ゲイ・カップルとたくさん出逢った2007年の初詣で

仲見世通りは長蛇の列で数時間並ばないと本堂まで辿り付けないような込みっぷりだったので、周囲の商店街や町並みを散策したのですが、さすがは浅草(!?)。あえて探さなくてもゲイらしきカップルが結構、あちこちで視界に入ってきました。あの「ゲイっぽい独特の短髪」で揃いの着物を着こなした、顔も背丈もそっくりな二人連れとか、若者二人で手をつないでいる「イカニモ」な人たちとか(笑)。みんな総じてコソコソするでもなく、ごく自然に楽しそうに過ごしていたし、家族連れや男女カップルの中に自然に溶け込んで存在していたので嬉しかったです。
翌日は前日の反動からか(爆)表参道から裏原宿あたりの洒落た高級住宅街を散策してみたのですが、ここでも数組と擦れ違いました。やはり表通りよりも閑静とした人通りの少ない小道の方が、ゲイ・カップルとしては伸び伸びと過ごせますし、接近して歩けるということみたいで(笑)。
最近、新宿駅の近辺では普段でもゲイ・カップルが街中に溶け込んでいる光景が珍しいことでもなくなって来てはいるのですが、他の場所でもこうして堂々と晴れやかに歩いている姿を見るとやっぱり嬉しいですね。これが正月の解放感の中だけではなく、日常にありふれた光景になる日もそう遠いことではないのではないかと、楽観的な気持ちを味わうことができました。本人達が堂々と楽しく過ごしていれば、街の人たちの目も結構あたたかいもんですよ。→FC2 同性愛Blog Ranking
加速するべき年、2007年のはじまりにあたって

→FC2 同性愛Blog Ranking昨年中は、
このブログを通して本当にたくさんの方々と出会うことができました。
まさか実際にお会いしたりだとか、言葉を交わしたりだとか、
リアルな自分の現実と切り結んで行くことになるとは
一年前の自分には、まったく想像もつかないことでした。
そのきっかけをくださった方々に、本当に感謝。
開いた自分は「まだまだ開き足りない」と
先へ先へと急かすけれども
焦らず少しずつ着実に、今抱いているビジョンが現実になるよう
進んで行くつもりです。
昨年のたくさんの「出会い」から学んだことは、
もう黙っているのはやめようということ。
今までの「当たり前」を疑ってみようということ。
「本当の当たり前」を実現するために知恵を絞ろうということ。
さあ、いよいよ
日本のLGBTにとって「エポックメイキング」の年に出来るかどうか。
本気になれるかどうかが試される年、2007年が始まります!
「冗談で聞いたのにぃ~!」

先日の就活フェアでの「就活を終えた学生さんの自己防衛策」はある意味当たっているようで、女性の比率が高い会社だからか、そういう空気が薄い会社なんです。僕の場合、誘われたら誘われたで面白そうだからワクワクしながらついて行って「自分がどこまでノンケらしく振舞えるのか」という演技力を試してみようかとも思っているのですが、なかなかそういうチャンスは訪れません。でも、もし毎回誘われて接待しなきゃなんないような状況が続いたりしたら、きっと逃げ出したくなるだろうなぁ。お店の子を「可愛い」と言ったり、デレデレしなきゃなんないんでしょ。辛そう・・・。
さて、うちの会社の忘年会は、お上品なお店でお上品に執り行われたので、いつも仲良く過ごさしてもらっている女性社員の傍で、僕もお上品に過ごしました。実はこの人、会社の中で僕が「ゲイであること」を唯一知っている人なんです。半年前位に書いたこちらとこちらの詩は、実は彼女にカミングアウトした時のことを書いたものだったんです(今読むと、かなりこっぱすかしいですが。笑)。

