。あそこまで心にフィットしてくるような舞台は。
あれから1年4ヶ月。
僕はさまざまに変化した。もう「コミュニティーの活動」に出掛けたからといって、ドキドキするようなピュアな僕は何処にも居ない。選挙の嵐が過ぎ去った昨年の夏以降、心の中で何かが急速に渇きはじめ、止められなくなったりもした。そのことに気付いたことで焦燥感に駆られた時期もある。しかしライフスタイルの変化と共に渇きはゆっくりと癒えて行った。無条件に受け止め続けてくれた人のおかげだ。
今回の『ふたりでお茶を』は二人で観に出かけた。物語は全て知っているはずなのに、いくつもの台詞やいくつもの場面が、また新しく僕の心をえぐり、新鮮な気持ちを味わった。そして、僕という個人は一人だけれど「独り」ではないことに気が付いた。隣で初めてこの劇を見るその人は、いったい何を感じているのだろう。僕がかつて泣いた場面を、どんな思いで受け止めるのだろう。そんな意識が常に拭えず有り続けたからだ。
今回の観劇は、これまでに無く僕に「ゲイ当事者であること」という事実を強く突き付けてきた。1年4ヶ月前にはフラフラしていて全く感じなかったであろう「軸」のようなものが、自らの内面に形作られてきていることを感じた。「舞台は鏡」であるという。そうか。僕はあそこに「僕」を観に行ったのか。→FC2 同性愛Blog Ranking
「VOICE 07 FINAL」●PLAYレビュー
今年で10周年。ゲイ・コミュニティーに向けてHIVの予防啓発、あるいは感染者への差別意識撤廃を呼びかける主旨で開催されてきた『VOICE』。そのファイナル・ステージが1月20日(土)に四谷区民センターで行われました。 ●「VOICE 07 FINAL」公式サイト
●ぷれいす東京公式サイト(主催団体)
僕がLGBT絡みの活動に興味を持ち参加し始めたのは、ごく最近のことであり昨年5月の「Act Against Homophobia」以降です。ゲイ雑誌を買う習慣もなかったために、このイベントの存在を昨年までは全く知りませんでした。でも「今まで知らなかった」ということを後悔する位、素敵な時間を過ごすことが出来ました。
入場できるのは「男性のみ」というクローズドなイベントではありますが、近年特に人気が高いらしく、誘ってくださった合唱団に所属しているゲイの方によると「昨年は入場制限も出た」ほどだそうです。彼のアドバイスに従って早めに出かけて開演30分前には会場に着いたのですが、会場前のエレベーターホールは既にぎっしりと、見るからに「ゲイっぽい」人たちで埋め尽くされていました。僕はやっと最近そういう場に居ても緊張しなくなっては来たのですが・・・なんなんでしょうかね〜あの独特の雰囲気はっ!(笑)。みんなどことなく華やいだ表情で、視線が挙動不審気味なんです(爆)。
これはパレードの時にも感じることなのですが、やはり僕らって日常生活ではまだまだ、感覚的に「孤立感」を抱え込みやすい環境で過ごしている人が多いので、多くの仲間が実際に目の前にたくさんいる環境っていうのは気持ちが高揚してしまうようなんです。もし、これが日常風景になったとしたら、何とも思わなくなるのでしょうけどね。
ホールの中に入ると既に席はほとんど埋まっていましたが、僕は一人で行ったので中央あたりの見やすい席に座ることが出来ました。ホッとしながら入り口でもらったパンフを取り出してみてビックリ。お・・・尾辻さんが満面の笑顔を浮かべているフライヤーが挿みこまれているではありませんかっ!。このチラシについては「VOICE」にスタッフとして参加されていたブログ友だちのsakuraさんも衝撃を受けたようで、休憩時間に挨拶に行った時に、まず交わしたのはその話題でした(爆)。●sakuraさんのブログ「ヒゲとホルン」に、スタッフ目線からのレポートがあります。
→思い起こされる半年前の論争とか。
→ホールイベントへの想いと極私的なイベントとか。
また、公式パンフレットには10年間の『VOICE』の歴史が紹介されていたのですが、なんと第一回は「お楽しみ演芸会」というタイトルで、1997年に新宿のビブランシアターで開催されたそうですよ。かつての素朴で小さなイベントの頃に出演したり観に行った方々にとって、今日という日を迎えたことは感慨深いものがあるんだろうなぁと思いました。1997年といえば東京でレズビアン&パレードの開催が数年間にわたって途切れてしまっていた頃。その間、多くのゲイたちに「毎冬恒例のお楽しみ」として親しまれて来た功績は多大なるものがあるでしょう。「HIV予防啓発イベント」というと堅苦しくて真面目なものを連想しがちですが、エンターテインメントとして楽しく見せながら、いつの間にか大事なメッセージも伝えることが出来る独自のスタイルが確立され、人気を博してきたようです。しかも驚いたことにこのイベント、出演者たちは皆さん「ボランティア」だそうですから、毎年開催し続けるのは本当に大変なことだったろうと思います。よくぞ10年も続いたもんだと思います。