ある日、裏で「そういう噂」が面白おかしく語られていることを知った彼女が「もう少し警戒してください」と遠回しに僕に言ってきたのですが、そう言われても何を警戒すべきなのか僕にはピンと来ませんでした。
「二人が付き合ってると思われてるみたい」
彼女が言ったこの言葉にも、
「二人ってどの二人?」と返してしまったほどですから(爆)。
「私たちですよっ!」
業を煮やして彼女がそう言った瞬間、僕は・・・爆笑していました(爆)。だってそんなことまったくもって僕にとっては寝耳に水。微塵たりとも想像した事がないし、まずもってあり得ない。
「うわっ、なにその噂、あり得ねぇ~っ!」
僕はそう言ってかなり長い間、腹を抱えて笑い続けていました。それを見た彼女がどう思うのかもわからずに。

次に会社で二人きりになる機会があった時、いきなり彼女が言ってきました。
「もしかして、ゲイなんですか?」
・・・スゴイっすよね単刀直入。でも僕はこの時、即答していたんです。「そうだよ」と。
彼女は一瞬凍り付いていましたが、しばらく経ってから笑い出しました。
「えぇ~っ!、本当にそうなんですかぁ~?冗談で聞いたのにぃ~!」
「ホントだよ。いつか言おうと思ってたし、もし聞かれたら嘘を付かずに言おうと思ってたところだから丁度良かった。ありがとね~聞いてくれて」
「・・・そうなんだぁ~(笑)」
かなり長い間、二人で笑い呆けてしまいました。
この瞬間から僕と彼女が、それまで以上に仲良くなったことは言うまでもありません。いろいろLGBTに関する基礎知識も話しましたが、彼女は興味を持って聞いてくれました。

「付き合ってると思われるのって、仕事の場ではマイナスになる」
彼女としてはそう思っているらしいので「そうではない」という逆の噂を懸命に流し、今ではだいぶ浸透している様子。だんだんそういう目で見られなくなりつつあるのが僕としてはちょっと残念(←ってオイっ!笑)
それでも違う部署の人にまでは彼女の「噂モミ消し作戦」は浸透していなかったらしく、忘年会の席で、ある女性から「二人はいつも、いい雰囲気ねぇ・・・」と言われた時、一瞬凍っている彼女の表情を久々に見ました(笑)。
僕としては・・・思う奴には思わしとけっ!という感じなんですが。仕事場ってやっぱりルーティン・ワークだから、そういう「艶っぽい」話題には皆さん、食いつきがいいらしいんです。おいおい。いつか僕が「大ドンデン返し」をした時には、いったいどんな話題が花咲く事になるやら。楽しみでもあり不安でもある今日この頃です。→FC2 同性愛Blog Ranking
新宿2丁目のあったかい年の瀬にウルウル

・・・と言っても「ライブハウス」として営業している時ではありましたが(笑)。
下北沢で「レズビアン・ゲイin世田谷」に参加した12月10日の夜、新宿2丁目の老舗ゲイバー「九州男(くすお)」に行きました。関西レインボーパレードで知り合ったカケジクさんのライブを「こっそり」観るためです。(←本人には内緒。笑)。カケジクさんと言えばパレードの当日、あたふたと混乱気味だった現場において「ウグイス嬢」として仕切り、独特の話術で楽しませてくれた方。音楽活動をやっているということなので一度観てみたかったんです。
2丁目の中心部である仲通り。「ルミエール」というショップがある雑居ビルの3階にゲイバー「九州男」はあります。実はここ、バーとして営業している時にパートナーと一度来たことがあるのですが・・・緊張のため泥酔して眠り込んで記憶を失い、起きたと思ったら外の階段で号泣してしまったという苦い思い出の店(爆)。この日の店内は客席が取っ払われ音響機材がセッティングされ、すっかり「ライブ会場」として機能していたのでびっくり。実は多目的な空間なんですね~。

カケジクさんの所属するバンド「SPEEDER」の出番はいつだろうと思った矢先、ひょっこりと少年のような格好で登場し、パレードのときのように脱力系で司会をしている彼女を発見。風邪気味らしく声がかなりハスキーで脱力ぶりに更に拍車がかかっていましたが(笑)、ガチガチに緊張しがちな他のミュージシャンたちを、あの独特の話術で和ませていたので、さすがだなぁと思いました。
参加バンドはそれぞれ独自の世界観がありユニークで、様々なジャンルや音楽性の人たちが次々に登場するので飽きません。技術的にもレベルが高く、本当に「聴かせて」くれます。バラードの時なんかには、いつの間にかウルウルしたりして(一人で見てたから没入しちゃったみたい。(爆)。
●この日出演していたミュージシャン・バンドの方々
SPEEDER(東京)、penpos(東京)、メレンゲパンチ(東京&福岡)、KURO@Guzzlepitt(福岡)、響子(福岡) 、caRcha(福岡)、おわっとう(福岡)
カケジクさんたちのライブは後半に観ることができました。声がかなりハスキーで苦しそうでしたが頑張って歌っている姿が健気。司会で喋りまくって、さらに歌うとは大変だったと思います。
このイベント、ぜひ毎年恒例にして欲しいです。今年の出演者たちが来年、どんな音楽をやっているのか継続して観てみたいです。
あれからもう2ヶ月・・・カウントダウンするカケジクさん↓
踊るカケジクさん・・・(笑)↓
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グループカウンセリング初体験~「レズビアン・ゲイin世田谷」

これは世田谷在住のレズビアンの方が主催したもので記念すべき第一回。トランスジェンダーの世田谷区議会議員である上川あやさんをゲストに招き、参加者同士で交流もしようという会合でした。
場所は下北沢。北沢タウンホールと同じビルにある男女共同参画センター「らぷらす」の研修室は、ものっすごく見晴らしが良くて感動的。「都庁が見える~!東京タワーが見える~!」という「お登りさん状態」の感激を味わった後、15名ほどの出席者とともに上川さんのライフヒストリーを聴きました。
前日にも思ったのですが、上川あやさんって話し始めたら聴衆の関心を惹きつけ続ける魔力を持っている人ですね(笑)。聴きながら映像が思い浮かびやすいですし、独特の迫力があります。トランスジェンダーの人にしかわからない苦労とか悩み、社会のあり方について感じることを、とてもわかりやすい「自分の言葉」で思いを込めて語ってくださるので、あっという間に90分が経過していました。

辛い体験や、どうしようもない絶望体験も、こうした前向きな行動に「転化」することで人の心を打つ表現へと昇華する。それを伝えることが本人にとって、生きる上でのエネルギー源にもなる。上川さんのお話には、絶望を必死で乗り越えて自分で自分の人生を切り拓いて来た人だけが持つ、本物の炎が宿っていると感じました。
休憩後、残った10名ほどで輪を作り、「言いっぱなし、聞きっぱなし」というルールで自分のことを語りあいました。これはきっと、先日の就職セミナーで研修医の方が言っていた「グループ・カウンセリング」の一種なんだろうと思います。一人ひとり何を言っても構わない。他の者は議論するのではなく、とにかく「聞く」ことに徹する。ただそれだけのことなのに結構面白いんですよこれが。

「言いっぱなし、聞きっぱなし」ですから邪魔が入ることはありませんし、安心して自分の語る時間をコントロール出来ます。そして、その時間を「どのように使うか」によって、その人の人格が見事に浮かび上がるんです。しかもそれは決して独り言ではなく「他者」という証人が聞いているわけですから、明らかに「事実」として自分の中に意識化されるんです。
人って基本的に「寂しがり屋」なんだと思います。だから、誰かに自分のことを無条件にわかっていてもらいたい。ありのままを受け入れてもらいたい。そういう本質的な部分の気持ちが満たされるかのような、一種独特の雰囲気が生まれるから不思議なもんです。それに、日常の「しがらみ」から解放された場ですから、自由な気持ちで語ることも出来るんです。「グループカウンセリング」の効能って、けっこう効き目がありますよ~ぜひ一度お試しあれ。
僕は自分のことを語ってみて、このブログを開設する時にテキトーに付けた「akaboshi」という「ゲイとして使っている名前」と、親に名付けられた名前とのダブルネーム化現象を、いずれは一致させたがっているのだということに気が付きました。(だってそういう風に、その時の僕が語ってましたから。笑)。