さてさて。開演前のザワついた客席では、ゲイカップルが数多く見かけられました。僕の両隣に座っていた方々も、会話から察するにカップルらしかったので、パンフレットを読む振りをしながら彼らの話に聴き耳を立ててしまいましたぁ〜(←怖っ!笑)左側に座っていたカップルは、どうやら毎年のように『VOICE』を観に来ているらしく、これまでの思い出話に花を咲かせていたり、客席にいる知人を見つけては、その人についての噂話を「いろいろと」繰り広げていました(爆)。右側に座っていたカップルは、一人がエスムラルダさんのファンらしく、これまでに何度もショーを見ているとのこと。その相方さんはどうやら「はじめて」見に来たらしいので、懇切丁寧に説明をしてあげていました。それにしてもゲイの皆さんって見た目は男っぽくキメていても、喋り始めると物腰柔らかで・・・そのギャップが僕にはまだ、衝撃的ではありますっ!(←お前もその一員だろっ!笑)。
では。Sakuraさんの記事構成を真似させていただき(笑)演目についての感想を少しずつ。
1)弦楽合奏団divertimento
・「四季」より「春」
・「トゥーランドット」より「誰も寝てはならぬ」
幕が開いた途端ゲイの楽団が演奏しているという、ただそれだけの事でジワ〜っと来てしまう僕って・・・まだまだピュアなんだなぁ〜と自己観察をしてしまった幕開けの瞬間です(笑)。ガチガチに緊張しながらも懸命に演奏している楽団の人々が健気で、高校球児のような爽やかな風が舞台から吹いて来るかのようでした。2)Barエスム
突然、嵐のSEが入り、客席後方からフリートークをしながら「ママ役」のエスムラルダさんと「従業員役」のべーすけさんが登場します。舞台にセッティングされたゲイバーのカウンターで二人が接客するという設定なのですが、フォーマルなドレス姿のエスムラルダさんと、タキシードでキメたべーすけさんの、期待通りの毒舌トークが「クイアな感じ」を醸し出します。
●エスムラルダさんはGAKU-gay-Kai2006で尾辻さんと一緒にテコンドー演武をしていたドラァグクイーンです。
3)マルガリータ
客席から「お目当てのゲイ」をピックアップして、いじりながらの進行を予定していたらしいのですが・・・最前列に座っていた人が「お相手」として自ら立候補し、場慣れした様子でホイホイと喜び勇んでステージに上がったもんだから大変な展開に(笑)。動揺しながらもマルガリータさんは機転を利かせて笑いに繋げます。「この人、仕込んでいたわけじゃないのよっ!」と客席に説明し、本気で焦っている様子がスリリング。ついに「お相手さん」はマルガリータさんに向かって「来て。」と言いながら股をおっぴろげたり、かなり際どい挑発を行います。スリル満点の危険な大爆笑場面となりました。
4)G.O.Revolution続いてバーに現れたのは、アフロ・ヘアーの大きなかつらをかぶったG.O.Revolutionさん。カウンターでクイーンのボーカル「フレディ・マーキュリー」についてのトークを繰り広げた後、自身がマーキュリーになってパフォーマンス。かつらを脱ぎ去り、派手なコスチュームを脱ぎ捨てて全身白タイツ姿になり、男根を象った小道具を持ち出したりして笑いを取りながら、ゲイでありエイズで亡くなったマーキュリーへのオマージュを捧げます。表現者としての尖り具合や、内面から湧き出るマグマの噴出度合いにおいては「ピカ一」の毒気に満ちたパフォーマンスだと思いました。彼は「Junchan」というペンネームで現在、AllAbout同性愛で「かるナビ」を執筆したりもしています。 内容が充実していて読み応え充分で、僕は彼の文章のファンです。
●All About同性愛「Junchanのかるなび」より関連記事
→第15回 二丁目から世界に発信する「Living Together」
→第18回 HIVと共に生きるあたたかなコミュニティ
→「かるなび」記事一覧ページ・・・ほかにも関西レインボーパレードやGAKU-gay-kai、「VOICE」について等、ゲイ・カルチャーに関する詳しい情報が満載ですよ。
5)NONOCHIC
G.O.Revolutionの流れを引き継いで、クイーンへのオマージュをダンス・パフォーマンスとして繰り広げていました。とにかくみんな格好いいし表現力が本当にスゴイ。しかもパワフルでエネルギッシュで、一人ひとりのダンサーたちが、ちゃんと輝きを放っている。プロフェッショナルなダンス・チームでした。
●NONOCHIC公式サイト
6)スキンエコー・「クィーンメドレー」
・「思い出すために」より「種子」
・中島みゆき「誕生」
休憩を挟んで最初に登場したのは男声合唱団「スキンエコー」。今回、僕が最も心を惹きつけられて感動したのは、彼らの純朴な合唱でした。みんな思い思いの服装で、はにかんだ表情で歌っています。その等身大で素朴な「素人っぽさ」が最大の魅力なのではないかと思いました。マイクを通さず肉声だからか、歌声からストレートに彼らの「体温」のようなものが感じられるのです。選曲もこの日の流れにぴったり。歌詞の言葉を丁寧に、一つ一つ語りかけるように歌っているので、聴き手の心に真っ直ぐに伝わって来る感じです。聴きながら何粒か涙が零れました。
7)エスムラルダ
金子ゆかり「再会」に乗せて繰り広げられた、エスムラルダさん独特の「怨念に満ちた」ドラァグ・ショー(笑)。別れた男への恨み節を、グロテスクに表現していました。その土着的な日本的な精神世界を感じさせるドラァグぶりは、独自の境地を切り拓いていると思います。ちなみにエスムラルダさんは、ショーを含めて何度もめまぐるしく衣裳を着替えて登場し、まるで紅白歌合戦の紅組司会者のようにゴージャスに、我々の目を楽しませてくれました。
8)Barエスムでのリーディング「ぷれいす東京」代表の池上千寿子さん、音響スタッフのしんやさん、陽性者団体ジャンププラス代表の長谷川博史さんが次々とバーを訪れ、エイズ陽性者の手記をリーディングしました。カウンターに座ってリラックスした軽いトーンでのフリートークの後に、きっちとしたリーディングが行われる。BGMはべーすけさんの、本格的なピアノ生演奏。その構成・演出のさじ加減が絶妙で、飽きずに聴き入ることが出来ました。特に長谷川博史さんの独特の語り口によるリーディングと「シャボン玉」の歌は、彼にしか醸し出せない渋くコクのある味わいだと思いました。存在そのもので、舞台の時空間を「持たせる」ことが出来る人。すごい表現者をまた一人、知った喜びを感じました。
9)メロウディアス
リーディングで高まった感情的な濃度を引継ぎながら行われたドラァグのパフォーマンスは、ビジュアル的な「見せ方」が実に巧みで洗練されていて、エデンの園に迷い込んだかのような夢見心地と共に、そこに至るまでの哀しみや苦しみが「浄化」されるまでの過程を想起させられる、突き抜けた表現世界でした。こうした構成・演出を組み立てられるステージングの素晴らしさに、正直驚きました。
10)コラボレーションショー「Seasons of Love」
出演者全員によるメドレー形式のパフォーマンスが、フィナーレを飾りました。「RENT」の主題曲をベースに歌・演奏・ダンス・照明・音響が融合して「VOICE FINAL」のメッセージ性を際立たせます。客席からも手拍子が起こり、「ステージ世界と気持ちを一つにすることの出来る」ショーでした。
めくるめくショーが終演し、観客席が明るくなった時。右隣に座っていたカップルが交わしていた会話が印象的でした。
「すごかったねぇ〜。これは東京でしか味わえない世界だねぇ〜」
「そうだねぇ・・・誘ってくれてありがとね。」
彼らは地方出身の学生か、働き始めの会社員か。きっと単身で上京し、たまに新宿二丁目に通いながら「自分の中のゲイ」を解放して楽しんでいる渦中にあるようです。それまでは雑誌の中でしか見ることが出来ず、まぶしく感じていたであろう「東京のLGBTカルチャー」に触れて存分に楽しんでいるのでしょう。
「VOICE」という形でのイベントはこれで一区切りだそうですが、今後はさらに発展した形で開催され続けるようです。コミュニティーとしてのカルチャーの分厚い蓄積が感じられた今回の舞台成果をぜひ継続させ、より大きく開かれたイベントとして成長を遂げて欲しいです。現在は「男性オンリー」に限定されている観客を、幅広く開かれたものにするのも一つの方法かもしれませんし、「ゲイ」だけではなく「LGBT」に枠を広げたパフォーマーが交流し合える場として発展する道もあるかもしれません。せっかく積み上げてきた経験の蓄積を生かし、新たな世代が加わりながら、人と人とが「表現する」という志を持って出会い、交流し合える場として今後も存在し続けて欲しいと思いました。→FC2 同性愛Blog Ranking
KIRA'S CABARET「カルテット」●PLAYレビュー
ゲイをオープンにして活動している俳優、青山吉良氏。映画『メゾン・ド・ヒミコ』で柴咲コウ演じる沙織と一緒に楽しそうに女装をしながらはしゃいでいた「あの方」。女装でディスコに出かけ、かつての会社の後輩に見つかって失神して倒れる演技をしていた「あの方」。
「あの」青山吉良さんが立ち上げた演劇プロデュース企画「KIRA’S CABARET」の第一回公演は、ハイナー・ミュラーの『カルテット』を果敢にも取り上げた。
ミュラーといえば旧東ベルリンで50年代から劇作活動を開始し、「ベルリンの壁」が崩壊する前後までの激動の社会を鋭く風刺し、先鋭的な戯曲として結実させ世界の演劇界に多大なる衝撃を与えた劇作家。特に『ハムレットマシーン』という戯曲は既成の演劇システムを根幹から疑わせる衝撃的なスタイルのテキストとして、今でも繰り返し世界中で上演され続けている。(本人は1995年に死去)。 僕はかつて、ミュラーの『ハムレットマシーン』に衝撃を受け、彼の自伝を読み漁ったことがある。大国に翻弄される小国の運命や、権力者に翻弄される国民の運命を、男性に陵辱される女性に置き換えて表現することの多いミュラーの演劇作品は、「東ベルリン」という特異な環境で冷戦時代を生きざるを得なかった作家の、屈折した冷ややかな視点に満ち、とにかく尖っていて刺激的だ。