「当事者の抱えてしまうフォビアの強さを考えさせられました。でも今はそこから脱却する過程において『この人に会いたい』などの素朴な思いを実際に行動に移し、進んでみることで坂を登って、新しい景色が次から次へと見えてきているのかなぁと感じます。」
すげ~。まさにその通りだと思います(笑)。なんだか、僕が「現在」感じている脳内映像をそのまま映し出してもらったかのようなコメントだと思いました。言ってもらったことで、どうしてだかわからないけど凄く大きなものに包み込まれたような温かい気持ちが湧き出てきたのを憶えています。
会を主催してくださった方はきっと、人として大切なポイントをきっちりと見据えていらっしゃる方なのかなと、今この文章を書きながら気が付きました。素敵な機会を与えてくださって、本当にありがとうございました。→FC2 同性愛Blog Ranking
「ゲイパレードにいたでしょ~っ!」

でも最近の僕はどういうわけか、そんなことはど~でもいいと感じてしまう(爆)。自己イメージだとか自意識にがんじがらめになっていることのつまらなさを実感させられる経験が、最近特に連続しているからかもしれない。電話で誘われた時にもあっさりと「行く!」と返事していた自分の変化に自分がいちばん驚いた(笑)。
10年前の僕は、はっきり言って暗い奴だった。同じ目的意識を持って苦楽を共にする仲間たちとも、結局は表面的な付き合いしかしていなかった。飲み会に参加したことも無く、付き合いにくい奴だと思われていたことだろう。今の僕は、その頃の自意識過剰でお高く止まっていた自分が大嫌いだ。
久しぶりに会う仲間たちはきっと、その頃のイメージで僕を見るのだろう。現に、そんな感じだった。再開して近況を語り合っても、何処か気まずい隙間風が最初は吹いている気がした。でも、そんなことすらど~でもいいと思った。いいじゃん。今の僕のままで「来たいと思ったから来た」ただそれだけ。彼らのネットワークの中に今の僕は何の利害関係も持っていないし興味もないという気楽さもある。相変わらず狭い世界で愛想笑いを交し合ってコネを結び合っている彼らの世界の奇妙さを、完全なる「傍観者」として眺めてやろうと思った。
・・・な~んてことを思っていることは微塵も出さず(笑)、あの頃とは全然違うサバけたキャラで僕は旧友たちと会話した。そしたらいきなり再開するや否や「ゲイパレードにいたでしょ~っ!」と無邪気に挨拶してくる女の子がっ!。

その女の子はノンケでパフォーマー。パレードには、友達のゲイの男の子と仮装して参加していたらしい。僕が8月の東京レズビアン&ゲイパレードの際、行進前にNHKホール横に整列している人々を眺め回して歩いている姿を見かけていたらしいのだ。しかしその子は、よもや僕がゲイだとは思わなかったらしい。あの場にいる=ゲイだと思われるのではないかと「恐れてしまう」感覚は、パレード初心者ゲイだけの過剰な自意識だったらしい(爆)。べつにそれ以上突っ込む会話をする必要はなかったのだが、僕はいつの間にか彼女にこんなことを口走っていた。
「僕、ゲイだからあのパレード見に行ったんだよ。そしたら感激しちゃって札幌のパレードにも行っちゃったし、大阪でもあったからレズビアンの議員さんにも会いに行ったんだ」
その子は「そうなんだぁ~」と聴いているが、特に驚いているわけでもない様子。つまり、さっきの「ゲイパレードにいたでしょ~っ!」という僕にとっての衝撃発言も、彼女の中では特別なこととは認識されていないらしい。周りに聴かれると僕がどう思うのかについても、な~んにも思わなかったらしい。(もともと不思議系キャラの子なのだが。笑)。
友達にゲイがいて、ふだんから仲良くしていて一緒に表現活動をしている彼女。そうすると、ここまで「ゲイ」って言葉は特殊なものではなくなるもんなのかと感心した。そんな感じで彼女が何も動じずに接してくれるもんだから、僕も自意識から解放されてフランクに「ゲイ」である自分として会話を楽しんだ。つまり・・・なんとな~く、いつの間にか「カミングアウト」していたのである。

そんな会話を隣で黙って聴いている人もいたんだけど・・・知ってもらっても構わない気心の知れた女の子だから全然平気だった。
それにしてもどうしてこうも、「女の子には」気軽に言えてしまうんだろう?。サバけた姉御肌の女の子あるいは不思議系キャラの女の子ってカミングアウトされやすいだろうし、ゲイを結ぶネットワークになってくれるみたいで、実はとても助かる存在なのだ(笑)。→FC2 同性愛Blog Ranking
僕は彼女ではないけれど

少し前の僕だったら、彼女のことをどう思っていただろう。そんなことを考えながら、窓ガラスに映る彼女のことを眺めた。僕は彼女ではないのに、周囲の視線が気になった。そして、周囲の視線をそんな風に過敏に気にしてしまっている自分に気がついた。
僕は最近、トランスジェンダーの人と知り合ったり同じ空間を過ごすことが多い。そういう空間では何とも思わない。だって、LGBTであることが「当たり前」とされる勉強会や集会の場で「解放されている」彼女/彼らに会っていたからだ。
しかし日常空間の、本当にありふれた街中で彼女達や彼らが存在しているということを、僕は想像していただろうか。どんな気持ちで周囲の視線を受け止め、どんな気持ちで自己を主張しながら抑圧の中で過ごしているのか。考えていただろうか。
ゲイやレズビアンは、カミングアウトをしなければ「そうである」ことは可視化されない。ルックスにおいて、いわゆる「男」「女」のどちらかに所属するということで日常を過ごしている場合が多い。だって身体の性に違和を感じないのだから。しかしトランスジェンダーの多くは、身体の性を越境する過程において、あるいは越境した後でもルックス的には「男」と「女」の狭間にいる状態で過ごしている人が多い。今日の彼女もきっとその一人。

いや、痛みではなく晴れやかさを感じるときもあるのかもしれない。それとも、やっぱりずっと苦しいのかもしれない。いや、実はなんでもないのかもしれない・・・。彼ら/彼女らの胸中はずっと、そんな「色んな思い」が激しく湧きあがっては消え続けているのかもしれない。疲れるだろうに。
今日、移動の電車の中で彼女の傍に立ちながら、彼女が微動だにせず一点を見つめたまま、まるで「早く目的地に着かないか」と祈っているような様子でいるのを見ていた。見ていることを気付かれないようにしながらも、気になってしょうがなかった。そして、一緒に息苦しくなったりしていた。
やっぱ息苦しいよなぁと思った。・・・僕は彼女ではないけれど。勝手な思い過ごしなのかもしれないけれど。
→FC2 同性愛Blog Ranking
出会いは新たな出会いを生み

当たり前のことですが自分というのは一人しかいませんし、もう若くはないので疲れもします(笑)。こういう時に分身できたらいいんですけどねぇ。
分身出来ない僕が選んだイベントは以下の3つ。
●Rainbow College主催「 就職活動フェア2007 for ゲイ・バイ男性」
●BE SEXY. BE SAFE.「HIV/AIDS Forum @早稲田大学 Challenge AIDS 2006」
●L/G-Life講座「米国でレズビアンマザーになって」

徐々に知り合いの方に会う機会も増えてきましたし、そうした「出会い」が新たな出会いをもたらし、新たな刺激をもたらしてくれていることに感謝します。
今週末のことは、今後少しずつ報告させていただきますね。→FC2 同性愛Blog Ranking
タックスノット初体験

・・・嬉しかった~!なにせ僕は、いまだ一人ではゲイバーに入れない小心者ですから(笑)。こういうシチュエーションを心の何処かで待っていたことは確かです。
タックスノットのことは以前からよく耳にしていましたし、劇団フライングステージの公演で経営者の大塚隆史さんのことが取り上げられたりしていて気になっていました。実は僕が「ゲイである」ことを受け入れ始めたばかりで2丁目に恐怖心を抱いていた頃、おそるおそる店の前まで行ってみたことがあります。意を決して入ろうかと思った時・・・中から笑い声が聴こえてきてビビってしまい、つい引き返してしまったという苦い思い出があります・・・あの時、扉を開けていたら何かが変わっていたかもしれませんから人生って不思議ですね~。
そんな憧れのお店に、こんなに呆気なく何気なく入ってしまうことが出来るなんて信じられないようなフワフワした気持ちだったのですが、最近の僕はこういう時は流れに身を任せることにしています。その日カウンターに入っていたお店の方はとても気さくな方で、客がどんな言葉を投げかけても上手に拾ってくれるような安心感を感じさせてくれます。とりあえず怖くないのでホッとしました(笑)。