●ハイナー・ミュラー著「闘いなき戦い―ドイツにおける二つの独裁下での早すぎる自伝」
●ハイナー・ミュラー著「悪こそは未来」
『カルテット』は二人で4役を演じるスキャンダラスな内容の愛憎劇。真っ赤なドレスに白い大きなかつらを被り、まるで「白髪のドラァグクイーン」であるかのような扮装で登場した青山氏は、女役と男役を何度も往還しながらミュラーのテクストと格闘した。青山氏独特のアンニュイな雰囲気が漂う風貌は、退廃的で死臭が漂うミュラーの劇世界にマッチする。 なにより青山氏の演技は、とかく難解だとされがちであるミュラーのテクストをきちんと肉体化し、シュークスピアのように「格言の数珠つながり」のような台詞に「魂」を吹き込むことに成功していた。彼の俳優としての経験の蓄積の分厚さが、如実に滲み出ていて圧倒される演技だった。ただ、もう少し演者二人の間での演技上のコミュニケートが上手く成立していれば、さらに魅力の増す舞台に昇華したことだろうと思う。
これだけ「文学的」で暗喩と隠喩に満ちたテキストを90分間の二人芝居で見せるのには、相当な覚悟と集中力が必要だ。しかし演出も手掛けた青山氏は、派手な演出的な技巧には走らず「演者の存在の魅力」で勝負するという賭けに出た。
結果、観客の集中力が最後まで持続するには、なかなか厳しい舞台成果ではあった。しかし、「男」や「女」というジェンダーを次々と往還してみせる演技的な仕掛けの面白さは感じられたし、青山氏の存在そのものから伝わってくる並々ならぬ意気込みと「表現者としての魂の叫び」は伝わってきた。そして今後も「彼が出るなら」舞台に足を運ぼうと、決意する僕がいた。 まずはプロジェクトの船出を祝福したい。今回の公演での経験を生かし、今後はさらにエキサイティングに「エンターテインメント性」も加味しながら、他ジャンルのクリエイターとも融合し、さらなる発展と積極的な活動が展開されることを期待する。
<公演は14日(日)まで>
→KIRA'S CABARET公式ホームページ
●青山吉良氏のプロフィール(HPより)
21世紀に入り50代を迎え、ゲイとして表現を発信していきたいとカミングアウト。ドラァグショーへの出演、ゲイのアクティビストとして活躍している大塚隆史と演劇ユニット「D.O.G.」(Dangerous Old Gays)の旗揚げ、映画「メゾン・ド・ヒミコ」(監督:犬童一心、2005年公開)への出演等、新しい挑戦が始まっている。主な出演作品としては岩波ホール「トロイアの女」、冥の会「メディア」、横浜ボートシアター「マハーバーラタ・王サルヨの誓約」、t.p.t.「あわれ彼女は娼婦」、シアターX「女中たち」、新国立劇場「野望と夏草」、空中庭園「悲劇フェードル」、フライング・ステージ「トリック」、D.O.G.「違う太鼓」など。
●菅原顕一氏プロフィール (HPより)
幼児期に結核を患い、小学校は養護学級で過ごす。アングラ劇にあこがれ上京脳腫瘍が判明し、家族のいる仙台に戻る。回復後、NHKの仙台放送劇団に入り、数々のラジオやテレビドラマに出演。代表作に芸術最優秀賞受賞の『塚本次郎の夏』(1977)がある。また、当時の仙台で新風を吹き込んだ劇団「演劇工房」に参加。舞台でも活躍するが、またも体調不良で入退院を繰り返し、さらに交通事故で左の手足に麻痺が出るようになり、演劇を断念する。50代になり演出家・笛田宇一郎の「障害のある身体だからできる演劇もある」との言葉に刺激を受け、ベケットの一人芝居の上演を始め演劇活動を再開する。
●青山吉良氏のメッセージ(パンフレットより)
「多様性のある社会。それを支えていくのは想像力です。自分と違う存在とどう向き合うか・・・。今ほど想像力の危機を感じる時はありません。ささやかな場ですが、KIRA’S PROJECTが演じる側、観る側双方の想像力が出会い、よりしなやかに力強く生まれ変わる磁場となることを願ってやみません。よろしくご支援のほどを!→FC2 同性愛Blog Ranking
Happy Hunting Ground「冬のサボテン」●PLAYレビュー
年に一度、野球部の同窓会に集まるゲイ4人の話ゲイを描いたこんな脚本があるなんて知らなかった。劇団文学座の若手による「Happy Hunting Ground」公演『冬のサボテン』は、ゲイ4人が主人公。高校時代に同じ野球部仲間として青春時代を過ごし、ゲイであるという悩みも共有しながら生きてきた彼らが、20代・30代・40代になった時に再会し合う「同窓会」を時系列で追いながら、カップル2人の恋愛関係が軸として描かれている。
1995年に初演された作品。描かれる場面が主に「80年代」であるため、現代のゲイ事情とはだいぶ違う描写が目に付いて面白かった。まず本人達が自分のことを「おかま」と呼んでいる。そして、インターネットの「イ」の字も出てこない。出会いを求めて雑誌の文通欄でパートナーを探す描写もある。ハッテン場のことを「淫乱旅館」と呼んでいる・・・などなど。
新宿2丁目に飲みに出かける「ゲイライフ」も謳歌している彼らだが、この時代は今よりももっと「ゲイとして生活するライフスタイル」が見出しにくかった時代。7年も付き合ったカップルは浮気が元で別れてしまい、その1人は偽装結婚だとわかったうえで結婚してしまったりもする。家業を継ぎ、家族を安心させるには仕方のない選択なのだ。こうした「80年代のゲイ」に多かった生き方とか苦悩が「ドラマ」としてしっかりと記録されている。
作者の鄭義信(チョン・ウイシン)さんは、1957年生まれ。劇団「新宿梁山泊」で一時代を築いた演劇人。映画の脚本も手がけており、『月はどっちに出ている』や『血と骨』などが有名だ。彼は自分の出自にこだわり「差別問題」にセンシティブであるようで、『冬のサボテン』でも、女装する「おネエキャラ」のゲイを「在日」として描いている。つまりその人物はまず「在日」として差別され、「おかま」としても差別され、さらに「おかまたちからは女装(おネエ)」で差別される役柄として設定してあるのだ。ウィットに富んだ毒舌を吐きながら場を明るくし、ハイテンションで動き回る愛くるしい「女装おかま」役を演じた櫻井章喜さんは、大柄な体格を生かして見事に役を造形し、おもいっきり笑わせてくれた。そして、笑いの中から滲み出る哀しみとか、人としての本当の強さを感じさせてくれた。本当に名演技だったと思う。
彼以外のゲイを演じる役者達も必要以上にナヨナヨせずに自然体であり、当事者として見ていても不自然に感じたり不快に思うような描写が全くなかった。時代は違えどもゲイが生きる上で直面しなければならない問題は共通であり、程度の差はあれど同じような悩みを通過する。それを高みから評価するでもなく「そのままに」描き出し、観客に提示することに成功した脚本家の手腕に驚かされる作品だった。こちらの記事でも触れたが、やはりLGBTと「在日」は差別に対しての感受性が非常に似通っているのだと思う。
上演は12月30日まで。残席わずかのようだが、本当にオススメの舞台である。脚本も出版されているのだが、一読の価値あり。→FC2 同性愛Blog Ranking
●公演情報はこちら。
作:鄭 義信
演出:高橋 正徳
出演:石橋 徹郎・浅野 雅博・沢田 冬樹・櫻井 章喜
●上演脚本「COUPLES 冬のサボテン」
●鄭 義信脚本映画「血と骨」
●鄭 義信脚本映画「月はどっちに出ている」
PARCO劇場「トーチソングトリロジー」●PLAYレビュー観劇直後・興奮篇

本当に名作だった。
両目から涙がこぼれてきているのに、かまわず流し続けながら見続けた。
僕にとっては始めての観劇だったPARCO劇場での「トーチソングトリロジー」。演劇を見ながら泣いたのは本当に久しぶりのこと。ここ数年忘れかけていた感覚を思い出させてくれた名舞台だった。
客席を埋めていたのは95%位が女性たち。母親のような年齢の彼女たちが「ゲイ当事者」の赤裸々な日常を描いた演劇を観ている。そのこと自体がとても不思議な光景だったし、同時に嬉しい光景でもあった。「ゲイ」は同性を好きになった自分に気づいた時に、「ゲイ」であることでの人生を組み立てなおす。僕はまだ、その過渡期にある。自分へのカミングアウトはなんとか出来たし大好きなパートナーとも出会うことが出来た。しかし僕を生み育ててくれた両親に対して、本当の自分として対峙することは出来ていない。年齢は30代に突入し、そのことが日々、重たくのしかかり始めている。やらなければならない宿題を抱えたまま放置し続けているかのような感覚。焦燥感もつきまとっている。
この演劇を見ながら、改めてそんな自分の現状に気付かされた。なぜなら主人公が、カミングアウトを受け入れない母親と対峙し、互いの心情を吐露しあう場面に最も強く感情移入して観ていたからだ。「ゲイ」である自分を、自分が誇りに思っていればわかってくれるかもしれない。しかし、親には親の価値観もあり、夢もあり、期待もある。積み上げてきた人生によって形作られてきた思いがある。そこに僕が「ゲイ」であるということは、まったくの想定外の事態に違いない。動揺するに決まっている。ショックを受けるに決まっている。そのとき、僕は何が出来るのだろう。
舞台の上では、母親と「戦う」かのように喧嘩し、母親も負けじと息子に自分の考えをぶつけ、「何ラウンド」もの口論を重ねながら次第に邂逅し合う姿が繰り広げられていた。僕は「見たくないもの」を観ているかのような気持ちになり目を背けたくなった。でも、思い直して喰らい付くように見つめた。ゲイの息子役である篠井英介さんと、母親役である木内みどりさんの演技を、とにかく逃げずに見つめ続けた。そしたら泣いていた。そこには真剣な魂のぶつかり合いがあったから。役の人生と、それを演じる役者さんの積み重ねてきた人生とがシンクロして醸し出される、本物の魂の交歓があったから。途中休憩を2度も挟み、3時間も上演され続けた長い舞台だったけど、まったく気持ちが弛緩することなく観続けることが出来た。本当によく練られた台詞だし、趣向を凝らした演出と真摯な演技が緊張感を持続させてくれた。「自分の切実な問題」として僕の心に直接突き刺さってくる、本当に強烈な観劇体験だった。