カウンターを挟んで軽妙に交わされる彼らの会話のリズムが面白く、内心では「僕に話を振らなくてもいいから、このままずっと話を聴かせてて~」と、いつもの傍観者癖が顔を覗かせていたりしました(笑)。実は僕、隅でこっそり全体を見渡しているか、カメラを廻しながら黙っている時が自分としてはいちばん「自分らしく」落ち着く状態なんです・・・(←困った習性。爆)
でもそんなんじゃ困るので、今後は一人で店に入ってみて「場慣れ」して行くことも必要なのではないかなぁと・・・思ったけれど実行はいつになることやら。立派なゲイになるために、まだまだクリアすべきことは尽きないのであ~る。 →FC2 同性愛Blog Ranking
されど150人

北丸雄二さんが呼びかけたマスメディアへの要望書ですが、最終的にちょうど150人の方が賛同を表明したそうです。今回の連名に参加するには「勤務先や、出来れば実名を公表した上で」という条件も付いていたことを考慮すると、なかなかの人数ではないでしょうか。
→ 隔数日刊 | Daily Bullshit「ちょうど150人」参照
先日、こちらの記事に、北丸さんが書き込んでくださったコメントを紹介します。
求められてるんだったら声を出さなきゃ損ですね(笑)。しかも我々は、購読料や受信料、さらには日々の消費活動でスポンサー企業に投資し、結果的にマスメディアにも出資している「スポンサー」なわけですからね。メディアってね、「媒体」って意味でしょ?
あれは、つまり、はんぶん私たちのものなの。
新聞もテレビも、みんな私たちのお金ではんぶんできている。
「独立」した報道機関っていうけれど、独立しているのは「権力」からの独立であって、「私たち」読者や視聴者という、一般市民という幻想からの独立ではないんだね。だから、むしろメディアは私たちの声を求めてるわけさ。
僕も今回、「実名」で参加させていただきました。ぶっちゃけたことを言ってしまうと、賛同の動機の半分は、自分への「景気付け」にあったのかもしれません(笑)。北丸さんを信用し、北丸さんに対して実名を公表することで自分の中の「ステップ」にしたかった。今後の自分の行動を、さらに促して行くためにも。
つまり北丸さんの呼びかけの狙いの一つに見事ひっかかったわけですが(笑)こうした機会はむしろ積極的に利用しながら、少しずつ「行動できる人」になって行こうと思います。諸外国でのLGBT権利運動の先進ぶりを知るにつけ、日本のスローペースぶりの大きな原因は「当事者たちの意識の有り様」にあるのではないかと思うからです。→FC2 同性愛Blog Ranking
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●北丸雄二さんの呼びかけに賛同します
●北丸雄二さん、よろしくお願いします。
北丸雄二さん、よろしくお願いします。

先日「北丸雄二さんの呼びかけに賛同します」 の記事でご紹介したマスメディアへの要望書提出の件ですが、呼びかけ開始から4日でなんと120名を超える賛同者が、北丸さん宛てにメールを送信したそうです。北丸さんのブログ「隔数日刊 | Daily Bullshit」で、その報告と最終確認の記事が掲載されています。
→ありがとう;署名最終結果
今回、要望書の文面がさらに変更されたというので改めて読ませていただいたのですが、ちょっとホロリと来てしまいました。なんでだろう、ス~ッと心の奥に思いが浸透してくるような瞬間があるんですよね。いちばん無防備な部分にまで直接響くかのような言葉の力。こんな風に共鳴できたことが嬉しくもあり、大いなる力を与えてくれたことに本当に感謝です。ちなみに・・・今回僕に浸透してきたのは、この一節でした。
私たちが「示」したいのは、私たちの「性」の話ではありません。
それらもすべて含めた、私たちの「生」のことなのです。