僕はかつて演劇に熱中していた。しかしその頃は自分のことから逃げていた。当時、たくさんの名舞台に触れて感動した記憶はあるけれど、ここまで自分に突き刺さってくる舞台を観たことは、果たしてあっただろうか。今の僕は、逃げるどころか過剰なくらいに自分を見つめようと思っている。何かを取り戻そうとしているのか、それとも何かを新たに得たいのか。その意味はわからない。でも自然と、こういう振る舞いを僕の奥深くにある「何か」が導き行動に移させている。今はそれに素直に従いたい。
意味なんてわからなくていい。結果や解釈は後から付いてくる。とにかく僕は自分の内から聴こえる声に忠実に、残りの人生を生きて行きたい。
舞台の上で悪戦苦闘しながら、泣いたり笑ったり、くっついたり離れたりしている登場人物たちの人生模様を見ていたら、そう思った。→FC2 同性愛Blog Ranking
パルコ劇場「新」スタンダードシリーズ「トーチソングトリロジー」
2006/11/20(月)〜12/7(木)
作 ハーヴェイ・ファイアステイン
上演台本・演出 鈴木勝秀
出演 篠井英介 橋本さとし 長谷川博己 奥貫薫 黒田勇樹 木内みどり エミ・エレオノーラ(VOCAL&PIANO)
全国巡演
12月9日(土)-10日(日)梅田芸術劇場シアター・ドラマシティ
12月12日(火)広島アステールプラザ大ホール
12月14日(木)愛知厚生年金会館
12月21日(木)仙台市民会館・大ホール
●映画「トーチソング・トリロジー」
ブロードウェイミュージカル「RENT/レント」●PLAYレビュー
『RENT/レント』の来日公演を新宿厚生年金会館に観に行った。東京は2、3日前から急激に寒くなった。寒さ対策に出遅れた僕は風邪の初期症状で喉が痛く頭がボーっとした状態。従ってかなり神経が「ささくれ立った」状態での観劇だったため、辛口の感想になることのご容赦を(笑)。『RENT』自体は今年の5月にクリス・コロンバス監督の映画「RENT/レント」を見たので物語は把握済み。同性愛者が当たり前の存在として描かれているし、80年代のNYの空気が見事にパッケージされた作品なのだと興味を持った。なるほど舞台では演出が面白い。限られた舞台空間で観客の想像力を刺激しながら場面が移り変わって行く。しかも舞台上でバンドが生演奏しているので「ライブ」を観ているような感覚にもなり、大抵の和製ミュージカルを観る時に感じがちな「むず痒さ」とか「嫌らしさ」を感じることは、なかった。
ただ・・・なんだろう、あの客席の雰囲気は・・・。すでに「RENTファン/マニア」という共同体が出来上がっているらしいのだ。おそらく何回も観ていて物語を隅から隅まで知り尽くしているらしい客席を埋め尽くした2000人以上の観客の多くは、役者の演技が大したことのない(と、僕には思われる)場面でも、いわゆる「名場面」「見せ場」では勝手に拍手喝采。「えっ・・・今の・・・何が良かったの?」と、初心者である僕はしょっちゅう周囲から置いて行かれた。客席と演技者との関係って、もっと「対話」をしながら緊張感を持って成り立たせなくちゃ駄目なんじゃないの?と思ったり。
ナマの舞台ならではの興奮とか、その場限りの一回性の一体感は・・・僕が観に行った回(11/17)では起こらず終了(と、僕には感じられた。)。それよりも僕の意識は途中から、日本語字幕の、あまりにもお粗末な表現に集中してしまっていた。
日本語字幕にドン引き
●第一幕の最後。大事な「見せ場」の一つである歌のクライマックスで「ホモもレズも バイセクシュアルも・・・」という字幕が・・・おいおい、「生の多様性」を高らかに歌っている場面で「ホモ」かよ〜!「レズ」かよ〜!(←こんな大事な場面で差別語かよ〜!笑)
●第二幕で、ゲイの「エンジェル」の追憶を語っているときに「ドラッグクイーン」 という字幕が・・・おいおい、彼は「ドラッグ(麻薬)のクイーン」なのかよぉ〜!(←正確にはドラァグクイーンでしょっ!意味がわかってたらこんな間違いはしないはず。)
一ヶ所ならまだしも、二ヶ所もこうした表現をしてしまうということは明らかに翻訳者の知識・調査・現実認識不足。それに、翻訳者はもとより上演を開始するまでに日本側のスタッフが誰一人として指摘して修正しなかったという事実にも驚き。にもかかわらず新宿2丁目から目と鼻の先の会場で10日間も上演されてしまっているという事実には寒気が・・・(←風邪もありますけど。笑)。
アンケート用紙がFAXで送信できるみたいなので、指摘してTBS事業局に送ろうと思います。今後、観に行かれる方々はそこんところも要チェック!
●東京公演
2006年11月16日(木)〜25日(土)東京厚生年金会館
●名古屋公演
日時:2006年11月28日(火)〜29日(水)愛知勤労会館
●大阪公演
2006年12月01日(金)〜02日(土)大阪厚生年金会館 大ホール
→FC2 同性愛Blog Ranking
劇団フライングステージ「ムーンリバー」●PLAYレビュー
川というのは不思議なものだ。
一人になりたいとき、心を開放したいときに川原に出かけると、なんとも言えない安らぎと静けさをくれる。特に夜の川原に月が出ていたりすると最高だ。目の前に広がる世界の大きさ。川面に映る「きらら」の明滅を眺めているだけで、時の経つのを忘れて魅入り、あれこれと取りとめもない思いが次から次へと溢れ出して行く。
ゲイの劇団フライングステージが上演した「ムーンリバー」の舞台は、中央に大きな満月を配した舞台美術がとにかく美しかった。そして、階段状になっている川岸から主人公がぼんやりと川面を見つめるとき、その視線の先にある客席に座っている自分が、まるで冥界の住人になったかのような気がした。
「ゲイであることの目覚め」に戸惑う中学生の男子の日常を、「大丈夫だよ、平気だよ。」と、そっと応援しながら見守る感じ。そこには、かつての自分と同じような壁にぶつかりながらも、自然体でぶつかって逞しく乗り越えて行く少年の、まっすぐで切実な姿があった。
少年が川原に来ると、きまっていつも幽霊が現れる。大門伍朗氏の演じた「芸者ゲイ」の幽霊は、派手派手しい格好と大仰で荒々しい振る舞いで少年をからかい、同時に客席を大いに笑わせる。次第に、その幽霊は少年の心の中に棲むグロテスクな「本音の化身」なのだということが観客にはわかってくる。
自分の中に棲む「魔物」から逃げず、肯定的に認めて受け入れたとき、人は本当の意味で人生の楽しみ方を知り始めるのかもしれない。幽霊との付き合い方を知った時、少年は人生を楽しみ始めたのだ。
少年は恋心を抱いていた。家に住み込みで働いている年上の青年に。ラジオから語りかける「ゲイのみなさん。こんばんは」というタックさんの声が、そんな少年を刺激する。自分はもしかして、ラジオのパーソナリティが言っている「ゲイ」と呼ばれる人たちの仲間なのかもしれない・・・驚きと不安と興奮と。川原の幽霊はその感情をさらに引き出すかのように少年を刺激し続け、恋の素晴らしさを説き、未知の世界に跳び込むようにと促し続ける。
そして嵐の夜。
少年は青年と同じ部屋で、隣り合って眠る幸運を得る。
大好きな青年と。

すぐ隣で大好きな人が寝息を立てている。
荒れ狂う夏の嵐の中。
誰にも見られない。
音も漏れる心配は無い。
そして何より少年にとって嬉しいのは、その青年も「ゲイ」なのかもしれないという噂を仕入れていたことだ。自分の願いは届くかもしれない。しかし、もし彼がゲイではないのだとしたら大変なリスクを負うことにもなりかねない。
恋に狂ったらどんな人でも大胆になる。「彼に触れたい、近づきたい」という思いは激しく高まって行く。嵐に後押しされるように。
少年は、やっとの思いで青年に触れることが出来るのだが、青年はそれに気付いているのかわからない。相変わらず寝息を立て続けている。寝返りを打ったりしている。気付いているのか?いないのか?
気付いていても、気付かぬ振りをしているのかもしれない。
その、もどかしさ。
翌日、少年の初恋は無残にも砕け散った。しかし少年は、彼と出会ったことで自分が「ゲイである」という抑えようの無い本性を知った。
ゲイの未来はそこからはじまる。
少年はこれから、自分を受け入れる旅に出発するのだ。
劇団フライングステージ第30回公演「ムーンリバー」1979年 秋
台風、ラジオ
初めて聞いたゲイという言葉
僕の初恋
2006年8月9日(水)〜13日(日)
中野 ザ・ポケットで上演。すてきな時間をありがとうございました。
作・演出:関根信一
出演:関根信一/石関 準/小林高朗/野口聖員/早瀬知之/阪口拓也/ますだいっこう/東じゅんぺい/羽田 真/加藤記生(宇宙堂)/木村佐都美(おちないりんご)/西田夏奈子/大門伍朗
美術:小池れい/照明:福田さやか/音響:樋口亜弓/衣裳:石関 準/舞台監督:笹原千寿/宣伝美術:佐久間記代子/宣伝写真:サトウカオル/稽古場:にしすがも創造舎/助成:芸術文化振興基金/制作:劇団制作社/プロデューサー:樺澤 良/製作:劇団フライングステージ
関連記事
●劇団フライングステージ「ムーンリバー」は、あたたかい。
● 「ゲイのみなさん、こんばんは」
劇団フライングステージ次回公演「二人でお茶を tea for two」
作・演出:関根信一 出演:森川佳紀・関根信一
日時:9/16(土)15:00〜 19:00〜
9/17(日)18:30〜(開場は開演の30分前)
会場:札幌BLOCH(ブロック)
(中央区北3条東5丁目5 岩佐ビル1F)
料金:前売り¥2,000 当日¥2,300
主催:第10回レインボーマーチ札幌実行委員会
HSA札幌ミーティング
後援:THE BODY SHOP
●劇団フライングステージ公式サイト
→FC2 同性愛Blog Ranking
桃花村舞踊公演「重力と愉快」●PLAYレビュー
大雪の日の夜、自転車での転倒にもめげず(笑)新国立劇場に田中泯さんが主宰する桃花村の舞踊公演「重力と愉快」を見に行ってきました。僕は以前10年ほど前に新聞の招待券プレゼントが当たったことをきっかけに、田中泯さんがどんな人なのかも知らずに「独舞公演」を見に行ったことがあるのですが、その時はかなりショックを受けた記憶があります。天井から吊られた巨大な鏡を相手に格闘する姿はトゲトゲしく毒毒しいものであり、最終的には全裸になるなど、ウブだった僕にはとても衝撃的な内容でした。
今回の舞台はわりとスタイリッシュにまとめられていました。桃花村という舞踊集団の公演であり、彼は構成・演出・出演を兼ねていたということもありますし、この10年での彼の精神面での変化も当然あるのでしょう。いい意味でも悪い意味でも「洗練」という言葉を連想させられました。
舞台というものは生ものであり、一回性のもの。同じことが二度と繰り返されることはありません。この日は初日ということもあり出演者も硬かったのかもしれませんが、コンセプトや舞台空間と踊り手が、上手く共鳴出来ていなかったようで、残念ながら「舞台の神様」は降りて来ませんでした(・・・まあ、滅多に下りてくるものでもありませんけど。笑)。
それにしても新国立劇場・小劇場という所はどうしてあんなに無機質で冷たい空間なのでしょう。初台にある「新国立劇場」一帯の空間自体、新しくて綺麗で立派なんだけど人間としては落ち着くことの出来ない、「無菌空間の冷酷さ」を感じます。あんな冷たい空間では舞台芸術の「猥雑さ」とか「ケレン味」は発揮されないでしょうし、無駄にデザインや大きさばかりにこだわった、最近の公共施設にありがちな、建築した行政の「威信」ばかりを感じさせる失敗建築。実際にそこで息づくべき人間のことが考えられていないのです。
9・11以降の窒息イメージ
舞台には天井から吊るされたロープで四角いフレームが作られ、ベケットや別役実の世界を連想させる一本の電柱に外灯。他には二本の木が立っています。そこへ子どもに引っぱられて登場する女や軍服姿の男たちが登場して、フレーム内から逸脱したり戻ったりしながら様々なイメージを現出させて行きます。ロープを端と端で引っ張り合って「対立する者同士」になる男たちは「終わりなき戦争」をイメージさせますし、あまり交感し合わずに自分の世界に閉じこもりがちな人物たちはディス・コミュニケーションに苦しむ現代人を皮肉っているのでしょう。しかし毒気が足りないしイメージとしての新鮮さもあまり感じられなかったのが残念です。
金魚の勝利
最も印象的だったのは、小道具として出てきた「生身の金魚」。金魚鉢を抱えた女性が、本物の金魚を床に放り出してしまうのですが、真っ赤な金魚がバタバタともがく姿は、それだけで充分に生々しく鮮やかで目を引きます。やがて金魚の動きは止まってしまうのですが、拾われて水に戻されると何事もなかったかのように蘇生します。これぞまさしく「水を得た魚」。
さまざまな哲学的解釈を呼び起こすイメージ描写ではありますが、この日の舞台でいちばん印象に残ったのが、舞踊家たちの動きよりも金魚の「生物としての」意図のない純粋な動きだったというのが皮肉です。よく「子どもと動物には勝てない」ということが言われたりしますが、芸術家としては、ちょっと悔しい結果でもあります。
ホール公演休止宣言
実は田中泯さんは今回を最後に、ホールでの公演はしばらく行わないことを宣言しています。
当日配られたパンフレットにも、英文でその意志が記されていました。「踊りは個人的で、衝動に近いものと思っています。踊りたいと思ったら公演まで待たずに踊りたいのです。劇場を否定するのではなく、少し離れて野外など非劇場空間で展開していきたい」
「踊り始めたらそこが劇場になってしまうんです。私の“真実の瞬間”を出せる場所で踊りたい。生き方をもっと踊りに近づけたい。」(産経新聞1/19より)
彼の言うことはわかります。舞台芸術家が公演をする際にはまず、2年ほど前に「会場を予約」し、企画書を提出してチラシを作り、やっと稽古がはじまります。さらには宣伝をし・・・ということを繰り返していると、活動がパターン化してきて「義務」になってしまうのでしょう。そうしたサイクルから抜け出したがっている彼の本音の部分が伝わってくる舞台内容ではありました。
ラストシーンは、舞台空間と現実空間を隔てる「フレーム」として使用されていたロープを使って皆で縄跳びを始めるのですが、綺麗につっかえずに飛ぶことが目的なのではなく、様々な人間が共同作業として「遊ぶ」時空間を作りたかったのでしょう。しかし、この日の舞台ではそうした奇跡の瞬間は訪れません。途中で突然、田中泯さんが客先に振り向いて「ありがとうございました」と言って縄跳びを断ち切り、幕切れとなりました。「えっ、これで終わっちゃうの」という中途半端な気持ちになったことは否定できません。その後、日曜と月曜にも公演があったので、この日の反省や反響をもとにして最終的にどんな形に発展して行ったのかはわかりませんが、初日の上演でいちばん僕の印象に残ったのは金魚の生命力と、演出家として疲れている田中泯さんの「苛立ち」のようなものでした。やっぱり彼の「独舞」を見てみたい。そう思いました。
田中泯さんの次の公演は、宣言どおり野外で行なわれます。●JADE2006・土方巽メモリアル
田中泯独舞「生理歩測」
地図−01−カラダカラダノダカラダ。
舞踏:田中泯
楽士:大熊ワタル(クラリネット)
楽士:こぐれみわぞう(太鼓)
3/11(土)・12(日)
両日とも開場13:30/開演14:00
新宿・戸山公園箱根山地区にて無料。
大久保通り口の受付に集合(雨天決行)
公園内をあちこち移動するらしいです。
問合せ:JADE事務局 03-5728-2547
→FC2 同性愛Blog Ranking
